Knot So Simple コンサートが終わり、楽屋はひっそりと静まり返っていた。
ノーマンはまだタキシード姿のまま、鏡の前で蝶ネクタイに手を添えていた。そこへ控えめなノックの音がして、エードリアンが入ってきた。彼もスーツ姿で、タイを少し緩めている。
エードリアンはノーマンに背後からゆっくりと近づくと、「ほどいてもいいか?」と声をかけた。唐突な言葉に、ノーマンは鏡越しに笑った。
「まさか、引っ張って締めるつもりじゃないよな?」
エードリアンは冗談っぽく肩をすくめる。
「安心したまえ。そんな趣味はない」
ノーマンは微笑みながら、エードリアンに向き直って正面から向き合った。
「じゃあ、どうぞ。手伝ってくれる?」
エードリアンがそっと手を伸ばし、慎重に蝶ネクタイをほどいていく。
「意外と固く結んであるな」
「一応、人前に出る仕事だからね」
やがて、結び目がふわりと解け、ネクタイが緩んだ。ノーマンが息を吐く。
「何だか脱がされてるみたいで変な気分だ」
エードリアンはネクタイを手にしたままにやりと笑う。
「着替えまで手伝ってほしいなら、追加料金をもらうよ」
その時、ドアが突然ノックもなく開いた。
「サー・ノーマン、忘れ物――」
飛び込んできたのは若いスタッフ。手には飲みかけのミネラルウォーターの瓶。視線は、まっすぐエードリアンの手元へ。
まるでキスを交わさんばかりの距離で見つめ合う二人。蝶ネクタイを握ったままのエードリアン。
静まり返る三秒間。
「――失礼しましたッ!!!」
バタン、と勢いよくドアが閉まる。
沈黙。
ノーマンが一つ咳払いをして、真顔で言った。
「……後で変な噂が立ったら責任取ってくれよ?」
二人は同時に吹き出し、そのままソファに倒れ込むようにして笑い転げた。