闇堕ち赤サンタみはくん+げっそりドロおじさん ここのところもっぱら、一番嫌いなのは午前の呼び鈴の音だった。
今しがた、まさにその音が聞こえて、ドロッセルマイヤーは憂鬱そのものといった表情で顔を上げた。無視しようかなとも思ったが、こちらの考えを見透かすように、再度呼び鈴がなる。リンリン。壁に並ぶベルの中でもいっとう澄んだ金属の音が、部屋の静寂を突き破ってドロッセルマイヤーの耳朶を打つ。どこの部屋のベルか、見なくともわかる。どうせあの人の寝室だ。喉元まででかかった溜息を飲み込んで立ち上がった。ここで溜息を吐き出したら、ベルを鳴らした待ち人に鼻で笑われそうな気がして癪だった。
部屋を出て、重厚な絨毯が敷かれた廊下を歩く。そもそも従業員はあまり立ち入らない区画のうえ、黒い服を見に纏った彼らは今、業務用の棟で忙しく働き出している頃だから、廊下には人の気配が全くなかった。誰かとすれ違い、無理矢理にでも笑顔を作って朗らかにあいさつの一つでも交わせば少しは気がまぎれるのにな、と柄にもなく思った。
足取りが重たいのもあり、永遠に続くかのように思われた廊下も、ついに終わりがくる。廊下の突き当たりに呼び鈴を鳴らした部屋はあった。その扉の前に立つと、いよいよ観念しなければならなくなる。ドロッセルマイヤーは苦虫をゆうに数百匹は噛み潰したような顔で扉を叩いた。少し待つが、返事はない。礼儀に則れば再度お伺いを立てるべきところだろうが、これは日常茶飯事のことなので、彼は呼び人に断りも入れずに扉を開いた。
重い木製の扉は、音もなく滑らかに開いた。その隙間から甘い匂いが漏れてくる。奥にどこか生々しい匂いをはらんだ、アロマキャンドルの絡みつくように甘い香り。頭が痛くなりそうだ。眉を顰めながら部屋に足を踏み入れる。久方の陽気に恵まれて陽光が窓いっぱいに差し込む明るい廊下から一変して、分厚いカーテンが締め切られた室内は昼夜の別がつかないほどに暗く、部屋のところどころで焚かれたキャンドルのほのあかりだけが部屋を頼りなく照らしていた。
「おはよう、ドロッセルマイヤー君」
お姫様でも眠っていそうな、天蓋に覆われた寝台から気だるげな声がする。お姫様とは似ても似つかぬ男の声だ。ドロッセルマイヤーはあえて返事を返さず、早足で窓に近寄ると、締め切られていたカーテンを次々に開け放っていった。同時に窓も開ける。たちまち北極の冷たい風が容赦無く部屋に吹き込んできたが、そんなことはお構いなしで全ての窓を思い切り良く開けた。風のいきおいで蝋燭が次々にかき消されていく。部屋中を回ってスナッファーでキャンドルの炎を消す手間が減ったな、とドロッセルマイヤーは思った。
「ねえ、さむいよ」
「すぐ閉めるよ」
天蓋から聞こえた文句をいなしながら、最後に窓からの風でヒラヒラと揺れるレースの天蓋を持ち上げる。飾り枕を除いて白で統一された寝具の合間から、ひょっこりと黒い頭が覗いていた。寒いのか目の下まで布団ですっぽりと覆った姿で非難めいた視線を寄越してくるその人に、ドロッセルマイヤーはやっと朝の挨拶を返した。
「おはよう、三春くん」