高杉と万事屋の仁義なき婿姑戦争・上(高銀)小気味よく包丁を叩く音に、目を覚ます。
すでに昨夜は腕に抱いて寝たはずの伴侶の姿はなく、代わりにグツグツと鍋が煮える音と出汁の香りが漂ってきた。
のそりと布団からはい出て、伴侶の姿を求めて台所を覗けば、みそ汁の味見をしていたその男が振り返る。
「あ、おはようございます。朝ごはんもうすぐできるので、先に顔洗って来てください」
銀時のとこのメガネの小僧が、なぜか朝食を作っていた。
「銀ちゃーん、この間再婚してた女優、もう離婚したネ。子どものこととすれ違い生活が原因ね」
「やっぱね、俺ァどーせすぐ離婚すると思ってたよ」
居間では、いつの間にか起きていた銀時とチャイナ娘が、テレビのワイドショーを見ながら、あーだこうだと話していた。
「結婚記者会見でよぉ、互いに支えあって生きていきたいだなんと言ってたが、相手は小さい子持ちの再婚なんだからよ。そこは、自分が丸ごと支える!っていうぐらいの気持ちでなきゃ。そういう気概のないやつは、男だろうが女だろうが、俺ァ好かねーよ」
「親になったら恋よりも子どもを優先するネ。それが分からないヤツはダメってマミーも言ってたヨ」
「もー、銀さん神楽ちゃん。そろそろごはん持っていきますから、ちゃんと机拭いといて下さいよ」
「はーい」
その様子はまるで親と子の団欒のように微笑ましいとも言えるだろう。
血は繋がってなくとも魂で繋がっている。
かつては、ママゴトだなんだと揶揄したこともあるが、この連中の絆は、鈍く光つつも鉄よりも強靭なのだろう。
しかし、だがしかしである。
おかしい……、と俺は、頭を抱えざる負えない。
なぜなら、ここは万事屋ではない。
恋人である銀時と暮らすために構えた、二人きりで過ごすための新居なのだ。
「さあ、定春もご飯だよ」
「わおん」
居間の隅には、いの間にか自分が飼ってもいない犬のドックフードが山積みにされており、メガネがそれをドサドサといつの間にか常備されいた犬皿に入れていく。
白いバカでかい犬でかい犬がそれを平らげていくのを尻目に、四人と一匹で食卓を囲みながら俺は考える。
ここは俺と銀時の家。そう、そのはずだ。
チャイナ娘が年頃だからという理由で、銀時はあの家を追い出され、行く宛てもなく飲んだくれていた銀時を拾い、言いくるめて、すでに用意していた新居に連れ込み、銀時と二人きりで過ごすはずだった。
色々とあったしがらみにも折り合いをつけ、少しは素直に気持ちを打ち明け、そうして想いと体を交わしあった。
しかし、蜜月は一ヶ月も経たずに終わりを告げた。
なぜか入り浸られているのだ。万事屋のガキどもに。
二人分しか揃えていなかったはずの食器棚には、いつの間にか一家族分の茶碗が収められているのだ。
「だって、あの家は夜になると独りになるアル。新八も銀ちゃんもいないの……寂しいネ」
と、まず銀時を追い出した本人のはずのチャイナがバカでかい犬と一緒に押しかけてきた。
それがたまにであれば、問題はなかった。しかしその頻度は徐々に増え、客室はすでに私物化され、「ここはもう私の部屋ネ。乙女の部屋に勝手に入るんじゃないアルヨ、おっさんども」と占拠されているも同然だった。
メガネはメガネで、「もー神楽ちゃんてば二人に迷惑かけちゃだめだよ」なんて白々しく保護者面しながらも、勝手に人の家の台所で朝食を作り、勝手に犬に餌を与えている有様だ。
四人と一匹で食卓を囲みながら、俺は銀時が作るものとは出汁が違う、物足りないみそ汁を飲む。
いや、なんでだ。俺は銀時の作った朝食が食べたいんだ。なんでメガネが作った朝食を食べなくてはいけないんだ。
なんでこの面子で納豆ごはんを食べなくちゃいけねぇんだ。
「……卵焼きが甘ぇ」
「あ、すみません。銀さんがいつもこのくらいの甘さが好きなのでつい……。次から高杉さん用にだし巻き用意しましょうか?」
「いいんだよ、そんな甘やかさなくても。人に飯作ってもらっておいて文句言うなんざ、これだからボンボンはよぉ」
「……」
別に銀時が作った甘ったるい卵焼きなら構わない。だが、なんで俺はこのメガネが作った甘ったるい卵焼きを食べなくてはいけないんだ。
というか今、地味にマウントとってきやがったな。俺だって銀時が甘い卵焼きが好きなことぐらい知っている。
なんなら、子供のときにはじめて甘い卵焼きを食べたときの弾けんばかりの笑顔すら知っている。お前達は知らないだろうがな、という言葉は味気ないみそ汁とともに飲み込んだ。
「新八このみそ汁薄いよ。どうせ高杉の食費から出るんだからもっといいモノ使うヨロシ」
そう言いながら、隣のチャイナ娘は炊飯器から米を吸う。
「あおん」
そして白い犬も七袋分のドックフードを食べ終わり、満足そうに鳴く。
最近やけに食費がかさむ原因ツートップだ。
金に困っている訳でもないし、細かいことを言うつもりもない。食費ぐらい貢いでやってもいいとは思ってる。
「お前らしっかり朝のうちに食い溜めしとけよ。今日の昼は豆パン一人ひとつだからな」
だが、そう言って銀時が率先して飯をかき込む姿には、なんとも言えない気持ちになる。というか、朝ごはんぐらい二人でゆっくり食べさせろ。
「あ、高杉さん。洗濯物畳んだのでここに置いておきますね」
なんで銀時と俺の下着をメガネの小僧が洗って干して畳んでいるんだ。
三人が行ってきますと、歌舞伎町の万事屋に向かって出ていくのを玄関で見送りながら、俺はふてくされていた。
二人きりであれば、行ってらっしゃいの口付けのひとつでも交わすところだが、ここしばらくはお預けである。
お預けなのは口付けだけではない。夜もすっかりご無沙汰である。
まだ二人きりだったときは、それこそ暇さえあれば体を寄せ、盛り上がればそのままところ構わず熱い肌を合わせたものだ。
しかし、今では頻繁にチャイナ娘が泊まりに来るため、「神楽がいるのにやだ」と拒否される。
それでは、こっそり抜け出してラブホにでも行くかと支度をすれば、
「銀ちゃん、どこ行くあるか?怖い夢見て寝れないアル、置いていかないで」
と、チャイナ娘がのそのそと起きてくるのだ。
身内に甘い銀時は、「仕方ねぇなぁ」と温かい茶を淹れてやりに甲斐甲斐しく台所に向かうのだが、その間にチャイナ娘が俺にだけ見せてくるあのムカつく勝ち誇った顔は確信犯だ。
奴らの魂胆は分かっている。
「自分たちの坂田銀時を、幼なじみか知らんがぽっとでの男に取られてなるものか」
つまりは、俺への宣戦布告である。