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    pap1koo

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    【ミスオエ】オエに頼まれて古い本の読み聞かせをするミのミスオエ

    ##ミスオエ

    眠りに誘われて 魔法舎にある図書室の扉を開けば、紙と埃と、それに古びたものの匂いがする。懐かしさも感じるそれをミスラは少し気に入っていた。
     夜は深まり、時計がまた一から数をかぞえ始めるころ。日中の温かさとは反対に、寒い空気が建物の中を一変させると、ミスラが一人で過ごす時間がやってくる。
     いつもならば自分の勘を頼りに寝心地のいい場所を探してみるが、今日ぐらいは普段とは少し違ったやり方を選んでみることにした。目についた本を手にとると、それはしっかりとした分厚さで古臭く、魔導書の類でも何でもないくせになぜか興味をそそられる。きちんと丁寧に、そうやって扱われた気配が感じられるその本を、試しに読んでみてもいいかとミスラは思った。
     机の上に本を置き、椅子を引いてそこへ腰かけ、本を開けば順番に文字を追っていく。内容は、どうやら世界中のことを分かりやすく書き止めた学問書の類だった。長く生きてきた分だけ、どの時代の言葉も今なら理解できる。それも、あの人と出会わなければ知らなかったことの一つだと、幼いころを思い出しては集中できずに考えが行ったり来たりを繰り返す。
     ここへ来たのは眠れぬ夜の過ごし方を一通り試したあと、これがミスラにとって今夜の最終手段のはずだった。けれども一向に眠りには誘われず、むしろ考えがまとまらなくなるこの時間をどうやり過ごせばいいのか、自分に非のない〈大いなる厄災〉のこの傷のことを考えるだけで、何とも理不尽な仕打ちに苛立ちが募る。
     バタン、と扉が閉まる音がする。こんな時間に、それもミスラがいるにもかかわらず訪れる奴なんて何をしたって勝手に入ってくるだろうと、そう踏んで今夜は魔法を仕掛けることすら億劫でいたが、その予感は外れていないようだった。
    「はあ……」と不貞腐れたようなため息に視線を上げると、オーエンが悪戯を怒られた子供のように拗ねた表情を浮かべている。
    「こんな時間に何ですか」と聞けば、「きみこそ何してるの、こんなところで」と外套をはためかせミスラのそばへと近寄ってくる。
    「眠れないので読書してるんですよ。ほら、文字を追うと眠気がくるって言うじゃないですか。俺が持ってる中でも一番分厚い魔導書ですら全部読んでしまったので、この通り片っ端から読んでいくことにしたんですよ」
    「ふうん。大変だね」
     きっとまた、双子にでも仕置きをされた後なのだろう。すっかりやる気を失い他人事のように返事をすると、ミスラの隣へ勝手に座り、「何読んでるの?」と本を引き寄せた。ついでのように「それ、気に入ってるんだ」とミスラがかけていた眼鏡を取り外す。
    「ちょっとした気分転換ですよ。ここなら、俺もさまになるかなって」
    「ならないよ。ねえ、お前さ、この文字読めるの?」
    「ええ、だいぶ古いですが何となくは」
    「ああ、そうだった、きみ僕よりずっと年寄りだもの。どっちかっていうと、フィガロよりだよね?」
    「はあ? 何言ってるんですか、あなたはどう考えても俺と同世代でしょう。千歳生きればだいたい同じですよ」
    「ぜんぜん違う。あ、ねえ、これ」
     興味をミスラから本に映したオーエンは紙を捲るとぐいっとミスラの前に差し出した。
    「ふふ、これ面白そう。動物の絵がいっぱい。これ、僕の持ってた絵本に似てる。ねえ、ミスラ、これ何て書いてあるの? 僕に読んでみせてよ」
    「俺に読み上げろって言うんですか?」
    「ねえミスラ。ただ本を読むだけで眠れなかったって言うんなら、方法を変えてみたっていいと思わない? 人間の子供は大人に絵本を読んでもらいながら眠るんだって聞いたことがある。だったら、魔法使いにだって少しは効果があるかもしれないだろ」
    「たしかに……でも面倒ですよ。どうして俺があなたに読んでやらないといけないです」
    「いいだろ。僕、きみの顔も好きだけど、声だって……そんなに悪くないって思ってるんだけど?」
     覗きこむように顔が近づけば、くちびるがくい、と弧を描いて笑いかけられる。そのまま背を押されるように、はい、と眼鏡を戻されると、反論したい気持ちはゆるゆると小さくなり、仕方ないと指し示された場所から文字を読み上げ始めた。
     今まで人にこうして誰かに本を読んでやったことなど、忘れていなければ初めてのことだ。ルチルが生まれたと聞きしばらくしてから、チレッタに南の国へ招待されたときだって、幼いルチルへ魔法を少し見せてやった記憶が微かに残ってるぐらいだ。
     乾いた薄い紙をめくり上げる。少し黒く滲んだ親指に、古い紙の匂いが染みついた。
     動物の生態から、どう捕獲し調理するかの知恵袋まで、様々な知識が列挙されていたが、別に読んでいても面白いとは感じない。古代の知恵は信仰と結びついていて現代の、それも魔法使いのやり方にはそぐわない方法で、全く参考にはならない。けれどもどこか身近にも感じて、不思議な感覚にミスラは文字を読み上げ続ける。
     最後の一文が終わり、次の紙を捲ってみれば、インクの色が少し変わる。動物の次は、草花について記されていた。そんなものにもオーエンは興味を持つのだろうかとふと思い、やっと隣を見ればオーエンは下を向いてじっと座っているようだった。まさか聞き入ってるわけはないだろうとよくよく見れば、すう、とやわらかな寝息が漂ってくる。
     頬杖をつきながら、肌を手袋に何度も擦りつけ船をこぐ。軍帽がそのせいで傾き、今にもその細い髪を伝い、流れ落ちていきそうだった。
    「オーエン」
     静かに名前を呼べば、ぴくりとまぶたが反応する。けれどもすぐに緩まる顔は、一向に起きる気配を見せずにいる。
     声だって、そんなに悪くないとオーエンは言った。ならば、ミスラが頼まれるがまま、せっかく読んでやってたというのに、最後まで聞かないなどもっての他だと、オーエンの体を揺さぶろうとして手が止まる。
     ずる、と崩れ落ちそうな体を咄嗟に掴んだ。それを抱えるように腕で支えれば、彼はそのまま身を預けてくる。すり、と腕の中に潜り込み甘えるような仕草を、ミスラは彼と過ごしたベッドの中で一度も見たことがなかった。思わず背中へ手を回してみると、何ともいえない心地がする。どうしてオーエンは自分にそんな姿を見せないのだろうかと頭に思い浮かべれば、答えの見えないことを珍しく長く考えこんでしまっていた。
     灯りをしぼり、部屋の中を温める。静かに上下する体を眺めていると、大事なことにふと気がついた。
    「はあ……これ、俺が読み聞かせしても意味ないじゃないですか」
     どうも彼に頼まれると、流されるままつい聞いてやってしまうことを、ミスラはどうにも改められないでいる。魔力では勝てないのだからと甘えがあるのかもしれないし、他にも理由があるかもしれない。けれどもこれぐらいなら、ミスラの方が歳上だし、何しろ世界で二番目に強い魔法使いなのだからと、断る理由もない気がしていた。
    「《アルシム》」
     呪文をひとつ、囁くように小さく唱える。行先は、どちらの寝所がいいか考えていた。まだ長い夜を過ごしたあと、彼が起きたころあいに、腕の中で驚く顔を眺めていれるような、静かに眠れるところはどちらだろうか。
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