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    BfBru2knaS7308

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    いろいろ捏造

    兄上どんな人やろな、で捏造してる話(あ1)◯愛のあいさつ 第一話

     英智のいる病院には、守沢千秋という男の子がよく通院している。怪我をしょっちゅうしてしまう子で特撮物が大好き、憧れのヒーローの形をしたフィギュアを握って治療を乗り切っているような性格だった。
     この日千秋は、病院内の人気がない廊下を何気なく歩いていて、英智が倒れているのを発見した。彼は英智の顔も名前も知らなかったが、自分と同じくらいの少年が倒れている光景に軽くパニックになり、それでも必死に助けようと泣きながら看護師さんを呼びに行った。
     現場を看護師さんと戻る途中で、なぜか看護師さんだけでなく黒い服の男達もどこからか現れ、倒れた英智を取り囲んだ。そのまま黒服たちが彼が病室に押し込むように運んでいく。
     千秋は遠巻きに眺め、いまいち現実味のない出来事の連続にぼうっとしていた。その間にも部屋には看護師だのお医者さんだの黒服だのが出たり入ったりしているのが見えた。
     ようやく(俺も帰ろう)という踏ん切りがついたタイミングで、黒服の一人が肩を掴むものだから、また千秋は半泣き状態になった。肩を掴んだ黒服の「坊ちゃんがお呼びです」と言うお達しで竦み上がってしまう。部屋の入り口には、別の黒服が門番のように立っており、さらに怖いという気持ちでいっぱいになったが、話しかけてきた方が背中を押すので入るしかない。ただし、部屋の中にはこれまた謎なことに大人が入ってこなかったので、千秋は少しだけ安心した。
     「助けてくれてありがとう」
    ベッドに横たわった英智がそう千秋に呼びかけた。千秋の方は、やっぱり少し怖いのを抑え、自分を奮い立たせながら、もう体は大丈夫なのか確認した。英智が頷くと、また半泣き状態になりつつも、特撮ヒーローのポーズをとって、頑張って宣言する。
    「また何かあったら頼ってくれ! 必ず助けに来るぞ」
    ヒーローならきっと助けた人にこう言うだろうと思ったからだ。
    「そんな泣きそうな顔で言われても説得力ないよ」
    「ごめん。だってまだびっくりしてて……」
     初心者ヒーローは涙をぐいっとこぶしでぬぐった。
     「な、なんであんなところで倒れていたんだ?」
    「普通に脱走だよ。途中で倒れるあたり、時期尚早だったみたい」
     英智は、大したことじゃなさそうな顔で答える。しかし助けた千秋の方は普通に血の気が引いてしまっていた。
    「じき……だ、駄目だぞ、そんな悪いこと」
    「悪いことね……君みたいに体が自由に動かないから、こうでもしないとダメな体の中にある心が勝手に潰れそうなんだ」
     助けてくれた千秋と向き合うのをやめて、英智は窓の外を見る。この病室になってから、唯一の友達である敬人を思いやる時は、こうして窓を眺めるのが癖になってしまっていた。
    (せっかく敬人が外の世界に連れ出してくれたのに……憧れるだけ憧れて、やっぱり僕の体は心に追いつけないことを知るなんて……)
    「お、俺だって体は弱い。いつまた病院のお世話になるかなんて分からない。だから心細い気持ちは分かるぞ」
    千秋は必死に声をかけ続けてきた。英智もそんな様子には心を動かされ、もう一度千秋に喋りかけた。
    「そういえば君、名前は?」
    「う、うん! 守沢千秋だぞ! 良かったら友達になろう!」
    相手を照らすような笑顔を、千秋は涙を浮かべた瞳のままで必死に作った。そして手を差し出す。英智は手を握り返し微笑み返した。ただし、どうして最初はつれない対応だったのかも洩らしてしまった。
    「……あーあ。結局フィギュア持ってる変な子と友達になっちゃった」
    「な、なんだなんだ。嫌なのか……?」
    「君、暑苦しいノリの割にすぐ泣きそうな顔するね。嫌じゃないよ、うん。嬉しい、よろしくね」
     こうして、英智には千秋という新しい友達ができた。

     千秋が部屋を出てから数時間経った。窓の外ではすでに日が傾いている。夜になる少し前、山裾の空は青黒く、まだ太陽が居残るあたりは赤く、その間の空の色は混ざっていた。
     英智は時間ごとに移り変わる空を眺めている時、(人類は、グラデーションという概念をああいう空を見上げて知ったのかなあ)などと、自分でも意味がよく分からないことを考えることがある。この日も窓を見てそんなことを考えていると、脱走失敗してからずっと部屋の外で見張っているお手伝いさんたちの声が聞こえてきた。
     聞き耳を立てると、誰かが英智のお見舞いに来たことが分かった。病院の受付にいるらしい。
    「今日はこんなことが起きたので……」
    そんなやりとりが聞こえてきた。その人は追い返されそうになっている。英智はお見舞いに来た人を確認することにした。敬人か〈あの子〉でなければ、そのまま追い返してもらおうと思ったからだった。
    「ねえ、来たのはひょっとして敬人? それとも日和くん?」
    「日和様です。しかし今日はさすがに」
    「通して。それで、さっきの千秋って子みたいに二人だけにして」
    「先程の方は、坊ちゃんが直接お礼を言いたいとおっしゃるので……」
    「いいから、早く呼んできて」
     部屋に通されて来た日和は、いつもと違う様子に少し戸惑っているようだった。英智はベッドにはいたが上体を起こしており、日和を手招きした。席に座るところまで見て、さっそく今日のことを説明し始める。
     途中で「病院を脱走しようとして、途中で苦しくなって倒れちゃったんだよね」などとあっけらかんとした口調で語ったところ、日和からは「はあっ⁉︎」と呆れたような驚いたような声が出た。そのまま「なにしてるのきみ」「馬鹿だね」と言いながら、手を英智の背中に添えてくる。英智は(おや)と思い、試しに「まだちょっと苦しい」なんて言ってみると、背をさすり始めて「えっ大丈夫……?」と声かけまで少し優しくなってきた。それで英智はすっかり調子に乗ってしまった。上機嫌で話を続け、最後はこう締め括った。
    「僕にもついに友達が増えたね」
    いい加減そろそろ英智が調子に乗っていることに気づいた日和は、ため息をついて背中から手を離した。
    「ふうんそう。良かったね。敬人くんも喜んでるんじゃない? やっと自分以外にも友達ができたんだって」
    そして他人事な返答をしてくる。英智はもちろん嫌味を重ねた。
    「君が友達になってくれればもっと早く安心させられたのに」
    「だからお断りだって。しつこいね」
    「ちぇ。でも君も思わせぶりだからいけないんだよ。撫でてくれるの、あったかかった。こういう温もりがあるとやっぱり勘違いしちゃうよ」
    日和はとりあえず頷き、英智の言葉に肯定はしてみせる。
    「そうだね。体温ってとても人を安心させるから。それをきみに与えてたわけだから、確かに勘違いさせたのかもね」
    「これは愛ではないの?」
    「……ぼくはきみのことなんか愛してない」
    ぽつんとこぼれてくるような音だった。部屋がまた少しずつ暗く冷たくなっていく。
    「でも、病人をしょっちゅうお見舞いなんてしてたら、そりゃあ情がわいちゃうね。だから、同情だね」
    「なんだか、それっぽい言葉で気持ちにラベルを貼ってるみたいだ。言い訳や誤魔化しっぽいよね」
    「それは……当たってるところはあるね。どうしても仲良くしたくはないんだよ、きみとは。大体どうして毎回毎回、友達になろうなろうって言ってくるの?」
    子どもが友達を作ることに理由などいるのだろうか。いるのだろう、僕たちの身分では。だからこそだと英智は理由を説明した。
    「金を持ってる連中が集まる、表面だけが綺麗なあの息苦しい場所には……普通の身分の友達はなかなか連れていけない。千秋くんなんか絶対来れないし、敬人にだって踏み込めない場合はあるんだ。だから同じような身分の友達がほしい」
    「はははは。そういう場所こそ、ぼくたちは仲良くおしゃべりなんかできるはずないでしょう」
    冷たい笑い声だった。ここまで冷たい声が出せる人なのかと少し驚くくらいだった。たまに社交界で笑っている時は、屈託ない明るい声と表情をしていたのに。この地域で御曹司と呼ばれる子どもたちはみんな整った顔をしていて、この子はそれに加えてどことなく優しい雰囲気をまとっているのに。
    「お家の事情があるから? 僕の家は栄華を極め、君の家は斜陽を迎えてるから?」
    「ふん。そうだね。今更念押ししないで」
    いよいよ心のシャッターを閉められてしまったような気がする。英智はこじ開けたくて、とにかく言葉を紡ぎ続けた。
    「それなら二人で一度家を離れようよ。その先で友達になろう」
    結果としてさっき自分が言ったことと正反対なめちゃくちゃなことを口走ってしまったが、もうそんなこと構わなかった。
     明らかに相手は動揺したようだったが、しばらくしてから返した言葉はやはり冷たく取り繕っている。
    「冗談じゃない。きみ、ついさっき病院も脱走できないで倒れたんじゃなかった? きみからお家の要素抜いたら何が残るの? ただの病弱で、小難しい言葉ばっかり使う、わがままな子どもでしかないよね?」
    「君は違うよね」
    「……は?」
    「君は、おちゃらけて誤魔化しているだけで優秀な人だよね? お兄さんの手前、自分を駄目に見せてるんでしょう。もし生まれた家が違ってたら、君は……」
    「あのね! 名前から苗字が切り離せないように、生まれてきた家が違えばなんて仮定は成り立たないの」
    ついに、英智が次から次へと浴びせた言葉が途中で遮ぎられた。日和の方もどんどん言っていることが前後で繋がらずめちゃくちゃになっていく。普段は賢しい子ども二人の、幼い怒りが出てきているようだった。
    「違う家に生まれたぼく? それはもう『ぼく』じゃないね。性格も何もかも全部今と違う人間だね。ぼくを家族から引き離そうとしないで。兄上をきみの勝手な解釈で無能の悪人にしないでほしいね。家族とのつながりを消したりなんかしない。違う家に生まれたらなんて考えない。考えさせないでほしいね」
    日和は一気に喋って、そんな自分にますます動揺したらしく、胸に手を当てて息を整えていた。
     貴族が用いる、相手の本音を聞き出す(少し下品な)手段には、わざと怒らせ喋らせるというものがある。厳密に言えばその「本音」というのは、その人の〈本性〉ではなく〈隠していること〉だ。
     英智は、いいことか悪いことかは判断できなかったがとにかく、日和が隠していることを聞き出せた、気がした。
    「そうやって思考放棄して、いよいよ本当の馬鹿になっちゃうんだ。『放蕩息子の次男坊』さん」
    「社交場の大人が言ってる悪口を英智くんから繰り返されたところで、痛くも痒くもないから」
    口調を落ち着けて返していたが、やはり日和はもう取り繕えなくなっているようだ。普段の彼なら「なにそれ、誰のこと?」とのらりくらりかわしそうな気がする。英智は目の前にいる、自分の家と仲が悪く、そしてお金もない家に生まれた同い年の少年のことが、すごく……。胸にある感情は、彼自身にもいまいち表現できなかった。
    「残念だ。二人で手をとって外に出てみたかったのに」
    「きみはそのまま死んでもおかしくないのに?」
    「心中だね。美しい道行だ」
    「〈この世のなごり、夜もなごり……〉って? ぼくは付き合わないね、そんなの」
    「でも悪くないと思うよ。むしろ僕が死んだら敬人がお経をあげてくれる。いいかも」
    「友達にそんなことさせるつもりなんて、いよいよきみは最低だね」
    こんな応酬をしている間も、もう日はほとんど落ちたようだ。お互いの顔の輪郭が見えるだけの程度まで部屋の光は少なくなっている。英智からは日和がそっぽを向いて喋っているのがかろうじて分かった。
     そういえば、斜陽を迎えているとか噂されている巴さん家が、次男に「日和」なんて名前をつけたのは、何か意図があってのことだったのだろうか。
    「……きみも本当は死にたくなんかないくせに。怖いのを誤魔化して茶化してるくせに」
    顔はそっぽを向いているのに、今度は日和のひそめた声が英智の心の中を触れてきた。
    「お金持ちだから孤独を感じて、病気のせいで孤独を感じて、そして死んだらいよいよ独りぼっちだから、せめて誰かに悼んでほしくて……。優しい敬人くんがしてくれた、縁起の悪い約束を大事に抱えているんだね」
    英智は思わず日和の肩に手を乗せた。すると、ぶすっとした気配のままだったが、ようやく彼が顔の向きを変えてくれる動きがあった。「ふふ、ふふ」と、英智から声が漏れてきた。
    「人生全てかけて、自分のことを茶化してる君にはやっぱり分かるんだね。ありがとう」
    「……」
    たとえ窓の外で日は落ちても、瞳はわずかな光を反射する。しばらくの間、日和が黙って自分を見つめていることを英智は感じたが、
    「……いい加減そろそろ退院してよ、英智くん。まっとうな方法でね。ぼくのために。お見舞いするの疲れてきちゃったから」
    日和はそう言って、またそっぽを向いたようだった。

    (続く)
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