監獄 広い敷地の中の、広い建物の中。
五方向に伸びた廊下がよく見渡せる。
なるほど、この建物の役割からすれば合理的な造りだな。と感心していると、一つ吹き込んだ風に体がブルりと震えた。
「さみぃのか?」
「少しな。」
さすが、北の大地東端。キャンパスバッグからこの季節、冷房が効きすぎた室内でしか使うことがない薄手のカーディガンを取り出して羽織る。
送り主でも白い半そでシャツにハーフパンツの男は、嬉しそうに口角をあげた。少し前であれば『何をニヤニヤと』などと口に出していただろうが、その後が面倒なことを学習した身だ。黙って歩き始める。
廊下に沿ってたくさんある扉は、鉄格子になっている。たまに、中にいるのは明るい橙色の衣服を纏った人形で、この建物に収監されていた囚人を再現している
そう。ここは元刑務所。今では歴史的建造物。資料館として開放されている場所である。
「あいつ、脱獄してんじゃねぇか」
青い尾のような髪を揺らして、白い指が指す先。
それは、建物の天井で、彼の言葉通りマネキンが器用に登ろうとしている姿が見える。
「お前はさ、脱獄しようと思うか?」
マネキンを見上げたまま、尋ねられる。マネキンの更に上、天窓からは雲で覆われた空が見える。
「模範囚として過ごしたほうが楽だろう」
こちらの言葉に、なるほどな。と男は返す。
「君はどうだ」
男はそうだなぁ。と呟いて、黙り込む。どうせ、答えはもっているくせに。と心の中の捻くれた自分が呟く。
「機があれば。わかんねぇな」
そうか。と一言返す。そうだ。と返ってくる。
偶然出会って、五年。こうして隣にいるこの男は、そういう『機』を逃さないのだろう。
気づけば、機を見て白い手が自分の手を握っていた。