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    音羽もか

    @otoha_moka

    書いたものとか描いたものを古いものから最近のものまで色々まとめてます。ジャンルは雑多になりますが、タグ分けをある程度細かくしているつもりなので、それで探していだければ。
    感想とか何かあれば是非こちらにお願いします!(返信はTwitterでさせていただきます。)→https://odaibako.net/u/otoha_moka

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    音羽もか

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    同棲設定の彰冬。ある朝の話。ちょっと短め。ほとんど匂わせはないけど、やることやってる関係です。

    #彰冬
    akitoya
    ##彰冬

    Piece of cakeカーテンから覗く朝の日差しが清々しく、心地の良い朝だった。
    彰人が体を起こして思い切り伸びをすると、「んん……」と隣から小さく聞こえてくる。声をかけてもそこから返事はなく、そっと目元にかかる長めの前髪をよけてみたけれど、長い睫毛の下にアイスグレーは隠されたまま。まだ夢の中にいるのだろうことは容易にわかった。

    (ってやべ、ちょっと目元腫させてっかも……)
    昨日は少し無理をさせてしまったから、起きるまでもう少し時間がかかりそうだ。普段は彰人よりも早く起きて、彰人としてはなにやら小難しいように感じる本を読んでいたり、コーヒーをいれてくれていたり(そろそろ起きると思った、などと言いながらほわりと微笑むのがたまらない)……とまあ、その辺りについてはとにかく腹立たしいほど隙のない男なので、たまにはこういう日がないとバランスが取れない。
    時計を見ると、まだ朝と呼べる時間。休日、ゆっくりとする日にしては少し早い時間だ。もう一度寝なおしてしまってもバチは当たらないだろう、とは思うものの、そんな気分でもない。彰人はそっとベッドを抜け出してまっすぐキッチンへと向かった。

    ホットケーキミックス、牛乳、卵、レモン汁、お好みのアレンジレシピとやらにはもっといろいろ載っているけれど、とりあえず基本の材料は揃っている。冷蔵庫を見れば絞って出すだけの生クリームにいちごもあった。ラッキーだ。冬弥は甘いものはそんなに得意ではないから、薄めに焼いて目玉焼きなんかも添えて食事系にしてやろう。
    便利な世の中なもので、混ぜて焼くだけでそれなりのものができてしまう。甘いものが好きな彰人にとってはそんなありがたい代物を、袋の後ろに記載された説明通りに混ぜていく。
    そういえば、と。ふと冬弥がはじめてホットケーキミックスを目にした時の言葉を思い出した。
    パンケーキとホットケーキは何が違うんだ? と、突然そう問われて、彰人は返答に困ったのだったか。そんなことを考えもしなかった彰人としては、あまりにも難しい問いだったから。
    「さあ? 甘いか、甘くないかの違いとか? ……考えたことなかったな」
    「パンケーキが好きな彰人でも知らないのか」
    「好きならなんでも知ってるってわけじゃねーしな」
    そう言ってふたりで冬弥のスマホを覗きこみながら調べて、結局ちゃんとした答えが出なかったんだったっけ。
    カシャカシャと泡立て器とボウルがぶつかる音が響く。すでにもう甘い香りがあたりに立ち込めていた。
    フライパンを念の為軽く洗って、火にかけて水気を飛ばす。それからサラダ油を取り出して、あと少ししかないから買いに行かないとな、などと考えた。

    ***

    サラダにスープ、それからホットケーキ。彰人が食べる予定の方は生クリームと苺、冷凍庫に入っていたブルーベリーでデコレーションしてあり、冬弥の方はベーコンや目玉焼きを添えてある。
    誰がどうみたって理想的な朝食だろう。すこし、張り切りすぎた気がするが。最後に、家庭用コーヒーメーカーにセットしておいたコーヒーを淹れる。
    そろそろ冬弥を起こしにいこう。冬弥は寝過ごしたことをひどく後悔するようだったから、ずっと寝かせているわけにはいかない。一度午後まで寝かせてやっていたら、その日一日ずっと、時間を無駄にしてしまったと言いながら引きずっていたのを思い出して、本当に馬鹿真面目な奴、と彰人は苦笑した。
    マグを片手に彰人は寝室までの短い距離を戻っていく。寝室の中は未だ変わらず、毛布に包まれた冬弥がいた。
    そっとサイドテーブルに持ってきたコーヒーを置いて、未だ夢と現実の間で微睡む冬弥の肩を揺する。
    「冬弥ー、コーヒー淹れたから起きろー」
    「……ん、ぅ、あき……と、おはよう……?」
    「はよ、起きた……いや寝てんな」
    「コーヒーのにおい、する……」
    「まあここにあるからな」
    ほわほわとした心地のまま冬弥は目を擦ってなんとか目を開けようと試みている。それがなんだか可笑しくて、彰人はくつくつと笑った。
    「それ飲んでとりあえず目ェ覚ませ」
    「……ん」
    「大丈夫か? 零すなよ」
    うとうととしている冬弥に青色のカップを渡す。落とさないか少し心配にはなったものの、よく手に馴染んでいるものだからか、冬弥は案外危うげなくそれを両手で受け取って、普段より幾分ゆったりとした動作で口をつける。ちびちびとした動作は、なんだか猫を思わせた。
    「……ふ、ふふ」
    「なんの前触れもなく急に笑い出すなよ、怖ぇよ……」
    コーヒーを一口、口に含んだかと思えば、今度は何か思い出したかのように小さく笑い出す。出会った頃といえば、随分と表情の変わらない奴だと思っていたし、今でもまあ、その印象が全く変わらないかといわれれば否ではあるけれど、冬弥はあの頃から見るとずっと柔らかく笑うようになった。困ったように眉尻を下げて、睫毛がそのアイスグレーに僅かなかげをつけるその笑い方は、上手く表現が見つからないけれど、彰人からして見れば、きれいだと思う。
    とはいえ、こんななんでもない時に急に笑い出されると何かあったのかと考えてしまうもので。
    「ああ、いや……すまない、大したことじゃ、ないんだ」
    「ふぅん……で、どうした?」
    「……コーヒー、美味しいなと思って」
    「…………そりゃどうも」
    急に褒められるとは思わず彰人はしばし返答に困った。ストレートに褒められると、さすがに照れが勝つ。
    それにしても、コーヒーが美味しいというのは笑うところなのだろうか。もうだいぶ長い付き合いだと思っていたけれど、未だに冬弥の考えていることにはよくわからないところが山ほどある。そう、好きだからなんでもわかるというわけではない、パンケーキにしても、冬弥にしても。
    「とりあえず目は覚めただろ、朝飯冷めるし早く食べようぜ」
    「ああ……その、ありがとう」
    「朝飯のことか? まあ、昨日無理させたのオレだしな」
    「……そういうのは言わなくていい」
    カップを手に持ったまま立ち上がった冬弥の腰に、するりと何気なく手を回してみる。拒絶はされないものの小さく睨まれた。けれど、その頬は微かにではあるものの紅い色に染まっている。
    その表情と彰人が昨日つけた痕がふと目に入っては、昨日散々愛を伝えたつもりでいたのに、また言い足りなくなっている自身に気が付いた。
    「なあ、彰人……」
    「……ん? どうした?」
    ぴたり、と。冬弥の足が止まる。その動きに合わせて、彰人も足を止めた。
    「……俺は、しあわせだ」
    急にどうしたというのか。今生の別れの予定でもあるかのような言葉に、彰人は訝しんで冬弥を見遣る。
    けれども、冬弥の方はといえば、そこに欠片の悲愴も焦燥も持ち合わせていないような、甘くとろけた表情をしていて。
    「待て、急にどうしたんだ?」
    「急に伝えたくなったんだ。コーヒーは美味しいし、布団は温かいし、今日はいい天気だし……」
    「お前の幸せって規模がちいせぇのな……」
    無欲といえば聞こえがいいのだろうか。冬弥はまるで小さな子供のような無垢さで、彰人ならばどうでもいいことと切り捨ててしまうようなことを幸せだと言いだす。そこに、冬弥にこびりついてしまっている錆のようなものが、全く見えないとは思えないけれども、これはこれで冬弥の美点だから、きっとそれでいいのかもしれない。実際、そんな冬弥に気付かされることは山ほどあるのだから。
    彰人の声色が呆れているように聞こえたからか、冬弥は少しだけ拗ねたように「まだあるぞ」と話を続けようとする。彰人が望み通りに続きを促せば、冬弥はひどく満足そうに、とっておきを彰人に渡すように、ふ、と小さく笑って。
    「……何より、彰人が隣にいる」
    途端。ここは屋内なのに、窓を全開にしているわけでもないのに、まるで風でも吹き抜けたかのように、ふわりと空気が華やいだ。そんな気がした。
    「朝、目が覚めたときに彰人がいてくれるのが、何よりも嬉しいんだ」
    「……そうかよ」
    「よければ、これからもいてほしい」
    そうじゃなくなる日がくるかもしれないとでも思っているのか、と少しだけ考えて、それは違うなと思い直す。
    冬弥はずっと"こう"だから。そういう当たり前を、本当に心から素直に受け取って感謝できる、そういう奴だから。
    もちろんだとか、当たり前だとか、言われなくてもそのつもりだとか、そんなことを色々と言いたくはなったけれど、いうべきは決まっている。
    「――おう」
    たった一言、肯定してやれればそれでいい。

    ふたりの去った寝室では、少しだけ開けた窓から入りこんだ風がふわりと優しくカーテンを揺らしている。
    なんたって、幸せな今日はまだ始まったばかりだ。
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