No.3 髪を耳にかける三春くんはかわいい+それを見るカイザー君 控えめにドアが3回ノックされた音を聞いた。
カイザーはその時、机の上においたプリントと睨めっこしていたので、ノックの音に反応するのが遅れた。数秒遅れで脳が事態を把握する。慌てて顔を上げた瞬間、返事を待たずにドアが開かれた。
「カイザー君、廃棄出たけど食べるー?」
「三春さん。ありがとうございます、もらいます」
「うん。カイザー君の好きなプリンだよ」
後ろ手にドアを閉めてバックヤードに入ってきた三春は、机の上にプッチンするタイプのプリンを置いた。ご丁寧に、スイーツ用のプラスチックのスプーンを蓋にシールで止めてくれている。
「あ、それが大学の課題?」
三春の視線がカイザーの手元に移った。出勤前にバックヤードで着替えていた時、今日は休憩中に少しでも課題を進めないと、とこぼしたのを覚えていたらしい。
「そうっス。俺、数学苦手だから頭が痛いっスよ」
「へー……ちょっと見せて」
骨張ってはいるものの、白く、どちらかというとほっそりとした指がプリントの上にのる。そのまま机の上を滑らせるようにしてプリントを自分の元まで移動させた三春は、視線を左右に動かしながらしばらくそれを見つめた後、顔を上げていたずらっぽい笑みをカイザーに向けてきた。
「なーんだ、これ高校の範囲じゃん。高卒の俺でも解けるよ」
「……うっさい。こっちは元々頭悪いの! 馬鹿にするならさっさと仕事戻ってください」
冗談とはわかりつつも決まりが悪くなって、犬を追い払うようにシッシと手を振る。カイザーが臍を曲げたことを理解した三春は、「ごめん、ちょっとからかいたくなっちゃって」などと言いながらプリントを元の位置に戻した。そのまま店先に戻るかのように思われたが、期待を裏切ってカイザーの隣に腰掛けてくる。机周りは季節商品の宣伝のための備品などで狭くなっており、必然的に距離が詰まっていまにも肩や膝がぶつかりそうな距離感だ。
「え、ちょ、三春さん?」
「今お客さんいないからさ、お詫びに解法教えてあげる。ちょっとの時間だけだから、店長にはナイショね?」
頬杖をついた三春が、もう片方の手を口元に寄せて人差し指をうすい唇にあてる。
なんかあざといな、この人。
そう思いながらも、カイザーは無言で頷いた。
「えっとねー、まずはここなんだけど……」
さっそく嬉々として説明を始めた人の指先を追わずに、ぼんやりとその横顔を見つめる。珍しく自分が教える側になったことが嬉しいのか、やけに楽しそうだ。プリントを見るためにうつむいた横顔に、染めたことがないらしい艶のある髪がかかる。それが邪魔だったのだろう、口の動きを止めないままに、おもむろに伸びた白い指が頬にかかる髪をかきあげ、耳にかけた。形のいい耳と、滑らかな曲線を描く顔の輪郭と、丸い瞳を縁取る長い睫毛。
(綺麗だな)
ふと、そんな感情が胸にすとんと落ちた。男に対して綺麗なんて違和感のある表現だが、この時は素直にそう思った。それを自覚するともう、三春の一生懸命な説明などちっとも耳に入らなくなる。カイザーはしばらく、ただ楽しげに話す三春の横顔だけを見ていた。
「——ってわけなんだけど、わかった?」
「……え」
不意に三春が顔を上げ、カイザーを上目遣いに見た。視線がかちあってやっと現実に引き戻されたカイザーは、上の空だったのが丸わかりの腑抜けた声をあげるしかできない。案の定それは相手にもばれてしまったようで、三春が胡乱げに目を細める。
「カイザー君、聞いてなかったでしょ!? もー、せっかく説明したのに」
「すみません、三春さん。もう一回教えてください」
「仕方ないなあ。いい、次はちゃんと聞いてね?」
はい、と頷いたにもかかわらず、小難しい説明を聞いているうちに視線はまた三春の横顔へと吸い寄せられていき、その結果また怒られることになるのだが、それはまだもう少し先の話である。