ボツです。 雲夢の手伝いに行きたい――遠慮がちに切り出されたその申し出を、藍忘機はもろ手を挙げて賛成したわけではなかった。たとえ何年経とうと江晚吟が彼にした仕打ちを忘れないのと同様に、魏無羨もまた何年経とうと江家に受けた恩を忘れはしないのだ。反対したところで魏無羨は諦めないし、話を持ち出されては口論するのが目に見えているので、「くれぐれも怪我をせぬように」と送り出したのが実情だ。結局のところ、藍忘機は道侶に甘い。分かっていないのは当の魏無羨くらいであろう。
「ありがとう。理解ある最高の夫で嬉しいよ!」
せいぜいが物分かりのいい振りをして、魏無羨を送り出す。これでとうぶん雲深不知処から出さない理由が出来た、と自分を慰めていたのだが。
十日経っても戻ってこない。
もとより期限は設けていないが、「十日ばかり」と魏無羨は言っていた。一体どういうことだ。いつ帰る、と手紙を出せば、「もう少しだけ」と返事が来て更にいつかが過ぎた。もう半月だ。迎えに行くべきか、と悶々としているうちに今度はわざわざ江晚吟から書状が届いた。
『しばらく魏無羨を借りる』
所有権は此方にあると、一応は認めてくれているらしい。だがこの手紙が届いた経緯を考えれば、魏無羨に泣きつかれて嫌々したためたのだと窺える。
毒には毒を。宗主には宗主を。
藍曦臣に手紙を出してもらおうかと考えたが、それは兄に失礼である。しかしもの言いたげな弟の表情に気付いていたらしい藍曦臣は、
「もうすぐ清談会だからね、その準備で忙しいのだろう」
と筆を走らせながら江家を庇った。かく言う兄も、姑蘇管轄地における邪祟被害をまとめている。おそらく清談会で使うのだろう。
「しかし、此度の清談会は金麟台です」
江家が行うものではない、と藍忘機は不満を隠しもせずに言った。藍曦臣は苦笑する。
「そう。金凌が宗主となって初めての清談会だ。江宗主もそちらの補佐に回るのだろう。金麟台では久々に巻狩を行うそうだよ。魏公子は江家の門弟の鍛錬を頼まれたのだろうね」
「……」
面倒見のいい彼のことだ、さぞかしみっちり江氏の門弟たちを仕込んでいることだろう。同じことを姑蘇でもしていると言えばそれまでだが、彼はもともと雲夢の師兄だった。いわば古巣のようなものだ。おそらく雲深不知処よりよほど自由に指導していることだろう。そうして姑蘇の窮屈さを知るに違いない。
藍忘機の気は重かった。