眠るあなたにくちづけを 空に雲ひとつない晴れやかな午後14時。その天気に反してHANDの部署では1人の青年が机にひれ伏し、大きなうめき声をあげる。
「うぅ〜!アキラくん不足で死にそう…」
「ふざけたことを言ってないで仕事してください浅羽隊員。」
「ふざけてなんていませんよ!僕は真剣に悩んでるのにぃ……」
「ハルマサが早くプロキシにごめんなさいってしないからいけないんだよ!」
「う、蒼角ちゃん…その言葉は今の僕には致命傷だよ……」
「え〜!でも蒼角も悪いことしたらナギねぇにごめんなさいってするもん!」
「あら、蒼角は偉いですね」
「えへへ!」
副課長が可愛い鬼の子の頭をよしよしと撫でる姿に一瞬自分の悩みなどどうでも良くなりそうになるがそうもいかないのが困りどころである。恐らく自分が悪いから文句は言えないのだが……。
「で、一体何をしたんですか?とはいえ浅羽隊員の方に非があるのは明らかですが…」
「そんな…!ひどいですよ…副課長!!」
「はぁ…で、どうしたんですか…?」
「それは……」
あまりにもプライベートな内容で流石の自分でも話しづらそうにしていると副課長である月城さんがため息をつきながら頭を抱える。そしてピシャリと言い放った。
「浅羽隊員、先週から今日までのあなたの行動は目に余ります。外回り中は気はそぞろ、部署ではため息ばかり…これ以上は何とかして頂かないととても困ります。」
「う…分かりましたって!お話しますよ!」
そう言いながら青年、浅羽悠真は降参を表しながら1週間前の出来事を話す。
………………
時は1週間前のこと。珍しくアキラくんから大事な話があるとおふざけの欠片もないメッセージをもらい、何事かとそれはもう急いで呼び出されたポートエルビスに向かったのだが…。そこに居たのはいつも通りの何も変わらないアキラくんで少しほっとしたのを覚えてる。合流し、世間話もそこそこに悠真はアキラがあんなに真剣に送ってきた大事な話とやらが気になって仕方なかったため、本題に入ることにした。
「それで?大事な話って?」
「あ……そうだね…」
話を振ったのは自分だがほんとに珍しいアキラくんの様子に、こちらのが驚かされる。
アキラくんは、最初こそ借りてきた猫のように警戒心が強かったが、最近では色んなとこにも遊びに行くし、それこそ定期的にお互いの家にお泊まりだってする仲だ。
だからこそそんな彼がこんなにも自分に対して言いずらそうにしている姿は珍しい以外の何物でもないのだ。だが大事な話とやらが気になるのは事実なのでアキラくんが話し出すのを僕は静かに待つ。するとアキラくんの視線が何度か忙しなく動いたあと、覚悟を決めたのか顔を上げる。
あげた顔は果実のように赤く染まり、その目は軽く潤んでいて、いつもの彼からは見れない表情に思わず胸が騒いだ。そんな僕を置いてアキラくんが口を開く。
「これが僕の傲慢だとしても、君にはずっと笑っていて欲しい……君がその瞬間を終える時1番そばにいるのは僕でありたい……。だから、好きだ……悠真!僕を君の最後のひとにしてほしい…」
僕は思いもしなかった熱烈な告白に思わず開いた口が塞がらなかった。何も口にしない僕に不安に思ったのかアキラくんは可哀想なくらいに眉を下げ、こちらを伺う。
「あの……悠真?」
「あ…あ〜ごめんごめん!ちょっと予想外だったからびっくりしちゃって!」
「そう…そうだね…ごめん。」
正直アキラくんのことは大事に思ってる気持ちはあれどそうゆう目で見たことは無かったのだ。驚くなって方が無理があると思う。
「ん〜、アキラくんは大切な友達だし、すごーく大事に思ってるよ?でも………ごめんね、正直に言うとさ、僕恋とか愛とかあんましよくわかんないんだよね。それに今までアキラくんのことそうゆう目で見たことないし…」
「ぁ……あはは…ごめんよ、そうだよな……」
そう言う僕に優しいアキラくんは力なく笑いながら謝る。何も謝ることなんてないのに。
そんなアキラくんを見た僕は少しでも元気を出して欲しくていつもの調子で自虐をこぼす。
「それにさ!僕なんかよりアキラくんにはもっといい子いるんじゃない?」
「え…?」
「ほら、アンタを好いてくれる人可愛い女の子なんていっぱいいるだろうし。その点、男で?アンタのことなーんとも思ってない奴と付き合っても素敵なビデオ屋の店長殿を喜ばせることは出来ないんじゃないかな?」
「…………」
さっきまでは鮮明に映っていた綺麗な萌葱色の瞳が俯いているせいでこちらからはよく見えない。そんな事も気にせず僕のよく回る口はまわり続ける。
「それに僕なんて病気で後先短いしさ。僕なんかと付き合っても近い将来アキラくんを置いて言っちゃうし?そんときに新しい人を探す手間も省けた、ってことでさ!」
「……くれ、」
「え……?」
自分の過ちにも気づかず。
「もうやめてくれ…!」
「ア、アキラくん…?」
アキラくんは手のひらの傷がつくのではないかと思うくらい固く握り締め、俯いた顔はそのままに続ける。
「悠真は……この前僕が言ったことを覚えているかい…?」
「この前、言ったこと…?」
「そうだね、覚えてないのも無理は無い。君には気にする必要のない一言だったから…。」
「ごめん…」
「君はいつも自分を卑下して…。僕は、それで君ばかり傷つくのは嫌だってそう伝えたと思ったのだけど…それが悠真には伝わってなかったみたいだ。」
「アキラく…」
「それに…悠真に僕の何がわかるんだい…?」
突然飛んできた針の様に鋭い言葉に声が出なくなった。そうまるで、これ以上余計なことを言ったら戻れなくなりそうで。
「いつも周りを気遣うその笑顔に、ホロウを翔けるその強さに、何も聞かないでいてくれるその優しさに……僕は。そんな悠真だから好きになったんだ…。それを病気だからとか、別にいい人がいるだとか、そんなことで…!」
「……っ!」
ようやくあげたアキラくんの顔は酷く泣きそうで、今まで見た事ない表情に思わず息を飲んだ。
「僕の悠真を想う気持ちを悠真に否定して欲しくない…!僕を拒む理由は僕にしてくれ…、僕を説得しようとしないでくれ…。」
こんなに必死に感情を露わにするアキラくんに僕は立ち尽くすことしか出来なかった。そんな僕を置いてアキラくんはどんどん話を進めていってしまう。
「はぁ…はぁ…すまない、取り乱した。困らせてごめん、今日あったことは忘れてくれ。僕も……そうするから」
「あ……待って、待ってよアキラくん…」
アキラくんはそう言い残すとこの場から離れる為に僕に背を向け歩き出す。その様子にようやく我に返った僕はその手を掴もうと腕を伸ばす…がその手はするりと抜け、アキラくんは振り返りもせず、行ってしまった。
そこで僕は気づいた。
あぁ、間違えたのだと……。
………………
「という訳です……」
「…………」
話を聞いていた月城さんとたまたま近くにいた課長が声を声を揃えて言う。
「それは、浅羽隊員が悪いですね。」
「それは、悠真が悪いな。」
「わー、プロキシ可哀想ー……」
「う……何も言えない…。」
これに関してはほんとにアキラくんの事を考えずに喋った自分が悪いので何も言えない。それ以降合わせる顔もなく、なかなか謝りに行けてないのが現状だ。それで、2日に1回くらいに見ていたアキラくんの顔が、1週間も見れてないので最早アキラくん不足でやる気が出ないでいる。
「でもほんとにそろそろ謝りに行かないとですかね……僕も嫌われたくはないんで。今日の仕事終わりにでも……」
「あぁ、そうするといい。なるべく早い方がいいだろう、今日は天気が崩れそうだからな。」
「天気?何言ってるんですか課長、今日は雲ひとつない晴て……」
ピリリリ……
「リンちゃん…?」
突然鳴り響く呼出音に部署内が静まる。悠真は自分のスマホを手に取り、彼の妹であるリンからの連絡を取る。
「ちょっと浅羽隊員!仕事中ですよ!」
「まぁまぁ…どうしたの〜リンちゃん!なにか用じ……」
「悠真…!?良かった…出てくれた…!お願い!悠真助けて…」
「ちょ、ちょっとリンちゃん落ち着いて!どうしたって言うのさ」
いつもとは違うリンの異様な様子に周りにいる6課メンバーも息を呑んだ。
「お兄ちゃん…お兄ちゃんが……!」
「アキラくんが…?」
その名前を聞くやいなや自分の装備を鷲掴み、急いで部署を飛び出した。
……………………
電車を乗り継ぎ、何とか六分街にある『Random Play』に辿り着く。息を荒らげながら少々乱暴に扉を開けると己を待っていたのか泣き腫らし赤くした目を悠真へと向ける。
「悠真……」
「大丈夫、大丈夫だから……何があったか説明出来る?」
するとリンはこくりと頷き、最近質の悪い依頼者に付きまとわれていたこと、今日ビデオの仕入れに行ったアキラくんの反応が途中で急に途絶えたのをFairyが教えてくれたこと、たまにホロウの中から反応が来ることからホロウの中に連れてかれたのでないかと言うことを告げられる。
「でもお兄ちゃんの場所が特定しずらくて…多分インプラントに異常が……どうしよう悠真…。お兄ちゃんに何かあったら…!」
それを聞いた悠真は一瞬呼吸を忘れた。アキラくんは常人よりもとてもエーテル耐性が低く、少しでもホロウにとどまれば身体に悪影響を及ぼす。それを知ったのは最近のことだ。このままでは最悪の結果になりかねないことに悠真ですら焦りを感じる。
「大丈夫、僕がホロウに行くから…リンちゃんサポートお願いしてもいい…?」
「うん、悠真お願い…お兄ちゃんを、助けて…」
「分かってる…」
きっと今も苦しんでいるであろうアキラを助けに悠真はイアスを抱え、ホロウに潜った。ホロウに潜るとイアスからリンちゃん、そして高性能AIであるFairyの声が聞こえる。
「悠真、聞こえる?」
「大丈夫。リンちゃん、少しでもいいからアキラくんの居そうな場所、わかる?」
「えっと…さっき一瞬反応がきたポイントは……。ここから遠い…それにエーテリアスの数も……」
「大丈夫、エーテリアスは僕が何とかする…。だからリンちゃん、最短ルートで案内お願い…。」
「分かった…悠真も無茶はしないで。」
そう言いながら短いイアスの手足を存分に動かし、案内に徹する。その後を追いかけながら流石の悠真もアキラの無事を案じずにはいられなかった。それでもエーテリアスは悠真の行く手を阻むように次々とやってくる。
「っ!リンちゃん…!隠れて!」
「きゃっ…!」
飛び出してきたエーテリアスからリンちゃんを咄嗟に庇い、影に隠れたのを見届け、エーテリアスと対峙する。弓に手をかけ、一体、また一体と倒してはいるが何せ数が多い。
「全く…引っ込んでてよっ…!」
最後の一体を始末すると多少上がった息を整えた。いくら現役の悠真でもこの数を1人では少々堪える。
「悠真…!やっぱりこのエーテリアスの数は無茶だよ…!遠回りした方が…」
「大丈夫だって…これでも6課の誇る斥候だからね…」
「でも…」
「行こう、リンちゃん。アキラくんが待ってる。」
そう言いながら走り出すと、リンちゃんは不安そうにしながらも先を急ぐ。エーテリアスを倒しながら進むと、反応があったであろうポイントに近くなってきた。
「悠真…!お兄ちゃんの反応があった場所はもうすぐだよ!」
目標のポイントにつき、ひらけた空間に出るとその中心に倒れている人影が見える。2人で顔を見合せ、倒れている人物に近づくと見覚えのある姿にほっとした。だが…
「…っ!」
「あ、、お兄ちゃん…、お兄ちゃん!」
その頭からは綺麗な灰色の髪が濁ってしまうほど血を流し、片方の足がとんでもない方向に曲がってしまっている。おそらく…折れているだろう。それに……目が……。
ここで何があったかなんて悠真は想像したくなかった。
「リンちゃん…!離れて!」
「でも…!お兄ちゃん、お兄ちゃんが!!」
アキラくんの口元に手を当てると、僅かではあるが息はしている。まだ間に合う。
「大丈夫、少しだけどまだ息はしてる!急げば間に合うから!だから落ち着いて!」
「アキラくん…アキラくん!起きて!」
「お兄ちゃん…!」
揺さぶりながら意識が戻るか試みる。すると…
「ぅ……はる、まさ。」
ゆっくりと片目の瞼が上がる。意識は朦朧としているようだがこちらを認識できてるだけ御の字だ。
「アキラくん、今から僕がアンタを背負って出口に向かうから…僕の肩に手、掛けれる?」
そう問いかけると小さくこくりと頭が動く。自分では動けないアキラくんを背負うと弱々しくも己の肩に手が回った。
「いい子…、リンちゃん…!動ける?」
実の兄のこんな状況に無理を言っているのは承知の上だが、リンちゃんには出口まで最短で案内してもらわないと困るのだ。
「あ…大丈夫…」
「アキラくんも長くは持たない…出口までの案内をお願い…!」
「わ、分かった!Fairy!」
「かしこまりました、助手2号。最短ルート計算中…」
「悠真!出たよ、こっち!」
先にかけて行く、リンちゃんを追って、できるだけ揺らさないように先を急ぐ。
「ごめんね、アキラくん。もう少しの辛抱だから…」
「はる…まさ、ごめ…ん」
「アンタが謝ることじゃないでしょ…大丈夫だから」
大丈夫…そう思いたいのは本当は自分かもしれない。きっと大丈夫だとそう信じていたかった。近くで大きな地響きが聞こえる、どうやら大きいのがいるみたいだ。だが遠回りしている時間もアキラくんには残されていない。
「悠真…!エーテリアスが…!」
「分かってる…!ごめん、アキラくん。ちょっと此処で待ってて。」
近くの壁にアキラを寄りかけ、不安げなリンちゃんを軽く撫で、エーテリアスを睨みつける。
「こっちは急いでんの…!邪魔しないでよ…!」
「グァウルルル……」
弓を構え、どんどん撃ち込んでいく。幸い的は大きい、悠真にとっては当てることなど造作もなかった。だが撃ち込んでいる量に対してそこまでダメージを負っているようには見えない。エーテリアスが怒りを隠さず咆哮する。
「グアーッ!」
「くっ…もう1発欲しいって…?」
このままでは拉致が開かない。接近戦は苦手だが、早く片をつける為には仕方がない。今はなりふり構ってる時間はないのだから。
「悪いけど、こっちは急いでるんだ…!眠っててもらうよっ…!」
最後の一撃を食らわせると先程まで動き回っていたエーテリアスは大人しくなった。
「リンちゃん…!」
「悠真…!お兄ちゃんが…!」
「はぁ……ぁ……」
予想以上に弱っている。急がなくては本当に…。そう思いながらアキラくんを背負おうとするとその手を止められる…。そう、アキラ自身から…。
「ぁ……アキラくん…?」
「もう…いい、よ。はるまさ…。」
「ぇ…?」
悠真にはアキラが言っていることがよく分からなかった。もういい?何も良くなんてないだろう。急がなくてはアキラは…。
「もう、ぼくは……きっと間に合わない…だか、らりんを…つれ、て逃げて…?」
「だ、だめだよ、そんなのダメだよアキラくん…!だって僕はアンタに謝れてすら…!」
「ごめん、よ…はるまさとのやくそく、まもれなくて…」
「そんなの…!今はどうでも…」
「……はるまさ」
「やだ……置いていかないでよ。僕はアンタが居なきゃちっとも前に進めない…。だから、諦めないで…!僕が頑張るから…!」
アキラの手がゆっくりと悠真の頬を包む。
弱々しく往復する手を上から強く握りしめる。少しでもアキラの体温を感じたかった。
「ぁ…そんな、かおしないで…ぼくは、はるまさのわらってる…かおが、みたいから」
「そんなこと言ったって…あんたは……怖くないの…?死んじゃうかもしれないんだよ?」
「ふふ…はるまさが、いっしょにいてくれるんだ…こわくなんて…ないさ……だから、わらって?はるまさ」
「アキラくん…」
ほんとは分かってた、この傷で…。時間はだいぶ経ってしまっている。これで助かる人間なんて奇跡でしかないと、それがアキラの身体なら尚更だ。それでも悠真は信じたかった、信じていたかったのだ。アキラの要望に少しでも答えるためにちっとも動かない口角を少しでも上げる。その笑顔が歪なことは悠真でも分かっていた。それでもアキラは嬉しそうに微笑む。
「うん…やっぱり、、はるまさは…えがお…がにあうな…ねぇ、はるまさ…?おねがいが、あるんだ。」
「……なに?」
「また…あえたら、またぼくのことを、あいぼ、ってよんでくれる…かい?」
「そんなの…当たり前じゃん…アンタはいつだって僕の大事な相棒だよ…」
「うれし、な…ねぇ、はる、まさ」
「だいすきだよ…」
そう言うとアキラは微笑んだ。その顔はどんなに血濡れていても世界で1番綺麗だった。
それだけ言うとアキラは眠るように目を閉じ、悠真の頬にある手が滑り落ちる。それで悟った、自分は間に合わなかったのだと、もうアキラの熱にふれることはないのだと。
アキラくんの声が途絶えたこの場には、いつの間にか降っていた雨の音と己の叫び声しか残っていなかった。
…………
それからは何があったか悠真はよく覚えていない。気がつけば、イアスを連れて、ホロウを出ていた。本当はアキラくんも連れて行ってあげたかったけど悠真しかいないあの状況でそんな余裕はなかった。
その後、アキラの葬式は身内と知り合いだけで細々と行われた。あの時のリンちゃんの悲痛な叫びが数年経った今でも僕の脳に焼き付いて離れない。アキラくんが居なくなって数ヶ月、僕はそれはもう荒れるに荒れた。それこそ仕事もままならないくらいに。それでも課長や副課長が何も言わなかったのはあの日の僕を気の毒に思ったからだろうか、それとも僕の様子がそれほど酷かったからだろうか。
それが今ではある程度落ち着きはしたが心にぽっかりと穴が空いてしまっている。見るもの全てが色褪せて見えて、口にするもの全てに味がしなくなったのはいつからだったか。
今日はアキラくんの命日だった。アキラくんのお墓には…お葬式をしたあれ以降行けていない。アキラくんがもう居ないという事実をどこかで実感したくなかったのだろう。きっと今年もあそこに足が向かうことはないのだろう。今日も僕はいつも通り部署の机に向かう。だが今日に限って今まで口を出さなかった課長が口を開いた。
「悠真、お前はいつまでそうしているつもりだ…。」
「え…」
一瞬何を言われているのか分からなかったが、すぐにアキラのことだと気づく。だが今日は…今日だけはそれについて触れて欲しくなかった、だから誤魔化した。
「いやだな課長!今日はまだサボってませんよ…!」
「違う、そうではない。」
だがそう上手くいってくれないのが課長である。
「あのですね、課長。いくら課長でも今日その話だけはしないでくれます?」
「いや、違う。今日だから言うんだ。」
「はい?」
「悠真…」
「お前はいつまでアキラに寂しい思いをさせるつもりだ。」
そこで気付かされる。そうか、僕は何をしていたんだろうと。この数年、いつも通りの日常を淡々と過ごして、アキラ関連のことを忘れたくて、その全てを遠ざけて。アキラのことなんて何も考えずに自分のことばかり…。それで一体何が残っただろう。残ったのは虚しいこの気持ちだけではなかろうか。あぁ、一体自分は何度間違えば気が済むのだろう、どうやら大事な相棒のことになると天才と呼ばれた自分でもてんでダメになるらしい。
「課長、ちょっと僕早退してもいいですか…?」
「む、何処へ行く…」
部署の出口をくぐり、振り返る。
「ちょっと、お墓参りに。」
……………………
風の吹く中、悠真はアキラくんが好きだったネリネの花を手に、アキラに逢いに行く。
気づけばお墓は目の前で片膝をついて、花を添える。平日の昼間、こんな時間にいる人なんて誰一人いなくて、今だけはアキラを独り占めできた。
「久しぶり、相棒。」
悠真は墓石に触れる。冷たいはずの墓石がなんだか暖かく感じた。
「僕が弱かったせいで、随分と待たせちゃった。きっと怒ってるよね…?」
悠真はふと墓石が汚れていることに気づき持っていたハンカチで拭い始める。
「それにさ、あんたが居なくなっちゃってからなーんも上手くいかなくてさ、少しでも気を紛らわせるために色んなお姉さんと付き合ってみたりもしたんだよ?まぁそれでも忘れられなかったんだけどさ…。ほんとアンタも酷い男を好きになったもんだよね〜」
添えたネリネの花びらが「そんな事ないよ」と言ってくれたように小さく揺れた。その様子に笑みがこぼれる。
「あん時はさ……上手く笑えなかったけど今はアンタが好きだって言ってくれたみたいに、上手く笑えてるかな?」
もう一度綺麗になった墓石に触れ、その凹凸を確かめるように撫でる。
「安心しなよ、もうアンタに寂しい想いはさせないからさ。僕も…もうすぐそっちに行くから、それまでいい子に待っててよ。ね、相棒」
そうして眠るアキラに口付けるように、暖かいそれに優しく、そっと触れた。