花畑のふたりごと ケーキのようにカットされたミモザサラダをつついていると、エグザベくんが首を傾げるのが見えた。
花ズッキーニのフリットと付け合せの黄色い花びらのマリネ。フォークを持った彼の手はそのプレートの上で止まっている。何か苦手な食材でもあったんだろうか?
「どしたの?」
ちらりと私に向けられる視線。ちょっと困ったようにハの字に寄せられた眉。……うん、やっぱり困っていても顔がいいな、彼。
お花の刺繍があしらわれたレースカーテンのやわらかな光が、キラキラとエグザベくんに降り注いでいる。テーブル端の青いコーンフラワーの一輪挿しも、お花形の木製コースターも、おだやかなイケメンを演出するための舞台道具に見えてくる。
「これって、たんぽぽ?」
真顔でつぶやかれた台詞はあまりに素朴でかわいくて。落差がおかしくて、私はふっと吹き出してしまった。
フォークですくった黄色の花びらを不思議そうに眺める彼に、押し花がラミネートされたメニュー表を取り出して見せてあげる。
「食用菊だって。実際、たんぽぽの親戚だもんね、菊って」
「へえ。葉と根が食べられるのは知ってたけど、花も食べられるのか」
マリネされた食用菊を感心したように見つめる彼の眼差しに、ほわほわと私の中で勝手に妄想が膨らんでいく。
――道端に生えてるたんぽぽを、うさぎみたいにパクッと口にしちゃうエグザベくん。そよ風に髪がふわっと揺れて、ふわふわの綿毛に包まれながら、お花の妖精みたいに佇む姿――ダメ、本当にかわいすぎる。私、自分の想像力が怖い。
「もしかして、なんか変なこと考えてる?」
エグザベくんの声にハッとして顔を上げる。じとっとした目がこちらに向けられていた。さすがスクールの主席なだけあるね。勘が鋭い。
「ふふっ、ごめんごめん。たんぽぽを食べてるエグザベくん想像したら、妖精みたいでかわいいなあって」
えぇ、と露骨に顔をしかめる彼に、私はクスクス笑う。
「なんでそうなるかなあ……僕はそんなにふわふわしてないだろ」
不服そうに息を吐いて、エグザベくんはマリネを口に運ぶ。途端、「ん!」と短い声。眉毛がぴょこんと上がり、紫と緑の瞳がキラリと光った。
「シャキシャキしてておいしいよね、それ。ピンクペッパーと合うし、酸っぱさもちょうどいい感じでさ」
そうやってコロコロ表情を変えながらうんとうなずかれたら、やっぱりかわいいなあとしか思えなくて。
ふわっとした衣の花ズッキーニにナイフを入れながら、私は彼の愛らしい仕草をこっそり愛でる。
カフェの中はあたたかな光と植物の小物、それから女性客のおしゃべりで満ちていて、ゆったり食事を楽しむのにぴったりの素敵な空間だ。
入り口や壁にはフラワーリースやスワッグが飾られて、外の黒板看板には『本日の花畑セット』とチョークで描かれたかわいいイラストが並んでいた。
私達の座る窓辺の座席からは、窓の近くに置かれたローズマリーやミントの小さなハーブポットが見える。店内を仕切る棚の上にはカレンデュラやビオラの鉢植えが置かれているのも、リラックスできて良い。
店長さんがフラワーアレンジメントを手掛けたりハーブコーディネーターの資格を持つ多彩な人だってSNSで見た。
今日注文した「花畑セット」はこのカフェの看板メニューだ。
ブロッコリーとカリフラワーのミモザサラダに、バーベナとナスタチウムが浮かぶじゃがいもとかぶのポタージュ。花ズッキーニのリコッタチーズ詰めフリットに、デザートはローズウォーターのチョコレートムース。
セットで選べるドリンクはバタフライピーとローズマリーのハーブティーと、エディブルフラワーや花野菜をふんだんに使ったメニューで、女性人気の高いお店だ。
特にこのハーブティーはレモン水を入れることで色も味も変わるから、二度楽しめると人気らしくて。
「エグザベくん、レモン水入れてもいい?」
声をかけると、彼はスプーンを置いてこっちを見た。その視線がふっとやわらかくなって「いいよ」と小さくうなずく。
私はエグザベくんのバタフライピーのグラスに、小ぶりなピッチャーに入った爽やかな香りのレモン水を注ぎ込む。グラスの底の方から、深い青色がみるみる鮮やかピンク色に変化していく。
「「おおー!」」
声がピタリとハモった。とっさに顔を見合わせて、ふっと笑みがこぼれる。ちょっと照れたような表情に胸がキュンとする。
続けて私のグラスにもレモン水を注いでいく。夜のような青から目の覚めるようなピンクへの変化が本当にドラマチックだ。
私は花形のコースターに乗ったグラスを持ち上げて「じゃ、二度目の乾杯」と誘ってみる。エグザベくんはすぐに乗ってくれて、キンと透明な音が鳴った。
口元に近づけると、ローズマリーの爽やかな香りが鼻を抜けていく。一口飲むと、レモンのさっぱりした風味が加わって、さっきよりももっと心地良い味になっていた。グラスを傾けてもう一口飲む。
「これ、暑い日に飲んだら最ッ高だね」
「うん。ゴクゴクいける」
一気に半分くらいまで飲んで満足そうに目を細めた顔は、かわいいというよりも少し色っぽくて。魅力的な顔を無意識にたくさん見せるのはずるいなあと思う。
エグザベくんはコースターにグラスを置くと、カトラリーを握り直した。白いポタージュにちょこんと乗ったオレンジ色のナスタチウムにスプーンが向かっていく。
「あ……」
思わず声がもれる。すると目線で問いかけられて、ゆったりと首を横に振った。
「ううん、気にしないで」
なんでもない、なんて言いつつ。心の中では、お花を口にした彼に「やっぱりお花の妖精じゃん!」と思う存分叫ばせてもらう。
今日だけで何回『かわいい』って思っただろう。困った顔、驚いた顔、嬉しそうな顔――頻繁に変わる彼の表情が、目の前の花畑セットみたいにカラフルで、なんだかずっと見ていたくなる。
「……今度は何?」
「え? なんでもないよ?」
「いや、絶対また何か変なこと考えてる顔してた」
エグザベくんが珍しく身を乗り出してきた。じーっと真剣な目で見つめられる。
――今度は何秒間目が合うかな。そう思って、負けじと応戦して私もエグザベくんを見ていたけれど。意外なことに、エグザベくんはまったく目を逸らさない。まばたきを何度か挟みながら、私の瞳の奥を探るように、ただひたすらに。
もしかして、彼の力で、私の心の中を読もうとしているのかも。私はあまりその力のことを信じていないけれど。でもいっそのこと、今ここで読んでくれたらいいのにな、と思わなくもない。だって、今までの彼なら、ここまで露骨なアプローチ、絶対にしなかったから。
「……っ」
きっと先に照れるのは彼の方――その予想を裏切られるとは、まったく想像していなくて。こんなに頑なに粘られたら、さすがに降参。私の負けだ。
不覚にも高鳴ってしまった胸の内は晒さないように、私はわざとおどけてみせる。
「もー……変なこと考えてたのは認めるけど、それは全部エグザベくんの顔が良すぎるのが悪いんだよ? 責任とって」
「なっ! え、えぇっ!?」
さっきまで冷静だった彼が、瞬時に茹だったように顔を赤く染めて。その反応が、またしても「かわいい」に直結してしまう。
でも同時に、こんなふうに照れる彼を見ると、私からは言わないでおこうと秘めた気持ちがあふれそうになって困る。
慌てた彼が愛しくて、この甘くてちょっともどかしい時間が、たまらなく楽しくて、ちょっと苦しくて。
「……ねえエグザベくん。またここに食べに来ようよ」
私の言葉に少し驚いたように目を見開いたあと、エグザベくんはすぐにはにかむように微笑んだ。
「うん、いいね」
「次は、暑くなった頃に」
ハーブティーのグラスを持ち上げて言うと、彼もつられて顔をほころばせる。
「色が変わるの、また見たいもんな」
その笑顔が、私の心をちゃんと受け止めてくれたみたいで。
お花の妖精さんみたいにかわいいのも良いけど、こうやって等身大の感情を見せてくれる彼が、やっぱり一番好き。