隠居○○年後の高銀冷ややかな夜明けの空気が肌を撫でる感覚に、高杉は瞼を開けた。まるで、ひっそりとした脆弱が、確かな重さをもって高杉の肌を包み込んでいるようだった。
朧気な意識のまま体を起こし、かじかむ指先を障子にかける。
そっと引き開けると、庭一面が真っ白な雪に覆われた光景が広がっていた。
昨夜、高杉が布団に潜り込んだときには、まだ兆しはなかったはずだ。眠りについた後に、密やかに振りはじめたのだろう。
空から綿毛のように落ちてくる雪が、陽の光を浴びてキラキラと輝きながら、未だに降り積っている。
道理で寒いわけだ、と高杉は得心しながらむき出しの肩をさすった。吐く息も、心なしか白い。
「辺り一面、銀世界ってか……」
その言葉が口から漏れた瞬間、世界が闇に包まれた。
柔らかな指が、後ろからこっそりと伸び、高杉の目を優しく覆ったのだ。
「浮気者」
耳元で、恨めしそうな声がする。
「拗ねんなよ、もちろんテメェが一等綺麗な銀色さ」
「キザったらしい男」
その声には、非難めいた言葉とは裏腹に、愛おしさが滲んでいた。
冷たい指先が、高杉の目からゆっくりと離れる。その感触の余韻に少しばかり名残惜しく思いながら、高杉はくるりと振り向き、悪戯っぽい笑みを浮かべる相手のーー銀時の腰に手を回した。
「寝坊助。もう昼だぜ?」
からかうように目尻を下げた銀時もまた、高杉の首に手を回した。二人の体は自然に寄り添い、唇を重ねる。
深く熱い接吻は、冷えた体に熱を灯しはじめた。
高杉が食らいつくように唇に吸い付きながらその身体を掻き抱くと、銀時が擽ったそうに身じろいだ。
「ん……そろそろお前がいつも見てる相撲中継始まっちまう」
「あとでTV○rで見る」
「あー、やだやだ。これだから最近のジジイは……」
「寒ィんだ。温めてくれよ」
「誘い方が原始人」
銀時の冗談めいた不満に、高杉はふんと鼻を鳴らす。
高杉の指先が、銀時の裾に潜り込む。尾てい骨のあたりを撫でると、銀時はあえかな声を漏らした。
「少しは性欲減退したらどうなんだよ、助平ジジイ」
「これでも若い頃に比べたら落ち着いたもんさ」
「それは、そうだけどさ……」
みるみる乱されていく服の端を握りしめながら、銀時は戸惑うように首を振る。
「こう……年甲斐がないのも、いかがなものかと、か?」
「上等じゃねェか。生涯現役ってやつだ」
「腹上死とか嫌だからな」
「悪くねェな」
「だから嫌だって言ってんだろ」
子供のような高杉の悪ノリに、銀時が喉奥を鳴らして笑う。
「でも、こんなに寒いんじゃテメェの息子さん、縮こまってるんじゃねーの?」
「はやく熱いところに入って温まりてェってよ」
「最低」
ジトリと高杉を睨みつけながら、銀時の足が高杉の下腹部をつつく。
「いつの間にそんな見境ない暴れん坊になったのやら」
「冗談言うなよ。こいつはとびっきりの偏食家だぜ?なんせ、似ても焼いても食えねェゲテモノしか、食いたくねェってんだからよ」
「誰がゲテモノだコラ。あー……もう……、ちょっとコラっ、冷たっ」
少し乱れた銀髪に指を差し入れるように、高杉はその片頬を包み込んだ。ひんやりとした指先に銀時はとっさに肩をすくめる。
「寒ィな……」
高杉がもう片方の腕を伸ばして、そっと障子を閉める。
そうすれば、この世界にいるのは高杉と銀時だけだった。
「なあ、高杉……」
銀時が高杉の指先を握り込む。少しかさついた肌も、刻まれた皺も、すべてが愛おしく感じられた。
「高杉……」
何度も名前を呼ぶその声は蜜のように甘美で、高杉の耳を愛撫するかのようだった。
「銀時」
二人で褥に沈めば、あとはもう言葉はなかった。
甘やかな吐息が満ちる部屋の外で、しんしんと振る雪も素知らぬ顔で積もるだけだ。
「お前その羽織着て、雪かきするつもり?」
情を交わしあって火照る身体を横たえながら、銀時は身支度を整える男を見つめ、少しだけ眉をしかめる。
鮮やかな赤地の生地で仕立てられたその羽織は、繊細な地紋の上に椿が散りばめられ、その周囲には繊細な筆致で描かれた、金縁の葉が巡らされている。見る角度によって、光が表情豊かに反射する様子は、目を楽しませるには十分だ。
たいそう上等なものということは分かるがーーそれ以上に派手だった。
「なにか問題あるか?」
「お前さぁ近所のガキたちになんて呼ばれてるのか知ってる?ロマンティックおじさんだぞ」
「……ふっ」
「なんでちょっと自慢げなんだよ」
「なかなか悪くねェ呼び名だ」
「あーあ、ほんとに年甲斐のないジジイ」
「そんなジジイに雪掻きさせようってのは、どこの老いぼれだ?」
「そんな老いぼれが動けなくなるまで盛ったのは、どこの好色爺だ?」
後戯のような軽口に、どちらともなく口元を綻ばせる。
雪解けの気配を感じながら、高杉は銀時の旋毛に口付けた。