猫は大好きの匂いでまるくなる(おまけ) 顔に当たるふわふわとした塊が時折もぞもぞと動き、それがなんだかくすぐったくて目をあける。
「ん…僕は、寝てしまったのか…」
カーテンの隙間の除く空の色はすっかりオレンジがかってしまっていた。
「ぁ!今何時っ…!」
自分は思っていたより眠りこけてしまったようで、目に入った時計の時刻に絶望する。
(16時20分…すまないリン…)
きっと今も下で作業をしているだろうリンに心の中で謝りつつ、喉も乾いたので1度下に降りようとベッドから抜け出そうとしたが、ぎゅっと緩い拘束がアキラを阻む。
「あ…そうだ、悠真…?」
「すぅ…すぅ……」
「まだ寝ているのか…?このねぼすけめ…」
アキラの腰に縋りながらぐーすか眠りこけるぐーたら猫の鼻をつまみ、いい加減起きろと意地悪する。
「ぅ…」
さすがに嫌だったのか眉根に皺を寄せそっぽ向いてしまった。
「ふふ、すまないね。いい子にしていてくれよ…?」
意地悪をしてしまったお詫びにひと撫でする。風邪を引いてしまわないようにしっかりブランケットをかけた後、下へと降りた。
カウンターでスマホをいじっていたリンが兄の降りてきた気配を感じたのか、ふと顔を上げる。
「あ!お兄ちゃん起きたんだ〜!よく眠ってたね〜?」
するとリンはによによとした顔を隠さず、からかいモードに入ってしまった。このままからかわれ続けるのは流石にいたたまれないので早々に話を切り上げ、上へと逃げよう。
「からかわないでくれ…そんなことよりお店を任せてしまって、ごめんよ」
「えへへ、照れなくてもいいのに〜!大丈夫だよ!今日はお客さんも多くなかったしね!悠真は?」
「まだ上で寝ているよ、本当によく寝る猫だよ悠真は…」
「ふふ、悠真も疲れてたんだね〜」
リンも微笑ましそうにニコニコと笑顔を浮かべ、なんだかご機嫌そうだ。
「もう少し傍で見守っておくよ、締め作業は僕がやるからそれまでお願いしてもいいかい?」
「うん!任せて〜!」
冷蔵庫から2本水を取り出し、上へあがる。その後をついてくる黒い影がいたのだが、アキラは気づかなかった。
「よいしょ…」
サイドテーブルに水を置き、そのうちの1本の蓋を開け喉を潤す。ベッドの上でそっぽを向いてしまっている寝坊助猫の横にもう一度横たわり、その背に顔を寄せる。甘えべたな自分はこうゆう時でしか甘えることは出来ないので今だけはまだ起きないでくれと願いながら愛する人の体温を感じた。
すると近くでにゃんと己を呼ぶ可愛い声が聞こえる。びっくりしつつも寝返りをうち振り返った。
「あ……クロ」
可愛い声の正体は最近我が家で飼い始めた、黒猫のクロだった。クロはアキラの横たわってるベッドへ飛び乗り、アキラの顔をぺろぺろと舐める。
「こら、クロくすぐったいだろ…?」
ざりざりとした舌にくすぐったさを感じながら喉の下を撫でてやる。すると満足したのかぐるぐると喉を鳴らしながらアキラの腕の中にくるりと丸まった。
「ふふ、君もお昼寝かい…?」
耳を伏せて撫でられ待ちをしている我が子を存分に撫でていちゃついていると、肩に程よい重みが襲ってきて手が止まる。
「ちょっと〜…僕に隠れて何してるのさ」
「ふふ、どこかのねぼすけな猫が僕を放ったらかしにしてるから浮気…かな?」
「あ〜あ、アンタそんな酷いこと言うんだ…」
するとやっと起きてきた悠真がむすくれながらぐりぐりと頭を擦り付ける。そして少し苦しいくらいにぎゅっと抱き寄せた。
「ごめんよ、拗ねないでくれ…」
肩に乗っかる頭を撫でてやると悠真はそのまま首筋をかぷかぷと噛み始めた。
「ぁ…ちょっと悠真…!」
「ん〜?……僕以外の猫の匂いをつけてる悪い子はここかなぁ〜?」
「こら!下には、リンもいるんだぞ…!それに…んっ…♡」
噛みながら時折首筋に舌を這わせる悠真に抗議しながら、どうにか腰に回ってる手をどかそうと試みる。が、現役執行官と一般人の力の差なんて明らかでまったく歯がたたなかった。すると耳元に唇を寄せた悠真が小声で囁く。
「そんなに声をあげたら、それこそリンちゃんが来ちゃうよ〜?」
「っ…!いい加減に…うわっ」
流石にいい加減にしろと後ろを振り返ると同時に起き上がった悠真が上に覆いかぶさってくる。その目は捕食者のようにギラついていて、獲物を吟味するかのようにこちらを見下ろす視線に思わず声が出なくなった。
「ん、いい子…」
「んぅ…ン、ふぁ……♡」
合わせた唇から漏れ出る吐息と絡まる舌が心地よくてさっきまで必死に抵抗していたことを忘れてしまう。
「ん、ふ……あ〜あ、キスだけでこんなになっちゃって心配だなぁ…僕は」
「はぁ……はるまさ…?」
「あ〜もう…可愛いなぁ」
頭に熱が登ってる僕を置いて悠真は額、耳、首と順々にキスを落としていく。そして僕が止めないのをいいことにシャツの隙間からするりと手が入ってきた。その感触にびくびくと腰を震わせ、身を任せてしまおうと心が揺らいだその時だった。
ドタドタ…!
「お兄ちゃーん、ごめん!お兄ちゃんにお客さんみたい!って悠真…?そんなとこで何してんの…?」
「な、なんでもないとも!」
「う、いたた……」
突然入ってきた妹にびっくりして悠真を突き飛ばしてしまったのだ。悠真はベッドの縁に頭をぶつけたのだろう、後頭部を抱え、うずくまっていた。
「ふーん、まぁいいや!お兄ちゃんにお客さんだよ!ちょっと下降りてきて!」
「わ、分かったよ」
妹はそれだけ告げると部屋を出ていった。そのまま扉を眺めながらきっと真っ赤に染まっているであろう顔を抑える。そしてお客さんを待たせてはいけないと、未だに痛みに悶えてる悠真をおいて立ち上がる。
「ア、アキラくん…?」
アキラが動き出したことで正気を取り戻したのか悠真は立ち上がったアキラを見上げる。そして、言うことを聞かなかった自分に対してアキラが怒っていると思ったのか耳を伏せ、しっぽを下げながら己の名を呼んだ。本当はそんなに怒ってなどないが…。扉へと向かい、振り返りながら未だに熱の篭った顔で少しの意地悪を込めてこういった。
「はるまさの…ばか…」
そう言い残し下に降りていったアキラに思わずぽかん口をあける。そしてぼふんと音をたてベッドに逆戻りした悠真は腕で隠れた顔を赤く染め、こう零すのだ。
「ず、ずるいよ…アキラくん…!」
可愛い恋人のいじらしい表情に今日も1匹の猫はふりまわされるのだ。