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    sorahoshino_RH

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    流花小説

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    2025年2月9日開催のめでるはVR2025の無配小話です。
    パスワードは流花の数字です。
    内容はタイトルからお察しください。

    #流花
    flowering

    【めでるはVR2025 小話】数分クッキング「みなさんこんにちは。今日も始まりました、数分クッキング。今日の特別ゲストは、今話題のバスケットプレイヤー、流川楓さんです。流川さん、本日はどうぞよろしくお願いします」
    「……っす」
    軽やかな曲が流れるスタジオ。セットであるキッチンはシンプルな白色で、背後には大きな冷蔵庫と色とりどりの野菜たちが見栄え良く並べられている。
    周りにはカメラや音響、照明といったそれぞれの分野のプロフェッショナルたちが、流川の一言一句、一挙手一投足を逃すまいと普段以上にギラギラした視線で二人のやりとりを見つめていた。
    そんな仕事人たちの殺気にも似た気配が立ち込めるスタジオ内だが、当の二人は特段気にした様子もなく番組はスタートした。
    「流川さんは普段、お料理はされますか?」
    講師である少し年配の女性料理家が気さくな口調で尋ねた。初対面であれば誰もが一度は怯むような顔面を持っている流川であろうとお構いなしで、スタジオ内が少しざわつく。
    「いえ、あまり。料理はいつも花……桜木がしてくれるんで」
    「ああ!そうでしたそうでした!桜木さんにも以前お会いしましたよ。彼本当にいい人。お料理もお好きだとかで、今度一緒にパーティーしましょうよってお誘いしたんですよ」
    「ああ、聞きました。マミ先生に誘われたってすげー喜んでましたよ」
    「あらほんと!?嬉しいわね〜。花ちゃんお料理センス抜群だから、私も楽しみ!」
    どこまでも同じトーンで喋る流川と、どこまでも同じテンションで喋るマミ先生という図は番組史上最もチグハグな回になりそうだった。それなのに何故か二人の間では意思疎通がなされているように見受けられて、スタッフたちは頭上に大量のクエスチョンマークを浮かべながら番組進行を見守っている。桜木のことをナチュラルに花ちゃんと呼んだことは、この場にいる全員――流川は除く――が暗黙の了解でスルーした。
    「では、今日はお料理をしない楓ちゃんでも作れちゃう、超簡単レシピを持ってきました!」
    とうとう流川のことまで楓ちゃん呼びである。恐ろしすぎる。
    「楓ちゃん、お肉好き?」
    「好きっす」
    「だと思った〜。今日はね、とーっても簡単な方法でお肉を柔らかくしますからね。楽しみにしていてくださいね」
    「はい。楽しみです」
    楽しみそうじゃない声色の返事に全員が「嘘つけ!」と心の中でツッコミを繰り出す。
    「あとはね、お酒のおつまみになるものを一品。これは本当に簡単。きゅうりのたたき」
    「……たたき」
    「そう。ちょちょいと叩いてタレかけたら完成だから、よかったらお家で花ちゃんに作ってあげて」
    「うす。楽しみっす」
    今度の声にはほんの少し感情が篭っていたように思う。桜木が絡めばここまで人は変わるのかと、誰もが流川のパートナーである桜木のことを脳裏に思い描いた。
    桜木花道は流川楓のパートナーであり、流川と同じくプロのバスケットボール選手である。彼の陽気な性格と歯に衣着せない物言いはあっという間に世の老若男女に受け入れられ、愛されている。花道が試合に出れば毎回アリーナは満員御礼だし、番組に出ればその時の視聴率は爆上がりだ。
    とにかく桜木花道という男は天性のカリスマ性を持ち合わせており、誰にでも好かれる才能の持ち主だった。
    そんな花道だからこそ、マミとは一度番組を同じにしただけで意気投合したし、花道との縁があって今回流川のキャスティングが成立したというわけだ。
    「じゃあまずはお肉ね。お肉、柔らかくするためにはどうしたらいいと思う?」
    「どうしたら……」
    準備された国産牛A5ランクのブロック肉がドンと目の前のまな板に落とされた。赤身の塊を前にして、流川がマミの質問を反芻する。首を少しだけ傾げ、黒目が上を向いた。そんな仕草すら様になる。女性スタッフの感嘆の息が漏れる。
    「叩くのよ」
    「たたく……」
    「そう。ドンドンドンってね。繊維を少し壊すの。ま、やってみましょ!実践実践!バスケもそうでしょ?同じことよぉ」
    「……すね」
    そう言った流川がおおむろにシャツの袖を捲り上げた。何をするつもりなのかとその場にいる全員の視線が釘付けになる。
    「……叩きます」
    小さな声をギリギリ集音マイクが拾う。音響が耳にしているヘッドホン越しに流川の声を確認した瞬間だった。スタジオ中にけたたましい打撃音が響き渡った。
    ドオン!ドゴッ!ドッ!ドオン!
    見れば、流川が右手を振り上げて拳を振り下ろしている。は?と全員の頭にクエスチョンマークが浮かぶが、すぐさま何が起きているのかを理解して青ざめた。
    「……楓ちゃん?」
    「叩いてるっす」
    確かに流川は叩いてた。間違いない。言われた通りに渾身の力を持ってして肉をぶっ叩いている。
    素手で。
    握り拳を作り、塊肉にむかってブンブンと殴りつけている図ははっきり言って恐怖映像だし放送事故でしかない。だが残念ながらこの番組は生放送を売りにしているため、流川の奇行が公共の電波に乗って国中に放送されてしまっている。
    あんぐりと口を開けたプロデューサーは、何も言わずにただ「そのままいけ」という合図をスタッフ一同に送った。
    「あのね楓ちゃん。こういう道具があるのよ」
    マミが取り出したのはテレビでよく見るミートハンマーだった。受け取り、柄をグッと握り込む。
    「それでお肉をトントントンって叩くと――」
    ダアンッ!!ダアンッ!!
    マミが話し終わる前に、より一層大きな音がスタジオ内を震撼させた。何をどうすればこんな音が出るのかわからなくて、先程まで頬を赤らめていた女性スタッフも今は顔面蒼白である。
    「あ、これいいっすね。殴りや……叩きやすい」
    今、殴りやすいって言いかけた!という言葉は誰も表に出すことなく自身の胃の中に飲み込んだ。
    国民的人気者の流川楓の口から殴るという物騒な単語が飛び出すなんて誰も思わない。普段から無口でクールだと印象を持たれている男だ。それがまさか、こんなふうに肉を叩きまくり、口の悪さが露呈しそうになるなんて。
    「楓ちゃんって、結構ワイルドなのね」
    「そっすか?」
    「花ちゃんもワイルドだなって思ったけど、楓ちゃんも相当よね」
    「まあ、高校時代は花道としょっちゅう喧嘩して流血沙汰になってたし」
    「え」
    「……あ、今の言っちゃダメなやつだった。すんません。今ンとこカットで」
    カメラ目線になり、チョキの指を作ってカニのごとくチョキチョキとジェスチャーをする流川に、今度こそプロデューサーが泡を吹きそうになる。カットできません!だって生放送だから!!
    「あー、じゃあ楓ちゃん、そろそろ叩くのはいいから、焼いていきましょう」
    「うす」
    流川による万力の力で叩きのめされた肉は、ブロックだったのが本当かどうか疑わしくなるくらいぺったんこになていた。逆に硬そう。
    その肉をグリルの鉄板に置いて、上から塩胡椒をまぶす。あらかじめ準備されていた透明の小さなボウルに入った塩胡椒を手に取った流川は、マミからの「優しく全体にかけるように」のアドバイスのもと、肉の上でボウルを逆さにひっくり返した。
    ブワッと塩胡椒が舞い上がり、マミの豪快なくしゃみが飛ぶ。どうやら流川本人も自滅したらしく、クールでカッコいいと称される顔面を惜しげも無く歪ませながらくしゃみをした。
    後にこの時の映像がスロー再生され、何度も放送事故映像として使われることを本人は知らない。
    まあそれはいい。とにかく今は肉である。大事に育てたぺちゃんこの肉を見れば、ふりかけた塩胡椒が真ん中の一点に集まり染みていた。
    「…………あー」
    「ダメっすか」
    「まあ、このまま焼きましょう!」
    半分現実逃避をしたマミが、鉄板をグリルに突っ込むよう指示をする。予熱で温まっていた中にそれを入れて、指定された温度と分数を設定した。
    あとは文明の利器がこのどうしようもない肉をどうにかこうにか上手く調理してくれることだろう。そう願いながら次の料理へと行程が進んでいく。
    「じゃあ、次はきゅうりのたたきを作りましょう」
    「うす」
    「材料はこちら。きゅうりに塩昆布。それから麺つゆ。以上」
    「少ないっすね」
    「これなら楓ちゃんでもできるでしょう」
    「うす。できそーっす」
    「じゃあ、きゅうりをビニール袋に入れて、軽く割るように叩いて頂戴」
    「うす」
    準備されたビニールにきゅうりを二本入れた流川を目に、今度はさすがに何も事故は起こらないだろうと、マミを含めその場にいた全員がそう思っていた。
    だが甘い。この場にいる誰もが、流川楓という男を見誤っていた。
    大勢のスタッフ陣が見守る中で、流川が二本のきゅうりを前にして立っている。そのシュールな絵とも呼べる画面をごくりと唾を飲み込みながら見ていると、次の瞬間、流川の右手が不穏な動きを見せた。
    「え」
    「え?」
    「うそ」
    誰もが思った。さすがにそれは使わないだろうと。同時に流川の天然なのかマジなのかわからない奇行に青ざめ、どうしてそれを仕舞わなかったんだと全員が数分前に片付けるべきだったものの存在を後悔した。
    「叩くっす」
    「待っ、かっ、ちょっ!!」(待って、楓ちゃん、ちょっと!)
    普段豪快でスタッフをヒヤヒヤさせる存在であるマミの方が、今回は慌てふためいている。それもそのはず。今流川が右手に持っているものは、どう考えてもきゅうりを叩くための道具ではない。肉を叩くために先ほど与えられたハンマーだったからだ。
    マミの静止も間に合わず、同じく万力の力で振り下ろされたミートハンマーは、それはそれは見事にきゅうりを粉々にした。きゅうりだけではない。それを入れていた袋も破壊し、飛び散った瑞々しい破片がスタジオの各地に散らばっている。
    「…………む?」
    流石の流川も何かおかしいと思ったらしい。だが何がいけなかったのかわからないと言いたげな表情に、とうとうこの日、番組史上初めて、全ての調理をゲストではなくマミ自身が請け負うこととなった。

    ちなみにではあるが、飛び散った破片の片付けをしている間に焼き上がった肉はフォークで切るのも困難なくらい驚くほど硬く、塩辛かったと後にマミが語っていた。


    後日、録画していたこの日の数分クッキングを見てしまった花道は流川に向かって盛大に爆笑した。だがその後冷静になってキッチンへ向かうと、仕舞い込んでいたミートハンマーを絶対に見つからない更に奥深くへと封印し、二度と流川をキッチンに立たせることはなかったという。
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