パー子と高杉がエケチャンを預かる話(高銀)「あ、起きてたんだ」
「おい、なんだそれは?」
高杉が怪訝そうな顔で、俺の腕の中身を指さした。
「エケチャン」
俺がそう答えると、高杉はますます顔をしかめた。まあ、それもそうだろう。戸惑うのも無理はない。
なんたって、かまっ子倶楽部での労働を終えた恋人(俺)がーー二人のおしゃぶりを咥えたバブを抱えて、朝方に帰宅したのだから。
「こっちがギントキで、こっちがシンスケ」
エケチャン、バブーー要するに赤ん坊を今日一日預かって欲しい。
仕事終わりの俺にそう声を掛けたのは、同僚のひとりだった。
「どうしても外せない用事があるのに、いつものシッターが休みで困ってたみたいでさ。で、俺が前に子守りの仕事もしたことあるって言ったのを思い出して依頼してしたってわけ」
パー子ちゃんお願い!と札を握らされれば、万年金欠の俺が断る理由もない。オムツやらミルクやらのエケチャンセットを手に、朝の歌舞伎町を後にしたのだ。
「なんで2人もいるんだ。こいつら兄弟か?」
「いや、こっちはさっきお登勢のババァに下で捕まったときにいた客の子なんだけど、なんかシンスケが異様にギントキに懐ちまってさぁ。ついでだからって、先月の家賃の代わりに面倒みさせられることになった」
「家賃払えよ」
「だったらテメェも働けよヒモ野郎」
とりあえず薄い布団を敷き、その上にシンスケとギントキを寝かせる。
ぽけーとしているギントキに向かって、シンスケが必死に横ばいしながら近付いていくが、
まだなかなかうまく進めないようで、
「だーーー!」
怒ったようにうなり声をあげるものだから、仕方なくシンスケを抱き上げてギントキの傍に置いてやる。
「あうっ」
シンスケがギントキの体にしがみつくと、顔をパッと明るくさせる。
「あー」
「ううー」
「こらこら、シンスケ!ギントキを食べるな!ヨダレでベタベタにするんじゃない!」
「う?」
「あうう?」
「ギントキも、嫌なら嫌って意思表示をしないとやられるままだぞ?」
「あうあう」
「だあー」
短い手足をバタバタと動かしていたかと思えば、とたんにギントキが顔を真っ赤にしてしかめはじめる。
「お、うんちか?黄色になってるし、オムツ替えるか」
「う゛う゛う゛ーー!」
「取らない取らない!ギントキのおしめ替えるだけだから!」
一丁前に威嚇するシンスケをころんと転がして、手早くギントキのオムツを変えてやる。
「ギントキは大人しくていい子だなぁ。はい、終わり。おいおい、シンスケお前もか、替えてやるから大人しくしろ」
「おい」
「よーしよし、いい子いい子。お、シンスケ右曲がりじゃん。将来有望だぞよかったな」
「おい、聞いてんのか」
不機嫌なオーラを全力でぶつけてくるもう一人の大きなバブに、俺はため息を吐く。
「あのなぁ、待てもできないのかテメェは」
「こいつら、いつまでいるつもりだ」
「人の話を聞け!……ったく、今日の夕方には迎えに来るって言ってたぜ」
二人のおしめを替えてやり、使用済のオムツを袋に入れる。シンスケとギントキは重なり合うようにくっついて、うとうとと寝はじめたようだった。
「夕方だァ?テメェ明日は早番なんだろ?」
「そうだけど?だから夕方チビ帰ったらすぐ寝るから。てか、もう寝みぃよ~。てか、ちょっと化粧落としたいからシャワー浴びてきていい?あ、夕飯は自分で用意して食えよ」
「なら、今のうちしかできねェよなァ?」
怪しく俺の腰に回ってきた腕をペシリと叩く。
「テメェ、赤ん坊がいるんだぞ何考えてやがる!」
「んなもん、放っておいても寝てるだろう。いいから、来い」
「ふざけんなっ」
強引に肩を抱いてくる高杉の体を押しのけようと力を込めた瞬間、
「おぎゃあ!ひぐう!」
「あーん!あーん!」
シンスケとギントキの大きな泣き声が耳に飛び込んできた。見ればシンスケがギントキのほっぺたにかじりついているのを慌てて引き剥がす。
「こらこら、ケンカするなお前ら!」
「うう~」
「あぐ~」
「ええ〜?離せば怒るしくっつければケンカするの〜?なんなのお前ら、もー!」
「おい、オレも構え」
「お前もなんなの!おら、お前はこれでミルク作ってこい!そしたら構ってやるから」
叱りつけてしぶしぶと台所に向かう高杉の背中を見送ってから、バブたちに視線を戻せば、いつの間にか仲直りしていたバブたちが手を握り合って寝ていた。
「やっぱり寝てるエケチャンってのは可愛いもんだな」
バブたちの柔らかなほっぺをツンツンとつついていると、台所からガシャン!と大きな音がした。
俺は大きなため息をひとつつき、もう一人の大きなバブの様子を見に行った。
まあ……まさか、そのあともこのバブたちを何回も預けられることになり、さすがに高杉の育児スキルも上がっていくことになり、なんやかんやで二人の子どものスクスクと健やかな成長を見守ることになるとは思わなかったし、なんなら幼稚園に入る頃のギントキが「俺、将来は高杉と結婚する!二号さんでもいい!」と言い出し、それを聞いたシンスケが高杉に決闘を挑むのはまた別の話。