もう一つの龍狐AU 古来より、賢君の世に顕れる九つの尾を持つ狐は邪気を退け、瑞獣と崇められていた。その一方で太平を乱すケダモノとして忌み嫌われた。神獣が犇めくこの修真界においてさえ、九尾狐は滅多に見ない。もともとの数が少ないうえに彼らは奔放に過ごすので群れることがない為だ。
最も若い九尾狐は蔵敷散人と言った。抱山散人の弟子であると言う噂だが何故、かの仙人はあの厄禍を世に放ったのかとのちに多くの者が嘆いた。若く見目麗しい蔵色散人は五大世家を悉く袖に振って雲夢の家僕に嫁ぎ、姿を消した。
そして子供をひとり残して、夫とともに果てたと言う。
浮浪児となっていた子をようやく見つけ、蓮花塢に連れ帰った江楓眠は途方に暮れていた。数年間も独りで生き抜いてきた子は随分薄汚れて弱っていたけれど、健康状態には問題がない。ちゃんとした環境に置けば、遅れた分をすぐに取り戻して健やかに育つと思われた。
だが、その子には尾が封印されていたのだ。狐の血が強いのだろう、おそらく母親と同じ九尾狐で間違いないが幾つもの尾を封印されている。この状態でよく生きていたものだと感心する一方で、この封印こそが子供を守っていたのではないかと思う。
「もっと封印すべきよ」
口をはさんだのは虞紫鴛だった。彼女が江家に嫁いだ時には父親の魏長沢は出奔した後だった。けれど蔵色散人を知っている。美しくて強い、奔放な女だった。九尾の力を温家は欲したし、金家はその美しい毛並みを手に入れようと画策した。江楓眠は、九尾狐には恩があると言って蔵色散人を支援していた。江家の始祖である侠客をこの地に導いたのが蓮を咥えた九尾狐だと言う。ゆえに江家の紋の九弁蓮は実は蓮ではなく、白い九尾狐の尾を象っていると婚礼の日に聞かされた。
「三娘…」
「あなたたち男には、蔵敷散人が我が子に何の呪をかけたのか、一生分からないのでしょうね」