甘い粒のいたずら 二時間ちょっとのストーリーだった。無意識に詰めていた息をゆっくりと吐き出す。周りの席からカサカサと小さな音が聞こえ始めて、終わってしまったんだなあと感じる。
よくある恋愛映画。でも、やっぱりハッピーエンドはほっとする安心感とじんわりした幸せをくれた。
大型スクリーンを流れていく白黒のスタッフロールを眺めていると、鼻先にふんわりと甘く香ばしい香り。次いで、唇に軽く押し当てられる感触。
それがキャラメルフレーバーのポップコーンだと思い当たって、頬が緩んだ。
唇を開くと甘い粒が口の中に放り込まれた。もぐもぐと口を動かしていると、また唇に同じものが押し当てられる。
僕は声を出さずに笑い、右隣に顔を向ける。こんなかわいいことをする人は、一人しか知らないけれど。
ささやかないたずらが好きで、人に餌付けする楽しみを覚えた彼女。スクリーンの薄明かりで輝くコモリさんの陸と空を宿した瞳は、映画から僕へと興味の対象を移したようだ。
手元のトレイに視線を落とす。ポップコーンカップの中にはまだ半分以上が残っていた。
そういえば、一緒に買ったオレンジジュースにも結局ほとんど手を付けていない。わりと集中して見ていたから、僕が口にしたのはほんの最初の方だけだ。
むに、とポップコーンで唇が押される。早く食べてと催促されてしまった。もったいないから、退出するまでに全部食べきるつもりなのだろう。素直に口を開いてそれを味わう。
コモリさんの手はカップの中に戻っていき、今度は彼女自身の口元にポップコーンを運んだ。その細く綺麗な指先が、再び僕のもとへ来る。
あらかじめ軽く開けていた隙間に甘いそれが差し込まれたそのとき、僕には珍しく、彼女への遊び心が湧いてしまって。
――唇でそっと包むように、パクリと。親指と人差し指、それから中指の先を招き入れて。
指の腹を舌先でチロリとなぞったその瞬間、彼女の指先がピクリと震えた。もう一度なぞると、慌てたように三本の指は逃げてしまった。
僕は追いかけるように背もたれから身を起こして、コモリさんの方へ向き直る。
シアターの中は暗くて、スクリーンからは青白い光が差し込んでいる。なのに、彼女の頬と耳はほんのりと色づいていた。美しく揺れ動く瞳にまぶたが半分くらいかかって、むっと睨めつけられる。
彼女が小さく唇を動かした。声には出さず、口パクで「バカ!」と伝えてくる。
そのいじらしい仕草と表情がたまらなくかわいくて、僕はまた声を押し殺して笑う。こんなに愛らしい姿を見せてくれるのなら、たまには僕からもこうして戯れてみるのもいいかもしれない。
口の中の甘ったるいフレーバーを噛んで飲み込み、僕はまた唇を開けて施しを待つことにした。