大きなマロニエの樹冠から、やわらかな光がきらきらと揺れて差し込んでくる。エグザベは眩しさに目を細めながら、自分の手を引く彼女の後ろ姿を見つめていた。
昼下がりの風に揺れる、透明感のある濃いグレーの髪。その上で跳ねるように戯れる木漏れ日の粒。彼女の髪を飾る光と影のコントラストに目を奪われて――気づけば、足が止まっていた。
「……エグザベくん?」
立ち止まったエグザベに気づき、コモリはくるりと振り返った。彼女の動きに合わせて、ゆったりした白いカーディガンの裾がふわりと風に舞う。
見慣れた制服姿とは一線を画する、甘く柔和な姿。脳裏に浮かんだのは――童話の挿絵から抜け出した、光の中の姫君。
降り注ぐ光をまとう姿は、目がくらむほどまばゆい。小首を傾げる仕草も、彼女の可憐さを際立たせている。短く刈られた足元の芝生すら、彼女のために用意された舞台のように思えてくる。
「おーい? 大丈夫?」
じっと見惚れて微動だにしないエグザベを前に、コモリはきゅっと眉根を寄せ、目の前で左右に大きく手を振る。
それでも視線を逸らせずにいると、彼女がそっと近づいてきた。繋いだ手とは逆の手を伸ばし、エグザベの額に触れてくる。
華やかな眩しさが確かな体温で遮られたその瞬間、はっと息を呑んだ。
カーディガンの下、ペールブルーのニットワンピースから覗くなめらかな鎖骨。ほんのりと香ったシトラスの爽やかで甘い芳香。額に触れた掌の、優しい温もり。
目の前の彼女は、すべてが瑞々しく、鮮やかで、柔らかな美しさだった。たった一瞬で、エグザベの心はかき乱されてしまう。
「あっ、ごめん……! なんでもない!」
夢心地から一転、胸の中が慌ただしく揺さぶられる。だが、彼女にいらぬ心配をさせないように、笑顔だけはしっかりと作る。
「ほんとに?」
「うん、大丈夫だって」
エグザベの言葉に、コモリはゆっくりと額から手を下ろした。深い水をたたえた星を思わせる瞳は、うっすらと細められている。眉根が寄ったままの表情に、胸の奥がツキリと痛んだ。
別に、ごまかしたかったわけじゃない――むしろ、言葉にしたかったのに。
彼女の前では、動揺するとうまく言葉が出てこない。
もともと口上手な方ではないが、コモリのことが好きになってからというものの、より言葉がつかえるようになってしまった。出会って間もない頃の方が、よほどスムーズに会話できていた気がする。
『綺麗だ』
とっさにその一言が口にできたら、どんなに良いことか。
付き合って三ヶ月経つのに、未だにまともに言えないなんて。焦るほどに、言葉は遠ざかっていく。
自分の不甲斐なさに、コモリに悟られないよう、静かにため息をついた。
コモリに手を引かれて再び歩き出す。雑木林のエリアを抜けるとぱっと視界が開け、色とりどりの露店が目に飛び込んできた。
手作りの雑貨やアクセサリーを扱う店、ドリンクや軽食を提供するキッチンカー、タロット占いや似顔絵のブースまで、バラエティ豊かな店が軒を連ねている。
この時期、中央公園では毎週末ハンドメイドマルシェが開かれている。昨晩、エグザベの部屋に遊びに来たコモリが教えてくれた情報だ。
待ちに待った久々の寄港で、初めてのコロニーでのデートプランに悩んでいたエグザベには渡りに船だった。
すぐそばの広場ではアコースティックギターの優しいBGMが響き、子どもたちが風船を手に走り回っている。モニュメント時計の下ではバルーンアーティストがパフォーマンスを披露しており、ちょっとした人だかりができていた。キッチンカーからは香ばしい匂いが漂い、一部には行列もできている。
「どこから行く? 何か気になるところある?」
コモリに尋ねられ、エグザベはさっきボランティアスタッフに配られたビラに目を落とした。
ハンドメイドマルシェに来るのは初めてだ。ビラに書かれた情報だけではピンとこない店舗も多い。今日はコモリに似合うアクセサリーを探すつもりで来たが、まずは全体を見て回りたい気分だ。
「時間はあるし、端から順番に見ていこう」
「りょーかい」
エグザベの提案にコモリはふんわりと笑って、繋いでいた手の指をしっかりと絡め直した。
ドキリと揺れ動いた心を隠すように、エグザベは小さくうなずいた。