高銀前提のアルタナ杉でオメガバ的な悲恋(高銀)「あんたが俺のつがいだと聞いた」
そう言って自分を見上げるふたつの眼に、銀時が抱いた感情は「ざまぁみろ」だった。
死に損なって苦しんでいた奴が、また死に損なってやがる。
ざまぁみろ。
笑い話にしては上出来だ。
「昔の話だよ」
銀時は笑う。
笑わなければ、いけなかった。
「でも、俺があんたを番に選んだんだろ?」
記憶よりも小さく柔らかい手が、銀時の手に触れる。ためらいもなく手を取って、包み込む。
「だから、知りたくなった。あんたを……坂田銀時ってのが、どんな男なのか」
「てめぇは本当にろくでもねぇ男だなぁ」
そう言ってふたつの眼が、ソファーに寝転がる銀時を冷たく見下ろす。
「パチンコで負けて競馬で負けて、家賃は払わず仕事もしねぇで毎日毎日ゴロゴロと」
小言を言いながら、黒髪の子どもは銀時のつむじをつつく。
「うるせぇなぁ、小姑かテメェは」
その手を軽く払いながら、銀時は鼻を鳴らす。
子どもは払われた手を白いうなじに這わせ、冷たいオメガ用のチョーカーをカリカリと爪でかく。
「だーめ」
「…………」
「俺の項は先約済だからさ」
「いつまで死んだ男に操立ててやがるんだ」
「え、お前がそれ言うの?」
ケタケタと銀時が笑う。
「未亡人のつもりかよ」
「ガキのくせにマセたこと知ってんじゃん」
「ガキ扱いしてんじゃねぇよ」
「ガキだよ。マセガキ」
言いながら、銀時はあっけらかんと笑う。子どもは呆れたように、眉間にシワを寄せる。
「なんで俺はお前を番に選んだんだ?」
「さあね。俺のことが好きだったんじゃねぇの?」
「お前は、俺のこと好きだったのか?」
「好きだったのかもしれねぇなぁ」
「なんで、そんな曖昧なんだ」
「絆されちまったのは、たしかだよ」
「……俺にはいつ絆されてくれんだよ」
「甘えんな、クソガキ」
銀時は、その小さな額を指先でピンと弾いた。
その日は、朝からむせ返るような匂いがしていた。
体の奥をざわめかせるような、疼かせるような、たまらなく奪いたくなるような、そしてどうしようもなく泣きたくなるような、そんな匂いだ。
子どもは銀時の姿を探して、決して広くはない部屋中を駆け回る。
匂いが重い質感を持って体にまとわりつき、呼吸すらままならない。
「なにやってんだよ」
思わず床に膝をついた子どもの頭上から、かすれた声がした。
顔をあげれば、赤い顔で額に汗を滲ませた銀時がいた。
ひどく息苦しそうで、強い香りを全身から放っている。
その手にあるのは、ある男が生前使っていた羽織だった。
そのことに、子どもはなぜかひどいショックを受け、思わず泣きそうに顔を歪める。
「ここから先は、R指定だよクソガキ」
そう言って、銀時は子どもを一瞥すると、寝室に一人で入り、襖を閉める。
それでもなお、匂いは漏れ出て、子どもは思わず襖に手をかける。
「開けるなよ」
凪のような声だった。
「ここは、開けるなよ」
ひどく穏やかで、それでいて絶対的な命令だった。
何の変哲もない、ただの襖だ。
鍵がかかっているわけではない。
横に引けば、簡単に開くことができる。
それなのに、襖を開けることはできなかった。
ただ、無様に膝を折り、耳をそば立てることしかできなかった。
「たかすぎ」
と、襖の向こうで男の名前を呼ぶ声がした。
匂いが強くなる。
銀時の匂い。愛しい匂い。悲しい匂い。
頭の中がぐるぐると回り出す。
衣擦れの男、荒い息遣い。
子どもの脳裏に、銀時があの男の羽織を裸身に身につけながら、孤独に自分を慰めている姿が浮んだ。
匂いなどすっかり落ちてしまった、あのたった一枚て、薄い巣を作って、そこに篭っている。
そう思うと、たまらなく切なくなって、叫びたくなった。
「お前を奪い取ってやりたい」
気が付けば、涙が溢れ出ていた。
「別にガキをこさえたい訳じゃねぇ」
ぼろり、ぼろりと大粒の涙が小さくて白い頬を伝っていく。
「ただ、ただ……お前を……、お前が……」
喉を震わせて、しゃくりあげながら、子どもは薄く平たい襖に縋る。
「項は噛まない。番にもならない。だから、お前のそばにいてもいいか?」
銀時からの答えはなかった。
ただ、酷く優しい声色で、
「開けるなよ、“春風“」
と言っただけだった。