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    たまぷる

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    ディミレト。お互いを大事にしたいディミレト。

    #ディミレト
    dimSum

    ディミレト 荘厳な雰囲気に包まれた聖堂には夜の祈祷のために疎らな人影があった。優美な装飾の施された高い天井に司祭たちの祈りの言葉が滔々と流れていく。ベレトは組んでいた手を解くと、本当に自分の短い祈りは天へと届いたのだろうかとふと思った。今までそれほど信仰深くなかったベレトだが、一昨日姉たちを無事に帰らせてくれたことへの感謝の祈りを捧げたくなったのだ。意味はあったのか分からないが、清々しい気持ちにはなれた気がする。ベレトは座席から立ち上がると、聖堂に響き渡る鍵盤楽器の穏やかな音色を後にした。
     夕食で賑わっていた食堂も落ち着いた頃合いだろうと思って食堂をのぞいたが、ディミトリの姿はなかった。もう部屋へ戻ってしまったかもしれない。普段ならばそのまま夜の訓練に出向くものもいただろうが、行軍から戻った青獅子学級にはセテスから体を休めるよう丸二日休みを言い渡されている。勤勉なディミトリもゆっくり休めた筈だ。
     薄闇が降り始めた外はひんやりとした空気に包まれていた。手入れされた花壇や樹木が左右対称に配された庭園には人気はない。学生寮を訪ねたほうが早いかと思い直したとき、木立の影にピンと張った背筋の良い後ろ姿が見えた。樹木に寄りかかるようにして佇んでいた広い背中を目にしただけでベレトの胸に淡い喜びが滲んだ。
    「ディミトリ」
     少し驚いたように振り返ったディミトリは、すぐにいつもの爽やかな笑みを浮かべた。先生、とよく通る声に呼ばれベレトの身体に慎ましい喜びが満ちていく。彼をどんなに待ちわびていたか今さらながら分かるようだった。
    「先生の顔を見るのは久しぶりだな」
     その言葉は奥行きの深い情感を感じさせた。
    「たくさん休めた?」
    「あぁ、そうだな。疲れは取れたよ。しかし、休めと言われても何をすべきかわからなくてな。ここで時間を潰していた」
     口の端に苦い笑いを浮かべたディミトリの、余暇にまで目的を求める律儀さが微笑ましい。
    「何もせずただのんびりと過ごせばいいんだ、ディミトリ。休みとはそういうものだよ」
    「のんびり、か…。何もしないというのは俺は落ち着かない。部屋でじっとしていると色々と考えてしまうんだ。鍛錬で身体を動かしていたほうがよほど休まる気がするよ」
     真面目な彼らしい言葉にベレトは小さく笑った。ディミトリのそういう性分は尊敬すべき美点の一つだ。
    「飽きるほど休めたようで良かった。ベレスから帰りが遅れた理由を聞いているよ。大変だったろう」
    「いや、相手の人数は多くなかったし、すぐに追い払えたからそれほど苦労はなかった。先生もそう思っていたはずだ。あの人は襲われている人を見つけたときも冷静に対処していた」
     ディミトリから姉の話題が出るとベレトは誇らしさを覚えた。
    「困っている人を救えたのだし良かったよ。命を奪うばかりでなく手を差し伸べられたことは」
     瞳に宿る善良な光はディミトリの清冽な美しさを形作っている。どんな者でも余さず拾い上げようとする彼の優しさは、命のやり取りが生業だったベレトには脆さを晒すようにも映る。けれど、ディミトリの美しい理想を彼の弱みにも瑕疵にもさせたくはない。ディミトリの愚直さに触れていると、彼の儚い願いに寄り添ってやりたいと思わせる。
    「きみの満足のいく形になったのなら良かった」
    「あぁ。それに俺は心配いらないと約束しただろう先生」
    「そうだな。きみはちゃんと戻ってきてくれた」
     視線を合したままどちらともなく手を伸ばす。手を繋ぐと胸のあたりがじわりと温もる感覚が心地よい。頬を緩めるディミトリにつられるようにして微笑むと、青い瞳がわずかに見開いて彼は笑みを深めた。
    「俺は先生のそういう顔をもっと見たいな」
     金色の睫毛に縁取られた凪いだ海は柔らかくベレトを見下ろしてくる。
    「良い意味だといいんだが」
     ベレトはそっと目を伏せた。無愛想だと傭兵仲間から揶揄われた過去が青年の優しさに霞んでいく。喜ばしい変化だと言ってくれたドロテアの笑顔が思い浮かんだ。黒鷲学級での交流がベレトにとって良い方向へとささやかに作用しているのだろうか。それでもベレトの考える教師の本分は生徒たちの技能を伸ばすことだ。敵陣の制圧から負傷者の回復まで広義な野外活動で必要となる戦闘技術を叩き込み、個々に合った才能の向上を目指す。そこに自分の変化は含まれていないのだから、どう捉えるべきなのか少しばかり感情がもつれる。
    「もちろん褒めたんだ。俺はお前が笑っている姿を見ると嬉しいよ」
    「きみがそう言うなら…喜ぶべきかもしれないな」
     目を細めるディミトリにベレトは静かな満足感を覚えた。
    「あぁ。お前が微笑んでいるのは、とても…」
     知らず険しい顔になっていたのだろう、そう言うディミトリの声は優しかった。彼はおもむろに片手を持ち上げて紺碧の髪へと長い指を伸ばしたが、ぎこちなく視線を逸らして腕を下ろした。
    「…しかし、みながあんなに大仰に出迎えてくれたことは驚いた。確かに二日も遅れてしまったのはあったが」
    「皆心配していたんだ。待っていたんだよ」
    「お前は俺を待っていてくれなかったのか?」
     身を屈めたディミトリの、捨てられた子犬のような目がベレトの顔を覗き込んでくる。そういう仕草に年下らしいかわいさがあって、自分より上背があるというのにベレトは彼を甘やかしてやりたい気持ちになってしまう。
    「ずっと待っていた。きみがどうしているかと心配で眠れなかったよ」
    「そうだったのか…」
    「何度もきみのことを思い出した。不思議だな。たった数日しか離れていなかったのに、きみの声を聞きたいと思った」
     ディミトリの高い頬骨のあたりにさっと朱が散る。彼はベレトの言葉を反芻するように吐息混じりに頷いた。
    「俺もお前のことを思ったよ、先生。ずっと顔が見たかった。夜、不寝番をしながらお前のことを考えていた」
     繋いだ手がやんわりと握られる。
    「きみたちは野営ではゆっくり出来なかったんじゃないか。普段温かな部屋で寝台を使っている者が外で眠れと言われても、慣れないうちはなかなか眠れないだろう」
    「これでも、子供の頃から修行だと山に連れて行かれいたんだぞ」
     昔を懐かしむ声がいっそう柔らかくなる。
    「昔は暗闇が怖くてなかなか眠れなかった。鳥や動物の気配が気になって…。今はもうそんなことはないが、やはり落ち着かないのは変わらないな」
     口ぶりからして不寝番を交代したあともあまり眠れなかったらしい。傭兵をしながら旅をしていたベレトには夜の森の葉のざわめきも、昼の温さを孕んだ草叢の匂いも心地よいものだった。いつも姉と体温を分け合って繭の中にいるように感じながら、夜の静寂に耳を傾けたものだ。
    「ディミトリは帰ってからよく眠れている?」
    「…もともとそんなに眠れる方ではないんだ。たが、いつものことだから特に疲れはないよ」
    「そうか」
     彼は眠りが浅いようだ。
     そうかと答えたものの、気にかかった。眠るまで傍にいようか、と思ったが口にしない程度の分別はあった。ディミトリとは親しくしているが教師と生徒という関係に一応の線引きはしておきたい。
     ベレトは少し考えてから繋いでいた手を引き寄せると、ディミトリの背中に腕を回した。そうして隙間なく身体を合わせるようにして戸惑うように震えた身体をそっと抱きしめる。
    「せ…せんせ、何を…」
     ディミトリが喉の奥で唸った。
     首筋から感じる爽やかな森のような彼の香り。寄り添って眠る代わりに今夜ディミトリの寝付きが良くなるようにと抱きしめたのだったが、ベレスとこうすると胸がホッとする感覚があるのに、意外に着痩せするらしい彼のたくましい二の腕の筋肉や厚い胸板を意識するばかりだった。
    「こうしていると少しは落ち着くだろう?」
     それは彼へと言うより自身への問いかけでもあった。
     ベレスと抱き合っていると感じる穏やかさや完全な調和をベレトは彼の中に探そうとした。身体をより密着させて強張った身体を姉にされたように優しく撫でてやる。姉のしなやかな柔らかさとは対照的な筋肉の硬さ。そこに残る緊張を取り除いてやりたいと思った。
     あやすように何度も身体を撫でているうちに徐々にディミトリの肩から力が抜けていく。
    「お前は…」
     ディミトリが声を詰まらせる。ベレトの腕に遠慮がちに手が置かれ、ディミトリが抱擁を返してきた。一瞬思考が停滞する。癒しを与える側だとばかり思っていたからだ。
     ディミトリの吐息が耳朶を擽る。
     こうして触れ合っていると、抱き締め返してくる彼の熱の心地よさと戸惑いがベレトの胸の中に交錯した。斑になった心のまま青年の胸の中におさまって、家族以外の体温に触れるのは彼が初めてだからだろうかと平静ではいられない原因を自分なりに解釈しようとした。
     ふと見上げれば青白い肌がにわかに赤く色づき、蒼い瞳を縁取っている長い睫毛が瞬いた。
     見つめていると焦点がぼやけ、みずみずしい爽やかな香りが揺れた。ぬるい息が鼻梁に触れる。ディミトリの顔がすぐ間近にあった。冷えた鼻頭がぶつかり、身じろぎもせずに束の間見つめ合う格好になった。
     互いの呼気を感じる。
     おもむろにディミトリに強く肩を掴まれたかと思うと、身体を引き剥がされていた。
    「先生、」
     ベレトは掴まれた力の強さに眉毛を寄せた。
    「俺は、そんな、ことは、しない」
     一語一語噛み締めるように口にした青年の顔は険しかった。
    「絶対に」
    「あぁ…」
     半ば痛みに呻くように返す。
    「俺は正々堂々お前と向き合いたいと真剣に思っている。俺の軽はずみな行動でそれを曇らせたくはない。だから節度ある正しい行いを…」
    「分かった。分かったから…」 
     降参したようにディミトリの言葉を遮ると、彼はすまなかった、と慌てて手を離した。どちらともなく身体を離すとベレトは素っ気なく視線を外していた。
    「…すまなかったディミトリ。きみを怒らせたいわけじゃなかった」
    「謝る必要はない。怒ったわけではないんだ。誤解しないでくれ、先生。まだ早いと思っただけだ」
    「まだ?」
     あの強い力にまた耐えねばならないのか。揺れた紺碧の瞳にディミトリは慌てて頭を振った。
    「お前の気持ちは嬉しいがこういうことは…修練を積むべき…いや、段階を踏むべきだろう」
     ベレトは肩をさすりながら彼の言葉を理解しようとした。まだ背中に回された彼の腕の感触が残っている。
    「さっきのことは…、きみがよく眠れるようにと思ったんだ」
    「お前は優しいんだな。だが…俺以外にも、さっきのような真似をするのか?」
     妙な顔をして訊いてきたディミトリにベレトは小さく首を振った。
    「そう聞かれると、きみだけだな」
     ベレスは血と魂を分け合った鏡像のような存在だから数には入らないだろう。
    「あんなふうに抱きしめるのはきみだけでいい」
     そう答えてから、姉以外で物理的な距離を縮めようとしたのが彼が初めてだと思うと妙に落ち着かなかった。
     ディミトリが安堵したように表情を緩め、頬にぱっと赤みが差した。大人びた精悍な面差しが途端に幼い印象に変わる。
    「俺以外にはしないでくれ。俺も先生の優しさを無碍にしないと誓おう」
     少し震えた声に滲み出た真剣さが心に刺さる。目を逸らしそうになったが、真っ直ぐなディミトリの視線に引き戻された。
    「先生を大切にしたいんだ。それを伝えておきたい」
     ディミトリが寄越してくれた熱意と同じ質量の気持ちを返すのが自然のことのように思われた。
    「わかった。自分もきみのことが大事だよ、ディミトリ。大切にしたいと思っている」
     彼の誠実さに応えたい。ベレトは頬を綻ばせていた。


     
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