死がふたりを分かつまで。「バウムクーヘンエンドって知ってる?」
梟谷OG、と言うよりマネージャーの結婚式の帰り道、木葉がそう切り出した。式は東京で行われ、鷲尾は長野から前泊で上京した。明日の練習は休めないから、と式が終わって二次会にも出ずに駅に向かう。木葉は地元なのだから二次会まで出ればよかったのに、なぜか鷲尾と抜けてきた。少しでも一緒に居たかった鷲尾に否やはない。ついでに、彼も鷲尾と離れがたく思ってくれてたらいいのに、とほんのり期待する。
駅へ向かう道でのことだった。
「バウムクーヘンエンド?」
なんだそれは。
鷲尾は眉根を寄せる。
「一昔前のドラマか何かで流行った、片思いの相手の結婚式の引き出物がバウムクーヘンで、それをひとりでわびしく食べるんだっけかな? 失恋の味ってやつ」
「バウムクーヘン…」
引き出物に相応しい菓子なのだろうか、と考えて雨水槽の記事を幾つも重ねている菓子の断面図を思い浮かべる。年輪にも似た模様だから一緒に歳を重ねる、と言う誓いになぞらえたのだろう。
「今はもうカタログギフトの時代だよな」
持たされた冊子を掲げ、木葉が笑う。
「鷲尾、何か欲しいものある?」
欲しいもの、と言われてもまだ冊子をめくってもいない。帰りの新幹線の中で吟味することも考えたが、ぴんと来なくて、
「木葉はあるのか?」
質問に質問で返す、と言うことをしてしまった。
すると。
「やってみたいことなら、ある」
そのやってみたいことが気になって、鷲尾は自分の分のカタログを渡してしまった。木葉は「いいのか?」と驚きつつも受け取って、何か企んだようににんまり笑って見せたのだった。
三ヶ月後、木葉が長野の鷲尾宅に遊びに来た。その手にはカタログギフトで注文したバウムクーヘンがある。そして、日付指定して今日届いたのは鷲尾の分のギフトでやっぱりバウムクーヘンだ。
「……」
失恋の象徴だ、と言っていただけに何故これを頼んだのか鷲尾は理解に苦しんだ。
これは遠回しに別れ話を切り出されているのだろうか。そう思って木葉を見れば、彼は上機嫌でテーブルの上に出した皿を出し、そこにバウムクーヘンを自分の分と鷲尾宛のものを二つ重ねている。
「鷲尾、鷲尾」
手招きされたものの、その手に握った包丁は一体何なのだろう。
「ケーキ入刀ー!」
包丁を握った手に手を重ねられ、二人で重ねたバウムクーヘンに刃を押し込む。
「木葉……これは、」
ダメだ。顔がにやける。そのみっともない顔を見られたくなくて、包丁を握っていない手で顔を覆う。木葉はそれに気づかぬようで、
「いや、しあわせのお裾分けって言うなら、こんなもんかと」
とにんまり笑う。
「同じものを二つ重ねていくのもいいだろ」
ふたり分の年輪を重ねるのも悪くはない。それを包丁で切るのはいかがなもんかと思わぬでもないが、まとめて切ればまさに『死がふたりを分かつまで』。
まさかの疑似結婚式であった。
その日、いっしょに食べたバウムクーヘンはコーヒーの苦みによく合って、ほんのり甘い。