「あ〜!!利吉さんちょうどいいところに!助けてくださぁい!」
伝蔵へ洗濯物を届けた後忍術学園をぶらついていると、突然きり丸に泣きつかれてしまった。
聞けば同時刻にアルバイトを二つ入れてしまい、半助に助けを求めたのだが───。
『お前たちのテストの点数が悪いせいで補習の準備で忙しいんだ〜!!』
と、怒号と共に職員室を追い出されてしまったそうだ。
怒鳴る半助の姿が目に浮かび苦笑いする。
ちょうど忍務明けで休暇に入ったばかりで暇なので助けてやることにした。
無計画なアルバイトの詰め込みは半助が改めて指導するだろう。
というわけできり丸の代わりに花売りのアルバイトをすることに。
きり丸からは必ず女装するように!と念押しがあったので女装をして自腹で購入した赤い花を耳にかける。
それにしても相当な量の花だ。
足が早い生花を本当にこの量一人で捌くつもりだったんだろうか。
ダブルブッキングしていなかったとしても半助を駆り出すつもりだったのかもしれない。
やっぱり私からも叱ったほうがいいかも…
と思いつつ利吉は花売りを開始した。
「そこなお方お花はいかがですか?」
呼び止められた男が声の主を見ると、売り物と同じ花を耳にかけた美しい花売りの女人。
花が綻ぶようにふわりと笑いかけられ思わずぼーっと見惚れてしまう。
男ははっとして恥ずかしそうに頭を掻きながら花売りの元へ来た。
「あ…じゃあ嫁に二本買って行こうかな…」
その男を皮切りに次々と花を求める客が現れた。
「お供え用にいただこうかねえ」
「ねえそこのお嬢さんこっちこっち。ああやっぱりあんたに似合うと思ったんだ。あの花売りよりよっぽど綺麗だ」
「あら…」
「俺もかみさんに買ってこうかな」
お供物、利吉を出汁にナンパする者、妻へのプレゼント、様々な理由でいろんな人々が花を買っていく。
その中には途中何人か同業と思しき人間も混じっていた。
花を売る前からそこらの町人とは違う雰囲気の者がいるとは思っていたが、こちらに危害を加える気はないようなので顔だけ覚えて気付かない振りをした。
売り上げに貢献してくれる"だけ"ならありがたい。
そんなこんなで花は順調に売れていった。
───自分で言うのもなんだが、女装をした自分は綺麗な方だ。
化粧をしなくても可愛いお嬢さんと評判が立つし、仕草は大変可愛らしいし愛想も良い。
こうして長々と口説いてくる男たちがいるくらいには。
花は手元の籠に入っている五本で完売だというのに目の前にいる阿呆共が買いもせずべらべらと話しているせいで、人が寄りつかない。
(あとたったの五本だぞ…せめて買ってくれ)
だらだらと自分の武勇伝を話聞かせてくるつまらない男とそれを持ち上げる取り巻きの男たち。
話している内容はどれだけの数の女たちを泣かせてきたかどんな悪いことをしてきたかという聞くに耐えない内容なので割愛させていただく。
見るからにガラの悪い連中なので周囲の町人たちは口を出すに出せないという面持ちだ。
きり丸の行動範囲だと思うとあまり事を荒立てたくないが、貴重な休暇にこんなことで時間を取られたくない。
残りの花は自腹を切るとして、この男たちにはそろそろお引き取り願おう。
利吉が口を開こうとした瞬間、突如大きな影が現れてグイと引き寄せられた。
「うちの妻に何か?」
聞き覚えのある声に頭上を見上げると、タソガレドキ忍軍の組頭・雑渡昆奈門。
なぜ彼がここにいて、なぜ助けてくれたのかはわからないが、そっと身体に寄り添う。
「大丈夫かい」
「心配かけてごめんなさいあなた。この方たちが…」
「ふぅん」
利吉もそうだが雑渡はそこらの男よりずっと大きい。
何もしなくとも威圧感があるため男たちは竦み上がる。
男は利吉を見て怒鳴る。
「旦那がいるなんて聞いてねえぞ」
「そりゃ言う必要がないからね」
「お、お前にゃ聞いてねえ!」
「もういいかな、子が待っているんでね」
雑渡は射るような眼差しで見下ろした。
「う……は、はは!なあ、あの女よく見りゃとんだ醜女だ!女のわりにでかいし、旦那は不気味だしお似合いの夫婦だな」
雑渡に威圧されメンツを潰された男は捨て台詞を吐いてつんのめるように走り去って行った。
置いて行かれた取り巻きたちもわたわたと去って行く。
無様な去り際に呆れてものも言えない。
男たちが去ると様子を伺っていた周りの者たちが声を掛けてきた。
「こんな逞しい旦那いたんだねえ。何事もなくてよかったよ」
「嫌ね、あんな口汚く罵って…あんたすっごい別嬪さんだからね。気にしなくて良いよ」
「ご心配どうも。私たちはこれで失礼しますね」
利吉はこそっと雑渡に話しかける。
「助けてくださってありがとうございます」
「ん。町のはずれまで行ったら解散しよう」
こくんと頷き歩みを進める。
「その花買い取るよ」
「そんな、悪いですよ。だってお仲間がもう何本も買ってくださったでしょう?」
「おや」
雑渡はバレていたかとわざとらしく肩を竦める。
町人に紛れていた同業者たちはやはりタソガレドキの者だったか。
「たまたま通りがかったら君が花を持っていたから何をしているのかと思ってね」
「休暇中なのできり丸のアルバイトを手伝っていただけです。複数人で来られるとさすがに肝が冷えるので今度から声を掛けてください」
そうぴしゃりと言い放つと、人通りがまばらになってきたのを良いことに利吉はつんと顔を逸らす。
顔見知りの忍者が女装をして花を売っていたら何かあるのではと疑うのもわかるが。
「それはすまなかったね」
「…でもお花を買っていただきありがとうございました。絡まれていたのも助けていただいてしまって借りができてしまいましたね」
利吉は雑渡に向かってぺこりとお辞儀をした。
「やっぱり利吉君は今の方が可愛いね」
「はぇ?」
可愛い。
果たしてそれは自分に言っているのか。
いや、たしかに利吉君と言っていた。
「ど、どこが可愛いってんです?花を売ってた時のことならわかるんですが」
「そういう素直で真面目なところが可愛い。感情がわかりやすく表に出るところもね」
いつものように揶揄ってきているのかと怪訝な顔で見ると、彼は優しい眼差しで利吉を見つめ返してきた。
(…この人、こんな顔もするのか)
今まで見たことないような雑渡の表情に目をぱちくりさせる。
また、利吉にはその表情に見覚えがあった。
いつか見た、父が母に向ける眼差し。
愛おしいものを見るあの目だ。
色恋にさして興味のない利吉でもさすがに何を意味するかはわかる。
わかるが、素直に受け取ることはできない。
「…何を企んでいるんです」
「何も。好ましく思っているだけだよ」
頬にそっと大きな手が触れる。
冷たくあまり体温が感じられない手。
なのにそこからじわじわと頬が熱くなっていき、鼓動が速くなっていく。
このまま行くと相手の空気に飲まれてしまいそうで利吉は雑渡の手を払いのけ後ずさった。
「なんで急にこんなこと…」
「機会がなかったからね。学園は山田殿と土井殿がいるし…ああもう町のはずれだ」
雑渡はそれもらえる?と籠の中の花を指差した。
「ですからもう十分買ってもらいましたと…」
「五本増えたところで変わりはしないよ」
そう言うと花の入った籠に代金を入れ花と共に去って行ってしまった。
「本当に何を考えているかわからない人だな…ん?」
受け取った代金に違和感を覚え数えてみると代金は六本分ある。
「……」
利吉は自身の耳に咲く花にそっと触れるとその場にへなへなとしゃがみ込んだ。
「雑渡さん…気障な人!」
もういない彼の人に悪態をつくも、心の臓は再び激しく鼓動し顔は熱く赤い。
初心な乙女のような反応をしている自分に恥ずかしくなる。
「…好きになったらどうしてくれる」
利吉は独りごちた。