No.5 彼シャツみはくん「今更っスけど、何すかその格好」
下げ膳の頃、シンクに食器をおきながら、カイザーはようやっと気になっていたことを口にした。問うた対象である三春は、スポンジに洗剤を塗しながら「あ、カイザー君の勝手に借りちゃった」と悪びれもせずに言う。洗い物の際に水がつかないように捲り上げられた袖は、何もせずそのままにしていると手の甲をおおう程度には長い。そもそもTシャツ自体が彼には少し大きくて、全体的にだぼっとしている。カイザーの服はどれも三春には少し大きいのだ。
「昨日寝る前は私物のパジャマ着てたっスよね?」
カイザーの家にたまに泊まりに来る三春は、この家に自分の服を数着置いているのだった。別にカイザーの服を着る分にはなんの問題ないのだが、着るに至った経緯が気になる。
「いや、そうなんだけどさあ。一回脱いだらどこにいったのかわからなくなっちゃって。パンツはギリギリ見つけたんだけど」
えへへ、と三春がごまかすように笑う。そのTシャツの裾からはやけに可愛らしい柄の下着が覗いていた。逆に言うとパンツ以外何も履いておらず、パンツから伸びる足は剥き出しだ。いわゆる彼シャツの状態である。
「だから寝る前に服着てくださいってあれほど言ったじゃないスか。風邪ひきますよ」
「そうはいっても、眠すぎて無理だったんだよぉ」
最近仕事がたてこんでてさ、疲れてるみたい。そう言われるとカイザーもこれ以上小言を言うことはできなかった。近ごろ三春の仕事量がいやに多いのは見聞きしていたし、何より昨日は自分も三春の世話を焼くこともできず、睡魔に負けてうとうとと眠り込んでしまったので。
「……しゃーなしっスね。でも、今からでもちゃんと下履いてください。まだ寒いんスから」
「んー、これ洗い終わったらね」
「だーめ。代わるんで、今すぐ脱ぎ散らかしてるやつ発掘してきてください」
腕まくりしたのちに横から手を伸ばして、三春の手からスポンジを奪い取る。奪取された方は、「あーっ!」とやや非難がましい目をむけてきた。
「別に寒くないし平気なのに」
「こっちが平気じゃないの。……目のやり場に困るんスよ」
気恥ずかしいので目を逸らしてつぶやけば、珍しく沈黙。いつもならばすぐに返事が返ってくるのに、三春は何も言わない。かえっていたたまれなくなって視線を戻すと、三春がにたり、と意地の悪い笑みを浮かべて小首を傾げた。
「カイザー君のえっち」
「……」
絶対面白がっている、この人。カイザーはため息をついた。
「あーもう、だから言いたくなかったんスよ。そうやってすぐからかうし」
「ごめんごめん。可愛かったから、つい」
可愛かったから、なんて、さっき食事中にカイザーが言ったことへの意趣返しだろうか。じとりと軽く睨め付ける先で、三春が「でもさ」と口を開く。
「カイザー君が平気じゃなくても、俺は平気だけど?」
「………………」
予期せぬ言葉を受けて押し黙ったカイザーのそばに、三春の整った顔が近づいてくる。ふわり。カイザーと同じ柔軟剤の匂いが鼻をくすぐる。耳元で蠱惑的な声がささやいた。
「ね、どうする?」