Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    saku8

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 7

    saku8

    ☆quiet follow

    ひらいてあかブータグで書いた掌編。
    高校三年生及岩。三人称。

    地球儀 岩泉一は、慣れたしぐさで幼馴染みの部屋のふすまを開けた。主のいない部屋は、しんと静まりかえっていて、積み上げられたダンボールがところせましと置かれていた。すでにこの部屋の主は地球の裏側へと旅立っており、まもなくこのダンボールのいくつかも、主を追いかけて地球の裏側へと飛んでいく。空を飛んでいくのか、海を漂っていくのかは、岩泉にはわからないが。
     主がいない部屋にやって来たのは理由があって、バレーボールの試合を録画したDVDが借りたままになっていたからだ。幼馴染みはきっと「そんなの岩ちゃんが持っててよ」と笑うだろうが、自分も十八年間過ごした宮城をまもなく離れてしまうからこそ、きちんと幼馴染みの──及川の部屋に戻しておきたかった。岩泉も慣れ親しんでいる及川の家族に渡そうとしたところ、上がって良いと言われたので、こうしてダンボールまみれの部屋に歩を進めている。
     及川の部屋にあった机の上にDVDを置くと、古びた地球儀が目に飛び込んできた。
     今でも、あの日の興奮した及川の姿は目に焼き付いていて、瞼を閉じればすぐにその姿が浮かんでくる。
     ──セッターってすごい! すごいね、岩ちゃん!!
     ホセ・ブランコにもらったサインの入ったサポーターを握りしめながら、何度も。何度も聞かされた言葉。瞳をキラキラと輝かせながら。
     ──アルゼンチンってここなんだって!
     地球儀に書き込まれた歪な形の星のマークは少し擦れていたけれど、今もまだそこにあった。そしてその隣には、グリーンの付箋に、真新しい文字が書かれて貼りつけられていた。アルファベットが並んでいるようだったが、英語ではないであろうことはわかる。けれど、岩泉にはそれをどう発音すれば良いのかは分からなかった。自分の知らない言葉を話す幼馴染み──。それは、少しだけ岩泉の胸の真ん中にひやりとした冷たい風を吹かせていった。
     岩泉は一瞬だけ胸の真ん中に手を添えると、隙間が開いていただろうかと、窓の方に目を向ける。だが、そこには三月の、まだ寒さを残した薄い雲の浮かぶ空が広がっているだけだった。
     古びた地球儀に、そっと手を添える。
     日本とアルゼンチンの距離は、地球儀上では右手の親指から薬指くらいの、片手で足りてしまう距離なのに。実際の距離は、全身を使ってもまだまだ足りないくらいの距離で。
     岩泉は、改めて地球の裏側に飛んでいってしまった幼馴染みで──恋人の、行動力を思って、ふはっと声をあげて笑った。
    「がんばれよ」
     呟いた言葉は、部屋の主には届かないけれど。それでも、口に出しておきたかった。言葉に、しておきたかった。
     主のかわりにだろうか、手を添えていた地球儀が、まるで返事をするかわりのように、ゆっくりと回った。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😍💖💖☺
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works