心中未遂のみずきゅ(蛟九)水っていうのは喉の乾きを癒すためのものであって、全身に浴びたり、ましてや入ったりなんてするもんじゃない。
そんなこと、狐界隈では千年も前から常識だ。
ーーそれだというのに、どうして水の中で今にも溺れ死にそうになっているのだろう。
「がぼぼぼぼぼ」
貴重な酸素が口から抜けていき、水面に泡を立てる。
鼻からも水が入ってきて、痛みと苦しさで脳が麻痺を起こしているのを感じながら、俺はもがいていた。
「銀時ィ、俺は言ったよなァ?」
そう低く唸るのは、俺を湖の中に引きずり込んだ張本人の蛟だ。
その長い尾で俺の体に強く巻き付き、今にも暗い水底に沈めようとしている。
「次に浮気したら入水心中だってよォ?」
「ジデナイ!ウワギジデナイ!!ゴボボボ!」
遠のいていく意識を繋ぎ止めながら、俺は必死に弁明する。
俺はただ、たまたま人に化けて町に降りていたときに、道に迷ったという女の人を案内しただけだ。断じていやらしいみだらな行為などしていない。
「よく言うぜ。鼻の下伸ばしてやがったくせに」
「だっで、あの姉ちゃんおっぱいでがいごぼぼぼぼ!」
「ほれ、浮気じゃねェか」
「がぼぼぼ雄ならみんな、おっばいごぼぼに目がいくがぼぼぼ」
「……何言ってやがる。テメェは俺の“雌”だろうが」
はあ、と蛟は呆れたように長いため息を吐くと、
「馬鹿馬鹿しい」
と、呟く。
そして、俺の体を引き寄せると、耳元で低く囁いた。
「水神というのは総じて嫉妬深いんだぜ、銀時。俺を番にしたんだ、俺ァそういうところちゃんと絞めるぜ?」
ーー次はねェぞ。
獣が唸るように言うと、蛟は俺の体をぽんと宙に高く投げる。
そのまま重力に従って、強かに地面に背中を打ち付けた俺にのしかかりながら、蛟は甘い毒の息を俺の顔にかけてきた。
「テメェは俺の“雌”だってことを、もう一度躾しなおしてやるよ」
水の中に引きずり込まれるのと、一体どっちがマシだったのかーーそんな目に合わされて、九尾の悲鳴は今日も山に響き渡る。