車内放送が流れる。車両が減速しはじめ、反動で上半身がわずかに傾いた。膝上のショッパーがかさりと小さな音を立てる。
軽く開いた紙箱の中では、飴色の革が柔らかな光を反射している。新品特有の、少し硬めの質感。エグザベは指先で愛おしむようにそれに触れた。
買ったばかりの本革製のレースアップブーツ。高校生の頃に憧れて、青春の大部分をともに過ごし、けれど戦火に巻き込まれてやむなく手放さざるをえなかったものだ。
当時と同じブランドの、同じデザイン。違うのはサイズだけだ。今の足にあわせ、七年前よりワンサイズ大きいものを選んでいる。
そこにあることを確かめるように、何度も箱を開いては閉じる。もちろん、消えたりなどしない。
かつて共に歩んだ大事な相棒をようやく取り戻した。それが嬉しくて仕方なかった。
「……ふふっ」
自然と頬が緩む。車窓に映るのは、いかにも上機嫌で緩みきった顔。「君は考えが表情に出やすいですね」と上官に言われたことを思い出す。
確かにその通り。でも、こういう私的な事情なら構わないだろう。
到着を告げるアナウンスに、右隣に座る中年男性がタブレットを鞄にしまう。左隣の女性もスマホから顔を上げた。
車両がホームに滑りこみ、静かに停車する。17時42分。定刻通り。
ホームにはそれなりに人が並んでいる。エグザベはショッパーをぎゅっと抱え直した。
この駅は繁華街の入り口にある。週末の夕方らしく、平日ほどではないとはいえ、そろそろ混み合う時間帯だ。
コモリ少尉との待ち合わせはこの二つ先の駅だ。もう少しこの電車に揺られていなければならない。
ドアチャイムと同時に扉が開き、集まっていた乗客たちが降りていく。エグザベの両隣にいた二人も立ち上がり、扉へと向かっていった。つい先ほどまで埋まっていたシートの半分ほどが空になった。
降りる人の波が落ち着くと、今度は次々と人が乗り込んでくる。空いていたシートがあっという間に埋まっていく。
再びドアチャイムが鳴り響く中、エグザベはこちらへ歩いてくる老婦人二人に気がついた。足を気にしてか、ゆったりとした足取りだ。このコロニーでも老舗百貨店にある有名パティスリーの紙袋を手にしている。
エグザベはすかさず立ち上がった。ブーツのショッパーを腕に掛け、軽く手を上げて二人に声をかける。
「僕、ずれますので、こちらに座ってください」
「あら、いいの? ありがとう」
上品なグレイヘアの婦人がにこりと微笑み、軽く会釈をしてからシートに腰を下ろした。
「優しいわね、あなた。皆忙しくて自分のことで精一杯だから、こうして声をかけてもらえて嬉しいわ」
もう一人の首に赤いスカーフを巻いた婦人も、にこやかな表情で隣に座った。胸元に大きめのピンブローチが光り、優雅な雰囲気を漂わせている。
エグザベは小さくはにかみ、つり革に手を添えた。ブーツをそっと脇に抱え直す。