ボクは摩訶不思議な孤島で、自分でもなんだかよく分からない内に、一人の青年を好きになった。
最初は眺めているだけで満たされていたつもりだ。
彼の反応に心癒された。
勝手に勇気づけられた。
彼の真面目で世話焼きな言動がなんだか愉快で滑稽で、なんとなく幸せで、面白かった。
些細な言動で苛立った。
ありきたりで典型的で、陳腐極まりない会話にうんざりした。 それに価値が無いことを知っていた。
起こりうるくだらない結末の予兆を無かったことにしていた。
夜、無機質なベッドの上でヤシの木が揺れる音を聞く。平和すぎる日常の中、唐突に――彼の声や温もりに触れたいと喚く、浅ましく幼いボクが顔を出す。
予想はしていたがだいぶ早い。ボクは本来、こんな人間ではなかったはずだ。
誰かを傷つけてまで誰かを求める事は絶対にしたくない…… これでも精一杯、運命に叛逆してきた。そんな誓は何の変哲も無い一人の青年によって、いとも簡単に決壊する。
ボクは彼が好きだ。
話が合う、気が合う、馬が合う。そんな都合の良い表現等何一つ当てはまらない。
ボクは彼が好きで、たまらなく憎かった。
恐らく他人じゃない。少なくともボクは彼を他人だと思えない――感覚を統合して、自我を共有している。
多分ボクは彼だ。
自分なんて嫌いだ。それでも真に憎めない。
結局はお気に入りの服を着せて、外を連れ回して望む景色を見せている。好きな物を食わせているし、水やりだってかかさない。好きな音楽を聴かせている。死ねない。恐怖する時、共に震える。悲しすぎる時、ボクも泣いている。
他人の唾液には触れたくもないが、自分の唾液は飲み込める。
そんな感覚はとうに捨てた。ボクはボクの証明を諦めてしまった。
遠い昔に、ボクはボクを放棄した。
多分ボクは何も言わなかった。
何かを尊んで愛おしむ気持ちよりも、
創傷の痛みで空虚な時間を耐えることの方が苦しくて、ずっと虚しくて、苦手だったんだ。
彼を見る。
亡くしたはずの生々しい感情にいのちを吹き込んでくる厄介な人物。目線を絡めると脈が混じり合うと錯覚する程にまで、醜い欲望が分泌されて、視線が重くなる。
パズルピースが一つずつ噛み合っていく。
所詮ヒトの繋がりとは、浅ましさや孤独感、無能・無力、最悪と最低が交差することにあるのだと知った。ボクと彼のコンプレックス――たまらなく溢れて固まったグロテスクな突起や、あまりにも足りなくて虚しい抉れかけた凹みが、形を合わせて歪な一つになっていくのを自覚する。
もうボクは既に、彼を自分に住まわせている。
母親にもなりたい。赤子にもなりたい。
彼を見る。
ボクが居た。
ボクたちはずっと独りだった。
彼に触れて話す。お互いが心地良く、よく視える。
世界がいつもより鮮明に視える分、彼に夢中で視野が音を立てて急速に狭窄して、でももう、それで良いと思う。
家というよりも土に還る様な感覚。羊水に浮かんでいるみたいな、時が無い心地良さ。他人の唾液には触れたくはないが、彼のモノなら飲み込める。
彼を傷付けるもの全てを取り去ってしまいたい……
だからこそ、彼を傷付ける彼自身なんて――無くなってしまえばいい。
それなら尚更、彼自身を傷付けるボクなんて、丸ごと死んでしまえばいい。