蛟九+人間高杉(高銀)狐に化かされるとはこのことか。
唇をはまれながら舌先を吸われ、眼前に広がる幼なじみの顔にうっかりほだされそうになりながらも、高杉は左拳を強く握り、
「テメェ誰だ!動物くせーんだよ!この偽物野郎!」
目の前の顔面に叩きつけると、ぎゃんという鳴き声と狐耳と九つの尾が揺れた。
「あの、ほんと調子こいて唇奪ってしまってすみませんでした」
「で、なんなんだテメェは」
「えっと、その見たまんま分かると思うんだけど……妖怪です、はい」
その後顔面を三、四発ほど殴られた妖怪を名乗る男は、頭に生やした獣の耳と尻から垂れた尾をしょんぼりと下げながら、仁王立ちする学生服の少年の前で正座をしていた。
町の外れにある古びた神社だ。
昔に管理するものがいなくなり、人も寄り付かなくなったと聞くが、特別荒れた様子がないのが異様だった。
こういった場所には、人と相容れないものが棲みついている。
人の天下になって久しいが、かつて妖怪と呼ばれる存在が跋扈し、今でも一部の力あるものが残っていることは少年……高杉も知っている。
ワケあってしている眼帯の下の目の疼きからも、この男がただのケモ耳コスプレ野郎ではなく本物の妖怪の類であることは間違いない。
問題はその妖怪が、自分の幼なじみと良く似た顔をしていることだった。
「妖狐の類か」
色を使い人を誑かす魔性の獣。
人の心を読み取り、焦がれる相手に変化するのもお手の物だろう。
「よりにもよって俺に手を出すたぁ、とんだ好き者じゃねーか」
誰にも明かしたことはないが、銀色の髪をした幼なじみに秘めた恋心を抱いて早数年。
純情というにはいささか不純物が混ざっているものの、恋心を弄ばれた胸糞悪さに拳をならせば、男は言い訳めいた言葉を漏らす。
「いやぁ、お前が俺のツレに似ててさぁ。つい……」
「は?」
「いや、俺のツレ。今冬眠中でさぁ」
「冬眠……」
「ほら。俺のツレ、水妖だから」
さも当然のように言われても、妖怪世界の事情には疎い高杉には分からないが、そういうものなのだろう。
「春には目覚めるんだけど、なんか口寂しくなっちゃって」
「それで?」
「思わず唇奪っちゃった」
九尾を名乗る男がてへっと舌を出すと、高杉はわなわなと拳を握りしめた。
「……そんなふざけた理由でテメェ、よくも俺のファーストキスを……」
「ファーストキス?……お前、面にに合わず意外と純情、あいてて!ギブギブ!なんなのお前人間のくせに強くない!?」
無言でヘッドロックを決める少年。
その痛みに泣きわめく怪しい男。
古びた神社には阿鼻叫喚という図だった。
「分かった、分かった。俺も男だ。責任を取ろう」
九尾はやけに真面目な顔で頷くと、懐から木の葉を数枚取り出す。それにふっと息を吹きかけると、木の葉はたちまち紙幣に姿を変えた。
「これで示談にしてくれ」
「堂々と貨幣捏造してんじゃねえ!」」
キリッとした顔を思わずはたく。
「なにしやがんだ!チビ!」
「こっちの台詞だ!まともに化かせられねーなら化かすな! クソザコナメクジ妖怪」
「あ!バカにしやがったな!人間のチビガキだと思って優しくしてりゃァつけ上がりやがって!大妖怪九尾様の恐ろしさとくと味わいやがれ……!」
グギュルルルル、と壮大な腹の虫が鳴り響いた。
「……」
「腹減った……」
「……」
「もうやだ。争いなんか悲しみと空腹を生むだけだ。それなら、みんなで甘味をつつき合うのが人と妖怪との和平への道だよ。てことで、ちょっと、甘味買ってきてくんね?これ、金なら出すからさ」
「それさっきの偽札じゃねーか!なんで俺が犯罪の片棒を担がなくちゃいけねーんだ!ほんと、いい加減にしろよテメェ!」
「いいじゃん!こんな古い神社じゃ誰もお供えなんてしくれねーんだよ!もう俺は甘味を食わねえと死んでしまう!いいのか!俺が死んだら、そのあれ、ひどいぞ!」
バタバタと地面の上に転がり子供のように駄々をこねる姿に、高杉は深いため息を吐いた。
いくら幼なじみと同じ顔とはいえ、これ以上は構っていられない。踵を返した高杉の腰に、「ちょ!待って待って」と九尾は耳を垂れさせながらかじりついた。
「分かった!じゃあ、菓子買ってきてくれたらさ!お礼にさ!いいことしてやるからよぉ」
「いらねぇ」
「俺は九尾の狐だぜ? テメェの懸想している相手に化けて、若き男子の悶々とした性欲を発散させてやるよ」
「いらねぇ」
「あんなことやこんなこともサービスしてやるし、コスプレだって対応可能だよ!」
「いらねぇ」
「クールぶってるけど、怖気付いてるだけじゃねーの?本当は毎晩ベッドの中で悶々と気になるあの子あーんな姿やこーんな姿やを妄想してはシコシコしてるくせに」
「よし分かった。望み通り殺してやるよ」
青筋を立てながら高銀が振り返った瞬間だった。
既視感のある、顔面に広がる幼なじみと同じ顔。
そして唇同士が触れいそうになるぞわぞわとした感触。
「ぎ、ぎんとーー」
思わず高杉がそう零した瞬間。
境内にある沼が泡立った。
「俺のに手を出した泥棒猫はお前か……?」
地を這うような超えがしたかと思えば、何者かに足を捕まれ、そのまま、強い力で水中に引きずり込まれる。
「な……!」
「人間風情が誰のものに手を出したか分かってるのか。身の程知らずめ。死んで償え」
何かが全身に絡みつき、自分を絞め殺さんとしている
息ができず、腹を締め付けられごぼりと貴重な酸素が口から漏れていく。
がらにもなく死が脳裏をよぎった瞬間。
高杉の体は水上に舞い上がった。
「げほっごほごほ」
高杉の体を抱えているのは九尾だった。飲み込んだ水を吐き出し、酸素を求めて喘ぐ高杉の頭をそっと撫でながら、九尾はそれに向かって睨みつけた。
「……なにやってんだ蛟」
「それはこっちのセリフだ九尾」
高杉も、自分を殺そうとした声の主に顔を向ける。そしてぎょっとして目を見開いた。
薄衣を被った艶めいた色気のある顔立ちの男だ。切れ長の翡翠の目が物憂げに伏せられている。
高杉自身は気付いていないようだが、確かに彼があと数年立てば良く似た顔つきになるだろう。
そんなこととよりも、重大なのはその下半身だった。足はなく、へそのあたりから蛇のごとく鱗がひしめく尾が伸び、その半分が沼に浸かっている。
「てか、起きたなら声かけろよ。びっくりしただろうが」
「人が寝ている間に間男連れ込むたァ、覚悟は出来てるんだろうなァ?」
その男は長い尾の先を苛立たしく地面にダンダンと叩きつけながら、九尾を睨めつける。
「あ?覚悟ってどんなだよ?」
鼻で笑ってあしらう態度の九尾に、蛟はこめかみをひきつらせながら、口を開き人の腕ほどの長さがある舌をだらりと垂らして見せた。
「この舌をテメェの喉奥までぶち込んで、全身麻痺のうえに何百という種類の快楽を一度に味わえる毒を流して脳みそイキ狂わせてから、三日三晩穴という穴をぶっ刺して抜かずに犯して犯して犯し壊してやった後に、この尾でテメェの全身の骨を抱き砕いて頭からしゃぶりながら丸呑みして腹の中でゆっくり愛し尽くしてやるよ」
「ひゅー。熱烈でけっこうだが、そいつが間男だァ?冗談よせよ。こんなん、俺にとっちゃ遊びにも入らねーぜ?」
「んぐ!?」
そういうと、九尾は高杉の顎をすくい、見せつけるように唇を重ねた。あまりに自然に唇を奪われた高杉は一瞬固まる。その隙をつくように、九尾の舌が高杉の口の中に潜り込んだ。
「ん……ふっ!んん……」
突然のことに翻弄され、高杉はただされるがままに舌を遊ばれるしかなかった。
我に返ったときには、九尾はもう舌を引き抜き、かわりに顎がこぼれ落ちた唾液で濡れていた。
「この淫乱阿婆擦れビッチクソ色ボケ狐!」
怒髪天を突くといった様子の蛟を相手に、九尾はさらに茶化すように嗤う。
「なになに? 俺が他のやつに目移りしたと思って嫉妬しちゃってるの?かわいいねぇ、蛟きゅん?」
「蛟の執着はテメェの体が嫌というほど知ってると思ってたんだがなぁ」
「そうかい、ならテメェも知ってるだろ?狐は人を誑かすのが性分だって」
てかよぉ、と九尾は声を低くする。
「テメェ、起きたんなら俺の狐面返せよ!」
「ああん?」
「テメェがそれ抱いて眠っちまったせいで、俺は人間に変化できねーで、甘味も買いに行けなかったんじゃねぇか!」
「甘味甘味うるせー狐だなぁ!面なんかてめぇに渡しままにしちまったら、テメェ、今みたいに俺の冬眠中に浮気すんじゃねぇか!」
「しねーよ! こう見えて俺が一途なのはテメェも知ってんだろうが!この嫉妬深い拘束蛇野郎!だいたい、なに?もしかして1人で冬眠するのが寂しくて俺のお面を抱いて寝ちゃったんでちゅかー?」
「……っ、悪ぃかよ……!仕方ねーだろ。お前を連れて冬眠するわけにもいかねーし」
「え……あ……」
煽りに対して、突然素直に……拗ねたように返す蛟に、九尾は思わず体を硬直させた。
「まじで……」
「うるせぇ」
「み、蛟。ほら見て、これ。テメェとそっくりの顔」
照れのせいか、間を持たせることができずに、九尾がかかえたままの高杉をぶらんと蛟の前に晒す。
「馬鹿言え。俺の方がいい男だ」
「じぇねりっくだよ、じぇねりっく」
「俺の方がいい男だ」
「いや、分かってるって。俺だってこんなちんちくりんよりお前の方色っぽいとおもうけどさぁ」
ひどい言われようだ。
「でもさぁ、お前が俺の面持ってちゃうからさぁ、甘味不足でイライラしちゃってさぁ、なんか嫌がらせしたくてさぁ。本気で浮気したわけじゃないからな?な?」
「……いい。てめぇのアホさはもう何百年も前から変わらねーな」
蛟が深いため息吐く、下半身が九尾の体に巻き付け、締め上げる。
「あいででで!怒ってる?やっぱりおこなの?」
「俺の悋気は知ってるだろう?目の前であんななことされちゃぁ、俺も腸が煮えくり返るってもんよ。さっきも言っただろ?この舌をテメェの喉奥までぶち込んで、全身麻痺のうえに何百という種類の快楽を一度に味わえる毒を流して脳みそイキ狂わせてから、三日三晩穴という穴をぶっ刺して抜かずに犯して犯して犯し壊してやった後に、この尾でテメェの全身の骨を抱き砕いて頭からしゃぶりながら丸呑みして腹の中でゆっくり愛し尽くしてやるよってな」
まあ、食うのは勘弁してやるよ。
うっそりとそうほほ笑んで、蛟は九尾を締め上げたときに地面に落ちた高杉を一瞥した。
「見世物じゃねーぞ、とっとと去れ。人間ごとき食ってやってもいいんたがらテメェはどうにも鬼クセェ」
「は?」
「テメェに手を出して厄介なやつに絡まれんのも面倒だ。俺はこれからこの馬鹿狐をじっくり躾し治してやらなきゃなんねーからな」
言いながら、蛟の手が身動きの取れない九尾の着物を割開き、妖しく笑った。