『熱愛報道ー彼女の場合ー』その日、日本とアメリカのネットニュースでトップを飾ったのは日本を拠点に活動する二十九歳の俳優の初めての熱愛報道だった。
相手の名は明かされていないが、記事にはかなりのイケメンと書かれている。お揃いのアム・デ・ギャルソンのTシャツを着て歩いている写真には顔は映っていないものの、170センチの安室より20センチ近く高いように見えるため、相手の男性が180センチ代後半以上なのは確実だ。
SNSでは何人かのモデルの名前が上げられている。
ちなみに、アメリカではどうかというと。
彼女が出演し、上映された映画がまだ『緋色の捜査官』だけだというのに日本とは違った意味で盛り上がっていた。
『アカイは大丈夫!?』
『さすがにかわいそう😢アカイ、あんなに幸せそうだったのに…』
『アカイを相手に二股掛けるなんて、やるわね、バーボン😜』
アカイというのは10代でアメリカのティーンのファッションアイコンになり、現在は映画俳優として活躍してシュウ・アカイだ。
彼女の代表作といえば、初めて女性を主役に据えたことで話題になった008だが、その合間に撮影された『緋色の捜査官』『名探偵コ◯ンシリーズ』で安室の出演を監督に直談判した話は有名だ。
プライベートでも二人一緒に過ごす姿が度々目撃されていた。
最初は交際を否定していた安室だったが、最近はバラエティ番組に出演した際にアカイが日本で仕事する時は同棲していることを明かしていた。
安室の熱愛が報じられたのは、それから間も無くのことだった。
「いつまで拗ねてるんですか」
甘やかすように頬を撫でると、赤井は本に視線を落としたまま、私の手に頬を擦り寄せた
接触を拒まないところを見るに、本気でヘソを曲げたわけじゃないようだ。
そんなことされたら、こっちも本気で困ってしまうんだけど。
「いい加減、機嫌を直してくださいよ」
「……」
まだ口をきかない気か、この女は。
顔も知らないパパラッチを恨みたくなった。
撮影後に出演者と歩いていただけで熱愛と言われるなら、スタジオの外はカップルだらけになってしまうだろう。
まあ、ちょっと距離は近かったかもしれないけど。
事務所の社長のクリスが面白がって『ご想像にお任せするわ💋』なんてコメントをSNSに投稿して火に油を注いだ。赤井はそれがまた面白くないのだろう。
それにしたって、よく嫉妬なんてできるものだ。
「あれはあなたなんだから、嫉妬する必要ないでしょう?」
そう、パパラッチの写真に写っているのは赤井本人。
男性役で出演するため特殊メイクをしているけれど、中身は私の恋人だ。
今回の映画で『彼』はシークレットゲストなので、公開まで正体を明かすことができない。それは彼女だってわかっていることだ。
私が出演する映画にどうしても出たいとごねた赤井が脚本家に「着ぐるみでもいい」と言って役を作らせたのだ。
「あの時は『沖矢昴のままでデートしようか』なんてノリノリだったくせに」
「……そうだな」
ようやく口を開いた彼女はソファの前にたった私を緑色の瞳で見上げた。
ズルいぐらいに綺麗で、いい女だ。
世界中の映画監督が主演映画を取りたがっていると言われているだけはある。
そんな彼女が私の手を取り、甲に唇を寄せる。
「私より先にアイツと君のツーショットがニュースになるから柄にもなく拗ねてしまった」
「アイツなんて言わないで。私が浮気したみたいじゃない」
「悪かったよ、でも」
赤井はそこで言葉を切って、ソファから立ち上がった。
私より5センチ高い彼女を見上げると、白い眉間に皺が寄った。
「沖矢を見上げてる君が可愛すぎるのも悪い」
沖矢に変装した赤井はシークレットブーツを履いていたので今より背が高かった。その角度の違いを言いたいのだろうか?
「過失はフィフティ・フィフティだ」
「はあ?」
思い切り睨みつけると、赤井は嬉しそうに目を細めた。
「くく、いいね、その瞳も好きだ」
「もう知らない!」
呆れたふりをして背中を向ける。本当は好きって言われて嬉しくてにやけるのを隠すため。
それをわかっている赤井は後ろから腕を回して私を抱き締めた。
「好きだよ、零……」
「知ってます!」
安室の熱愛報道は事務所社長のコメントによってさらに加熱したかに見えたが、当時安室が参加していた映画のスタッフが正式なツーショットフォトを公開したことで共演者だと判明した。
しかしどこのエージェンシーに問い合わせても、彼を知る者はいなかった。
一体彼は何者なのか?映画の中での役どころは?
そして主演を務める安室との関係は……?
謎が謎を呼んできた映画がついにヴェールを脱ぐ。
劇場版名探偵コ◯ン 最新作『ハロウィンの花婿』は今週金曜公開だ。