おこして セットしておいたスマートフォンのアラームが鳴り響いて、目を閉じたまま手探りでうるさいそれを乱雑に掴み取る。いつもと違うシーツの手触りに一瞬はたと動きを止めてから、昨晩は悠真の家に泊まったのだと思い出してアキラはようやく目を開けた。
今にも閉じそうな薄く開いた瞳でアラームを止め、時刻を確認する。普段のアキラのゆったりした起床時間を考えると起きるには些か早い時間だった。遮光カーテンのお陰か部屋は薄暗いが、そも日が昇ってからいくらも経ってはいない――とはいえ、このアラームをセットしたのは他でもない昨夜の自分である。
アキラはくあ、と欠伸が漏れる口元を手で押さえて柔らかなベッドから体を起こすと、隣の温もりに腕を伸ばした。薄い上掛けに身を包んだ悠真の肩をそっと揺すってやればむずがるような声が上がる。
「悠真、おきて……朝だよ。今日は早いんだろう」
「ん〜……」
アキラが体を起こしたせいでシーツに隙間ができて寒いのか、悠真は自身を抱き締めるように身体を丸めた。そのままスムーズに寝入りそうになるのをもう一度体を揺らして阻止してやる。
「ほら、駄目だよ、もう起きるんだ。遅刻したらまた柳さんに怒られてしまうよ」
「んん〜……?」
とろんとした悠真の目がアキラを見て、ややあってからゆったりと口を開いた。
「……ぼくは……必勝法をしってる」
「……うん?」
「副課長にあんぱんを献上すれば……週に一回はそれで遅刻がチャラになるんだ……」
「……。」
呆れて黙り込んだアキラを横目にまたしても目を閉じようとする悠真の額をぺちんと軽く叩くと、いたっと小さく抗議の声が聞こえた。
「それは必勝法とは言わない、起きなさい」
「うう、ひどいやオニーチャン……」
「誰がお兄ちゃんだ。君の兄になった覚えはないよ」
いいから起きるんだ。言い放つと、もぞもぞ額を摩っていた悠真がぴたりと動きを止めてじっとアキラを見上げる。射抜くような視線の強さに思わずたじろいで言葉を待った。
「アキラくんがちゅーしてくれたら起きるかも」
「ち、……。悠真、もう目が覚めてるだろう」
「やだ、起きてない。眠い。ちゅーして」
アキラが閉口して悠真を見やると、負けじと悠真もアキラを見返してくる。梃子でも動かない意思を感じて深くため息を吐いた。
「……キスしたら起きるんだね?」
「うんうん、ちゅーね。ちゅーしてくれたら起きる」
はあ、とアキラがベッドに手を付いて身を屈めるとベッドが軋んだ音を立てる。満足げに目を閉じる悠真を憎らしく思いながらそっと唇を合わせて、さあこれで終わりだとすぐに離そうとした。
「っ、ん……っ!?」
突然伸びてきた悠真の両手がアキラの頭をがしりと掴んで、一瞬開いた唇の隙間からぬるりと熱が入り込んでくる。押し返そうとしたアキラの舌を絡め取り、その分厚い舌が唾液をかき混ぜる度にびくびくと体が反応してしまう。
「ん、ぁ、こら、はるっ……」
アキラの言葉ごと噛み付くように口付けられて、昨夜の熱を思い起こさせるような舌の動きにとうとう体を支えていた腕からかくんと力が抜けた。アキラが完全に悠真に覆い被さると、抵抗がなくなった事に気をよくしたのか頭を固定していた悠真の手がアキラの腰元を這う。シャツの裾から入り込んだ手が肌を撫で、背中をなぞられると甘ったるい声が口から漏れた。
そうして散々アキラを貪った唇が名残惜しげに離れると、アキラの目尻に滲んだ生理的な涙を悠真の指が優しく拭った。ふ、と悠真が吐息だけで静かに笑う。
「……まあ確かに、お兄ちゃんとこんなえっちなキスしたら大問題か」
「っ、悠真……!」
からかうような言葉にかっと頬が熱くなる。悠真は言葉を続けようとしたアキラにもう一度口付けて黙らせると、上に乗っかるアキラごと器用に上半身を起こしてから困ったように笑った。
「あー、どうしよう、アキラくんがえっちで可愛いから別の所が元気になっちゃった。……ね、だめ?」
「……」
悠真が膝の上に乗せたアキラを抱え直してぴったりと体を密着させる。悠真に跨る形になったアキラの臀部にはシーツ越しに硬いものが当たって主張していたけれど、自業自得もいい所だと思って黙殺した。
情に訴えかけるような表情は悠真のファン相手なら有効だったかもしれないが、今のアキラには憎らしいだけである。ただ、もしも今日が休みなら――とまでは、言ってやらないのがむしろ優しさだろう。
「だめか〜」
アキラの無言の訴えを正しく解釈したのか困り顔のまま悠真が手を伸ばして自身のスマートフォンを手に取ると、時刻を確認したのかすぐにぽいと投げ出す。
「一応聞いとくけど、抜きあいっこもだめ?」
「……一応言っておくけど、君はそれだけで終わらないと思うんだけれど」
「え? まあ、当然だよね」
そうだけどそれが何か、とでも言いたげな顔に思わず半目になった。がっくり項垂れた悠真がアキラをぎゅうと抱き締めて、そのまま首筋に顔を埋める。悠真のふわふわした髪の毛が耳元で揺れるのがこそばゆい。アキラがその背中をぽんぽんと落ち着かせるように撫でてやればより一層腕の力が強まった。
「はあ。だめかぁ……僕の恋人は手厳しい……」
「今のは悠真が悪いな」
「だってアキラくんとちゅーしたかったから……」
明け透けな物言いにまた頬が熱を持つのを感じて、べし、と背中を叩いてやった。アキラの殆ど力なんて入っていないそれが痛い筈もない。だというのに、大袈裟に痛がる悠真をどうにかして出勤させるのがアキラの本日の大仕事なのだった。
◇
「浅羽隊員、今日は遅刻せずに来れたようですね」
「え、ああ、まあ……そうですね?」
「できればいつもそうだと助かるのですが……今日はプロキシさんに依頼した甲斐がありました。重要な案件の時はまたお願いしようと思います。……後でしっかりお礼を伝えておかないと」
「えっ。……ああ、道理で今日朝早いなんて教えてなかったのになんで知ってるのかと……じゃなくて! 月城さん、人の恋人を勝手に買収するのやめてくれます!? アキラくんは僕のなんですけど!?」
「貴方のものでもないと思いますが……」
どこかのビデオ屋でくち、と小さくくしゃみをしたプロキシが居たとか、居なかったとか。
了