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    kjefrat

    @ratnrtri

    けじぇふらっとです。

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    kjefrat

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    注意めちゃくちゃうつです!人生初レベルの長さになりそうなkkob。前後編かまとめて支部にあげたいので一度2万字の一章を上げます。六章構成の予定だけどこんな予定考えたこともないので頭は真っ白。
    以下のifが含まれます
    ●オビトが木の葉に帰還して表の顔を偽りながら暗躍をやっていたら(という話の今回は冒頭)
    ●三章くらいから上忍ifになる

    #カカオビ
    cacaoBean
    #kkob

    Heaven's falling down(一章)♡本当に暗いです
    ♡一章前半までほぼ原作準拠、その後は全く展開が違います
    ♡オビト絶望のプロセスはほぼ原作準拠で書きたかったので長いです、オビト暗躍の部分が時系列難しすぎたので流しています。
    ♡カカシ→→→→→オビトの予定。ってかもうなってそう。めちゃくちゃ鬱です
    ♡タイトルかっけーと思って引っ張ってきただけなので某歌やコンテンツは関係ありません
    ♡続き頑張りたくて…………頑張ります………


    Heaven's falling down

    一.重力に逆らわない

     洞穴のようになった岩の陰にて。
     右半身の潰れたオビトが最後に見たのは、決意したリンの顔だった。
     心優しいリンは、眼を移植してくれという無茶な願いさえも聞いてくれた。
     オビトは最後に、最愛のリンの顔を眼に焼き付けた。清潔な布を広げて器機を準備する彼女の顔はその名の通り凜々しくあった。栗色の丸い瞳も、汗で頬に張り付いている一束の横髪も、小さく名前を呼んでくれたその口も全てが綺麗で、アカデミー時代と変わらず可愛い顔の中に、芯のある大人の女性の一面まで垣間見た。
     許容量を超えた痛みを脳が遮断したのか、既に右半身の感覚は完全に失っている。麻痺で痛みももう感じていなかった。それでオビトは「麻酔はいらない」と告げていて、リンは悲痛な顔をしながらもオビトの頼みを聞いてくれていた。
     暗黒の視界のなか、辛うじて残った触覚が、左手に置かれたリンの手の温もりを伝えている。どうにか握り返そうとしたが、壊れたと言ってもいい身体はその命令に従ってはくれなかった。
     カカシが土隠れの忍と戦っている間、オビトはカカシの言葉を思い出していた。

    『オビトが麻酔を使わないんならオレも要らない。どうせすぐ戦うことになる』

     カカシはそう言って麻酔を断っていた。カカシの左目は傷ついているとは言え、移植中は神経を触られるのだから相応の痛みがあったろうに。オビトは朦朧とした意識のなかで、強がったカカシを笑っていた。
     リンの声にならない驚きにオビトの意識は引き戻される。

    「……ッ!」

     もう視ることはできないが、すぐ上に人の気配を感じた。どうやらリンは、敵がこの岩陰を覗き込んでいると思ったようだった。
     胃から血液が迫り上がってくるのを感じながら、オビトは力を振り絞って発声した。

    「慌……てるなよ……リン……」

     土隠れの忍は既に意識を失っていて、すぐに傍らに倒れてしまった。代わりに、聞き慣れた息づかいが聞こえ出す。カカシがあの忍を倒したのだ。彼が戦っているなかで、空気さえを切り裂くような雷の音を出したのをオビトは聞いていたのである。
     カカシのおかげで近場の敵はいなくなった。けれど、まだ二人が無事に帰れると確定したわけではない。この身体は既に死んだようなもので、カカシもチャクラ切れが近い。リンも前線に立てるタイプでもない。一刻も早く、橋に向かい爆破するか、戦場から離脱するのが賢明だった。

    「カカシ……リンを、リンを連れて……早くここを離れろ……て、敵の援軍が……く、来るぞ……」
    「……」
    「オビト……」

     カカシが息を呑む音と、リンの悲痛な声が聞こえる。オビトの視界には光の無い世界が広がっていたが、二人が迷っていることはすぐにわかった。左手には優しいリンの指があったけれども、血を失いすぎたらしい。もうその温かさを感じ取ることはできなくなっていた。
     けれど、オビトにとって最も悲しいことはリンが、カカシがここで死んでしまうことだった。心を鬼にして、そして最後の力を振り絞って、オビトがリンの手を振り払う。

    「……いいから……行けッ!」
    「リン……」

     カカシがリンに手を伸ばす。
     カカシは強い。上忍にも一番になった器用な忍だ。協調性はないし、他人に興味が無さそうなのに変なところで頑固で、オビトにとっては年下で生意気な気に食わない同期だった。リンに想われているのも不満だったが、ここからリンを逃がして欲しいというオビトの気持ちを汲んでくれていた。
     カカシにリンを頼んだから。きっと二人で生き抜いてくれるはずだ、とオビトも信じていた。

    ──土遁・裂土転掌!

     駆けつけた敵陣営の術が三人に迫る。カカシが何人もの土隠れの忍びを視界に認めたときには、既に地面が割れ襲ってきていた。オビトとリンがいるのは岩が偶然噛み合ってできたスペースだ。すぐに崩れ去るだろう。一刻も早く脱出しなければ、リンの命まで危ない。

    「リン! 早く掴まれッ!」

     カカシが必死の声でリンを促す。オビトは、未だ側にいてくれたリンに、これが最後のお願いだからという気持ちを込めて名前を呼んだ。

    「リンッ……!」
    「オビトォ!!」

     リンはカカシの手を取りながら、オビトの名を呼んだ。ガガガガ、と岩が迫る轟音の中でも、リンの声はよく聞こえた。最後に聞くにしては多少悲しい色だったが、それでも名残惜しそうな彼女の声に救われた。生きているのに見捨てなければいけないということがどれだけ辛いか、オビトにもわかったのだ。
     増していく岩の重みを感じながら、オビトは目前にある死を感じ取った。

     ──カカシの奴とせっかく仲良くなれたのになぁ……
    ――リンには結局、告白できなかったなぁ……

     リンはいつでもオビトにとっては太陽のような存在だった。カカシも多少煩わしいところはあったが、ミナトから境遇を教えられたこともありわかり合えることができた。さっき漸く写輪眼も開眼できて、忍としてはこれからだというのに。火影になることもできずに死ぬなんて考えたこともなかったのは、楽観的すぎたからだろうか。

    ――みんなともっと一緒にいたかったなぁ……

    脳裏に祖母とミナト、カカシ、リンを描きながら、オビトの意識は閉じられた。


    ﹏﹏﹏﹏﹏☽◯☾﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏


     死んだと思った。けれどオビトは再び覚醒した。ほの暗い地下で劈くような痛みを感じながら、オビトは一人の老人に会った。
     その男は“うちはマダラ”と名乗った。オビトも周囲の囁きで自然と知ったのだが、実の曾祖父に当たる男であった。その男がオビトに告げた、『愛を守るために憎しみが生まれる』という言葉の意味はいまいち掴めなかったものの、何かの人造体をくっつけたと言う身体では脱出もできなかった。マダラはオビトに何かをやって欲しいと言っていた。それを話半分に聞きながら、オビトは二人との再会を希望に動作訓練の生活を始めたのだった。
     
     壁に左手をつきながら、言うことを聞かない胴体と足で一歩ずつなんとか歩く。額からは脂汗が滲んでいて、右半身が少しでも動くと筆舌に尽くしがたい痛みがオビトを襲った。痛みに耐えながら、ハァハァと荒い呼吸を繰り返す。数秒待ったら、また片足を出して前に進んでいく。

    『写輪眼は左右揃って本来の力を発揮するものだ』

     マダラの言葉がオビトの中で木霊する。
     オビトが直接見ることは叶わなかったが、オビトの左目は現在カカシの左目に収まっているはずだ。もし木の葉に帰ることができれば写輪眼が一対揃う。写輪眼を返してもらうつもりもないし、オビトがカカシの横に再び立つことができれば、二人で最強の忍になれるのだ。そうしたら、もう二度とリンを危険な目にあわせることはない。
     今も左目の眼球があった部分には何も無い。空洞になってしまった左目の瞼はずっと下ろしたままだ。帰ったとしても右目でしか物を見れないが、眼帯でも何でもして忍に復帰したらいい。

     最後に見た、悲痛なカカシの顔と決心して手術をしてくれたリンの顔を思い出した。あのとき、もう自分は死ぬとわかっていたから、リンのことをカカシに託した。
     だがこうして、オビトは今、自分の目で周囲の風景を見ることができている。今だってこうして少しずつ歩けるようになってきているのだ。辺り一面、湿気漂う暗い地下空間ではあったが、まだ希望は捨てられなかった。

    「待ってろよ、カカシ……リン……! オレは、生きてる……!」

     生きて帰って、二人に会うんだ。
     オビトの決意が広い空間に吸い込まれる。
     マダラは随分前に眠ってしまっていて、謎の白い生命体がオビトを監視しているだけなのだが、彼等はオビトの決意の声には何の反応も示さなかった。

     オビトは、二人の名前と顔を何度も思い出しながらリハビリに励んだ。
     マダラから監視の役を担っているのは、謎の生命体――ゼツと言うらしく一体をグルグルと勝手に名付けた──で、時折リハビリを手伝ってくれたりもした。
     あんな偏屈なジジイに従っているにしては優しいところもあるのだと、親近感が湧き始めていたとある日、他の白い生命体たちがいなくなっていることに気がついた。
     ベッドに寝たまま、オビトは偶然いたグルグルたち二体に所在を尋ねた。

    「他の白いのどこ行った?」
    「外行って情報収集……」

     オビトの質問に緑髪のゼツが答える。
     情報収集、という此処で初めて聞いた言葉にオビトは目を見開いた。やはりコイツらはマダラに従っているだけあって、閉じ込められてるわけではないらしい。

    「え 外出れんのかよお前ら!」
    「ボクら地面の中を移動できるからね」
    「何だよそれ……オレはこんなとこに閉じ込められ、訳分かんねー話をされてるっつーのに……」

     ため息をつきながらオビトは呟いた。前のめりになった背中をゆっくりとヘッドボードに預ける。グルグルが「うんこの話してスンマセンッス!」いつもの話題で騒ぎ出していたが、それを無視して緑髪のゼツが、マダラについて言葉を続けた。

    「ガキに合わせて話すほど人間できてないから、マダラは」

     マダラは、因果を断ち切るだの、勝者だけの、平和だけの、愛だけの世界を作るだのと述べていた。覚醒したすぐでもいまいちわからなかったが、今もオビトにとっては理解の外の論理だった。何日もかけてマダラが目指しているものはなんとなく掴めたものの、それが何を示すのかは解明に至っていない。
     もしそれが、里に仇成すことなのであれば従うつもりはなかった。けれど、従わないなら写輪眼を奪うというマダラの命令も聞くことはできなかったのも事実だ。里に戻ったら、カカシと二人でリンを、里を守らねばいけないからだ。結局オビトはマダラの目的を曖昧にしたまま、リハビリ生活をやっていた。
     オビトは、地下で目覚めた初日にマダラが言っていたことを思い出しながら、ゼツに話しかけた。

    「インガを切るだの何だのと……アレは一体何なんだよ」
    「まぁカンタンに言うとね、本当の世の中の嫌なことを捨てて、良いことだらけの夢の世界に逃げちゃおうって話! 夢だから何だって思い通り……死んだ人だって生きてることにできる」
    「夢の中?」

     怪訝な顔を向けるオビトにグルグルが解説する。

    「ん……あぁ、幻術ででっかい夢の世界を造って、そこに皆で行こうってこと! ……行こうって言うよりは無理矢理連れてく感じなんだけど……しかも一生ね」
    「幻術で? バカバカしすぎて意味が分かんねぇよ……とにかくオレは絶対外へ出るからな!」

     幻術で世界中の人間を夢の世界に連れて行くなんて、バカな話だ。あの災厄と聞くうちはマダラなら可能なのかもしれないけれど、第一そんなことをして何になる。オビトは素直にそう思った。
     マダラなんかの策略に従うつもりは毛頭ない。絶対に動けるようになって、このほの暗い闇の地下空間から脱出すると誓ったからだ。それで、木の葉に帰ったらカカシと最強の忍になって、火影になって──そのときはリンに告白してもいいかもしれない。
     オビトは身体を滑らせるようにベッドから下りた。這いつくばって、壁際へ移動する。右半身に付けられた細胞が木のようで、それを引きずると繋ぎ目に電流のような痛みが走った。
     荒い息を繰り返して、ようやく壁に手をついた。左手を支えにして、再び歩行訓練を開始する。
     胴体と変わらず、右足は重く、いちいち持ち上げるのは接合部に響いて苦痛だった。膝下は自分の肉体のはずなのに、別の細胞である大腿から横腹に上手く力を入れることができない。本当に動けるようになるのか、と不安が連日オビトを襲っていた。
    けれどそれでも、オビトが諦めなかったのは微笑むリンの姿と眉を顰めるカカシの姿がすぐそこにあるような気がしたからだった。


    ﹏﹏﹏﹏﹏☽◯☾﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏


     短かった髪が、肩甲骨まで伸びた頃。
     オビトはベッドに仰向けになり遠い天井を眺めていた。
     オビトの懸命な訓練のおかげで、基本的な日常動作訓練どころか、あらゆる動きが可能になった。
     右手と右足に力を入れてみると、しっかりと開閉してくれた。かなりの時間を費やしてしまったが、これなら忍として復帰できるはずだ。木の葉は未曾有の人材不足。膝下以外の身体の右半分が真っ白になっているが、下忍からでも受け入れてくれるだろう。
    もう少しで……もう少しで会えるぞ、リン……カカシ……!
     オビトが口元を緩ませると、水面から浮かび上がるように壁からゼツが湧いて出た。

    「さっき外行ってたんだけど! 君の言ってたリンとバカカシってのがヤバイよ!」

     ゼツは焦った顔でオビトに訴える。オビトはバッと身を起こし詳細を尋ねた。

    「……!? 何があった!?」
    「二人きりで霧隠れの忍達に囲まれてるッ!」

     ゼツの言葉を聞きながら、オビトは、マダラが穴を塞いだと言う大岩に突進した。はやる気持ちをそのまま右手に込めて、岩に突き刺す。ガッと衝撃音が辺りに響いたものの、大岩にはヒビが入るのみだ。
     今のオビトの全身全霊の力を乗せた右手が二の腕の辺りから脱落する。ズリュッと音を立てて右腕が落ちる。

    「ぐあッ!」

     漸く自分の手になった腕が崩れ落ち、幻覚のような痛みがオビトを襲った。他所の細胞とは言えある程度痛覚はあるらしい。オビトは左手で右肩を押さえ、立ったまま痛みに悶絶した。
     オビトの様子を見ていたグルグルが告げる。

    「ボクの身体を着るといいよ、二人を助けたいんでしょ」

     グルグルは顔の螺旋を解いて、オビトの身体にまとわりついた。頭部に感じる重さは魔像と繋がっている部分――根、だろう。

    「ありがとう!」

     オビトはグルグルの白い身体の下で叫びながら、拳に力を込めた。そのまま右腕を振りかぶって大岩を殴りつける。拳が当たった瞬間、大岩は全体にヒビを渡らせてガラガラと崩れていった。
     後頭部に繋がっていた根を千切りとり、土埃が収まるのを待つ。すると、もうしばらく聞いていなかったあの声が聞こえた。マダラだ。

    「行くか……」

     オビトは振り返らず、出口を見つめたまま返事をした。

    「助けてくれたことには感謝するけど、オレは行かなきゃならねぇから! ここにへは二度と来ねぇ……一応礼は言った……もう行く!」
    「お前はここへ帰って来る。その時こそ本当の礼をしてもらおう」

     マダラの声を聞きながら、オビトは走り出した。なぜそんな確信めいた言葉が言えるのか、オビトにはわからなかった。

     地下に置かれていた紺色の外套を被って、オビトは森を駆け抜けていた。ゼツの話によると、リンとカカシは数十人の霧隠れの忍に囲まれているらしい。ミナトも別の任務中で、応戦できる状況にないそうだ。そうなると、頼れるのはカカシだけだ。
     木々の間を走り抜けながら、オビトはぐっと噛みしめていた。
     カカシはリンを守ると約束してくれた。それに強い忍でもある。状況はわからないがきっとカカシならリンを守ってくれる。

    ――オレももうすぐ駆けつける、耐えてくれ……!

     思わず腹に力が入るほど不安だった。心なしか手足が震えている気がする。
    カカシもリンも満身創痍の状態かもしれない。だが、写輪眼は一対で本来の力を発揮するのだ。その場所までたどり着けたなら、二人でリンを守れるはずなのだ。
     雨を受けながら大木の枝上を飛び移り、オビトはようやく到着した。枝から下りて、地面に着地する。目を赤く変化させて、バッと正面を見た。

     五十メートルほど離れた先に、リンとカカシの姿が見えた。
     二人の存在を認めているのに、脳が理解を拒んでいる。オビトの呼吸は止まり、眼前は静止画のように停止していた。
     雷を纏ったカカシの右手がリンの胸を貫通しているなんて、嘘に決まっている。
     頬を伝う雨粒が肌の温度を吸い取って気色悪い。これが現実だと教えられているようで、吐きそうなほど気持ち悪かった。

    「……カカシ……」

     呟いたリンは、吐血ののち脱力した。オビトの距離からでもその目が光を失う様子が見えた。カカシが泣きながら顔を歪ませて、やっとリンの身体から腕を抜き取る。カカシの右手にはリンの鮮血がこびり付いていて、雨と混ざりたらたらと地面に落ちていた。
     真っ赤だった。そうだ、今まで生きていたんだから。リンはこの世界で、生きていたのだから。
     そして、少女の身体は力無く仰向けに倒れた。ガン、とリンの後頭部が地面にぶつかる音がした。
     胸も、頭も、倒れた背中も痛いだろうに、リンは起き上がらない。それどこか胸を少しも上下させていない。呼吸くらいしてくれ、と願いながら目を顰めてみるが、この手を包んでくれた少女の手は、「ちゃんと見てんだから」と言ってくれた口は、オビトと正面から向き合ってくれた瞼は、微動だにしていなかった。
     いやそうだ。胸を貫かれているのだから、生きているわけが、ないのに……。
     目の前の光景が信じられなくて、全身が静物になったように動かない。リンが死んだことも、カカシがリンを殺したことも飲み込めなくて、自然と首が下がっていた。
     オビトが絶望に苛まれていると、周りの霧隠れの忍がぽつぽつと声を出した。

    「くそ! やられたッ!」
    「せっかく苦労して手に入れたものを!」

     辺りには数十人の霧隠れの忍が立っている。その誰も、最も後列にいるオビトに気づいていなかった。皆が倒れたリンと、ふらふらと揺れ立つカカシを注視していた。
     オビトは、そんな集団の下劣な奴が、リンを“もの”扱いしたことが許せなかった。今にも倒れそうなカカシがリンを殺したことが許せなかった。リンが戦場にいなければいけない世界が許せない。リンがカカシに手をかけられた事実は、こんな現実が、なにもかもが、全て許せない。
     絶望の渦の中、オビトの右目の模様がぐるんと変わる。グルグルの仮面の奥、オビトは強大すぎる殺意で一滴も涙を流さなかった。目を見開いて、有象無象の全て殺すことを決意していたのだ。

    「ウオオオオオッ」

     オビトの叫びを聞いて、忍たちがオビトの方へ振り返った。それはカカシも例外ではなく、驚いた様子で右半身から枝を突き抜けさせたオビトを見た。
     グルグルを被っているから体格も違う上、顔も見えない状態だ。それでもカカシは、その男の姿を見て、名を零した。

    「……オビ、ト……?」

     カカシの声は雨音にかき消され、オビトには届いていない。限界を迎えたカカシは、その場にうつ伏せに倒れた。

     そして、オビトの殺戮が始まった。
     木遁を土壇場で使いこなし、万華鏡写輪眼――時空間忍術である神威――を開眼させたオビトに叶う者などいなかった。最後に残ったのは足首まで貯まった血液と、オビトが生やした木遁に呑まれた数十にも及ぶ遺体だけだった。
     グルグルの顔の防護を解除して、血の海を歩きながらオビトは記憶をなぞっていた。マダラの言っていた、夢の世界と現実の苦しみの話と、ゼツから聞いた全人類を夢に誘う術の話だ。
     目の前にカカシが力無く倒れている。岩肌の段差のおかげで溺れずに辛うじて生きているようだが、虫の息であることには変わりが無い。殺すという選択肢もあったが、それは最早どうでもよいことだった。
     カカシが生きていても死んでいても、リンがこの世界で死んだとしても、“夢”を選べば、全て無かったことになる。誰かの絶望も苦しみも、ただ一つ望むものに統一された世界を選ぶ。その選択肢が今のオビトには提示されていた。
     カカシの身体の上を歩いて、リンの元へ歩み寄る。
     リンの首へ右手を添えてみる。やはり、拍動はなかった。リンは死んでしまっていた。
     それが自身の手から直に伝わって、ようやくオビトは苦しさを感じた。たった一人の愛しい少女が地獄に閉じ込められたような、ひどく寂しい気持ちだった。涙がリンの顔へとこぼれ落ち、少女の耳元へ落ちていく。
     そして誓った。

    「もう一度、君の居る世界を創ろう」


    ﹏﹏﹏﹏﹏☽◯☾﹏﹏﹏﹏﹏﹏


     オビトはマダラが言ったように、再びあの地下空間を訪れた。そして、世界を壊す準備を、否“救世主”を始めた。

     マダラはオビトに計画の全容を伝えると、タイムリミットを迎えて死亡した。
     オビトは“うちはマダラ”を自称してあらゆる里に神威を用いて立ち入り、仕込みを行った。齢十三にして幼いながらに活動できたのは、グルグルの装いで体格を偽っていたからだろう。
     マダラの元で戦闘の訓練も行っており、オビトはもう忍界トップと言える戦闘力になっていた。
     それに、言葉巧みに相手の心情を揺さぶる力にも長けていたようだ。水影の操作をマダラから引き継いで、弥彦を失った長門と小南さえ手中に入れた。長門には輪廻眼というマダラの目が埋め込んである。マダラの蘇生にそれが必要なだけなのだが、暁という看板があれば、長門が目指す必要悪としての役割も果たすだろう。それに人数がいたほうが尾獣集めも楽になる。
     一人、鬼鮫という忍ともコンタクトをとれたことだ。人員集めは順調と言えるだろう。

     オビトはグルグルも纏わずに森の中を歩いていた。十四歳になったオビトはどこから見てもただの子どもだった。急ごしらえでいつも着ていた外套を切って、小さく作り変えたものの、それでも袖が余っておりオビトの指を隠していた。

    「えーっと、そんでボクらはどうすんだっけ?」

     声がした方を向けば、大樹からグルグルが生えていた。オビトはその場に立ち止まり、フッと息を吐いた。

    「二度は言わないと伝えたはずだ」
    「何カアッタラ、マダラ……ニ伝エルダケデ良イ。ドウセコチラノ変化ハ気ヅカレナイ……」

     右半身が黒いゼツ──通称黒ゼツがグルグルの隣からにゅっと湧き出て話し始めた。

     オビトはこれから行うのは、木の葉への侵入だ。
     木の葉は九尾を要していて、それを体内に宿す者はクシナと言う。女であることはわかっているのだから、出産のような生命の危機の瞬間が狙えればいいのだが、その時期は今のところ未定だ。
     オビトが木の葉にいたころは九尾の人柱力が誰かなんてことは秘匿されていて知りもしなかったが、今やオビトは闇を統べる存在だ。そんな情報はゼツ経由でなくてもいくらでも手に入った。けれど、最も凶悪とされる九尾に関する情報だ。最重要機密であることには変わりない。オビトは、ゼツ経由の情報ではなく直接里を観察する必要があると結論づけていた。

    「……場合によるが一年か……あるいは五年か。どちらにせよしばらくは里の外に出られない。追って指示を出す」
    「でもオビトって死んだ扱いなんだよね? どうすんの?」

     なお疑問を呈するグルグルにオビトは鋭い眼光を向けた。

    「あ。スンマセーン……」
    「オレはもうオビトでも何でもない……うちはオビトが帰還する感動物語が始まるだけだ。設定は伝えていなかったが、他里をたらい回しにされて柱間細胞の惨い実験体となっていた怯え無力な可哀想な少年……と言ったところだ」
    「何それ! 漫画? アニメ? どっちも見たこと無いけどーッ!」
    「面倒だが……それよりも手間になるものを避けるには、これが手っ取り早い」

     オビトはコキッと首を鳴らしてから、遠くに見える目的の場所を脳内にマーキングした。神威で自身の身体を吸い込み、空虚な空間を経て、その場所へ飛び出る。
     そこそこの高さのある滝だ。源流は里の外だが、この川の下流は木の葉まで続いている。この程度の高さと流速では、柱間細胞を持つオビトには死の一画すら与えられない。けれど致命傷ぎりぎりの外傷を負う必要があった。オビトは、この滝に飛び込んで木の葉へ入ろうとしていた。。
     何とはなしに崖の下を覗き込む。川水は水しぶきを上げながら落ち、下の大地へとぶつかっていた。太陽光が滝の飛沫を乱反射させ、うっすらと虹を映し出している。
     リンが死亡してから全てが音を失ったような日々が続いていた。雨が降ると特に死にたくなった。死に際のリンが何度も瞼の裏に浮かんで、最愛の少女の姿が凄惨な姿となって散っていく。それを繰り返す度に現実への恨みが増した。
     ふんわりと宙に浮かぶ虹に、オビトは手を伸ばした。
     こんなことでリンの元に行けるわけではないのに。
     もう既に数え切れない人間を殺した。全て計画の障害になる邪魔な砂利共だったが、中には善良な長もいた。殺しは殺しだ。優しいリンはきっと咎めるだろう。
     オビトは崖に足を一歩踏み出した。空を切った右足に引っ張られ、オビトの身体は滝壺へ引き寄せられる。重力に従う身体はどんどん速さを増した。恐怖は微塵も感じないが、身を任せたまま自然と瞼を閉じていた。
     心の隅で、これで死ねたら楽なのに、と言う自分の声が聞こえた。それを脳内で打ち消していると、瞬間――オビトの身体は強く水面に叩きつけられた。


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


     木の葉の里のとある団子屋にて、紅たちは近しい同期で集まって甘味を楽しんでいた。ワイワイと楽しい会ではあるが、年々メンバーは減ってきている。
     紅はきゅっと口を結びながら、団子に手を伸ばした。
     幼い頃から仲の良かったリンは戦死してしまった。そんなリンに想いを寄せていた不器用な少年、オビトも一年前に死んだ。二人とも大切な同期だ。年齢を考えれば、まだ大人になるまで時間のある歳なのに、戦争のせいで子どもまで死んでしまう。
     終戦した今、紅は改めて戦争の悲惨さを想った。
     気分を変えるため団子を一口かじると、店の前を歩く少年を見つけた。同じく同期の、はたけカカシだ。

    「おっ! あれは我がライバルカカシ! おーい! お前も一緒に何か食べ……」

     ガイが席を立って、その場にカカシに声をかける。大きすぎる声量に、アスマは反射的に耳を塞いだ。
     しかし、カカシはガイの言葉を無視して歩き去ってしまった。聞こえていないなんてことはないだろうから、きっと人と関わる余裕が無くて無視をしたのだろう。ほんの少しの時間しか見えなかったが、カカシの顔には疲れが見えた。
     精神的に余裕もないだろうに、暗部の仕事に忙殺されるなんて。
     紅にはカカシが自らをいじめているようにしか見えなかった。きっとそれは同期の全員が感じていることだろう。
     カカシの背を見ながら席に着くガイに、紅は話しかけた。

    「しばらくそっとしておいてやりましょう」
    「そうだぞ。お前も知ってるだろ……ミナト班の話」

     紅の言葉に、アスマが複雑そうな顔をして続ける。ガイも鈍いが相手も気遣えない男ではない。ガイの「あぁ……」と力無い声を聞けば、オビトとリンのことを思い出していることは容易にわかった。

    「今はアイツの担当上忍師だった火影様を信じるしかないな」

     アスマが食べかけの団子を皿に置きながら言う。
     三人がミナト先生と呼んでいた黄色い閃光は、火影となった。そんな彼がカカシを暗部に招き入れたのだから、おそらくカカシの体調を心配してのことなのだろうが、あんなに疲れていては元も子もない。
     やつれたカカシを見ているだけなのはやるせないのだ。紅だけではなく、カカシを想っている大勢が、そう感じていた。

    ﹏﹏﹏﹏﹏☽◯☾﹏﹏﹏﹏﹏﹏

     その翌日。
     カカシは暗部の隊服を着て、慰霊碑の前に佇んでいた。右手に狐のお面を携えているのは、これから任務があるからだ。まだ陽も上がっていない早朝故、集合まではまだ時間はあった。
     先日やっと、カカシはオビトと同じ十三歳になった。
     けれど、十二歳でミナトから勧められ暗部に入ったはいいものの、カカシは健康とは言い難い状態だった。
     焦燥に目を覚まして、毎朝罪業に泣きながら手を洗う。返答の無い墓と慰霊碑に語りかけ、何度も自身を断罪して、脳内で刺し殺した。死にたい気持ちは山ほどあったが、周囲に責められ無力に自死を選らんだ父――サクモのことを考えるとそれだけは選べなかった。
     現実は惨い。
     英雄であるオビトは死んでしまって、クズである自分が生き残った上にリンまでこの手で殺した。オビトからもらった左目のおかげで完成した術だったのに、その術でリンの心臓を貫いた。
     リンを雷切で貫いてしまったとき。報告では誰も見なかったと告げたが、カカシは確かに近くにいた第三者の存在を覚えていた。絶望に絶叫していたあの男をカカシは認識していたのだ。無論、朦朧とした意識が作り出した妄想の可能性はあった。しかしあのとき、彼の声を聞いて、自分の口はオビトの名を紡いでいた。
     どう見たってオビトなわけがないのに。
     オビトが死なずに三人であの任務に参加することができていたら、きっと二人でリンを助けることができただろう。神無毘橋の戦いで間違った、仲間を見捨てるだなんて選択肢はもう二度と取らないと心に刻んでいる。それに、何よりオビトが隣にいてくれるならいつまででも戦える自信があった。
     もしやり直せるのなら。

     ――今度こそは死なせたくない。オレがオビトを、二人を守る……。

     慰霊碑の前で佇むカカシの腕に力が入る。ぎゅっと握った拳の中で、爪が皮膚に食い込んでじんわりと痛みを発していた。
     いくら後悔しても、やり直すことはできない。現実は目を背けたくなるほど残酷で、そのまま時を刻み続ける。カカシがどれだけ世界に絶望しても、周囲の全てが生き続けるのだ。
     世界はいつまでもオビトとリンを失ったまま回り続ける。自分のような死んだ方が良かった命を生かし続ける。それに何の意味がある。
     
    「……一人で生きるのは苦しいよ……」

     父親を失った頃に戻ったような気がした。家に帰っても誰もいないから、帰宅しても虚しさしか感じなかったあの日々。それが、今度は里になった。この里に帰っても、リンもオビトもいない。ましてや、この身はオビトと約束した『リンを守る』ことも破ってしまったクズに成り下がった。
     こんなに苦しいのに、助けを求めることすら烏滸がましくて、目に涙が滲む。

    ――誰か、助けてくれ。

     それでも脳裏に走る言葉は、あまりに身の程知らずで。認めてはいけない感情だった。


     数時間後、カカシは三人の隊を組み、とある任務に当たっていた。森の中を駆け抜け、密書を届けるだけの簡単な任務で、既に受け渡しは済んでいる。あとは里に戻るだけだ。
     とは言っても復路は長い。三人は休憩を挟みながら、木の葉へと向かっていた。
     途中、前方を走っていた男の忍が止まって、カカシに振り向いた。

    「この辺で休もう……おい、喉が渇いていたら川辺に寄るか」

     暗部にはカカシをやっかむ連中が多くいたが、この男たちは違った。任務外の休憩中に教えてくれたことだが、カカシと同じ歳くらいの子どもがいたと言っていた。既に他界しているとまで教えられた。気遣われるのは嫌だったが、思いやりと思えばありがたかった。
     カカシは素直に頷いて、川辺に歩く男の後ろを着いて行った。
     長時間動きっぱなしのせいで、常に喉が乾いていた。水筒に入れている水の残量ももう心許ない。里が近づいたと言ってもまだかなりの距離がある。ここで水を補充することができたなら、楽に里まで向かうことができるだろう。
     隊列を組んで森を歩いていると、途端に視界が開けた。空を覆っていた木々の葉がなくなり、青空が広がっている。
     すぐ目の前に川があった。大きな岩がそこら中にあり、急峻に流れる川水はとても速かった。周囲を警戒しつつ、カカシは水筒を手にとって蓋を開けた。そのまま川に突っ込んで、清流を入れ込む。
    秋とは思えないほど、川の水はひんやりと冷たかった。氷水とまでは行かないが、川に入れている腕に鳥肌が立っていた。

    「おい、あれ。見ろ」

     カカシの背後にいた男がもう一人の忍に声をかけた。チラ、と横目で見れば、男は川の中の大きな岩を指差していた。疑問に思いながら、カカシもそこを見ると、岩陰に引っかかっている何かを見つけた。

    「人……か?」

     カカシは男の言葉にハッとして、先輩上忍である二人を見て指示を仰いだ。他里の間者、あるいは人ではなく何かしらの兵器の可能性もある。放置する手も選べるが、この下流は木の葉へと繋がっている。もし危険な物の場合は今処理しておいたほうが良いだろう。
     男はパッと手を上げた。展開の合図だ。
     カカシは瞬時に飛び去って、目標物と辺りがよく見渡せる場所に移動した。もう一人も似たような場所に潜伏しているはずだ。
     指示を出した男が、川内の岩場を一歩ずつ進み、それに寄っていく。
     カカシはじっとそれを注視した。どうやらあれは白い何かのようだ。カカシの腕と同じくらいのサイズの白い棒が水面に突き出ている。それに巻き付いているボロボロの紺色の布は包みだろうか。何にしても、雪のような色からして人ではなさそうだ。
     爆弾か、あるいは単なる道具の破片か。
     カカシが緊張感を抱いていると、その物を見た男が再度手を上げて引き下ろした。展開解除の合図だった。
     カカシはすぐさま男の元へ飛んだ。
     そして、その物の正体を認識した。
     水面に突き出ていたのは、真っ白ではあったが人の手だった。岩陰には頭部が隠れていて、肩まである髪が水に揺らされている。濡れた長髪がその顔を隠していたが、明らかに人間で、子どもだった。

    「これは……義手? 他里の子どもか?」
    「引き上げよう。まだ助かるやもしれん」

     二人はすぐさま川に入り、子どもを川辺へと引き上げた。任務中なら非情な決断も厭わない暗部だが、もう任務は終了している。それに、二人の境遇もあった。子どもを助ける決断をしてくれたことに安堵しながら、カカシも急いで岩場を飛び歩き、子どもの近くに立った。
     包みに見えた暗色の布は服だった。全身に血の気がなく、ところどころが凹んでいるかと思えば真っ赤に腫れ上がっている部分もある。この急流に揉まれ、岩岩にぶつかりながら流されてきたのだろう。カカシはその子どもの痛々しい姿に唇を噛みながらそう考えた。

    「呼吸はしているが、心拍共に脆弱だ。身体も冷え切っている……これより救護に入る。お前は救援要請に行け。カカシ、私に付け。この子を救助するぞ」
    「「了解!」」

     先輩の一人が飛び去ったのと同時に、カカシは子どもに駆け寄った。彼は医療忍術の心得があるらしく、心臓の部分に手を翳し唸っていた。男の手から淡い緑色の光が漏れ出ている。
     カカシはすぐに人工呼吸に入れるように、子どもの顔に張り付いた髪を雑にどかした。しかし、その手は髪を避けてすぐに止まってしまった。カカシの手によって、子どもの髪が顔から耳元へゆっくりと落ちる。
     露わになった顔は、カカシが何度思い返したかわからない、英雄の顔だった。

    「オビトッ」

     思わず、名前を叫んでいた。信じられないほどに嬉しいのに、胸が張り裂けそうなくらい苦しかった。
     カカシはオビトの頬に優しく両手を添えた。張り付いた枯れ葉や泥を撫でるように拭って、じっと少年の顔を見つめた。
     オビトの顔の右側は年輪のような皺が刻まれていた。逆に、顔の左側には奇跡的に傷がついておらず、岩石の海に飲み込まれたあの日のオビトのままだった。
     カカシの目からは涙が零れていた。カカシの涙がオビトの顔にはらはらと垂れ落ちて、オビトの横顔を通り過ぎて土に新たな染みを作っていく。
     カカシは震える両手を決死の想いで離し、男に訴えた。

    「名前はうちはオビトです! オレの同期の中忍です! 一年前に戦死しましたが遺体は回収されていませんッ!」
    「……神無毘橋の英雄か?」

     面の下、男の表情はわからない。けれど酷く震えるカカシの手をみてただ事ではないことを察していた。

    「解析が終わった。きっとすぐ病院に運べば助かるぞ。服を破いたらオレは胸をやるから、カカシは人工呼吸だ。ささやかにだが、ちゃんと心臓も動いているから大丈夫。カカシ、いいな」

     カカシは涙を拭って力強く頷いた。
     オビトの肌は氷のように冷たく、生気を感じなかった。カカシの唇は何度もオビトの口元に密着したが、少年の呼吸は力無く、自発的な呼吸がほとんど感じられなかった。カカシの唇の体温がオビトに奪われていき、それがオビトの死を暗示しているようでとんでもなく恐ろしかった。それを全て無視して、カカシはオビトに呼吸を入れ続けた。
     男がオビトの胸骨を一定の速度で圧迫する。それなりの強さでやらないと意味がないのはわかっているが、彼が腕をオビトの身体に押しつけるたび、オビトの肋骨がパキと音を鳴らすのだ。痛いだろうに、オビトは目を瞑ったまま意識を取り戻さない。骨が折られる音も、人形のようになったオビトの顔も、カカシの顔を青ざめさせていた。
     切り裂かれた服の下、見えたのは直視も戸惑うほどの外傷だった。生きて帰っても、オビトは意識を回復させてくれるかわからない。もし意識が回復しても身体の痛みで生き地獄を味わうかもしれない。
     それでも生きて欲しいと思うのは我儘であるとわかっているが、願わずにはいられなかった。

     ――全部オレが代わってやりたいのに。どうしてオレが無事なんだ……ッ!

     また、目に涙がにじむ。
    オビトが生きていたらなんて、何度考えた“もしも”かわからない。百回じゃ足りないくらい何度も反芻した妄想だ。それが、今現実になりそうなのだ。

    「泣き虫なのはお前の方なのにな……絶対、絶対ッ! 生きて帰ろう、オビト……ッ!」

     カカシはオビトの顔のすぐ側で、声をかけ続けた。

    ﹏﹏﹏﹏﹏☽◯☾﹏﹏﹏﹏﹏﹏

     それから、オビトは救護部隊に回収され、木の葉の病院へと収容された。
     我儘を聞いてくれて、ずっとオビトに付かせてくれていた上司と、救護部隊には感謝しかない。
     そう思いながら、カカシは今日も病院に訪れていた。報告を聞いたミナトがオビトの監視兼護衛をカカシに任せてくれたのだ。
     朝から忙しない職員たちの間を縫って、厳重に管理された病室まで向かう。五階まで上がって、病室をノックして中に入った。同じくオビトの監視をしていた暗部の忍と入れ替わる。
     カカシは、オビトから見てベッドサイド左側の、彼の顔が見える位置にスチール椅子を置いた。
     窓から差す太陽光がオビトの顔にかかりかけている。カカシは座る前に窓辺に近寄り、静かにレースカーテンを閉めた。鋭かった日光が布を通して柔らかくオビトに当たっている。

     オビトはまだ目を覚まさない。
     数日前は、身体中からは不必要な体液を排出する管が何本も繋がっていたのだが、それも漸く取れた。今は口から胃に栄養を送っているチューブにだけ気をつければ自由に寝返りができるというのに、オビトは微塵も動いてくれない。
     オビトが帰ってきたことで上層部に不穏な空気も漂い始めていた。ミナトが抑えてはいるが、ダンゾウという男はうちはを目の敵にしているようで、なぜかオビトを手中に入れようと躍起になっていた。それもあって、火影直属の暗部がオビトの監視と護衛を行っているのだが、そんな状況に追い込まれたオビトが不憫だった。

    「オビト……そんなに遅刻したらミナト先生から拳骨だよ……」

     カカシの柔い呟きが、静かな病室に広がる。ピッピッピッとリズミカルに鳴る、オビトの心拍を示すモニターだけが音を鳴らし続けた。
     カカシは、オビトの左側に置いた椅子に腰掛けた。恐る恐る、オビトの左手を握る。
     川の水で冷え切っていったときとは違い、オビトの皮膚にはじんわりとした人の温かさがあった。それが当面のごちゃつく悩みを全て吹き飛ばすくらいに嬉しかった。
    狐の面の下の、さらに口布の下で、カカシは僅かに微笑んでいた。


     日勤帯の監視が終わり、カカシは退勤の時間になった。
    オビトが病院に収容された初日は一日中居させろ、とあらゆる者を睨みつけて訴えたのだが、静かに怒るミナトに諭されてしまった。

    『毎日通うなら、夜は眠らないと駄目だよ。それが守れなかったらこの任務から外すからね』

     そう言われてしまっては反抗することはできなかった。カカシはじとーっとした目をミナトに向けながら、不満そうに初日の任務を後にした。
     それからもカカシはミナトの言いつけを守り、きちんと夜に自宅へ帰っている。どうせ眠っても苦しくなるだけなのだから、そんな時間は切り捨ててずっとオビトの側にいたいだけだ。けれど任務から外されてしまうのだけは嫌だった。
     カカシは今日も、もやもやとした気持ちで帰路についていた。

    「お、カカシ」

     商店街の道で偶然会ったアスマに声をかけられた。
    過去、何度か同期たちに声をかけられるたび、当たるように無視していたことを思い出す。内心後ろめたさを感じながら、カカシは電柱に肩を預けているアスマの元へ近づいた。

    「あぁ、久しぶり……」
    「久しぶりってお前。何回か声かけてるぞ。お前は無視してたけど」
    「いやぁその節は……ごめんね」
    「まぁいいさ。それよりお前、ちょーっぴり顔色良くなったんじゃないか。少し安心したよ。お前この前までゾンビみたいだったしな」

     アスマは満足そうな顔でカカシを見ていた。

    「ちょっとね……いいことあったかも」
    「ほぉ!」

     カカシが目を逸らしながら言うと、アスマは笑いながらカカシの肩に腕を乗せた。そのままカカシの耳元に寄って、話を続ける。

    「小耳に挟んだんだが……オビトが生きてたらしいな。暗部で管理してるってのを親父が話してるのを聞いたぞ」

     思わず息を呑んだ。最高機密情報というよりは、今はただ伏せられているだけの秘匿情報なのだが、それをアスマが知っているとは思わなかった。
     カカシはゆっくりと目を閉じながら、こくりと頷いた。

    「皆に言うなよ」
    「わかってる……でも本当に良かったよ。きっとまた……いや。カカシ、お前も無理するなよ」
    「あぁ」

     アスマは言葉を濁してから立ち去った。すぐにカカシも家までの道を歩き出す。
     アスマが言い淀んだ理由は推察できた。
     カカシが犯した罪は、オビトとの約束を破ったものだ。
     オビトとの間にある絆の他に、唯一ある繋がりがあの約束だった。オビトの代わりにリンを守る。それを台無しにしたのは自分だ。
     アスマは、カカシがオビトと結んだ約束を知らないが、元の関係に戻れるとは限らないということを懸念しているのだろう。
    それもそうだ。
    一刻も早くオビトに目を覚まして欲しかったが、ひとつ気がかりなことがあった。
    リンのことだ。
     正直に話すつもりではいる。それでオビトに嫌われても構わない。カカシにはそれだけのことを犯してしまったという認識があった。
    しかし、目覚めてすぐの状況で告げて、状態が悪くなっても困る。オビトが目覚める前に決めようと思ったのに、何日経っても結論が出せないままだ。。
     自信の不出来さを自嘲しながら、カカシは自宅へと入っていった。


     翌日。カカシは凄惨な光景に飛び起きた。
     右手がリンの胸を、その肉を、骨を、全てを真っ直ぐに貫いていた。リンが喉から零した「カカシ……」という声が耳にこびり付いて離れない。
     急いで台所に向かい、蛇口を捻る。冷水の中で両腕を擦り、未だまとわりつくあの鮮血を洗い落とす。
     こんなことに意味は無いと、気がつくのはいつも時間が経ってからだった。正気に戻ってから、両腕は全く汚れていないことに気がつく。冷水で悴んだ指先がひりついた。
     こんな苦しさを抱く資格はないのに、どうしてこんなに辛いのだろうか。
     シンクを覗くように俯いていた姿勢をなんとか正す。時計を見て、やっと外出する準備を始めた。
     家の中が暗かったのは、天気が雨だったからのようだ。カカシは傘を差して、病院までのいつもの道を歩いていた。リンの墓から病院まではそこそこの距離がある。雨の日に往来するのは骨が折れるのだが、オビトの顔を見ることができるのだから嬉しい疲労だろう。
     狐の面を顔にかけ、病院の敷地に一歩足を踏み入れる。広大な敷地だ。まだ玄関までは相応の距離がある。ふと、病院の窓を見つめた。ほとんどの窓は閉め切られていたが、唯一窓が開いている部屋があった。
     下ろそうと思った目線が急速に移動し、その窓へ固定される。五階のあの場所はいつもカカシが訪れている部屋だった。嫌な予感がして、思わず傘を放り投げた。ちょうど窓の下あたりの茂みに転がるように足を回して向かった。
     数歩走ったところで、何人ものスタッフがオビトを取り囲んでいるのが見えた。
     オビトは力無く倒れており、意識を失っていた。担架に乗せられ、すぐさま病院の中へ戻されていった。オビトを受け止めたであろう植木に、鮮血が垂れしたたっているのが見えた。
     カカシは、投げ捨てた傘をそのままにオビトに付いて行った。オビトを運ぶスタッフに縋るように尋ねる。

    「あのッ!……オビトは、オビトはどうしたんですか」
    「君はいつも居る子だね。夜担当の忍が言うには、急に目を覚まして自分で飛び降りたって」

     じゃあ、手術室の準備をするから。
     そう言ってスタッフの男は、オビトと一緒に厚い壁の奥へ入っていった。
     外で見た暗部の忍は、カカシがオビトを発見したときに一緒に救助に当たった男だった。彼は信頼できる忍だ。嘘を言っているとは考えられなかった。一応、後で時間体引き継ぎの確認に行くつもりだが、やはりオビトは意識を回復させてすぐ自ら窓の外を落ちたのだろう。
     その後、カカシは各種関係者に話を聞いてまわった。
     オビトを手術室に入れたスタッフが言ったように、暗部の男も同じことを言っていった。不意の俊敏な動きだったから数ミリ手が届かなかったのだと。けれど医者は、朦朧とした意識のなかで、死ぬつもりはなく何処かに行こうとして窓から出てしまったことも考えられる、と言っていた。
     カカシにとっては専門的すぎて判断がつかない内容だった。しかし、オビトが自ら死を望んでいるかもしれないという可能性が、新たにカカシを悩ませた。
     オビトの手術が終わるのを待ちながら、カカシは呟いた。

    「お前は今まで、どうやって……」


     一章終わり
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    kjefrat

    SPUR ME二つ前?の続きです。注意書きはそちらからどうぞ。終わったら全部まとめて支部に上げますので本当に読まなくて、いいもの、です……
    三章が進まないので、できている二章を尻叩きとして上げてみています……支部に上がるころには再編集して変わってるところ多いと思いますのであくまで進捗として……
    Heaven's falling down(二章)Heaven's falling down(二章)

    二.二人だけの騒ぎ

     あれからまた数日が経ち、オビトはついに瞼を開くようになった。
     オビトが眠っている間に、わかったことがある。それは、いくつかの傷はこの一年間に付けられたものだということだ。無論、カカシがその身体を見たのは、オビトが溺死しかけていたときのみで、全体的に広がる残酷な傷と見分けることはできていなかった。だが、ずっとオビトを担当していた医者の弁を信じないほどカカシは疑り深くなかった。
     ミナトや上司たちは、オビトがあの洞穴で生き延びて、他里で取引をされていたのではないか、と議論していた。
     オビトはうちは一族の忍で、辛うじて残っている様子の右目には写輪眼という血継限界がある。加えて、右半身に取り憑いている細胞も謎に包まれている。それも含めてあらゆる里で研究されており、その内容の中には非人道的な実験もあったのだろうと結論づけられた。
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