初めてのセレブレーションエミリーとドーイもとい少年たちが平穏な日々を送っていた6月のある日、お昼にみんなで談笑しながらサンドイッチを食べているとジャックが彼女に質問を投げかける。
「そういえば相棒、ずっと気になってたんだけど…相棒の誕生日っていつなの?」
「えっ……、私の、誕生日……?」
その戸惑い方は不意に聞かれたからというよりはタブーに触れられた感じだ。普通なら即答できる話題のはずだが一瞬躊躇った後にワントーン低い声で答える。
「…7月22日だよ。…急にどうしたの?」
「えっと…、聞いたことないな〜と思って……」
「フフッ、そっか。…ごちそうさま、仕事に戻るね」
「わ、分かった……」
エミリーが部屋に行ったあと、三人は顔を合わせる。さっきの彼女の反応についてだ。
「相棒、あの時なんだか怖い顔してた……。聞いちゃダメだったのかな……」
「でも誕生日を聞かれて不快に思う人はいるかな……?しかも家族なのに……」
マシューが疑問に思っているとケビンが二人に近くに来るよう手招き、耳打ちする。
「アイツ、誕生日にいい思い出がないんだと思う。家庭環境が良くなかったって聞いたことがあって…家族に関する楽しい事と無縁なんだろう」
「そうだったんだ……」
エミリーの両親は夫婦仲が悪く、家庭内が常にピリピリしてて本来受けるべき愛情を受けられず寂しい思いをして育ったのだ。彼女がプレイタイム社に入ると同時に夜逃げ当然で出て行き、連絡先も一切伝えてないため両親とは絶縁している。
しばしの沈黙の後、ジャックがパンッ!と手を叩くと急に立ち上がる。
「ねぇ!ちょうど一ヶ月後くらいに相棒の誕生日が来るからみんなでお祝いしようよ!そして楽しい思い出を作って喜んでもらおう!」
「いいね。日頃の感謝を伝えるいい機会になるしね」
「ならプレゼントを考えないとな。あとこのプロジェクトは極秘ミッションだ、くれぐれもバレないように」
「何だが映画みたい……!」
こうして少年たちによるサプライズバースデーパーティー計画が始動した。まずは当日の主役の予定を把握するところからだ。カレンダーを見ると…
(ラッキー、この日は外でお仕事だ)
エミリーの仕事は基本リモートワークなのだが月に一回ほど会社に出社する時がある。その隙に部屋の飾り付けや料理の準備ができる。というかこの人ボク達の誕生日は絶対他の予定入れないのに本当に自分のことは無頓着なんだな…。
続いてプレゼントの用意だが…
「さぁーて、今日のご飯は何しようかな〜」
エミリーがエプロンを着ながら献立を考えているとジャックがキッチンに走ってくる。
「ボク、オニオンブロッサムがいいな!あっ相棒、一つお願いがあるんだけど…」
「どうしたの?」
「下ごしらえで出た玉ねぎの皮、残しておいてほしいな」
「分かった、捨てずにおいておくね」
そしてある時は…
「ただいま」
「ケビンおかえり。…そのアナベルきれいね!どうしたの?」
「散歩してたらあった。…花瓶持ってくる」
アナベルとはアメリカ原産のアジサイのことだ。それは鮮やかな紅色をしていて部屋を華やかにした。もちろん彼がアナベルを持って帰ってきたのは本来の別の目的のためだ。
そして来る当日…
「じゃあ、今日は出社日だから行ってくるね。夜までには帰れるようにするね!」
「うん!いってらっしゃーい!気をつけて!」
「いってきます!」
車の音が遠ざかる、やがて完全に聞こえなくなったことを確認すると…
「よし、今のうちに準備だ」
「「おーっ!!」」
少年たちはエミリーが帰ってくるまでノンストップで動き続け、やがて陽が傾き…
「ケビン、マシュー、帰ってきた……!」
「よし、打ち合わせ通りのポジションにつくんだ」
一方、車を降りようとしたエミリーはあることに気付く。
(あれ?リビングの電気がついてない?)
この時間帯はいつもならついてるはずだが…まだ昼寝中なのかなとそっと鍵を開け、家の中に入る。
「ただいまー…?……わっ‼︎」
リビングに足を踏み入れた途端部屋が明るくなり、同時にクラッカーが鳴った。
「相棒、お誕生日おめでと〜〜!!」
「へっ⁉︎すっ、すごい…!これ全部みんなで作ったの⁉︎」
部屋一体はカラフルなパーティー仕様になっていて、ダイニングのテーブルにはフライドチキンやピザなどが並んでいる。パーティーハットを被ったジャックが笑顔で答える。
「そうだよ!前々からみんなで計画してたんだ!」
「にしても本格的だね……」
今日は自分の誕生日という自覚はあった。だから晩ご飯は普段食べないプチ贅沢なものにしようくらいに考えていたのだがまさか企画してくれてたなんて…
するとマシューが…
「ケビンから聞いたんだ。誕生日にいい思い出がないって……。だけどボク達は大好きなエミリーのことお祝いしたくて…迷惑じゃなかった……?」
「何言ってるの!むしろすごく嬉しいよ!こんな盛大なバースデーパーティー、初めてだよ!ありがとう!」
その顔には心からの笑顔が、まるで幼子のようなリアクションだ。
「喜んでもらえてよかった……!」
「サプライズ大成功!」
キッチンからケビンがジュースのペットボトルを持って顔を出す。
「さて、お待ちかねの時間だ。ドリンク何飲む?」
「オレンジ!」
というわけで乾杯でエミリーの誕生日を祝うパーティーが始まった。飾り付けのアイデアやメニュー考案の裏話などで盛り上がり、たくさんあった料理はエミリーというより食べ盛りの少年たちによって瞬く間に消えていった。豪華なディナーを堪能したあとは…
「オマエ、狂気的なくらいアイス好きだろ」
「だからアイスクリームケーキを作ってみたんだ。うまくできてるといいな」
「ウソ……⁉︎美味しそう……!」
冷凍庫から出てきたのはオシャレな長方形タイプのアイスケーキだった。ナッツやチョコがふんだんに使われていてなかなかのクオリティだ。おなじみキャンドルを立ててバースデーソングを歌って…30代になってからのそれは少し恥ずかしかったけどそれより楽しさの方が勝っていた。そしてパーティーは終わり、みんなで一息ついて…
「あー楽しかった……!いっぱい動いて疲れたでしょ?」
「全然。工場にいた時を思えば」
「そうそう、今日は片付けとか全部ボク達に任せて!」
するとマシューが咳払いをすると…
「エミリー、実はその…みんなからプレゼントがあって……」
「プレゼントまで……⁉︎いやーほんと至れり尽せりしていただいて……」
上機嫌で笑うエミリーにジャックが渡したのは…
「ボクからはこれ、相棒に似合うと思って!」
それは黄色の大きなリボンがついたヘアゴムだった。素朴ながら自然な色合いが美しい。
「おぉ〜…!早速つけていい?」
「うん!」
艶やかな紫の髪色に黄色がよく映える。それを見てジャックの顔まで明るくなる。
「この黄色は玉ねぎの皮で染めたんだよ!」
「玉ねぎで⁉︎いつの間に…」
あの時玉ねぎの皮を残してほしいと言ったのはそういうことだったのだ。
そう考えるとこの子たちは時間をかけて準備してくれてたんだなと感慨深く思っているとケビンが何かを差し出す。
「…これやる」
「これは…栞……?」
手作りの栞にはいつか見た紅色のアナベルの押し花があしらわれていた。仕事や趣味で本を読む機会が多いのを知っていて作ってくれたのだろう。渡し方こそぶっきらぼうだがケビンの繊細で温かい心がこもっていた。
あとはマシューだが…
「最後はボクからなんだけど…、堅苦しいかもしれないけど手紙を書いたんだ。これは個人の想いというよりはボクたちみんなの気持ちだよ」
そう言ってオレンジ色の封筒をおずおずと差し出す。
「堅苦しいだなんてそんなことないよ。…ここで読んでいい?」
マシューがコクリと頷くのを見てエミリーは封を開ける。書かれていたのは…
『Happy Birthday!
ボクたちの最高の相棒、命の恩人、世界で一番の母であるあなたへ日頃の感謝を伝えたくてこの手紙を書きました。
普段は気恥ずかしくて面と向かって言えないけど…(特にケビンが…分かるよね?)
ボクたち三人を愛してくれてありがとう。出会えて本当によかった。これからもずっと一緒にいようね。
かわいくてかっこよくて優しくて…笑顔が素敵なエミリーへ
ジャック ケビン マシューより』
「………………ッ」
手紙を読み終えると表情を変えないままボロボロと大粒の涙を零し、便箋を濡らす。尋常じゃない泣き方に少年たちに動揺が広がる。
「相棒……⁉︎大丈夫……⁉︎」
「そのっ…違うの……!すごく嬉しいの……!…ちょっと待ってね……」
泣きじゃくりながらも何度も深呼吸して何とか言葉を続ける。
「私、今まで身近な人から誕生日祝ってもらったことなくて……血が繋がった家族は捨てたし昔の同僚はいなくなったし……、自己肯定できないまま天涯孤独に生きていくと思ってた……ドーイに出会うまでは」
するとエミリーは少年たちを自分の元に集め、全員を腕いっぱいに抱き締める。それは工場で戦った時と同じ様に……
「でも心のどこかでは自信持てなくてやっぱ不安で…でも今は…大袈裟かもしれないけど改めて生きててよかったと思って……ッ、ありがとう……‼︎今すごく幸せだよ……‼︎…ごめん、泣きすぎだよね……」
すると少年たちの形が変わり、質量が大きくなるのを感じた。見上げると合体してドーイの姿になって逆に大きな腕で包み込んでくれる。
「今まで愛してもらえなかった分ボクがいっぱい好きってするよ。ただ…三人分だからけっこう重いよ?」
「それはお互い様、知ってるはずだよ」
「フフッ、そうだったね」
「ドーイ」
「エミリー」
「「愛してる」」
アダルトチルドレン、エミリー・イースター…、家族愛を心から渇望し、寂しいと泣いていた彼女の虚しかったハートはようやく黄・赤・オレンジ・水色の四色で満たされた。これからも唯一無二の相棒…いや、それ以上の存在のドーイと共に歩んでいく。