Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    Zoo____ooS

    @Zoo____ooS

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 2

    Zoo____ooS

    ☆quiet follow

    『地を這う者に翼はいらぬ』の続編です。(書き終わらなくてすいません…)
    呪詛師の七海と特級呪術師五条の五七。呪詛師と言いつつ、七海はほぼ原作軸の性格(のつもり)です。
    某風俗業界の描写があります。具体的な行為等は書いてませんが、苦手な方はお気をつけください。

    #五七
    Gonana

    祈れ呪うな 前編いつもは閑散としている東京呪術高専事務室のお昼時だが、その日は常ならぬ緊張感がエアコンの効いた室内に満ちていた。電話番で一人居残っていた補助監督の山嵜の視線は、どうしても事務所の一角に吸い寄せられてしまう。高専の事務室は、主に補助監督や呪術師の労務管理を行う事務職員の仕事場で、高専の職員室は別にあるのだが、昼食で留守にしている事務員の机の前に、やたら大きな男が陣取っているのだ。白い髪に黒い目隠し、そして山嵜とは30センチは違うその長身。山𥔎は一度も口をきいたことはなかったが、この東京呪術高専、いや、日本全国の呪術師の中でも一番の有名人が、パソコンで何やら調べ物をしているのだった。
     昼時、のんびりとネットサーフィンをしながらサンドイッチを齧っていた山嵜は、ノックもなく突然開いたドアからズカズカと挨拶もなく入り込んできた男の姿に、驚きのあまり思わず腰を浮かせた。
    「え、え、あの、ご、ご、五条さん?」
    「借りるよ」
     吃ってまともに応対できない山嵜に気を悪くするでもなく五条はひと言断ると、手近な不在者のパソコンデスクへと腰を下ろす。パスワードもなしにログインできるのかと見ていたが、どういう手を使ったものか特に問題ないようだ。しばらくカチ、カチ、とマウスを操作する音が聞こえてきて、何かのファイルを閲覧している様子をちらちら盗み見ながら、山嵜は食べ残したサンドイッチをもそもそと口に詰め込んだ。何をしているのか詮索するのも怖くて、「手伝いましょうか」と声もかけられない。恐々と気配を潜めるようにしていると、やがて五条が顔を上げて振り向いた。
    「ねえちょっと、そこのキミ」
    「は、はいっ」
     急に声をかけられ、山嵜は椅子の上で一センチほど飛び上がる。相手の緊張にはまるで気づかないように、五条は画面に視線を据えたまま山嵜を手招きした。
    「うちがフリーに外注してる案件なんだけどさあ」
     恐る恐る近づいた山嵜が画面を覗き込む。五条が開いているファイルは、過去一年分、高専が外部のフリー呪術師に依頼した祓除案件の一覧表だった。エクセルの左端から管理番号と日付、それから順に現場の住所と呪霊の等級、依頼した術師の氏名と支払った料金が並んでいる。五条はその中の一つを指さした。
    「これ、こいつ」
    「は、はあ」
    「月一で一級案件卸してるみたいだけど、知ってる?」
     山嵜は画面に顔を近づけ、五条の指先の名前を見た。3月16日、神奈川県鎌倉市、報酬××万。少し考え、山嵜は「ああ!」と声を上げた。
    「会ったことあんの」
    「あ、いや、僕はないですけど。この方、確か伊地知さんがつなぎを担当してたと思いますよ」
    「ふーん」
    「お名前からすると結構お年の女性っぽいのに、一級案件をかなり安く引き受けてくれるんで、うちでは重宝しているんですよ」
     呪術界は万年人手不足の業界だ。殉職でも引退でも出ていく人間は多いのに、入ってくる人間は限られている。高専所属の呪術師だけでは回せないことも多く、時にはフリー呪術師を頼ることもある。マウスを操作してリストをソートすると、該当の人物の受けた案件だけがずらりと並ぶ。高専からの最初の依頼は、一年半ほど前の日付になっていた。一級術師しか受けられない案件を、コンスタントに引き受けているのがわかる。その割には確かに料金が低めで、高専側でもコスパに優れたフリー呪術師として便利に使う術師の一人だった。
    「どうします、そのリスト印刷しますか」
     画面を見つめたまま考え込む様子の五条に、山嵜がそう申し出る。五条はすぐに頷いた。
    「うん、お願い。ついでに、担当した案件の報告書もちょうだい」
     立ち上がった五条に替わって席についた山嵜は、パソコンを操作して言われたファイルを開いては印刷ボタンを押していく。トレイに吐き出されたコピー用紙を手に取り、五条はそのまま事務室のドアに向かった。
    「あの、五条さん」
     山嵜は、ためらいながらも勇気を出して五条の後ろ姿に声をかける。五条は目隠しで表情の読めない顔を山嵜に向け、口元だけでにいっと笑顔を象った。
    「うん、悪いけどこのことは黙っといてね」
    「は、はい」
    「お疲れさん」
     ひらひらと手を振る五条を見送り、山嵜はようやく大きく息をついた。別に脅されたり何かを言われた訳でもないが、呪術界最強の男は居るだけで皮膚がひりつくような存在感がある。


     五条家から回された送迎車の後部座席に乗り込み、五条は手に入れたプリントアウトに目を通し、誰にも聞こえないよう呟いた。
    「カンナトミエ、ね…」



    ・・・


     微かなバイブ音とともに、カウンターの上の携帯が細かく振動する。目の前に置かれたばかりのラーメンの麺を一口啜ってから、七海は携帯に手を伸ばした。ロック画面の通知だけちらりと眺めて、携帯から手を離し、本格的に目の前のラーメンに取り掛かり始める。あっさりした魚介だしのスープはしつこさがなく上品な味わいで、空きっ腹に染み渡る。薄くスライスされたチャーシューが薄いピンクの花びらのように透明なスープの下から透けて、柔らかい穂先メンマとともに口に入れると歯切れのいい食感と旨味が口いっぱいに広がった。
     替え玉と一緒に餃子も頼んで、ビールで流し込む。どんぶりと皿がすっかり空になったところで水を一杯飲み干してから、七海はようやく再び携帯を手に取った。ロックを解除してメールアプリを立ち上げる。先程の通知で確かめた通り、差出人は呪術高専時代の後輩で、今は補助監督をしている伊地知潔高。つまり、仕事の依頼だ。メールの宛先は偽名になっており、アドレス自体も、間にいくつかダミーを噛ませて発信者が辿れないようにしてある。軽く依頼の内容を確かめてから、七海は席を立った。店員の威勢のいい「ありがとうございましたー!」という掛け声に送られて、七海はラーメン屋を後にした。

     まだ宵の口だが、街には湿った猥雑さが滲み始めていた。色とりどりにまたたくネオンの光は、何もかもを暴いてしまう日中の陽光とは違い、この猥雑で汚い街を覆う夜闇を柔らかく彩る。パチンコ屋や居酒屋の店頭から流れてくる有線と、わざとらしい口調でキャッチやぼったくりを咎める公共放送が白々しく混ざり合って、街はひどく騒がしい。居酒屋の客引きやキャバクラの同伴カップルの横をすり抜けながら、七海は自分の塒へと急いだ。
     七海が住処としているのは、この日本有数の歓楽街の一角にある細長い雑居ビルだった。一階は風俗の無料案内所、二階は質屋、三階は整体院で、四階が七海が借りるワンフロアだ。ワンフロアすべてが住居といってもそもそも繁華街の鉛筆ビル、部屋もうなぎの寝床という形容詞に相応しい狭苦しさだが、七海に不満はなかった。呪詛師になって以来、住居の快適さや私生活の充実は体調維持に必要な最低限に戒めている。美味いラーメンとビールを楽しんでおいて何をとも思うが、底辺の人間にも息抜きは必要だ。
     案内所脇の狭い入り口に体を滑り込ませて、七海はエレベーターを使わず奥の外階段を足早に上がった。四階の踊り場から防火扉を開き、エレベーターホールに出てすぐに向かいが七海の部屋の入り口だ。鍵を開けて明かりのスイッチを点ければ、朝仕事に出たままの室内が七海を迎える。散らかすほどの物もない部屋だが、朝使ったバスタオルが奥のソファベッドに放り出したままになっている。
     元がアパートの仕様ではないので、この部屋には玄関がない。七海は玄関の目印代わりにしているドアマットの前で靴を脱ぐと、室内履きに足を突っ込んで上着を脱いだ。ハンガーに掛けてクローゼットに仕舞い込み、バスタオルを取り上げて洗濯機に放り込んでから、ソファベッドへどかりと腰を下ろす。携帯を取り出し、もう一度、今度はじっくりと文面を眺める。
     伊地知からの依頼は明日十時、上野での待ち合わせだ。七海は添付の資料に目を通した。高専から七海に斡旋される任務は、等級の他に高専の術師があまり行きたがらない辺鄙な地方のことが多いが、今回は珍しく都区内だ。旧家の相続で博物館に持ち込まれた骨董品が、どうやら呪物らしいと高専に連絡があったので実物を確認し、問題なければ祓って回収してほしい。そういう、今まであまり依頼されたことのない類のものだった。呪物の等級は推定で二級、回収だけならたいして難しい仕事ではないが、ちょうど高専所属の術師で対応できる者がおらず外注に出すことになったとメールの文面にはある。依頼の内容は、元高専所属の呪術師としてもまああるだろうなという範疇だが…。七海は少し考え込んだ。明日は近場で本業の予定がある。早めに高専の依頼を片付ければ、問題なくそちらに向かえるだろう。七海は少し考えて諾の返事を送信した。


     翌朝、七海は待ち合わせの三十分前に上野駅の公園口に降り立った。平日とはいえ東京の北の玄関口であり、都内有数の観光地でもある上野は、朝からそこそこ人出が多い。数ヶ国語の飛び交う観光客たちの間を縫うように公園内を突っ切って、待ち合わせ場所の博物館の前へ到着する。入り口横の券売機で常設展のチケット買うと、七海はそのままミュージアムショップを兼ねたガラスの建物内の入場ゲートを通り抜けた。
     まだ開館して一時間も経っていない朝の博物館は、話題となるような企画展もないせいか人の姿は少ない。見下ろすビルのない、緑に囲まれた広々とした空間は、普段人の多いごみごみした場所で暮らしているせいか、ひどく心安らぐ清々しさがある。七海は初夏の青空を目を細めて見上げてから、正面の本館ではなく、左手の方向へ足を向けた。まっすぐに向かう先は博物館の別館ではなく、その手前の道路に停まるフードトラックだ。車体の横から下がる垂れ幕には「CAFE」の文字がある。店員にブレンドを一杯注文して金を払い、ドリップが落ちるのを待ちながら、七海は陽光を透かす欅の梢越しに青空を眺めた。この時間、空気はひんやりと澄んでいるが、日差しは来たるべき夏を予告するように力強い。この天気なら、昼過ぎにはずいぶん気温が上がるだろう。きっちり着込んだスーツの上着のボタンを一つ外したところで、後ろから聞き覚えのある声がした。
    「カフェオレのラージサイズ、はちみつ3ショット追加で」
     一瞬強張った身体を悟られないよう、ゆっくりと振り返る。そこには、昔と変わらぬ様子の五条悟が立っていた。いつもの目隠しではない黒いサングラスを傾かせて、今日の青空を映し込んだような六眼がじっと七海を見つめている。いくつか想定していた事態のうちの一つが的中したのを知り、七海はため息をつきながら五条に向き直った。
    「あれ? 驚かないの」
    「まあ、そういうこともあるかと思いました」
    「ふーん、余裕だね」
     いつもと違う場所でのいつもと違う依頼。一つだけなら偶然でも、二つ重なれば必然となる。七海は呪詛師として追われる立場だ。危険に敏くなければ生き残ることはできない。動揺を見せない七海に、五条は少し不満そうに口を尖らせた。
    「気づいてたくせに逃げなかったのかよ」
    「伊地知君のメアドからでしたから。私が現れなかったら彼に迷惑がかかるでしょう」
    「へーきへーき、お前と伊地知がこっそり繋がってたからって怒ったりしないよ。マジビンタくらい」
    「やめてあげてください…」
     本気とも冗談ともつかない五条のセリフに頭が痛くなる。
     五条が来たということは、おそらく七海の偽名に気が付き、伊地知を締め上げて送信させたのだろう。
    「あなた一人ですか」
    「そうだよ、知ってるのも来たのも僕一人」
     ちょうどそこで「ブレンドご注文の方」と声がかかり、七海は五条に背を向けてペーパースリーブのついたカップを受け取った。そのまま五条を待たずに歩き出す。後ろを見なくても、五条がこちらを見ているのはわかった。
     庭園の奥まった場所に人気のないベンチを見つけて座る。プラスチックの上蓋のタブを押し上げて熱いコーヒーを啜る。追ってきた五条が、隣に座った。コーヒーの香りを楽しもうにも、隣の存在のせいで任務前の一服には程遠い。ふうふうと息を吹きかけながらカフェオレに口をつける五条は、何も気にしていないようで、このままでは埒があかないと七海は単刀直入に切り込んだ。
    「それで、五条さんのご用件は」
     五条は、ニヤリと片頬を歪めた。
    「お前を泳がすの止めて捕まえに来たのかもよ?」
    「本当にそのつもりなら、こんな悠長なことしてますか」
    「どうだろうね」
     五条はしばし口を噤んだ。人の声と小鳥のさえずりの混じり合う初夏の風が、二人の間を静かに吹き抜けてゆく。五条がゆっくりと口を開いた。
    「僕の好物、よく覚えてたね」
    「……」
    「美味かったよ」
    「…そうですか」
     一拍置いて、七海は相槌を打った。五条が何を言っているのかすぐわかった。数週間ほど前、七海は両面宿儺の器で五条の教え子の虎杖悠仁に、素性を隠して会っているのだ。その時虎杖に買い与えたどら焼きは、五条の口に入ったのだろう。五条のために買ったわけではないが、五条のことが念頭になかったとは言い難い。その後、七海の痕跡に気づいた五条からの電話で、二人はほぼ一年半ぶりに電話越しに言葉を交わしている。
    「まさかどら焼きの礼を言いに来たわけじゃないでしょう」
    「お前、久しぶりの先輩と会話を楽しもうって気がないのかよ」
    「呪詛師と呪術師で楽しい会話なんてありませんよ」
     今まで距離を保ち続けた人間に会いにきて、何も意図がないとは考えられない。本当に捕まえにきたのなら逃げることはできないだろう。おそらく五条の思惑は違うのだろうという気がするが、七海が五条のことをよく知っていると思えたのは、はるか昔のことだ。それでも五条がかもしだす空気は学生の頃のようで、それに危うく引き込まれそうになる自分がいる。あまり長い時間一緒に過ごすのは、危険な気がした。
    「用がないなら、私は帰りますが」
    「オマエ、気が短すぎ」
     雑談をする気にはならず話を切り上げる素振りを見せると、五条は呆れたように笑って、その美しい蒼い目をサングラスの隙間から覗かせた。
    「依頼を受けただろ。まさか途中で放り出したりはしないよね?」
     ベンチから立ち上がりかけていた七海は動きを止めた。正直なところ、七海を誘き寄せる嘘の依頼だと思い込んでいた。
    「……フェイクの依頼なのかと」
    「依頼の中身は嘘じゃないよ。まあ、普通は外注するような仕事じゃないけど」
    「はあ…仕方ありませんね」
     一度受けた依頼を、依頼主の契約違反以外の理由で反故にするのは七海の信条に反する。ため息をついて立ち上がると、そうこなくちゃと五条が笑った。


     依頼の内容の通り、博物館の裏手の研究所で件の呪物を確認し、祓うのにかかった時間はわずか30分ほどだった。祓い終わった仏像は、ここの職員を兼ねる窓の手で梱包されて高専に送られる。そこで念入りに浄化を施されたのち、博物館に戻されて収納庫に収まることになるだろう。フェイクではなかったが、間に合わせの依頼であったのは間違いない。あっさり終わった任務に少し拍子抜けしながらも、二人は研究所を後にする。門を出たところで、七海は五条を振り返った。
    「これで依頼は果たしました。それでは」
    「オイオイ七海ィ、ちょっと待てって」
     くるりと踵を返すと、後ろから五条が腕を掴んだ。やはり逃がしてはもらえないかと、内心ため息をつく。
    「なんですか、まだ何かあるんですか」
     心のため息を何倍も大きくして吐き出し、五条を見返す。五条は七海のうんざりした態度など何も気にしていないように、さも当然のように言った。
    「お前、まだ仕事あんだろ? 僕もついてくから」
    「は? なぜ?」
    「社会科見学♡ 呪詛師のお仕事、見学させてくださーい」
    「バカですかあなた」
     はーーーーっと、長いため息が口を出る。それこそ幾人の呪詛師を仕留め捕らえたかわからないような男が言うセリフじゃない。
    「呪詛師の仕事なんて知り尽くしてるでしょう。もっとマシな言い訳考えてください」
    「僕がついてってなんか不都合でもあるの」
    「だからなぜと聞いています。私の仕事ぶりが知りたいなら、神奈富江の報告書見てくださいよ」
    「高専から請け負った仕事じゃなくて、『お前』の仕事が見たいの。なんだよ、マジで呪殺とかそういうやつ? お前捕まえなきゃいけないような感じ?」
    「違いますけど、………」
     七海は五条をじっと見つめた。サングラス越しでもわかる美少女めいた顔立ちと、その童顔に似合わぬ長身。気温の上がる初夏に黒づくめの装いは胡散臭い以外の何者でもない。正直、仕事先にこんな目立つ男を連れて行きたくはない。そもそも連れていって問題ないものか…。仕事先もだが、五条がどういう反応をするかが読みづらく、突拍子もない行動に出ないとも限らない…。あれこれと考え逡巡する七海に痺れを切らしたのか、五条は口を開いた。
    「僕を同行させれば、これまで通りに神奈富江は存在できる」
    「……」
     断りにくい条件を突きつけられ、七海は押し黙った。五条にバレたことで諦めていたが、本当は高専からの仕事は手放したくない。多少ディスカウントしても割りのいい支払いもだが、一級相当のシビアな案件は、術師としての腕と勝負勘を維持するためにもコンスタントに必要なのだ。
    「……はあ、仕方ありませんね」
     逡巡の末、ため息とともに五条の提案を受け入れる。五条に呪詛師稼業の詳細を知られることと、便利な偽名を見逃してもらうメリットを天秤にかけた結果だ。五条は、当然と言わんばかりに首をすくめて、それで?と七海を見る。
     七海が上野駅には戻らず、寛永寺の霊園を突っ切って鶯谷に出ると伝えると、五条が不思議そうに首を傾げた。
    「どこ行くの?」
    「…来ればわかります」
     ここから目的地までは少し距離がある。一人なら歩いてもいいのだが、今日は五条が一緒だ。徒歩で気詰まりな数十分を過ごすよりも、タクシーの方がマシだろう。七海は駅前でタクシーを拾うと、五条とともに乗り込んだ。
    「千束3丁目交差点のあたりまで」
     行先を聞いて、運転手がちらりと目線を寄越す。五条は目的地を聞いてもピンとくるものがなかったのだろう。特に口を挟むでもなく大人しくしている。車が発進してもそのまま静かにしていてくれればと思っていたのだが、すぐに退屈し始めたか、七海に話しかけてきた。
    「それにしても、神奈富江ってわかりやすくない?」
    「別に、私を探そうと思わなければ気が付かないものです」
    「まあ、補助監督の若いやつも、バアさんだと思ってたみたいだし」
     そう思わせるつもりでアナグラムからNを一つ抜いたのだから、うまくいっていたのだろう。五条に気づかれるまでは。
    「あなたはどうして気づいたんです?」 
    「お前、高専の事情に詳しそうだったから、なんか伝手があるんだろうなって」
     それで一番手近なフリーの呪術師を洗ったら、神奈富江の名前が出てきたからさ。すぐわかったよ、お前って。
     五条がつらつらと語るのを聞きながら、七海は内心しくじったなと思う。本気で隠れるつもりなら、アナグラムなど使わず徹底的にやるべきだった。
    「お客さん、どの辺に停めますか」
     タクシーの運転手の声で、窓の外を見る。ちょうど国際通りを北上して、分岐の五叉路に差し掛かるあたりだ。あまり目的地の近くだとバツがわるいため、すぐそばのコンビニに停まるよう指示を出そうとした時、上着のポケットにしまっていた呪符が、音を立てて破けた。
    「!」
     急いでポケットから呪符を取り出す。二枚の呪符のうち、破けたのは一枚だけ。片割れを持たせた人間に危難があり、結界が発動したことがわかる。
    「ここで停めて!」
     鋭い七海の怒鳴り声に、運転手が慌ててブレーキを踏む。ガクンっと前に投げ出されそうになる体を頭上のアシストグリップを掴んで堪えると、七海は素早く左右の車通りを確認してドアを開け放つ。
    「七海っ」
    「五条さん、支払いお願いします!」
    「あっ、おい待てって七海!」
     引き止める言葉を振り切り、車外に飛び出す。クソッという罵り声が聞こえたが、構っていられなかった。七海は走りながら携帯を取り出し、あらかじめワンタッチで繋がるようにしていた番号へと通話を試みたが、出られる状況ではないのだろう。舌打ちしながら電話を切る。平日の昼間だと油断した。結界用の呪符が保ってくれていればいいのだが。険しい顔で全力疾走する大男の姿に、通行人が目を丸くして振り返る。いくつか角を曲がった亜タリで、「女性専用ビジネスホテル」という看板が見えてくる。あまりホテルらしくない質素な外見の建物の前で足を止めた七海は、息を整える時間も待たず入り口の扉を押した。
     入り口の奥、マンションの管理室のようなフロントを覗き込むと、中年の女性が固定電話の受話器を手に立ち尽くしていた。後ろに括った髪が乱れ、仕事着のシャツがひどく暴れたようにジャケットから飛び出している。物音に顔を上げた女性は、突然入り込んできたスーツ姿の大男が七海だと気がつくと、一瞬ホッとした表情を見せて、すぐに厳しい顔つきに戻った。
    「大丈夫ですか」
    「大丈夫です。少し掴まれただけ」
    「男は」
    「彼女の部屋に向かいました。部屋番号を教えなければドアを片っ端から破ると脅されてしまって」
     女は「ごめんなさい」と顔を歪めて謝った。彼女はこの街で、昔から『窓』の役割を果たしている女性だ。度胸も覚悟もあるが、それは死ぬ覚悟があるという意味ではない。七海が来るまで少しの時間を稼いでくれただけでもありがたい。七海は女の努力を労った。
    「問題ありません。あなたはいつも通りここから出て、伊東さんに連絡してください。それから、外に背の高い白い髪の男性がいますから、その人に七海は3階にいると伝えて」
     女性は、七海の言葉に頷くと、ドアの外へと走り出る。それを見届けてから、七海は奥のエレベーターへと足を進めた。

     エレベーターを降りた時点で、3階のフロアは残穢が濃く澱んでいた。奥の部屋から、聞くに耐えない野太い罵声が聞こえる。他の宿泊者はトラブルを恐れて出てこないだろう。七海は迷わずその部屋の前に立ち、その長い足を振り上げた。
    「!」
     呪力を込めてぶち抜いたドアの向こうで、小柄な男が振り向く。両目と鼻が催涙弾でも投げつけられたように真っ赤に腫れ上がり、涙と鼻水にまみれている。七海は右手で背中に仕込んだ鉈を抜き取り、男が放った式神を一閃した。そのまま部屋の奥に踏み込みながら、今度は左手を振りかぶって男の脇腹に左フックを叩き込む。肝臓に強烈な一撃を喰らった男は、白目を剥いて涎を垂らしながらその場に倒れ込んだ。
    「ふーー…」
     抵抗する余力はないだろうが、念のため七海は男の上にかがみ込むと、男の腕を手際良く後ろ手に拘束して呪力封印の呪符を貼る。さらに持ち合わせのハンカチを猿轡がわりに噛ませてから、七海は立ち上がってトイレのドアを軽くノックした。ドアには、男と式神がつけたのであろう鋭い爪で抉ったような痕が幾筋もついていた。もう少し遅ければ危なかっただろう。
    「田中さん、七海です。もう大丈夫ですよ」
     ドアの向こうから小さな返事と引き攣ったような泣き声が漏れ聞こえる。七海は一歩退いて、依頼主が落ち着くのを待つ。啜り泣く声が途切れがちになった頃、ようやくトイレのドアが開き、中から若い女が顔を出した。七海の顔を見た途端、涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚れた顔がさらに歪む。
    「う、う、うわあああああん」
     見知った七海の顔を見て一気に安心したのだろう。その場に座り込んで子供のように泣き出した女の前に片膝を着き、七海は優しく声をかけた。
    「遅くなって申し訳ありません。お怪我はありませんか?」
    「うっ、な、、なっ、ないっ、ひぐっ、ないですっ、」
    「お教えした通り、ちゃんと逃げて結界を張れたんですね、偉かったですね」
    「うあっ、こ、こわ、怖かった、も、だめだって、殺されるって、私、うぐっ、うう」
    「もう大丈夫です。この男は二度とあなたを悩ませませんよ」
     七海は「失礼」と声をかけて女性の後ろに手を伸ばし、ホテル備え付けのタオルを手に取る。顔を拭くように手渡してやると、女性はタオルに顔を埋めて咽び泣き始めた。七海は無理に泣き止ませようとはせず、そのままホテルの窓に寄って外の様子を伺う。妙に静かだと思ったが、ホテルを囲むように帳が降りていた。足音がして顔を部屋の入り口に向けると、ちょうどそこに五条が立っていた。
    「七海」
    「五条さん」
    「お前、ほんっと遠慮なさすぎだっつーの」
    「すいません。緊急事態だったもので。助かりました」
     タクシー代は後で払います。そう言うあいだに、窓の外の帳がするすると上がっていく。部屋に日の光が差し込んでようやくひとごこちついたのか、女は嗚咽を止めて顔を上げた。急に現れた五条の姿に、怯えたように七海を見る。
    「この人は私の知り合いなので心配いりません」
    「は、はい」
    「立てますか?」
     足が萎えているのを手を貸して立たせ、部屋の奥の椅子に座らせる。七海は懐から一枚の名刺を取り出し、女に手渡した。
    「前にお話しした、あなたのような人たちを支援している団体です。話は通っているので、できれば今日はそちらに身を寄せてください。後のことは相談に乗ってくれるはずです。持っていく荷物などはありますか?」
    「……クローゼットに、スーツケースが、…」
     七海はすぐに立ち上がって、作り付けのクローゼットを開けた。女の言葉通り、旅行用のスーツケースが置かれている。荷造りは済んでいるようだ。
    「用意がいいですね」
    「け、警察には」
    「あなたの意に反して警察に連れて行ったりしません」
     話しているうちに、女も落ち着いてきたのか、少しずつ表情がしっかりしてくる。これならおそらく大丈夫だろう。七海は優しく気遣う言葉をかけた。
    「少し休んでください。タクシーが来たら起こします」
     女は身も心も疲れ切っていたのだろう。七海の言葉に小さく頷いてすぐに目を閉じると、やがて寝息を立て始めた。
    「やさしーね、七海」
    「仕事です」
     五条は足元に転がる男を爪先でつついた。
    「こいつは?」
    「呪詛師です。この女性にストーカー行為を繰り返し、暴行を働いていたので拘束しました」
    「どうすんの」
    「然るべきところに引き渡します」
    「警察じゃ、すぐ出てきて元の木阿弥じゃない?」
    「然るべきところ、です。警察とは言っていませんよ」
    「ふうん」
     七海はトイレのドアの内側に貼られた結界用呪符を引き剥がし、懐にしまった。それからスマホを取り出し、電話をかける。電話に出た相手に状況と現在地を知らせると、すぐに迎えに来ると返事があった。電話を切って、今度はタクシーを呼ぶ。
    「そういえばあなた、ホテルの従業員の女性には会いませんでしたか?」
    「あー、会ったよ。彼女、窓?」
    「そうです。高専に登録はされてませんが」
     五条と話しているうちに、廊下の方から足音がして、数人の男たちが部屋に入ってきた。その中に見知った顔を見つけて、七海は軽く会釈をする。明らかに堅気ではないパンチパーマのいかつい中年男が、ニヤリと片頬を歪めて七海の名を呼んだ。
    「よお、七海サン」
    「お疲れ様です。女性が休んでいるので静かにお願いします」 
     男たちは無駄口を叩かず、床に転がったままの男を黒い袋に押し込み、丸めた絨毯でも担ぐように持ち上げてさっさと部屋を出て行く。一人残ったパンチパーマは、片眉を上げて顎で五条を指した。
    「そっちの兄さん、見ない顔だがずいぶんな色男じゃねえか。ホストか?」
    「私の同業です」
    「へええ…」
     不躾にじろじろと視線を向けられても、五条は珍しく黙ったまま男のしたいようにさせていた。
    「色男の兄さん、化け物相手が嫌になったら俺んとこ連絡寄越しな。あんたならその顔でてっぺん取れそうだ」
     思わず噴き出しそうになるのを堪えて、七海は口を強く引き結んだ。五条はすでに呪術界、延いては日本の霊的世界の頂点とも言える男だ。五条自身も、自身の立場とホストとの対比に興味を惹かれたのだろう。ニヤニヤと面白そうな顔になり、男に問いかける。
    「僕てっぺん取れる? ほんと?」
    「ホントホント、なんなら今から面接来るか?」
    「えーっどうしよっかな」
    「いい加減にしてください」
     延々とくだらないやりとりを続けそうな二人の間に割って入る。五条がホストになる心配はしていないが、面接くらいなら面白がってついて行ってしまいそうだ。
    「伊東さん、この人にホストは無理ですよ」
    「こんなツラ下げといて無理ってこたねえさ。立ってるだけで女が寄ってくる」
    「そうそう、てっぺん取れちゃう」
    「五条さん」
     悪ノリし始めた五条に、つい眉間の皺が深くなる。あまりに嫌そうな顔をしたせいか、五条がさらに調子に乗った。
    「なになに七海、ヤキモチ? ヤキモチ焼いてる?」
    「なんだ、こいつはお前さんのイロか」
     五条のセリフにさらに興味津々といった顔になった伊東に、七海は深いため息をついた。

     伊東は散々五条をホストに勧誘した挙句、名刺を押し付けて去っていった。
    「あのおっさん面白いね、ヤクザ?」
    「…まあそうですね」
    「僕、本物のヤクザと話したの初めて」
     五条は平安時代から続く名家の嫡男かつ現当主、つまり生まれながらの高貴なお坊ちゃんなので、確かにヤクザと顔を合わせる機会などなかっただろう。かたや呪詛師はそもそも反社会組織と親和性が高く、生きて行くならヤクザとの付き合いは避けて通れないところだった。呪詛師でなくとも、ある程度の等級の呪術師は、どこかしらでヤクザと関わる機会がある。死と隣り合わせの過酷な職業ゆえ、覚醒剤や大麻など薬物に逃避する術師も少なくはない。そうして呪詛師に堕ちていく者もいる。
    「田中さん、起きてください」
     外から、迎車のタクシーの到着を告げるクラクションが聞こえた。七海はベッドで眠る女をそっと揺すった。
    「タクシーが来ました。行きましょう」
     スーツケースを五条に運ばせ、まだ足元のおぼつかない女を支えながら、階下に降りる。まだ受付に人は戻っていないが、宿泊費は前払いしてあるので問題ない。トランクに荷物を積み込み、女を後部座席へと乗り込ませてから、タクシー代として少し多めの紙幣を握らせ、運転手に行き先を書いたメモを手渡す。走り去るタクシーを見送って、七海は後ろに立つ五条を振り返った。
    「仕事、これで終わり?」
    「まさか。始まったばかりですよ」
     まだ昼も過ぎていない。歩き始めた七海の横に追いつき、五条が横に並んだ。
    「これからどうするの」
    「順番が前後してしまいましたが、この辺りの祓除ですね」
     一見普通の住宅街のような街並みが、歩くうちに次第に様相を変えていく。ぱっと見はなんの店だかわからない、よくわからない横文字や和洋の統一感のないフワッとした名前の看板がかかる店がずらりと軒を連ねている。店の前には大型の高級ミニバンや黒塗りの高級セダンがひっきりなしに停まっては、客らしき男達を降ろしていく。平日の昼間とは思えない盛況ぶりだった。
    「歩いて気がついたんだけどさあ、ここらへん、吉原なのな」
    「はい。江戸時代の新吉原遊郭があったあたり、今は吉原ソープ街とも呼ばれていますね」
    「だからあの運ちゃん、へんな顔してこっち見たんだね」
     鶯谷で拾ったタクシーのことだろう。気づいていたのか、と思う。
    「ここが吉原ね……初めて来たけどすげー蠅頭多い」
     五条の言う通り、風に流れるように漂う蠅頭の数が普通よりだいぶ多い。七海は歩きながら片手で通り過ぎる蠅頭を祓っていくが、焼け石に水だった。
    「さっきの呪詛師はどういう経緯だったの」
    「…彼女はこの近辺の店で働いていたんですが、客のあの男に粘着されて、拒否したら逆上して凶行に及んだ…というところですね。以前から相談されていて、今日支援団体に繋ぐ予定だったんですが、危ないところでした」 
     護身用と結界用の呪符を渡していて良かった。それでも命の危険に晒された恐怖と傷跡は、そう簡単には癒えるものではないだろう。彼女の今後に幸多からんことを願う。
    「警察は? なんでお前が相談に乗ってんの。もしかしてお前も客だったりする?」
    「……」
     軽蔑の気持ちを込めて睨みつけると、五条もまずいことを言ったと思ったのか、「冗談だよ」と両手を挙げて降参した。
    「……何度かこの辺りに祓除で来ていたんですが、私がオカルト関係の祓い屋だとどこかで聞きつけて相談されたんですよ。最初は呪詛師のストーカー案件とはわからなかったので。早いうちに警察にも相談したようですが、門前払いだったそうです」
    「ふうん。こういうことよくあるの」
    「まあ、時々」
     つらつらと仕事の話をしながら歩く。男の2人連れだが、片方が七海と分かれば客引きも声はかけてこない。七海の顔を知らない者も、近寄ってきた瞬間にじろりと睨みつけてやれば怯んで退いていくので、二人の前には自然と道ができる。やがて七海は、人気のない一軒の店の前で立ち止まった。他の店とは違い、客の出入りがなく店員のいる気配もない。店休日のようにも見えるが、入り口に張られた黄色い規制線が、その理由を物語っていた。建物の奥からは、はっきりわかる瘴気が立ち上っている。
    「先日からここで不可解な事故が続出して、先日とうとう怪我人が出たんです。おそらく呪霊だろうと私の顧客から連絡がありまして、こうして来たわけですが…」
    「ここ、どういう店だったの」
    「ウェディングドレスで接客して恋人感を強調する演出がウリでした」
    「うへえ、キモっ」
    「同感です。まあそんな店だったので勘違いした客が軒並み粘着ストーカー化、接客の女性もどんどん病んで辞めていく中、事故で負傷者ですからね。警察のガサ入れもありましたから、おそらくこのまま閉店になるでしょう」
     すぐに居抜きで次の店が開店するだろうから、その前に呪霊を全て祓っておく必要がある。七海の顧客も、そのために連絡をよこしたのだ。帳を下ろしながら、七海はちらりと五条に視線をやった。
    「行きますか?」
    「もちろん。さっきはお前の仕事ぶり、ちゃんと見られなかったからね」



    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏☺🙏👍👏👏👏👏😊😊💖💖💖💖💖💖☺👏👏👏👏👏👏👏👏👏💕💕💕🙏💖💖💖💖💖💖💖💖👏💖💖💕🍞🍞💖💖💘💘💖💞💞❤❤💗💖😍👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    Zoo____ooS

    DONE『地を這う者に翼はいらぬ』の続編です。(書き終わらなくてすいません…)
    呪詛師の七海と特級呪術師五条の五七。呪詛師と言いつつ、七海はほぼ原作軸の性格(のつもり)です。
    某風俗業界の描写があります。具体的な行為等は書いてませんが、苦手な方はお気をつけください。
    祈れ呪うな 前編いつもは閑散としている東京呪術高専事務室のお昼時だが、その日は常ならぬ緊張感がエアコンの効いた室内に満ちていた。電話番で一人居残っていた補助監督の山嵜の視線は、どうしても事務所の一角に吸い寄せられてしまう。高専の事務室は、主に補助監督や呪術師の労務管理を行う事務職員の仕事場で、高専の職員室は別にあるのだが、昼食で留守にしている事務員の机の前に、やたら大きな男が陣取っているのだ。白い髪に黒い目隠し、そして山嵜とは30センチは違うその長身。山𥔎は一度も口をきいたことはなかったが、この東京呪術高専、いや、日本全国の呪術師の中でも一番の有名人が、パソコンで何やら調べ物をしているのだった。
     昼時、のんびりとネットサーフィンをしながらサンドイッチを齧っていた山嵜は、ノックもなく突然開いたドアからズカズカと挨拶もなく入り込んできた男の姿に、驚きのあまり思わず腰を浮かせた。
    14069

    Zoo____ooS

    DONE呪詛ミンと虎杖と五条。五七。
    前半はほとんど七海+虎杖ですがカップリングではありません。

    【五七FESTA】でこの話の続きを展示するため、シリーズ第一話としてこの話をポイピクにもアップしておきます。続編更新しました!前編ですけども…

    ※pixivに上げているのとまったく同じものです。
    地を這う者に翼はいらぬ 小さな蝿頭が、ふわふわと目の前を横切る。祓う気も起きずに目だけで追うが、すぐに通り過ぎる車に視線を切られ、虎杖は顔を正面に戻した。虎杖がいる国道沿いのコンビニの駐車場は街灯に照されしらじらと明るいが、その外は墨を流したように暗く、景色は闇に溶け込んでいる。
     眠い。疲れた。腹減った。先生たちまだかよ。一日の疲労が膜のようにまとわりついて、頭がうまく働かない。眠気を追い出そうと目を強く瞑ってから、腕でごしごしと顔を擦った。
     都内から電車で1時間ほどのベッドタウン、その国道沿いのコンビニ駐車場で、虎杖はぼんやりと迎えを待っていた。今日は伏黒と釘崎の三人で三手に分かれて低級呪霊を祓いまくるという学生向きの任務だったが、いくら低級でも流石に数が多く、任務完了がだいぶ遅い時間までずれ込んだ。伏黒と釘崎を車で拾ってこちらに向うと補助監督から連絡があったのがもう三十分ほど前。春も深まる季節とはいえ、夜更けともなれば少し肌寒い。制服の襟から出たパーカーをぐいっと喉元に巻きつけるように引き寄せる。ひどく腹が減っていたが、うっかり財布に金を入れ忘れたせいで目の前のコンビニでおにぎりを買う金もない。きゅうっと縮む胃に拳を当てて空腹を紛らわせながら、虎杖は星も見えない夜空を見上げては大きく欠伸をした。
    9898

    related works

    recommended works

    Zoo____ooS

    DONE『地を這う者に翼はいらぬ』の続編です。(書き終わらなくてすいません…)
    呪詛師の七海と特級呪術師五条の五七。呪詛師と言いつつ、七海はほぼ原作軸の性格(のつもり)です。
    某風俗業界の描写があります。具体的な行為等は書いてませんが、苦手な方はお気をつけください。
    祈れ呪うな 前編いつもは閑散としている東京呪術高専事務室のお昼時だが、その日は常ならぬ緊張感がエアコンの効いた室内に満ちていた。電話番で一人居残っていた補助監督の山嵜の視線は、どうしても事務所の一角に吸い寄せられてしまう。高専の事務室は、主に補助監督や呪術師の労務管理を行う事務職員の仕事場で、高専の職員室は別にあるのだが、昼食で留守にしている事務員の机の前に、やたら大きな男が陣取っているのだ。白い髪に黒い目隠し、そして山嵜とは30センチは違うその長身。山𥔎は一度も口をきいたことはなかったが、この東京呪術高専、いや、日本全国の呪術師の中でも一番の有名人が、パソコンで何やら調べ物をしているのだった。
     昼時、のんびりとネットサーフィンをしながらサンドイッチを齧っていた山嵜は、ノックもなく突然開いたドアからズカズカと挨拶もなく入り込んできた男の姿に、驚きのあまり思わず腰を浮かせた。
    14069