高校生パロのホワイトデー(高銀)子どものときから、甘いものが好きだった。
飴にチョコにキャラメルにクッキー、ケーキやアイスにカスタードにホイップクリーム、餡子まで、とにかくなんでも好きだった。
けれども俺の家はそんなに裕福ではなかったから、好きなときに好きなだけ甘いおやつを食べるなんてできなかった。
だから、甘いものが貰えるイベントごとは特別だった。
誕生日とクリスマスには小さいけれどケーキが食べられた。
ハロウィンには、周りの大人たちがお菓子をくれた。
そして忘れちゃいけないのがバレンタイン。
バレンタインの日には、買ってもらった材料をもとに、俺がチョコを手作りしていた。
表向きは養父にちょっとした日頃のお礼をしたい、健気な子ども………という体裁で自分が甘いものを食べるためだった。
どうせ、どこかの幼なじみの坊ちゃんや秀才くんとは違って、モテない俺は女の子からチョコレートなんて貰えないのだ。
いや、悲しくなんかない。
泣いてなんかないもんな!!
とにかく、バレンタインは俺にとって、養父と自分のためにチョコレートを作って食べる日なのだ!主に自分のために!
「いつもありがとう銀時。とてもおいしいですよ」
まあ、そう言って甘いミルクティーを淹れて俺の頭を撫でてくれる養父の嬉しそうな顔が見たかったというのも、ほんのちょっぴりあるけれど。
それなのにどういうわけか、まったくもってどういうわけか……!
部外者である幼なじみのひとりが、俺の作ったチョコを欲しがった!
何だかんだと理由をつけては俺から貴重なチョコを奪い取り、ろくなお礼もしやしない!
そうなのだ!
いつもいつも「宿題写させてやっただろ」だの「アイス奢ってやっただろ」と言ってはチョコを奪い取り、3倍返し必須のホワイトデーにすら何も寄越しやしないのだ。
俺はもうご立腹である。
激おこである。
甘いものなんか、あんまり食べないくせに、である。
どうせ、色んな女子から貰ってるくせに、である。
ボンボンのくせにケチ臭い男なのである。
そんな俺たちの関係が終わったのが、去年の高校生になって最初の3月。
俺と幼なじみは学力やら家庭の事情やらで違う高校に進学していた。
それなのに、いつものように家に押しかけてはバレンタインのチョコを強奪したその幼なじみが、はじめてホワイトデーのお返しをしてきたのだ。
今まで頑なに何も返してこなかった男が、だ。
天変地異の前触れかとすら思った。
呼び出されて突き出されたのは、きれいに包装された小さな箱。
その場であけてみると、瓶詰めになったふわふわの白いマシュマロが出てきた。
「あ……」
瞬間的に、足元から冷えていく感覚。
顔がサッと青ざめたのが、自分でもわかった。
バレてしまったのだ。
あーあ、余計なことなんてしなければよかった。
今まで通り、みんなと同じチョコを作ってればよかった。
こっそり、高杉に奪われる予定のチョコだけ、少しだけ特別になんかしなけりゃよかった。
「銀時」
幼なじみの男が……高杉が俺の名前を呼ぶ。
喉がひくついて、声が出ない。
知られてしまったのだ。この気持ちが。
どうせ、バレないとタカをくくっていたんだ。
ああ、俺の馬鹿野郎。
だって、はじめて違う高校になって、少し寂しくて。
クラスの女子のバレンタイン談義にあてられて、そんな雰囲気に少し浮かれてさ。
ああ、墓穴を掘るなんて、笑えない。
そういえば、バレンタインの後から付き合い悪くなったし。遊びに誘っても、バイトだなんだと、都合がつかないことのほうが多かったし。
なんだ、避けられてたのか、俺。
気持ち悪いって、思われてたのな、俺。
「……ごめん」
かすれる声を、振り絞る。
ホワイトデーに、マシュマロを渡す意味。
それは、「あなたの愛は受け入れられない」という意味だ。
それくらい知っている。
有名な話じゃないか。
俺の恋心は木っ端微塵に砕かれて、俺は我慢できずに泣き出すよりも早く、逃げるようにその場所を去ったのだ。
「やる」
「は?」
出会い頭そうそうに渡された、高そうな菓子の包みに、俺は頭に疑問符を作る。
あの日から、高杉と直接連絡を取ることはなくなった。たまにヅラや辰馬といった共通の友達に誘われて集まることはあったけれども、お互いに話すことなんて、片手で足りる程度しかなったし、いつものように振る舞えているかだけを考えていた。
というか、振るなら普通に振ればいいのだ。あんな回りくどい断り方など陰湿極まりネェ!とも思ったが、今思えばあれは逃げ道だったのかもしれない。
何も起こらないうちに、何にも気が付かないうちに収めるための牽制。
当然、今年のバレンタインにはあいつが押しかけてくることなんかなかった。
養父はしきりに「おかしいですねぇ。晋助がチョコを貰いに来ないだなんて」と頭をひねっていたが、俺たちだってもう子どもではないのだ。
どうせ、やけにモテるいけすかない男のことだ。今年のバレンタイは素敵な恋人と過ごしているのだろう。
幼なじみその2のヅラ(こいつは高杉と同じ学校)は例年通りにやって来ては「ふむ!今年はフォンダンショコラか!ヤツの目の前で食べて自慢してやろう!きっと血の涙を流して悔しがるに違いない!この一年、ずっとひなびていてまったくつまらんのだ!」とか高笑いをしながら、なぜか今までで一番ほくほくとした顔で帰って行った。
いや、男友達から貰ったチョコをそんなに自慢できるって、どんなヤツだよ。てか、ひなびてんの?大丈夫なの?
ちなみに、その後しばらくヅラは音信不通になった。
曰く、あそこまで怒らなくてもいいじゃないかと愚痴っていたが、いったい何があったのかはやぶ蛇になりそうだったので聞かないでおいた。
そんなこんなであの日から一年が過ぎて再びの3月14日。
一年ぶりに、高杉から呼び出しの連絡があったのが今朝だ。
俺は憂鬱な気持ちを抱えながらも、やっぱり振られたものの惚れた弱みか無視することはできず、こうして高杉の家にピンポンを推しに来たのだ。
「なにこれ?」
「ホワイトデーのお返しだ」
「お前にチョコなんかやってねーけど?」
「……今年はな」
「え、なんなの……?」
家には高杉しかいないようで、わざわざ尋ねてきた俺に対して茶も出さずに、高杉は俺に包みを押し付けた。
「……」
「……」
無言である。
ひたすらに気まずい。
というか、意味がわからない。
「えっと……?」
とりあえず帰る仕草をすると、高杉は俺の手を掴み、ようやく意を決したように口を開く。
「テメェに振られてから……色々と考えた……」
「は?」
「考えたが……やっぱり俺ァ、テメェを諦めるのは無理だ」
「いや待てよ」
思わず空いてる方の手で高杉の額にチョップする。
「振ったってなに?は?振ったのはお前だろうが」
「?振ったのはテメェだろうが」
「は?」
「あ?」
お互いに睨み合う。
先程までの殊勝な雰囲気など皆無だ。
俺たちは今、互いに青筋を額に浮かべている。
「いやだって、お前さぁ俺にマシュマロ渡したじゃん」
「だからなんだよ。テメェなんか俺が渡した途端に〝ごめん〟って言って逃げて、その後一切連絡寄越さなかったじゃねぇか」
「は?そりゃあ、お前に振られて〝あ〜、俺の好意バレた?気持ち悪かったよな?ごめんね、ごめんね〜っ〟てやつだよ、言わせんなボケ」
「分かるか、んなこと!普通に振られたって思うだろうが!てか、そもそも俺がいつテメェを振ったのかって聞いてんだよ」
「ホワイトデーのマシュマロっつたら、お断りの常套句だろうが?世間知らずの坊ちゃんか?バカか?」
「あ?菓子に意味があるなんざ俺が知るわけねェだろうが!テメェが勝手に勘違いしただけだろうがボケ」
「じゃあ、なんでマシュマロなんか選んだんだよ言ってみろよ、オタンコナス?」
「俺ァただ、テメェがこの店のマシュマロが食いてぇって前に言ってたから、わざわざバイトして買ってきてやったんだろうが腐れ天パ」
「?そんなこと言った……かもしれねぇけど、よく覚えてたなそんなこと。なに?お前俺のこと好きなの?ぷぷぷ」
「ああ、好きだよ。惚れてんだよ。だからテメェに告白しようとしたんじゃねぇか」
「……え?」
沈黙。
手が異様に暑くなってくる。
いや、いやいや、いや。
「で、でもお前、バレンタインの後俺のこと避けてたじゃん!遊びに誘ってもバイトだからって来なかったじゃん!」
「仕方ねぇだろ、だからバイトしてたんだよ!テメェにホワイトデーのお返しするためにな!」
「……え」
また沈黙。
俺の手も暑いが高杉の手も暑い。
「いやいやいや、いくら高級とはいえマ、マシュマロでそんなに金かかんねぇだろうが」
「……付き合ったら、デートとかいろいろするだろうが」
「いや、なんでそんな俺がOKする前提なんだよ」
「……チョコが、他の奴と違ったから……脈アリだと思ったんだよ」
「あ、そこはやっぱりバレてたんだ……」
「俺だけ特別かと思って……浮かれてたんだよ」
「……」
「……」
握られた手が暑い。
いや、本当に暑い。
汗ばんできたし。
なんか、火傷しそうな程に暑い。
「手離せよ……」
「離したら逃げるだろうが」
「に、逃げねぇよ」
だって……。俺は下げていた視線を、頑張って高杉似合わせる。
「こんな、逃げ場なんか、ねぇじゃん」
言ってから、顔から火が吹きでそうだ。
だって、これってつまり。そういうことなわけだろ?
「……銀時」
「な、なんだよ」
「俺ァ、お前に惚れてる。付き合ってくれ」
「……直球過ぎだろ」
「回りくどいことしてどうすんだよ」
「あー、そうね。そうだわ。お前はそういう男だったよ。うん」
「銀時、俺は言ったぞ。お前もちゃんと言え」
今までのやりとりで確信を得たせいか。
高杉はギラギラとした目つきで、自信たっぷりに笑う。
その顔が憎らしくて腹立たしくて、そしてどうしようもなく、らしくもなくときめいてしまって。
「俺も……お前が好き……」
そう言った瞬間、高杉のスカした顔もぶわっと赤くなり、俺は思わず目を見開く。
高杉は掴んだままの俺の手を引いて、俺の腰に手を回す。
「銀時、抱きしめていいか?」
「……ん」
ぎゅっと強く抱きしめられる。
やばい、心臓がやばい。
「キスしていいか?」
「それは、ちょっと早くね?」
「今日、親は帰ってこねぇ」
「ん?」
「優しくする」
「え?は?」
「今年はフォンダショコラだったらしいな。今度作れ、今月中に作れ」
「いや、なんで知って……え、ちょ、あっ、んん?」
有無を言わさずに唇を奪われて、そのままベッドに転がされる。
いや、いやいやいや、いくらなんでも手が早すぎるだろ!
とも思ったが、こちとらガキの頃から十数年片思いし続けていたせいか、うっかり絆されて許しちゃって、あらまあ、最近の若者ってのは本当に爛れてますわ。ごめんな、松陽。俺、大人になっちまったわ。
高杉から貰った包みの中身はマカロンで、これまた俺がいつかテレビを見ながら「うまそ〜」と言った有名店のものだった。
それをベッドの上でかじりながら、いかにも今が最高に幸せですって顔で俺の髪を撫でている高杉に問いかける。
「お前さ、俺が断ってたらどうするつもりだったの?」
「言っただろ。色々と考えたが諦めきれなかったって。毎年、テメェにしつこく告白し続ける覚悟を決めたところだったが……、どうやら杞憂に済んだらしい」
「こっわ……」
一歩間違えればストーカーじゃんそれ……。と思いながらも、まあこいつしつこい男だしなぁと、俺はどこか納得していた。
まったく惚れた弱みである。