捨てないで、ベイビー「なんだかなぁ」
遊園地内にあるカフェテリアはポップな装飾が施されていて、テーブルの上ではうさぎ、りす、くまがピクニック中だ。
今日は閑散としているから視線を気せずにいられるが、男が二人で向かい合って食事をしている様はさぞかし浮いていることだろう。
朝から雨が降ったり止んだりを繰り返していて、窓についた細かい水滴のせいで外にいる監視対象が滲んで見える。
遊園地デートには生憎の天気だが、俺の視線の先にいる二人は気にしていないようだ。
ひとりは俺たちの同僚でFBIで切り札と呼ばれている。頭がキレるうえにハンサムで、武術の腕前も射撃の精度も、ヤツの右に出るものはいない。
そんな男と手を繋いでいるのはエレメンタリースクールに通っている年齢の美少年だ。
「中身は29歳の警察官だってわかってても、見てはいけないものを見てしまった感じがするよね」
同僚はそう言ってハンバーガーにかぶりついた。
「だよなぁ?」
そんな危ない二人のデートを尾行している俺たちはもっと危ない奴らだ。これが仕事でなければ。
『おい、聞こえてるぞ』
インカムから不機嫌な声がして、俺と同僚はほぼ同時に首をすくめた。
窓の外の背の高い男がこちらを睨む。手を上げて応えるとさらに強く睨まれた気がした。
「同僚のデートを盗み見するのは気が引けるんだ、わかるだろう?」
『仕事だ』
「そうだけどさあ」
『一時の方角から黒い服を着た男がこちらに向かって歩いてくる、監視カメラの映像で照会』
「了解」
応えたのは俺だが実際の作業をするのはさっきまでハンバーガーを食べていた同僚だ。
あんなに大きかったバーガーをいつのまに口に入れたのだろう。餌を溜め込んだハムスターのような顔でキーボードを叩いている。
こんな仕事をしていると早食いが癖になるが、こいつの場合はもはや曲芸の域だ。
「照会完了。リストにはない顔だ」
『そうでしたか……』
残念そうな声を上げたのは美少年のほうだった。
同僚が照会をかけたリストの元データを作ったのは彼で、国際的犯罪組織に潜入して拠点としている建物に監視カメラを設置し、構成員のほとんどを映像に納めることに成功した。
今は10歳ぐらいの子どもの姿をしているが、我らが切り札に「日本屈指」と称賛された日本の警察官で、FBIに決して尻尾をつかませなかった組織の幹部バーボンでもある。
俺たちが今監視しているのは潜入捜査中に出会い、組織壊滅とともに恋人同時になったスパイカップルなのだ。
「フルヤのデータから割り出した骨格を元に照会しているから間違いない。整形手術をしていてもヒットするはずだからね」
FBIの最新技術で作られた認証システムで、パシフィックブイで使用されている技術を捜査用に改良したものだ。
日本警察の中心的存在であるフルヤが今回の計画をFBIに持ちかけたのは、このシステムがあるからだ。
「ちゃんと見てるからデートしてこいよ。いつまでも乗り物に乗らないでいると怪しまれるぞ」
「まあ、すでに怪しいけどね」
『黙れ』
本気で罵ってるとわかる声に俺と同僚は顔を見合わせて吹き出した。
アカイはいつも通りのポーカーフェイスだが、危うい関係に見えることを内心では気にしているらしい。
『赤井、行きましょう。彼らの言う通りです』
『……わかった。傘は俺が持つよ』
『えっ、でも』
『この程度の雨だ、傘は一本で十分だよ』
ワァオ。
聞いたことのない甘い声に揶揄う言葉も浮かんで来ない。
それは同僚も同じのようで、彼の指に摘まれていたチップスがトレイに落ちた。
アカイは才能や外見を鼻に掛けることのないヤツだが、言動をオブラートに包むこともしないので敵を作りやすい。
彼の死が偽装とは知らず涙を流した同僚の中には未だに腹を立てていて来日を拒んだ者もいる。
アカイが甘い声で恋人に話しかけていると彼らが知ったら、取る物も取り敢えず空港で日本行きの便に飛び乗るだろう。
『どれに乗りたい?』
『僕はなんでも……』
『ジェットコースターにしようか。高いところは好きだろう?』
『……揶揄わないでください』
ガサ、と布が擦れる音がした。フルヤがアカイを小突いたのだろうか。それとも。
「おいおい、キスしたのか?通報されるぞ」
『し、してませんっ』
『無駄口を叩く暇があったら奴らを探せ』
アカイの言う奴らとは、二人が潜入していた組織の構成員だ。
組織が事実上壊滅した今、行き場をなくした末端の構成員たちは裏切り者のバーボンを血眼になって探している。
そのうちの一人、組織のラボの研究者だった男に薬品を浴びせられたせいでフルヤは子どもの姿になってしまった。
大人が子どもになる薬があるなんて、俺はすぐには信じられなかったが、日本で長く捜査しているアカイたちのチームと組織の一部の構成員たちには知られていることだった。
幼児化したこの隙にバーボンを亡き者にしようと攻撃を仕掛けてくると踏んだフルヤはヤツらを誘き出すためにこの遊園地にやってきた。
台風接近の影響で来場者は少なく、かといって人目が途切れることはないので急襲は困難。こちらがヤツらを特定する時間ができる。それが俺たちの役割だ。
他にも多くの捜査官たちが遊園地の各所に潜んでいる。
天候が味方しているとはいえ、恋人が囮になると言い出したのだから当然アカイは反対するだろうと思った。しかし。
「何か策があるんだろう?」
フルヤの提案をすぐさま受け入れ、自らは彼のボディガードになった。
「アカイ、見つけた、ヤツらだ。三時の方角に黒いキャップを被った男女」
『了解。作戦を開始する。降谷くん』
『はい』
『君は迷子室で迎えを待つんだ』
『は……?』
『大丈夫、話は通してある。俺の仲間がそこに』
『話が違う!僕が迷子になったふりをしてヤツらに捕まる計画だったでしょう!?』
『すまない、すぐに終わらせる』
まあ、そうだよな。
アカイがフルヤの計画に乗った時は正気を疑った。
いくら中身が百戦錬磨の捜査官だとしても体は子ども。犯罪に手を染めた本気の大人から逃げ切れるわけがない。
「こっちも移動しよう」
「ああ、そうだな」
席を立ち、ゴミ箱にゴミを放り込む。
フルヤをピックアップするのが俺たちの次の任務だ。
『嫌です!!!!!!』
鼓膜がキーンと痛くなるほどの大声に思わず耳を押さえた。
『そっちがその気なら僕にも考えがあります!』
『降谷くん、落ち着け』
『このひと、僕を捨てようとしてます!!こんな小さな子どもを!!!これからは家族だって言ってくれたのに、わーーーーん!!!』
あちゃあ……。
周囲から白い目を向けられるアカイを想像すると笑いそうになったが、笑ってる場合じゃない。
あんな綺麗な顔して、こんなジャジャ馬だったのか。
『……計画変更。合流地点に直行する』
「「了解」」
廃倉庫に現れたアカイはフルヤを抱えて走っていた。その腕の中にはなぜか時計を持つフルヤの姿があった。
どういう仕組みだかわからないが、フルヤな腕時計を向けられた組織の構成員はその場に倒れ、寝息を立てていた。
計画変更を余儀なくされたというのにアカイの表情は見たことないぐらいに生き生きとしていた。
俺は潜入捜査中の二人に何があったのか知らないが、どうしてアカイが彼を選んだのかはわかった気がした。
そんなお似合いの二人は明日から遠距離になる。
「見送りに来てくれてありがとう」
「いえ……あの、昨日はすみませんでした。僕が無茶をしたせいであなたに怪我を……」
「大した怪我じゃないさ。君の参戦は予定外だったが君を元の姿に戻すことができた。俺がいない間、無茶はしないと約束してくれれば完璧なんだがな」
「……すみません」
「わかってるよ。そんな君を好きになったんだ」
「いいんですか、僕で……」
「俺たちは家族だろう?」
「あれは咄嗟に口をついて出たセリフでっ」
「ホォ、俺を捨てるのか?」
「えっ!?」
「捨ててくれるなよ、降谷くん。また会いにくる」
「……うん。待ってます」