道中、酷い大雨に打たれてしまった。
おそらく通り雨だがしばらく止みそうにもない。
町までは距離がありこのままでは調子を崩してしまう。
急ぎ足で町に向かっていたところ、幸いにもつい最近打ち捨てられたであろう家屋を見つけ中に駆け込んだ。
軽く中を見渡し薪を発見したが、湿気ってしまっており使い物になりそうにない。
他に燃やせるようなものもなく、利子はふるりと身体を震わせ途方に暮れる。
風雨は凌げているが、長いこと雨にさらされていたので衣服が張り付くほどずぶ濡れだ。
拭くものでもないかと視線を移した瞬間、外から微かに人の気配を感じ咄嗟に梁に飛び移る。
入り口を注視していると入ってきたのは雑渡だった。
利子は驚きながら梁から飛び降りる。
「雑渡さん…!?」
「中にいたのは君だったか。ここは君の拠点では…なさそうだね」
「ええ、酷く雨に打たれてしまって…たまたま見つけたこの家に駆け込んだんです」
「なるほど。私も濡れ鼠でね、一緒に雨宿りしてもいいかな?」
見れば雑渡も水が滴るほどずぶ濡れの状態だ。
「もちろんです。私の家でもないですし。う…」
冷えた身体がぶるぶるっと震える。
「ありがとう。君も随分と濡れてしまったようだね」
「ええ、何もない道が続いていて…はあ」
両腕をさすり寒さを凌ごうとするが身体の震えが止まらない。
「それだけ濡れた状態でいるのは危険だから服な脱いでそこの竿に干した方がいい。夜着は残っているようだからそれに包まって」
そう言うと雑渡は寝床から夜着を持ってきて利子の側に起き、そっぽを向いてしまった。
雑渡は敵でもないが味方でもない。
丸腰になることに少し抵抗はあったが体はどんどん冷えていく。
侵入を許した時点で変わりはないなと纏っていた衣類を全て脱いで干すと、雑渡の言う通り夜着に包まる。
「悪いけど私も脱がせてもらうよ」
雑渡はそう言うと利子の視界から外れる場所で素早く自身の衣服を取っ払い、利子の背後に回るとぎゅっと抱きかかえた。
「きゃっ…」
「この方が早く温まるから」
「ですが雑渡さんが冷えたままになってしまいますよ」
「夜着と君の体温で温かいから大丈夫」
雑渡の体温とより密着した夜着で冷えていた身体は少しずつ温まっていく。
雑渡も寒いだろうに利子をしっかり温めてくれている。
普段顔を合わせれば揶揄われたりすることもあるが、ここまでしてくれるのは意外だった。
「あの、ありがとうございます」
「うん」
外は依然としてざあざあと大粒の雨が降っており、止む気配はない。
静かな部屋の中に雨音だけが響く。
「…雑渡さんも随分と濡れていましたしこちらにきませんか。雑渡さんさえよければ、私は裸ぐらい見られてもかまいませんし」
「でも君、嫁入り前だろう」
「こんな傷だらけの身体でこの職業ですもの、貰い手なんていませんよ。もとより嫁に行く気も婿をもらう気もありません。花の盛りは過ぎていますから、気にしないでください」
と利子はきっぱりと言い、雑渡を招き入れた。
少し考える間があり、利子を抱いていた腕がふっと緩む。
「ではお言葉に甘えて」
正面に来た雑渡は利子を抱き込み、利子は夜着を手繰り寄せて互いで暖を取った。
学園で顔を合わせれば会話はするが、顔見知り程度の関係。
対して親しい仲でもないのに、こうして裸で身を寄せ合うことになるとは思わなかった。
(あっ…)
冷たいものが肌に触れ少し驚いたが雑渡に巻かれた包帯だった。
替えがないため包帯はそのままにしており、包帯の部分だけは冷たく濡れたまま。
(こんなに冷えているのに私のことを温めてくれたんだ)
こてんと頭を雑渡に預ける。
一定の拍子で刻まれる雑渡の心音が聞こえてくる。
心音と上がりつつある彼の体温が心地よい。
少し弱まってきた雨音も相まって少しずつ意識が遠のいていく。
「年齢なんて関係なく美しく咲いているけどね、君は」
雑渡が呟いたのを最後に、利子は意識を手放した。
「───はっ!!」
不覚だった。
他人の懐で呑気に寝てしまうとは。
「おはよう」
「…おはようございます…」
外を見ればすっかり雨は上がって雲間から徐々に青空が覗いていた。
「体調はどう?」
「問題ないです。おかげさまで思っていたより早く身体が温まりましたので。ありがとうございます」
「ぐっすりだったもんね」
ニヤっと目を細めて笑う雑渡に、利子はじとっと睨む。
「凍え死ぬところだったし助かったよ。こちらこそありがとう」
「いえ、とんでもないです。そろそろお支度しますか?」
「ああ、そうだね」
どちらの衣服もまだ乾いてはいないが、ましにはなった。
この晴れ空の元移動すればなんとかなるだろう。
「ではまた」
先に支度を終えた雑渡はそう言うと家屋を出て行った。
雑渡の姿は早々に見えなくなる。
利子は抱き締められていた感触を思い出し、目を伏せ自分の身体をそっと抱きしめる。
両親に抱きしめられたときとは確実に違う感情がある。
『年齢なんて関係なく美しく咲いているけどね、君は』
寝落ちる瞬間、雑渡はそう言ったか。
褒められているのか慰められているのかわからないが嬉しく思ってしまう。
唐突に利子の中に雑渡という存在が入り込んできて何とも言えない心の乱れを感じる。
これがなんなのかはまだわからない。
次会ったら何かわかるような、わかりたくないような。
───ぱん!
両頬を叩き悶々とした気持ちを断ち切る。
「…よし!」
次いつ会うかも、そもそもまた会うかもわからないのに悩んでいても仕方ない。
凛とした表情で利子も家屋を後にした。