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    鮫のゴッタ煮

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    鮫のゴッタ煮

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    大遅刻ですがバレンタインのアキ悠📼🏹です。
    ※後半少し背後注意

    #アキ悠

    甘い香りが漂う街角、楽しげに目当ての物を吟味する声、そして少し浮ついた空気。
    少し前からその片鱗は感じていたが、街の雰囲気は完全にバレンタイン色に染まっていた。

    バレンタインに対して、特に好き嫌いがある訳ではない。しかし甘い物に慣れていない自分からすると、これ迄の人生で興味を持った事は少なかった。
    否、訂正しよう。殆ど無かった。
    確かに学生時代チョコを贈られる事も有ったが、申し訳ない事にあまり記憶にも残っていない。
    そのまま流れる様に就職した現職場でも、ファンからチョコを贈られない訳ではないが衛生面の心配から断りを入れるよう今年は通達された。

    よって、バレンタインに接点を持つ事さえもこの人生で無かった訳で。
    そんなこの季節に場違いな僕の眼前には、可愛らしい一口サイズの甘い粒が包まれた箱達が整列されたショーケース。

    いや、本当に僕は一体全体どうしてこんな所で唸っているんだろうね?
    先程から送られ続けている店員さんからの視線が、そろそろ僕の体に穴を開けてきそうなんだけど。
    ビームか何か出してる?

    そんなふざけた事を思いつつも、どうにか周囲は考えないようにして目の前のショーケースと向き合う。
    原因と言うと少々聞こえが悪いが、元を辿れば晴れて恋人となった男の存在が浮上する。
    件の男とはビデオ屋の店長改め、かの有名なパエトーンの片割れ、その名はアキラくん。
    彼とは紆余曲折あって、初恋を実らせる形で結ばれた。
    詳しく話せば本が1冊書けちゃいそうなくらい、いや本当の本当に紆余曲折有ったんだよ。
    そんなこんなで結ばれた僕達だけど、それはもうジャムよりも甘いくらい思う存分いちゃついている。
    勿論2人の時限定でだけど。同僚に見られた日には、翌日どんな顔をしてオフィスの敷居を跨げば良いのか一晩悩んだ末消えてしまいたくなるのは間違いない。

    閑話休題。これ以上は2日前の所謂ガチ恋距離を試してきた彼の話から始まり、とんでもなく、あられもなく、そして濃厚激甘な記憶が呼び覚まされてしまうので自粛。

    とにかく、結論としてはそんな彼にチョコを贈るなんていうのはどうだろうと思ったのだ。
    悲しきかな、互いに色恋沙汰には疎く恋愛初心者な僕らはこういった行事には先述した様に無縁で。
    いや、知り合う前にアキラくんはバレンタインを満喫してた、なんて事もあり得るけど。僕はプレイボーイなアキラくんなんて知らないから、ここでは2人とも初心者という事で。

    そんな彼と、バレンタインというものを楽しんでみたくなったしチョコを贈られた彼の顔を見てみたかった。
    ついでに言うと送り相手本人から少々煽られもした。だから不似合いな甘い香りにも包まれているし、刺す様な視線にも耐えているのだ。

    ファンも居て、こんなにかっこいい悠真の事だから、チョコレートの目利きも上手いんだろうなぁ。

    そんなぼやきを堂々と当の本人で有る僕の前で吐いてきたのだ。挑戦状もいい所だ。
    何も贈れと強制されている訳ではないし、この言葉も話の流れがあってこその言葉だったので愛しい恋人に罪は無いのだが…これは少々ムキにもなるだろう。

    絶対満足させて、初めてのバレンタインとやらを成功させてやろうじゃないか。
    そう意気込んで右側にあった箱を指差し、刺す様な視線を対処した。





    そんな事を思っていた時期もあったよね〜!

    現在2月14日午後23時30分。場所はオフィス。
    六分街に急いで向かっても今日中にビデオ屋へ顔を出すなんて芸当は披露できないだろう。

    昨日買ったチョコレートを持って仕事に出た。そこから仕事帰りにでもビデオ屋に寄ってチョコを渡そうと考えて…うん、ここまでは完璧だったんだよ。
    問題はどうにも時間が経つにつれて小っ恥ずかしくなってしまった自分と、それを表す様に軽くなった箱に有る。

    普段あれだけ甘い関係を送っているのに、いざこちらから与えようとすると恥ずかしい事を理解してしまった。そこからは良くも悪くも回転の早い僕の頭が働き、チョコを無かったことにしようと画策するまでそう時間は掛からなかった。

    まずお腹が空いたと嘆く蒼角ちゃんにに3粒。
    業務で頭を使ったであろう副課長に2粒。
    丁度お茶請けを探していた課長に2粒。

    8粒入りのチョコレートはあっという間に残り1粒に。
    これなら甘いチョコレートを独りで8粒も虚しく消費する必要も無い。

    しかも手元のチョコレートを処理するのに必死で今は絶賛残業中。これは今年のバレンタインは無かったことにするしかない。どう考えたってそうだろう。
    うん、我ながら完璧な言い訳と既成事実。

    あとは最後の1粒を己の胃に納め、出来上がった空箱をオフィスのゴミ箱にでもシュートすればミッションコンプリート。
    計画を早急に遂行すべく随分と軽くなった可愛らしいラッピングの箱に手を伸ばす。

    ぴこん。

    突如鳴った通知音に手が止まる。
    ノックノックに新着メッセージが来たらしいが、こんな時間に誰だろうか。
    処理対象の箱からデスクに乗ったスマホへ手の軌道を変え、画面を確認する。

    アキラ『まだ残業中かい?』

    …。

    早急にチョコレートを処理すべきだろうか。
    いや、落ち着くんだ浅羽悠真。何気なく連絡を送ってきただけだろう。
    第一チョコレートだって渡すと約束していた訳でもないし、これくらい付き合っているんだから何もおかしい事はないだろう。
    好きな相手が今何してるか気になるくらい普通、多分。

    想像していなかった連絡に驚いたが、一息ついて返信を返すべく液晶に指を滑らせる。

    『残業中だけどもう終わるから帰るよ』

    おかしな所は何もない筈。いつもの自分らしく小言もおまけしてメッセージを送信する。
    すると返事を待っていたかの様にすぐ新しいメッセージが飛んでくる。

    『なら少しうちに寄っていかないかい?今、H.A.N.D.の本部近くに車で来ているんだ』

    いつもなら二つ返事で返す様な提案に頭を悩ませる。

    『明日も早いし今日は遠慮しておこうかな、また今度お邪魔させて』

    『なら家まで車で送っていくよ。本部前の駐車場で待ってるから』

    ボロが出ない様有り難いお誘いまで渋々断ったのに、上手い事顔を合わせる様に仕向けられた気がする。
    いや、チョコレートの事を言わなければ何もやましい事は無いのだ。いつも通りを過ごせばいい。
    さて、そうなると有無を言わさず家に送り届ける気の恋人を待たせる訳にもいかない。
    腹を括った途端、急に恋人に会える事を純粋に喜びだした自分が随分と単純に思えてきた。しかし嬉しいものは嬉しいのだ。
    ひとまず甘い祭典の事は忘れて、荷物をまとめ彼が待っているであろう駐車場へ足を進める。

    「やぁ、悠真。遅くまで残業お疲れ様」

    「ほーんとにね。こんな遅くまで残業して、もうへっとへとだよ〜…」

    駐車場に停めた社用車に凭れ掛かる様にして、彼は居た。
    問題のチョコレートはポーチに思わず突っ込んで来たが、彼の顔を見ただけでこんなにも顔が緩んでしまうのだ。忘れるのも時間の問題だろう。

    「はいはい、じゃあ送っていくから助手席にどうぞ」

    「じゃあ遠慮無く。そういえばアキラくんはなんでこんな所に?今うちから依頼ってしてたっけ?」

    会話をしつつ慣れた手つきで助手席に乗り込むと、続いてアキラくんも運転席に乗り込み、シートベルトに手を掛ける。

    「いや、別件で近くに用があってね。H.A.N.D.本部の側を通ったら、悠真の顔を見たいなぁって思って」

    エンジンを入れ、サイドブレーキに手を掛けたまま優しい顔を此方へ向けてくる彼にもうn度目かの胸の高鳴りを感じる。

    「迷惑だったかな?」

    「いいや、あんたに会いたく無いなんて事ある訳ない」

    「それは嬉しい事を言ってくれるね」

    恋人冥利に尽きるよ、と幸せそうに笑いつつアクセルを踏むアキラくんを眺めて幸せに浸る。
    そのままたわいもない話をして、仕事の疲れなんか忘れて笑って、幸せを感じて。いつまでもこの時が続けば良いなんて思って。
    しかしそんな時間はあっという間で。気が付けばアキラくんの安全運転によって家の側まで運ばれていた。

    「悠真、到着したよ。ここで大丈夫かい?」

    「うん、大丈夫。送ってくれて有難う」

    楽しい時間が終わってしまうのが寂しくて、名残惜しくて。でもそんな事伝えたら優しい彼は応えようとしてしまうだろうから、あくまで明るい顔を向ける。
    扉に手を掛け、幸せな空間から離脱しようとしたその時、座席についていた腕を掴まれる。

    「悠真…その、1つだけ聞いて良いかい?」

    先程までとは打って変わって、少し申し訳なさそうな表情で視線が此方を伺う。

    「?良いけど…何?」

    質問とは何だろう。この申し訳なさそうな雰囲気からして楽しい事では無いのだろう。
    なら何だ?聞くことによって気まずくなる質問。
    何か物をなくした?ー…なら一緒に買い物に行けばいい。
    恋人である事を公表してしまった?ー…別に気にしていないし、公表してしまえば流石にファンも関わり方を弁えてくれるだろうし、寧ろ良い事尽くしだね!
    あと思い付く楽しく無い質問は何だろうか…別れ話?

    その答えに辿り着いた瞬間考えたくもない不安に駆られる。
    さっきまであんなに楽しく話してたんだよ、そんなのある訳ない。
    いや、優しいアキラくんの事だ。こっちに合わせてくれていたのかも。
    何も別れるきっかけなんて無かったと思うんだけど。僕が知らないうちにアキラくんにとって嫌な事をしてしまった可能性は?

    ぐるぐると勝手に進み続ける思考に終止符を打ちたく、目の前の彼を恐る恐る見つめる。

    「その…」

    言いにくそうに彼が口を開いた所で次に飛んでくる言葉が恐ろしく、思わず目を閉じる。

    「チョコレート、僕宛には無かったのかなって…」

    「…え?」

    想定していた斜め上の質問に思考が停止する。
    チョコレート。そういえばそんな物もあったな、なんて間抜けにも程がある感想がまず浮かんだ。
    ポーチの中に押し込まれた1粒のチョコレートとバレンタインを思い出し、改めて下手な態度を取る恋人を見やる。

    「…チョコレートってバレンタインの?」

    「あぁ。蒼角から悠真にチョコレートを貰った、と聞いて…」

    つまり目の前の恋人は、バレンタインのチョコレートをねだっているだけと?

    「っはぁぁぁぁ……良かった…」

    「えっ、何がだい?」

    「いや、何でもない。それでチョコレートだっけ?あるにはあるんだけど1粒しか残ってないんだ。それでも良ければ貰っていってよ」

    別れ話なんて変に考え込みすぎた自分も、チョコレート1箱に振り回されるのも馬鹿馬鹿しく思えてきた。
    あんなに無かった事にしようとしていたチョコレートをあっさりと目前に差し出す。

    「!有難う。てっきり買ったは良いものの、いざ渡すとなると難しくて六課の皆んなに配り切ってしまった、なんて事になっているのかと思ったよ」

    どこまで此方の思考を読み取ってくるのだ、この男は。
    投げやりになっていたところに図星を突かれて、プライドも何もあったもんじゃ無い。

    「あーもう…思考でも読めたっけ?あんた」

    「おや、本当だったのかい?という事はこのチョコレートは本来僕宛で間違いないのかな」

    やられた。どうやらかまをかけられたらしい。

    「…そうだよ、そのチョコは本来あんた宛。配り歩いて残り1つになっちゃったし。僕は渡す度胸も無い意気地無しですよーだ」

    大人気なく拗ねた様に顔を逸らす。今自分がどんな顔をしているのか分からない。
    いやしかしこればっかりは許して欲しい。

    「あはは、ごめん。1粒でもちゃんと悠真からチョコレートを貰えて嬉しいよ」

    「…あんたからは無いの?チョコレート」

    顔はまだ正面を向けないが、じとっとした目線を送る。
    何もバレンタインは僕からしか送っちゃいけない訳じゃ無い。

    「…悠真からのチョコレートが欲しい事しか考えてなかった、かもしれない」

    少し顎に手を当て悩んだ末に飛んで来た回答がおかしくて、とても愛しくてつい笑ってしまう。

    「何それ、僕の事大好き過ぎない?」

    「今更かい?もうずっとそう言ってると思うけど」

    するり、と頬に手が伸びてくる。
    そのまま顔を擦り付け、誘導されるがまま顎を引き寄せられる。
    出口にかけていた手は自然と運転席へ身を乗り出す支えとなっていた。
    彼の綺麗な青緑がかった不思議な瞳と近距離で目が合う。
    委ねる様に唇をあけ渡してしまえば甘い口付けへと発展する。
    そのまま深い口付けに変わるかと思いきや此方を気に掛けてくれているのか、息苦しさを覚える少し手前で熱が離れて行ってしまう。
    足りない、と欲望の籠った目線を送るが彼は何かを思いついた様で頬から手を離される。

    そのまま先程渡した軽くなってしまっている箱から、ラッピングのリボンがするりと外される。
    何をしているのだろう、と見つめているとまた此方に手が伸びてきた。しかし今度は頬では無く支えの役割を果たしていた両の腕で。
    されるがまま腕を掴まれると今し方手に入れたリボンで腕を拘束される。

    「悠真、明日の仕事は何時から?」

    「えっと、いつも通りだとは思うけど…その、アキラくん?これは…?」

    目の前の恋人は回答を聞くや否や、こちらの質問に反応も示さず残り1粒のチョコレートを口に放る。
    緩い為すぐ外す事は出来るだろうが、拘束されながら恋人がチョコレートを食べる様を見るこの状況に疑問しか浮かばない。
    どんな意図があるのか、と混乱していると先程望んでいた口付けを再度される。
    混乱していても分からないなりに舌先を絡めると、甘く少し溶けてどろっとしたものが送られてくる。

    普段あまり口にしない甘みが口内に広がるのと同時に、貪る様な欲を感じ取り疲れた身体が火照り始める。

    「チョコレート、美味しかったよ。僕からもチョコレートの埋め合わせをしたいのだけど、この後来客の予定は?」

    ぷは、と唇が自由になり甘い息を整える。

    「…いいね、その埋め合わせ。宿泊も可能だよ」

    愛猫の爪は切っただろうか、いや自分の爪も最後に切ったのはいつだっただろうか。
    そんな事を考えつつ縛られた腕を引かれて、僕達は質素な我が家へと歩みを進める。
    きっと、チョコレートよりも甘い夜になる予感がした。
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