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    呪詛ミンと虎杖と五条。五七。
    前半はほとんど七海+虎杖ですがカップリングではありません。

    【五七FESTA】でこの話の続きを展示するため、シリーズ第一話としてこの話をポイピクにもアップしておきます。続編更新しました!前編ですけども…

    ※pixivに上げているのとまったく同じものです。

    地を這う者に翼はいらぬ 小さな蝿頭が、ふわふわと目の前を横切る。祓う気も起きずに目だけで追うが、すぐに通り過ぎる車に視線を切られ、虎杖は顔を正面に戻した。虎杖がいる国道沿いのコンビニの駐車場は街灯に照されしらじらと明るいが、その外は墨を流したように暗く、景色は闇に溶け込んでいる。
     眠い。疲れた。腹減った。先生たちまだかよ。一日の疲労が膜のようにまとわりついて、頭がうまく働かない。眠気を追い出そうと目を強く瞑ってから、腕でごしごしと顔を擦った。
     都内から電車で1時間ほどのベッドタウン、その国道沿いのコンビニ駐車場で、虎杖はぼんやりと迎えを待っていた。今日は伏黒と釘崎の三人で三手に分かれて低級呪霊を祓いまくるという学生向きの任務だったが、いくら低級でも流石に数が多く、任務完了がだいぶ遅い時間までずれ込んだ。伏黒と釘崎を車で拾ってこちらに向うと補助監督から連絡があったのがもう三十分ほど前。春も深まる季節とはいえ、夜更けともなれば少し肌寒い。制服の襟から出たパーカーをぐいっと喉元に巻きつけるように引き寄せる。ひどく腹が減っていたが、うっかり財布に金を入れ忘れたせいで目の前のコンビニでおにぎりを買う金もない。きゅうっと縮む胃に拳を当てて空腹を紛らわせながら、虎杖は星も見えない夜空を見上げては大きく欠伸をした。
     徒歩の人影はほとんどないが、国道沿いなだけあって途切れず車の出入りがある。ひとりで車止めに座り込む虎杖を、白いビニール袋を下げた人たちが訝しげにチラリと見つめ、だが声は掛けずに車に乗り込んで去っていく。時間も時間だ、下手すれば家出少年に見えていてもおかしくないわけで、誰かに通報される前にとっとと迎えに来てくんないかな、と虎杖は思った。
    「こんばんは」
     退屈と空腹を紛らわせようと目を閉じているうちに、いつのまにかうとうとしていたらしい。近くから声をかけられ、虎杖はぱちりと目を開けた。二歩ほど離れたところに、背の高いスーツ姿の男が立っていた。細身のスーツと金髪が目に入る。脊髄反射で、虎杖は考えるより早く口を開いた。
    「あ、アイキャンノットスピークイングリッシュ!」
     ひと息でまくし立てられた拙い英語に、男が切れ長の目を驚いたように見開き、それからふっと微笑んだ。
    「日本人ですよ」
    「えっ、あ、そうですか…すいません」
     虎杖は思わず赤面した。そういえば「こんばんは」と日本語で話しかけられたんだった。誤魔化すように視線をさまよわせて、また戻す。男はやわらかい表情でゆっくりと話しかけた。
    「君は高校生ですか?」
     突然そんなことを聞かれて、羞恥に浮いた心が現実に引き戻される。これは、もしかして面倒ごとだろうか。男の格好は警察官や補導員には見えず、虎杖は用心深く男の様子を窺った。きちんとした身なりで落ち着いた雰囲気だが、人というのは外見だけではわからないものだ。虎杖は幼い頃から祖父との二人暮らしで、ひとりで過ごす時間が長く、昔から変な人間に声をかけられた経験も多い。面倒この上ないが、男が妙なことを言い出したら殴ってもいいかどうか考えていると、男が言葉を継いだ。
    「ああ、ごめんなさい。君のような若い子がこんな遅い時間にひとりでいるのが気になって。大丈夫ですか? 家はこの近くですか? 何か困っていることはない?」
    「あ、あーーー」
     これはただの親切な通りすがりか。少し緊張を解いて、虎杖は何をどう伝えるか頭を働かせた。呪術師の任務で呪霊を祓ってました、今は任務終了の迎えを待っているところですなんて、とても言えた話ではないし、迂闊なことを言って警察を呼ばれても困る。虎杖は付け入る隙を与えないよう笑顔で答えた。
    「ええっと、大丈夫! 今さっき電話して、迎えを待ってるとこなんで!」 
     そう言った途端、虎杖の腹の虫が存在を主張するように長々と鳴り響いた。夜のしじまに響く間抜けな音に、虎杖は再び赤面した。
    「………少し待っててください」
     おかしそうに頬を緩めた男がそうひとこと言い置いてコンビニに入っていく。しばらくして出てきた男は、右手に下げたビニール袋を虎杖に差し出した。
    「どうぞ」
    「!」
     ビニール袋の中には、おにぎり数個とサンドイッチ、お茶のペットボトルとどら焼きが入っている。虎杖は思わず男の顔を見直した。男はもう一度「どうぞ」と言うと「お腹が空いているんでしょう?」と首をかしげた。
    「おにーさん、もしかしていい人!?」
     今までの警戒心が嘘のように満面の笑みを浮かべて受け取る虎杖に、男が苦笑をもらした。
    「わかりませんよ?」
    「んーー、ま、大丈夫っしょ!」
     ビニール袋から取り出したおにぎりの個包装を破き、虎杖は大きな口を開けておにぎりにかぶりついた。
     虎杖とて飴玉に釣られる子供ではない。たった今コンビニで買った商品にはおかしなところはないし、何かを仕込む時間もなかった。それに、常にきっちり二歩分離れたまま不用意に距離を詰めようとしないところも判断の根拠になっている。何より、男からは、不審者特有の気味の悪さを感じなかった。まあ、たとえ本当に不審者でも、自分の腕っ節ならば問題ないのだが。虎杖は行儀悪くおにぎりを頬張ったまま、もう一個袋から取り出すと、ん!と男へ突きつけた。男は一瞬目を丸くしてから、にこりと笑った。
    「…私はサンドイッチにします」

     二人はしばらく黙ったまま、並んでおにぎりとサンドイッチを咀嚼した。虎杖はモグモグと口を動かしながら、同じように口を動かす男を横目で観察した。さっきまでは警戒心もあって気にしていなかったが、男は随分と整った顔つきをしている。言葉に外国語訛りもなく、日本人だと言っていたが、彫りの深い顔立ちと高い鼻梁、削げたシャープな頬の線は明らかに日本人離れしていて、くすんだ色味の金髪もおそらく地毛なのだろう。憂いを帯びてひどく雰囲気のある横顔だった。
     単純な美醜で言うなら、虎杖の担任である五条悟こそほかに類を見ないほどの美形である。それを見慣れた虎杖は、少々の顔の良さに心を動かすような初心さはないのだが、目の前の男は美形とは言えないまでも、五条とは違った鋭利な美しさがあった。歳の頃は五条よりも上だろうか。
    「お兄さんはこの辺の人? 仕事帰り?」
     早くも二個目のおにぎりを頬張りながら、虎杖は気になったことを尋ねてみた。高価そうなスーツといい洗練された雰囲気といい、そこらへんの平凡なサラリーマンにはとても見えないが、目の下にくっきり浮いた隈と青白い顔色は、五条に無茶振りされて疲れ切った補助監督のそれとよく似ている。
    「……いえ、出張で来たんですが、仕事が長引いて夕食を食べ損ねました」
    「ふーん、大変だね」
    「本当に、労働はクソですよ」
     心底うんざりした風に吐かれたセリフが、高校生に聴かせるにはあまりにも実感がこもっていて、つい笑いがこぼれてしまう。男は虎杖の笑い声で気付いたように表情にほのかな含羞を乗せた。
    「…すいません、君のように未来のある子に言う言葉じゃありませんでしたね」
    「ううん、なんとなく分かるよ」
     秘匿死刑執行猶予中の自分に未来があるかどうかはともかく、生い立ちが普通の基準から外れた人間として、世間の荒波は少しはわかっているつもりだ。
    「若いうちからそんなこと本当は分からなくていいんですよ。…まったく、子供にそんな顔をさせるのは我々大人が不甲斐ないからですね。申し訳ない」
     ふーーーっと男が憂うように深いため息を吐く。眉間にきゅうっと皺が寄り、なんだか悲壮な表情だ。見ず知らずの子供の戯言にここまで心を痛めるなんてと、虎杖はなんだか気の毒になって、ビニール袋からお茶を取り出し男に差し出した。
    「別にお兄さんのせいじゃないじゃん。ほら、お茶でも飲んで元気出して」
    「…ありがとうございます」
     自分で買ったお茶だというのに、男は律儀に虎杖に礼を言った。
     
    「はーーっごちそうさま!」
     おにぎりを全部食べ切り、もう一本お茶を買ってもらって喉を湿らせ、虎杖は満足の吐息をついた。まだまだ腹具合には余裕があるが、先程までの切羽詰まった空腹感は消えている。寮に戻るまでは保ちそうだと思いながら、虎杖は男に手を合わせた。男はそんな虎杖の様子に頬を緩めた。
    「私も、久しぶりに誰かと夕食を摂りました。ありがとうございます」
    「えっ、お兄さん普段どんな生活してんの」
    「……自慢できるような生活ではないですね」
     誰かと夕食、と言っても、コンビニの駐車場で立ち食いである。先程の「労働はクソ」発言を鑑みても、随分と荒んだ生活なのだろう。ブラック企業勤めか? しかし、このひどく目立つ容姿の男がどんな会社に勤めているのか、あまり想像が付かなかった。
    (なんだか……ちょっと不思議な感じ)
     身にまとう雰囲気が、なんとなく知っているものような気がする。無意識に目を凝らそうとしたところで、かすかなバイブ音と軽快な着信音が制服のポケットから聞こえてきた。慌てて手を突っ込んでスマホを取り出すと、画面には待ちわびていた五条の名前があった。
    「おい虎杖、もう着くからな」
     表示された名前は五条だったが、声の主は伏黒だった。後ろから釘崎の「お疲れー」という声も聞こえる。
    「オッケ、駐車場にいる」
     簡単な応答で通話を切って振り返る。男はすでに踵を返し、歩み去るところだった。
    「おにーさーん、ありがとうな!」
     大声で別れを告げると、男は振り向かないまま片手を上げて暗闇の中に消えていった。


    「おーい悠仁ーーーー」
     男と入れ違いになるように見覚えのある車が駐車場に滑り込んでくる。助手席の窓から顔を出した五条が、大声で虎杖を呼ばわるのに応えて手を振った。
    「お疲れ!」
    「おせーよ!」
     空いた場所に車が止まると、ドアが開いて後部座席から伏黒、釘崎が飛び出してきた。助手席から五条、一拍置いてヘッドライトとブレーキランプが消え、運転席から伊地知も降りてくる。五条が疲れのひとつも見せない顔で虎杖に片手を挙げた。
    「ごめんねー恵んとこがちょっと押しちゃってサー」
    「悪りぃな、待たせた」
    「みんな腹減ってるから、なんか買って帰ろーね」
     釘崎と伏黒はよほど空腹なのか、まっしぐらにコンビニの入り口へと走っていく。それを笑って眺めながら、五条がゆっくりと虎杖に並んだ。
    「あれ? 悠仁はいいの?」
    「あ、うん。俺はもう食べた」
    「そーなの、よかった」
     そこで虎杖は、自分が手に下げたビニール袋の中身を思い出した。
    「そういえば、はい!」
    「?」
     男に奢ってもらった食べ物のうち、一つだけ残っていたどら焼きを五条に渡す。五条は珍しげな顔で受け取った。
    「え、悠仁が僕に? めっずらしー」
    「や、奢ってもらったんだけどさ。なんか、金髪のお兄さんに」
    「金髪? ヤンキーにでも絡まれたの?」
    「なんかすげーカッコイイ人だった。スーツ着てて」
     そう言った瞬間、急に五条が立ち止まった。不思議に思って隣を見上げると、五条はそれまでの暢気な笑顔をすっかり消し去り、常は外さない目隠しを片手で引きあげ、蒼光りするその特別な眼でじっと悠仁を見下ろしていた。
    「? 五条先生?」
    「……その金髪ってどんなやつ?」
    「えっ? あーー、仕事の出張で来てたって。なんか高そうなスーツ着てて、顔とか外人ぽかったけど日本人だって言ってた。いい人だったよ」
    「宿儺」
    『ケヒヒッまあ、呪詛師だな。随分上手く隠しておったが、俺の目は誤魔化せん』
     五条の一言で、今まで眠ってでもいたように沈黙を守っていた宿儺が頬に現れ五条の声に応えた。考えもしなかった可能性に、虎杖は一瞬言葉を失った。
    「えっ、でもあの人別に全然そんな感じじゃなかったよ!? 何か困ってないかって心配してもらって、おにぎりご馳走になっただけで」
    「ゆうじ〜〜〜〜〜〜、こんなとこで偶然呪詛師とばったりなんて偶然あると思う〜〜〜? 悠仁目当てに決まってるだろ」
     五条が目隠しを元に戻し、釈然としない顔の虎杖の頬をむにゃりと摘んだ。
    「人懐こいのは悠仁の長所だけどさー、もうちょっと自分が宿儺の器の自覚持ってくんないと」
    「いやでも、別に何もされなかったし、ちょっと話しただけだし、わかんなくない!? っていうか、なんでセンセーはわかったのさ」
     金髪とスーツは確かに珍しい組み合わせだが見かけないわけではない。ふと生まれた虎杖の疑問に、五条は端的に答えた。
    「会ったことあるからね」
    「えっ、そーなんだ。知り合い?」
     返事までに、ほんの少し間があった。
    「…っていうか呪詛師は監視対象なんだから、名前くらい把握してるに決まってるだろ」
    「そっか……」
     もしかしたら五条は彼と戦ったことがあるのかもしれない。五条とまみえて無事なら、かなり腕利きの呪詛師なのだろう。そんな人間が、なぜ自分に話しかけたのだろう。五条の言う通り偶然ではないとしても、やはりあの男の佇まいには敵意や害意は一切なく、ただ虎杖を気遣う気持ちだけが見ていてたと思う。
    「呪詛師ってあんなかっこいい人もいんのな。外人の俳優さんみたいだった」
    「………」
    「あっ、じゃあそのどら焼き食べたらまずいかなあ。その呪詛師?さん買ってくれたやつだけど」
    「うーーん、まあ残穢もないから大丈夫だろうけど、念のため僕がもらっとくよ」
     五条が手にしたどら焼きを軽く持ち上げた時、コンビニの入り口から釘崎の威勢のいい声が飛んできた。  
    「せんせーっ、財布持ってはよこいや!」
    「アハッ、呼ばれちゃった。悠仁、ほんとになんもいらない?」
    「…うん、いや、……やっぱアイスでも買おうかな」
    「先生の奢りだからねー、高いやつ買っていいよ」
    「サンキュ!」
     虎杖は答えのない思考から頭を切り替え、同級生たちの元に走り出す。その後ろ姿をゆっくり追いかけながら、五条はぽつりと呟いた。
    「……ま、あいつがお前になんかするとは思わないけどね」
     その言葉は誰の耳にも届かず、夜更けの静寂の中へと溶け消えた。


      *


     かすかな振動をスーツの尻ポケットから感じ取り、七海はスマホを取り出した。画面には、予想通りの名前。気付かれないはずはないとわかっていたので、驚きはない。しばらく画面を見つめてから、七海はゆっくりと通話ボタンを押した。
    「………はい」
    「オイオイ、オイオイオイ七海ィ、お前どういうつもり〜〜〜〜〜?」
    「お久しぶりです五条さん」
     名乗りもせずいきなり詰問口調の五条に対して、七海は丁寧な挨拶を返す。電話口の向こうで、五条はあっさりとうわべの軽薄さを脱ぎ捨てたようだった。
    「相変わらずだね、オマエ」
    「五条さんも、お変わりないようで」
     最後に顔を合わせて話したのは一年半ほど前になるだろうか。祓除の現場でカチ合って追い詰められ、無様に逃げ出したのが最後だ。その時以降、できるだけ現場で出くわさないよう注意を払って行動していたこともあり、これがその時以来の接触だった。
    「それで? どういうつもりだって?」
     場合によっては容赦しない、というニュアンスを含ませる声音に、七海は穏やかに返答した。
    「宿儺の器が現れたと聞いて、ちょっと興味が湧きました」
    「それだけって、僕が信じると思ってる?」
    「信じても信じなくてもいいですよ。別に危害を加えるつもりはありませんでしたから」
    「夏油の子分とは最近会ってんのか」
    「彼らは関係ないです」
    「それはこっちで判断する。質問に答えろよ」
    「夏油さんにはだいぶお世話になりましたが、もう夏油さんはいないので」
     七海は、呪術高専を卒業した後、呪術師にはならずに大学へ編入し、そのまま一般企業へと就職した。そこでの過重労働とパワハラで心身を蝕まれ、ストレスに耐えかねて呪力で上司と同僚を多数殺害するという大事件を起こしている。その時七海を捕縛に来たのがかつて呪術高専での先輩である五条であり、そこから七海を逃したのが、同じく先輩だが先に呪詛師として道を違えていた夏油だった。五条の手で死に損なった七海は、自死もできずに生きながらえ、そのまま夏油の手引きで呪詛師となった。夏油の率いる宗教団体にもその流れでしばらく世話になったが、一年半前の夏油の死後は関係が切れている。正直まだ組織が存続しているのかさえ知らなかった。
    「虎杖くん、でしたっけ。真っ直ぐな良い子ですね」
    「まあね、筋もいいし、先が楽しみな奴だよ」
    「勘も良くて隙がない。術式を見てみないとわかりませんが、宿儺の器という部分を差し引いても才能はありそうです」
    「危害を加えるつもりはないんじゃなかったっけ?」
    「感じたことを言っているだけですよ。五条さんが担任なんでしょう?」
    「うん。今年の一年は、見込みのあるやつばっかりで教師冥利に尽きるよ」
     そこで一時会話が途切れた。携帯端末越しにもかかわらず、お互いに何かを飲み込んだままでいることがわかる。
    「なあ七海、───お前、本当にこっち戻ってくる気ないの」
     お前、呪詛師になってから、非術師に手を出してないだろう。しばしの沈黙の後で、五条が静かに言った。よく知っているなと、七海は口元に小さく苦笑を浮かべた。実際、七海が請け負う仕事は呪詛師というより、フリーの呪術師に近いものが多い。
    「その気はありませんね」
    「何でよ。お前全然呪詛師向いてねーじゃん」
    「向き不向きでやってるわけではありませんから」
     この話題は、七海が一般人にも呪術師にも戻れない立場になってから、何度か蒸し返された会話だった。戻ってこいと五条は言う。戻らないと七海が答える。五条の真意はよくわからないが、断るたびきっとこれが最後だろうと思うのに、五条は諦めずに七海に声をかけ続ける。高専時代には考えられなかった辛抱強さを、五条は身につけたようだった。意外と教師に向いているのだなと思ったのは、何度目の時だったろう。
    「……罪を償うなら、もっといいやり方があると思わねえの」
    「………」
    「七海」
    「無理ですよ」
    「僕なら何とかしてやれる」
    「そういうことじゃないんです」
     実際、五条なら、確かになんとかできるだろう。御三家を抑え、上層部を黙らせ、七海を日のあたる場所に引き出して生きていけるようにする、それだけの力が五条にはある。だが、それではだめなのだ。
    「……五条さん、私の犯した罪に見合う償いなどあるんでしょうか」
    「……」
    「そういうことです。私は死んでも償えない罪を背負っている。そんな人間が日のあたる場所を歩こうなんて、赦されるわけがない」
     呆れたようなため息が、端末の向こうから聞こえてくる。
    「お前、ほんと真面目だね」
    「それが私ですから」
    「もうちょっと楽に生きようって気持ちないの」
     思わず笑い声がこぼれそうになり、七海は端末からいったん顔をそむけて息を整えた。
    「───五条さん、自分ができないことを人に求めてはいけません」
    「僕はじゅうぶん楽にやってるよ」
    「楽にやってる人が呪術師なんかでいませんよ」
     五条はたしかに誰にも忖度せず好き放題しているように見えるだろう。だが、本当はそうでないことを、七海は知っている。彼を呪術界に縛りつけるものは七海のそれよりももっとずっと重く、五条自身の存在そのものが自由になることをゆるさない。その重荷を正面から受け入れ、呪術界に大きな変革をもたらそうとする野心と覚悟を軽く「楽にやってる」などと言ってのける五条の言葉は、呪詛師という人間の底辺で這いずる七海の持ちえない翼に思えてひどく眩しかった。
    「……もし僕が、あの時お前を引き留めていたなら何か違った?」
    「………」
     そう尋ねられて、七海はしばし沈黙した。五条の質問は、もう何度も自分自身に問いかけてきたことだ。もし高専を離れず、ずっと呪術師として五条の傍にいたのなら、今と違う未来があっただろうか。外の世界で病まず、術師としての本分を全うできただろうか。七海は静かに首を振って無意味な思索を打ち切った。
    「いまさら『たられば』に意味はありません」
     そう言いながらも、七海は思う。おそらくずっと五条のそばにいたのなら、もっとずっと悪いことになっていたかもしれない。呪術師のあり方を憎み、力の至らない自分自身を憎み、あの頃最も身近にいた五条にその憎しみをぶつけてしまったかもしれない。五条と無関係のところで呪詛師となったことは、最悪の罪を犯した七海の、その最悪の底に残ったたった一つの救いでもあった。
    「………七海、僕はお前が恋しいよ」
     不意にため息のように囁かれて、七海の息が止まる。動揺をあらわにしたことに苛立ちながら、ゆっくり詰めた息を吐き出した。
    「私は忘れました。あなたも早く忘れたほうがいい」
     こんな人でなしに情など抱くものじゃない。そういう思いを込めて返事をすれば、軽い笑い声が返った。
    「こーいうの、ロミジュリって言うのかね」
    「馬鹿なことを」
    「おお七海、七海、お前はなぜ呪詛師なの」
    「はあ、もう切ります」
    「あっ、ちょっと!」
     重く沈み込みそうになっていた雰囲気が、五条の芝居じみた一言で霧散する。脱力して長いため息をつけば、つかのま二人の間に気安い先輩と後輩だった頃の空気が戻ってきたようで、それが五条の目論見だとすれば不本意だが、成功というほかない。つい口元が緩む自分を戒めながら一方的に通話を切って、七海はホテルのソファにもたれた。
     虎杖に会いに行ったのは、本当に、何か意図のあることではなかった。高専に伝手のある情報屋から『両面宿儺の器が現れた』と聞いて、そして五条がその『器』に目をかけていると知って、好奇心が動いたのだ。梅雨に入る前に低級呪霊を数多く祓う実技の授業があるのは、七海の在学中から変わらない呪術高専の恒例行事だったから、いつ彼らが任務に出るのかあたりをつけるのは簡単だった。あとは、東京近郊で実習向きの低級呪霊の吹き溜まりをいくつか張っておけば、そのうち一つがビンゴだったというわけだ。虎杖と接触を持てば、五条から連絡が来ることも予定の内だ。一年半ぶりの五条との会話に満たされるものがあったことは否定できない。あの頃の感情やつながりは全て過去に置き去ってきたつもりでも、こうやって声を聞き、親しげにつつかれれば心にざわめくものがあり、それを重々承知で五条は七海を甘やかすような言葉を口にするのだろう。だが、その本当の意図は七海にはよくわからなかった。戻ってこいと言うのは本音だろうが、まさか七海が情に絆されて戻ると考えているわけでもあるまい。ただ七海の動揺を面白がっているだけなら悪趣味だが、その悪趣味こそ五条らしさでもある。
    (あの人の考えなど、悩むだけ無駄か)
     五条の思惑など、本当は関係ないのだ。自分がやるべきこと、やると決めたこと。罪を犯したその日に心に決めたそれを見誤らないこと。世界のこちら側で、あなたを───。七海が考えるのは、それだけでいい。
     気がつけば、疲労が押し潰さんばかりに七海の肩にのしかかっていた。ギリギリまで五条に気取られないために朝からいっさい呪力を使わず過ごしたせいで、普段とは違う疲労感がある。ようやく七海は五条に対する詮ない物思いを止め、ソファに背を預けて両掌で顔を覆った。親指で強く目元を揉み込み、疲労の凝った目の奥をほぐそうとする。吐く息が疲労で熱い。そうしていつしか意識が闇に落ちるその寸前に、瞼の裏に浮かんだのは、青空を飛翔する翼のような白い五条の髪の色だった。




       

     深夜、子供たちを寮に送り届けた後、戻った拠点の一室。通話の切れたスマートフォンをベッドに放り出し、五条はテーブルに手を伸ばした。虎杖から譲られた、七海が買ったというどら焼きを手に取る。ビニールの包装を剥いて大口でかぶりつけば、もちもちとした皮と粒あんの控えめな甘味が舌に馴染んだ。高専時代から変わらない、五条の好物の一つだ。
    「………ほんと、めんどくさい奴だね」
     戻れないと言いながら、こんなふうにわかりづらく気を遣うなんて。お前は本当に面倒くさくて可愛い後輩だよ。五条は歌うようにひとりごちて、くすりと笑った。



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    DONE『地を這う者に翼はいらぬ』の続編です。(書き終わらなくてすいません…)
    呪詛師の七海と特級呪術師五条の五七。呪詛師と言いつつ、七海はほぼ原作軸の性格(のつもり)です。
    某風俗業界の描写があります。具体的な行為等は書いてませんが、苦手な方はお気をつけください。
    祈れ呪うな 前編いつもは閑散としている東京呪術高専事務室のお昼時だが、その日は常ならぬ緊張感がエアコンの効いた室内に満ちていた。電話番で一人居残っていた補助監督の山嵜の視線は、どうしても事務所の一角に吸い寄せられてしまう。高専の事務室は、主に補助監督や呪術師の労務管理を行う事務職員の仕事場で、高専の職員室は別にあるのだが、昼食で留守にしている事務員の机の前に、やたら大きな男が陣取っているのだ。白い髪に黒い目隠し、そして山嵜とは30センチは違うその長身。山𥔎は一度も口をきいたことはなかったが、この東京呪術高専、いや、日本全国の呪術師の中でも一番の有名人が、パソコンで何やら調べ物をしているのだった。
     昼時、のんびりとネットサーフィンをしながらサンドイッチを齧っていた山嵜は、ノックもなく突然開いたドアからズカズカと挨拶もなく入り込んできた男の姿に、驚きのあまり思わず腰を浮かせた。
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    Zoo____ooS

    DONE呪詛ミンと虎杖と五条。五七。
    前半はほとんど七海+虎杖ですがカップリングではありません。

    【五七FESTA】でこの話の続きを展示するため、シリーズ第一話としてこの話をポイピクにもアップしておきます。続編更新しました!前編ですけども…

    ※pixivに上げているのとまったく同じものです。
    地を這う者に翼はいらぬ 小さな蝿頭が、ふわふわと目の前を横切る。祓う気も起きずに目だけで追うが、すぐに通り過ぎる車に視線を切られ、虎杖は顔を正面に戻した。虎杖がいる国道沿いのコンビニの駐車場は街灯に照されしらじらと明るいが、その外は墨を流したように暗く、景色は闇に溶け込んでいる。
     眠い。疲れた。腹減った。先生たちまだかよ。一日の疲労が膜のようにまとわりついて、頭がうまく働かない。眠気を追い出そうと目を強く瞑ってから、腕でごしごしと顔を擦った。
     都内から電車で1時間ほどのベッドタウン、その国道沿いのコンビニ駐車場で、虎杖はぼんやりと迎えを待っていた。今日は伏黒と釘崎の三人で三手に分かれて低級呪霊を祓いまくるという学生向きの任務だったが、いくら低級でも流石に数が多く、任務完了がだいぶ遅い時間までずれ込んだ。伏黒と釘崎を車で拾ってこちらに向うと補助監督から連絡があったのがもう三十分ほど前。春も深まる季節とはいえ、夜更けともなれば少し肌寒い。制服の襟から出たパーカーをぐいっと喉元に巻きつけるように引き寄せる。ひどく腹が減っていたが、うっかり財布に金を入れ忘れたせいで目の前のコンビニでおにぎりを買う金もない。きゅうっと縮む胃に拳を当てて空腹を紛らわせながら、虎杖は星も見えない夜空を見上げては大きく欠伸をした。
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