「ストーカー?」
「そーそー、ちょーっと拗らせちゃったファンが居るみたいでさ」
平日の昼間昼過ぎ、少し客足が遠のいていた時間帯を狙っていたかの様に悠真はビデオ屋に足を運んでいた。
初めはいつもの外勤…もといサボりついでの世間話でもしに来たのかと思っていたのだが、話を聞く限りどうやら少し違うらしい。
「それなら治安局に通報するなり、6課の面々に相談する方が良いんじゃないか?」
「それもそうなんだけど、自分のファンが治安局のお世話になってるのなんてあんまり見たく無いなって。好意の延長線でちょっと気の迷いがあるだけだろうから気を逸らしてあげれば解決するだろうし」
自分の生活に踏み込まれているのになんとも優しい考え方だな、なんて考えつつ少し呆れた顔をして先程彼から発せられた“頼み事”を復唱する。
「それで暫くうちに泊めてくれないか、と?」
「そういうこと。六分街の辺りって裏路地も多くて入り組んでるから、人を撒くにはもってこいなんだよね」
確かに六分街は建物も入り組み、初めて来た者からするとその景色はさながら迷路の様に映るだろう。
そこまでは納得なのだが、問題は別にある。
うちは2階建てとはいえ兄妹の居住スペースとビデオ屋、プロキシとしての仕事場という最低限の設備しかない。
簡単に言うと、来客用の部屋や布団が無い。
1階のソファで寝てもらう?いや、彼の仕事はプロキシとしてイアスを通し最前線で見ているが、決して体に負担が少ない仕事では無い。更に彼の持病を考えるとやはりソファで寝かせるのも如何なものか…。
「相棒?おーいアキラくーん、聞こえてる?」
「あぁすまない、少し考え込んでいたみたいだ。それでなんだって?」
「頭っから拒否られてる訳じゃ無くて安心したよ。それでそのストーカーから身を隠す為にも、タダでとは言わないから暫く泊めて欲しいんだけど、どう?」
こてん、とねだる様に首を傾げられる。
「泊める事は構わないのだけど…あいにくうちには客室、なんて物も無ければ来客用の布団も完備してないよ」
「良いって、ソファでも貸してもらえればそれで充分。それにオフィスで仮眠取る時もソファで、なんなら座ったまま寝る事も多いからね。慣れてるんだ」
だから、ね?と、身長も然程変わらないのに上目遣いの様な、子犬のおねだりの様な甘めの声で肯定の言葉を催促してくる。
「…まぁ君がそこまで言うなら」
「よーし、宿確保完了!そしたらまた夜来るから、よろしくでーす!」
回答に対し大分食い気味に返事を返し、軽快にビデオ屋の扉に手を掛ける悠真を見てあはは、と乾いた声が漏れる。
しかし彼はすぐにでも外の空気を吸いに扉を押し開きそうだった手をピタリと止め、こちらチラリと見据える。
「安心しなよ、言葉通り本当にタダでとは言わないからさ。夜までに何か考えといてよ、じゃ」
そう言い残すと軽く手を振り、颯爽とビデオ屋を去っていった。
それにしても悠真に何を望めば良いのか。流石に少し泊めるくらいでディニーを要求しようとも思わないし、だからと言って他に何かあるかと言われてもすぐ思い付く訳もない。
うーん、と唸りを上げていたところピコン!とインターノットの通知が軽快に鳴り響く。
画面を確認するとFaireが受けるのに丁度良い依頼をまとめておいてくれた様でプロキシを求める掲示板の依頼がズラリと並んでいた。
ビデオ屋も今は閑古鳥が鳴いているし少しくらい良いか、と画面をスワイプしつつ依頼を確認していく。
するとある1つの依頼に目が留まる。
「…そうだ」
そして先程の彼の軽快さの如く、インターノットの依頼に二つ返事を書き込んだ。
「で、依頼の“探し物”はこの辺で間違いないと?」
『あぁ、依頼人によるとこの建物が密集した地帯で間違いない』
「じゃ、さっさと見つけて帰ろっか」
感覚同期をした小さな身体で、斜め前を歩く彼にぽてぽてとついて行く。
悩んだ末ビデオ屋に暫く泊める代わりに僕が悠真に求めたもの、それは依頼の手助けだった。
依頼内容はホロウ内での探し物。
ホロウに運悪く事故で車ごと迷い込んでしまった依頼主が回収しそびれた木箱を探して欲しいとの事。
探し物を持ち出さなくて良いのか気になったが本人曰く、中身は生鮮品の為外に持ち出した所で使い物にならない故と、仕事中の事故なので探し物の数さえ確認出来れば職場への報告には問題ないとの事だった。
いつもならこのくらいの依頼、1人でこなしてしまうが…。依頼人から指定された地点が想像よりも建造物で入り組んでいた為1人よりも2人、と考えた末彼に宿泊費として同行をお願いした次第だ。
「にしても、うちの本部近くのホロウに依頼とは…嫌でも仕事を思い出しそう」
そうぼやきつつも悠真は周囲を素早く確認し、足を進めて行く。流石はエリート6課の斥候担当現役執行官と言った所か。
『それはたまたまとしか言いようがないからね…』
「はぁ…でもほんとに入り組んでるなぁ。何処見ても瓦礫、建物、コンクリート…幸い、エーテリアスはぱっと見いなさそうだけど」
『確かに入り組んでいるけど元々の道は瓦礫はあれど、形として残っているから進めそうだね』
「まぁね、もっと足場が悪い事だってホロウ内なら当たり前にあるし。ちゃちゃーっと見つけて…」
突然、陽気に話していた彼が黙る。
『…?はるま「下がって!」
『マスター、前方に敵対生命体の反応複数有り。注意して下さい』
突如Faireの忠告と共に踏み込んだ片足がこちらに伸びてくる。
目線をそのまま辿る様に上に上げつつ言われた通り後退する。
声を張り上げた彼は目の前に現れた脅威に構え、即座に弓を射る。
そのまま何発か射た後、それでも迫ってきた敵を迎え撃つ様に滑らかな動きで弓を双剣に切り替え、切り裂く。その繰り返し。
最後の1体。距離を取り弓を力強くしならせ、矢が弧を描きながら的に命中する。
しかしその残党はそのまま霧散せず、何やらおかしな挙動を取り始める。
『マスター、残る敵対生命体が自爆を試みています。建物の老朽具合から推察するに、すぐにその場から避難する事を推奨します。』
『!悠真、ここから離れよう!敵は自爆するつもりだ!』
そう叫ぶと突き動かされた様に悠真がイアスの身体をひょいと持ち上げ、駆け出す。
少々その事に驚いていると背後から爆発音が響く。
数秒も経たない内に爆風が吹き、周囲の建物を巻き込み始める。
『次の角を右に曲がって!少し距離が有るけどそのまま直進した先の裂け目に飛び込むんだ!』
「ッ了解!」
建物が崩壊する音が迫ってくる。大分崩壊寸前だった為か周囲の建物まで巻き込んで大崩壊を起こしているらしい。
それらから逃げる様にイアスを抱えつつ、上がりくる息を抑えて指示通り悠真は掛ける。
暫くすると漸く件の裂け目が見えてくる。
その時、一際大きなコンクリートの壁が倒れたらしく背後から一層強い強風に煽られる。
「ッ…!」
それらから守る様に身体をより一層強く抱えられるが、抱えた本人は強風に煽られるまま吹き飛ばされる様に裂け目に入り込む。
裂け目の先はこのホロウの端付近、少し進めば出口に辿り着ける所に繋がっていた。
『ここまで来れば大丈夫だ。こんなに走らせてしまってすまない…それと、抱えてくれて有り難う。とても助かったよ』
出口は目の前の為降ろしても問題ない、と短い腕で依然力強く抱え続ける腕を軽く叩く。
「…ッ…あぁ、気にしないで。はーっ…流石に、この距離を、全力疾走するとは、思わなかったな…ッは…」
流石に疲れたのか肩で息をしつつ少し引き攣った口角を見せ、抱えていたイアスを降ろしてくれる。
『診断、浅羽悠真から心拍数上昇及び手の痙攣、微かな喘鳴などを検出。ホロウ環境を離れ、休息を取る事を推奨します』
『…走らせてしまった手前申し訳ないけど、体の方は大丈夫そうかい?』
「大丈夫だよ。このくらい、たいした事ないって。それにもう、出口は目の前でしょ?問題無いよ」
そう返す彼は大丈夫だと安心させる様に先程よりもしっかりと微笑み返してくる。
『それなら良いけど…。じゃあ一旦イアスとの同期を切るよ。依頼の方はイアスの視覚情報でどうにかしてみるから気にせずゆっくり帰ってきてくれ』
「わかったよ。じゃあまた、ビデオ屋で…」
悠真が軽くぽん、とイアスの頭を撫でる。
その温かな重みと何処となく不安な気持ちに引っ張られながら、僕は感覚同期をオフにした。
遅い。
感覚同期を切ってから、即ちホロウで悠真と別れを告げてから、かなりの時間が経過していた。
今回導いた出口から出た場合、そこまで遠くない距離に出れると計算していたのだが…。このビデオ屋までの距離は余裕を持ったとしてもここまで時間は掛からないだろうと感じる。
普段なら少し遅いくらい寄り道でもしているのか、と割り切れるのだが今回は少し気に掛かる事がある。
ホロウで別れを告げた時、Faireが指摘していた様に悠真は少々不調そうに見えた。
自身が1番自身の体を大切にしていると言っていた彼の事だ、ゆっくり帰るのは想定内として寄り道なんてするだろうか?
「Faire、イアスの現在地は分かるかい?」
『肯定。イアスの現在地は、先程案内したホロウから出てすぐの地点です』
Faireの返答を聞きつつ悠真に連絡を送るが、いつもなら怖いくらい早く返ってくる返事もいつまで経っても現れない。
「…少し出てくる。Faire、イアスの現在地が変わったらすぐ連絡してくれ」
鍵を手に取り、足早に社用車に乗り込む。
嫌な想像が頭を巡る。イアスがホロウから出てすぐの地点に居るのなら、悠真もその場に居るのだろう。
もし、先の不調が想像よりも酷いものだったとしたら?だとすれば身動きが取れなくなっている?
別れてから時間も経っている。
そこまで考えて、車のハンドルを握る手が指先からヒヤリと冷える感覚がする。
いや、エリート6課、人気者の彼の事だ。ファンに囲まれてしまっているだけかもしれない。
それか愛猫家だが肝心な猫に好かれないと嘆いていた彼に良い出会いがあって、思わず相手に骨抜きにされている可能性だってある。
…だがしかしこれら全て想像なのだ。
どうか、最も悪い想像で無い事を。
そう願いつつアクセルを踏み続けると目標地点に近い位置まで辿り着く。
これ以上は道が狭く車では入れない為、社用車を道端に寄せ路駐する。
飛び出る様に車から駆け出し、目標地点の路地を目指す。
「ンナ〜!!!!」
路地に響くイアスの不安そうな声を捉え、現場へ足を進める。
「…ッ!悠真!」
漸く発見した悠真はぐったりと座り込み、その身を建物の外壁に預けている。その側でイアスが慌てふためいていた。
「ンナ!!ンナナン、ナンナ!!」
「悠真、悠真!聞こえるかい?」
肩に触れると想像以上に冷たく、しかし荒いままの呼吸に焦りが募る。
「…ッゴホ、ヒュ、は…あ、きら…ッくん…?」
「あぁ、苦しいのは息だけかい?薬はある?」
反応があった事に少し安堵しつつも、間髪入れずに言葉を返す。
「ンナナ!!」
すると横からイアスが吸引器らしきものを持ってアピールしてくる。
イアス曰く使おうとしていたが落としてしまったものを拾ったらしい。
見様見真似で助けようにも、自分の体では上手く扱えず困っていたとの事。
吸引器を受け取るが、困った事に健康体である自分にも縁遠いものだった為、使い方があやふやである事にすぐ気付く。
何となく、吸引器というのだから咥えて吸うものなのだろうか?という程度の知識。こういう時Faireを頼りたくなってしまうがそんな余裕も無い。
「悠真、薬だよ。自分で使えるかい…?それとも、」
「くち、ッは…咥え…ッて、吸うから、ゲホッゴホ…ぼた、ん…ッ」
「分かった、咥えるんだね?」
こんな状態でも使い方に悩む僕を案じ、説明をしてくれる悠真の言う通り吸引器を口元へ持っていく。
咥えさせる為顎を軽く上げ、顔を上げさせると弱々しいながらもかちゃ、と吸引器を咥えた歯の当たる音が響く。目を見やると苦しそうながらもこちらに琥珀色の瞳がこちらに合図を送るかの様に見つめてくる。
それに応えるようすぐに吸引器のボタン部分を押し込む。
カシュッと音を立てて薬を噴出する吸引器とは変わって悠真は息を潜め、ぐったりと体をこちらに預けてきた。
どうする事も出来ず、ただ力の抜けたその体を抱きしめ背を撫でる。
すると徐々に落ち着いてきたのかとんとん、と軽く背を叩かれる。
抱きしめていた腕を緩めると先程まで荒い息遣いをしていた口が小さく開く。
「…ごめん、もう大丈夫。薬ありがとね」
「寧ろ僕の方こそ、こんな目に遭わせてしまってすまない…」
「いや、君が気落ちする必要は無いよ。それに相棒が来なかったら今頃僕はふか〜い眠りについてただろうしね」
こんな風にいつもの調子で返してくる辺り、先の発言通り本人としては本当に大丈夫なのだろう。
しかし、どう返されても今は自分の見通しの甘さに折り合いを付ける事が出来ない。
暫し沈黙してしまった空気を破るかの様に悠真が声を上げる。
「それよりさ、少し手を貸してくれない?帰るにも立ち上がった瞬間ふらついて頭を打つ、なんて事したく無いし。早く帰ってチビすけも充電しなきゃでしょ?」
そう言い側でずっとワタついていたイアスの頭をぽんぽんと叩く。
「…あぁ、分かった。そこに車を駐めてあるから」
「良いね!もうクタクタでそんなに歩く気力無かったんだ〜助かったよ」
あまりにもいつもの調子で話し掛けてくる悠真に思考を押しやられる様に手を差し出し、彼を立たせ支える。
そのまま肩を貸しつつゆっくり歩みを進めると行為的にはエスコート、と呼ばれる様なものになりそうだがこれはまた別物だな、なんて考えが過ぎる。
「なんかこれ、エスコートされてるみたいでくすぐったいな」
「…僕の頭の中でも見えているのかい?」
「まさか!純粋にそう思っただけだって!でも相棒とおんなじ事考えてたってのは嬉しいね」
この身体じゃなきゃ完璧だったんだけどなと溢す彼は頼んできたというのに貸した肩にはあまり体重を掛けず、1人でも歩けたのではないかという程軽い足取りで社用車へと歩を進めていた。
「で、これはどういうプレイ?あんたの家って、泊まって2日目からはこういうサービスが付いてくるの?」
「心外な、心からのもてなしだよ。…罪悪感からっていうのもまぁ間違いじゃないけど…。」
疑問を投げかけてくる彼はシャワー後に身体が冷えない様な上着に包まれ膝にはブランケット、手には無糖のホットミルク、極め付けには濡れた髪を乾かされる“サービス”をおとなしく受けている。
ふわりと少し跳ねる艶やかな髪を手で梳き、乾いた事を確認するとカチリ、とドライヤーの電源をOFFにする。
「うん、これでよし。」
「うん、何も良く無いけど?」
振り返り怪訝そうな目をこちらに向け、少し困った様に笑いかけてくる。
「もしかしてまだ昼間の事気にしてる?ほんとあれくらいいつもの事だから、あんたのせいじゃないって。それにもうこんなに元気だからさ!」
「そう言われても…君を危険に晒した事には変わりないから…」
「あぁもう分かった!なら貸し1つって事で。僕自信本当に気にして無いし、これでどう?」
「…分かった。借り1つ、僕に返せるものなら何でも返そう」
彼にしては珍しい気迫のこもった発言だった為渋々受け入れる。
返事を聞いた彼は良し、とでも言いそうな顔ぶりで小さく頷いている。
「…そうだ、結局依頼の方はどうだったの?視覚情報から確認するとかナントカ言ってたけど」
「あぁ、それならちゃんと遂行できたよ。確認したところ視覚の遠方に依頼の荷物が写っていてね、依頼人にも報告済みだ」
「なら良かった。これで依頼完遂できなかったので宿泊は御遠慮下さい〜なんて言われたら路頭に迷う所だったよ」
「流石にそんな事はしないし今回の依頼を頼んだのだって建前みたいなものだからね。たとえ失敗だったとしても泊めるくらいは構わない」
「まぁこの待遇受けてる時点で薄々感じてはいたよ。所でさ、昨日話してたビデオなんだけどー…」
ストーカーが居るとはいえ、君なら一晩くらいふらりと自宅で過ごすくらいしそうだけどな、なんて言葉は内に仕舞い込み、楽しく会話に花を咲かせる。
オススメのビデオ話が白熱した後、昨晩と変わらずソファで寝ようとした悠真を言いくるめベッドに寝かせ、自分はソファに身体を沈めるとすぐに睡魔が襲ってきた。
暗闇に1人分ではない穏やかな呼吸音を感じながらも、意識は沈んでいった。
コン、と控えめなノックが1つ。ビデオ屋の締め作業も終え後は寝るだけ、という状態で1階のソファに腰掛けインターノットをスワイプする指を止め音のした方角へ足を進める。
ガチャリ、と戸を開くと少し驚いた表情の彼が居た。
「あれ、起こしちゃった?それとも待たせちゃってた?」
「あらかじめ遅くなる、と連絡をくれていたからね。これくらいの時間なら起きていても然程苦じゃないから待っていたんだ。まぁ、あと1時間も遅ければ寝てたかもだけど」
「そんな無理しないで良いのに…ありがとね」
「どういたしまして。仕事終わりで疲れてるだろう?何か食べるかい?と言っても出来合いのお弁当かカップ麺くらいしかないけれど…」
「じゃあシャワーを浴びた後、お弁当1つ貰おうかな」
「了解、リンはもう寝てるしシャワーは好きに使ってくれ」
はーいと返事をし、慣れた様な足取りで2階へ上がる彼を見送る。
数分後烏の行水の如くシャワーを終えてきた艶やかな髪を乾かされつつ温めた弁当を咀嚼する姿は執行官、と言うよりかは子供の様に思えて微笑ましく思えた。
そのまま昨晩の様にビデオの感想など、話に花を咲かせいざ就寝となったその時。
「昨日借りちゃったし、今日はいいって!」
「いや、君がベッドで寝るべきだ。元より客人に対してソファは如何だろうかと思っていたからね」
「泊まりの話する時にソファで良いって言ったんだけど忘れちゃった?アキラくん?」
「泊める事は許可しているけどソファで寝続ける事を許可した覚えはないね」
「ちょっと大人気ないね!?」
僕達は深夜、男2人でどちらがベッドで寝るかを言い争っていた。
悠真の意見としてはオフィスのソファで寝慣れているから、部屋の主が居るのに奪ってまでベッドで寝る気は無い、と言う事らしい。
こちらとしては元からソファで寝かせる事に抵抗を感じていた中、昨日具合を悪くさせてしまった事もあり何としてでもベッドを譲りたいのだが…。
「大人気なくて構わないよ、それで君がソファをこちらに譲ってくれるならね」
「ちょっと、何か論点ズレてない?何言われたって流石に泊めてもらってる身でベッド占領する程の度胸は沸かないよ。それにこんなに広いベッド、落ち着かなさそうだし…」
「冷静に返されるとそれはそれでくるものがあるね…ん?広い…?」
改めて悠真の発言から思い返し考える。
僕ら兄妹は床板こそ薄けれど、好んで大きめのベッドをそれぞれ購入している。
その大きさとしては1人用であるシングルよりも一回り大きいセミダブルをも超える。
ダブル、と言う事は定員は…。
「よし、悠真」
「えっ、急に如何したのさ。そんな落ち着いた返事で…」
「ベッドソファ論争だけれど、決着がつきそうな案を思いついたんだ」
「へぇ?その案というのは?」
如何なものか、と吟味するかの様な目線を向ける悠真の腕を掴み1人には広いベッドへ引っ張り込む。
そのままベッドに2人で寝る形にし、布団を掛けると理解に時間を要しているのか彼の珍しく抜けた声が聞こえてくる。
「へ、?」
「こうすれば問題無いだろう?悠真はベッドで寝る事になるし僕もベッドを追いやられる訳じゃない。それに2人で寝れば広いベッドだってそれなりのお手頃サイズになる」
「た、しかにそうだけどさ。いや、問題は解決してるけど解決してないっていうか、新たな問題が発生しちゃってる気がするというか…!?」
「うんうん、問題ないだろう。じゃあ寝ようか…」
「ちょっと!?あー…うーん…もう寝てるし…」
やはり無理矢理だっただろうか。でもこれが1番良い解決策だと思ったし、第一遅くまで彼を待っていた事により睡魔はもうそこまで迫っていたのだ。争わず、従う方が吉に思えた。
「…おやすみ、アキラくん」
そんな言い訳を考えながら、彼の少し呆れた様な声を子守唄に意識は闇に呑まれていった。