不仲もどき暁if🈩
しんと静まり返った森の中、二人の黒字に朱い雲模様が入った奇妙な装束を身にまとった男が二人立っていた。一人は橙の渦を巻いたような面をつけ、もう一人は銀髪で口布をあて、さらに黒い帯で両目が塞がれている。この奇妙な二人組の傍らには、どこぞの里の忍の亡骸が横たわっていた。
「用は済んだな、さっさと行くぞ屑」
渦巻いた面の男、オビトは視線を動かさずそういうと、一瞥もせず歩き出す。もう一人の、クズと呼ばれた男、カカシは、そういわれて慌てて死体を担ぐと面をつけた男のあとについていく。
カカシは長らくオビトに名前を呼んでもらった覚えがない。今日のように、屑と呼ばれることもあれば、おい、だのお前だのと呼ばれることが多かった。一緒にいるときはたいてい二人きりなのでそれでもあまり支障はなかったが、自分は名前すら呼んでもらえない程にオビトに嫌われてしまったのかとカカシは悲観した。
カカシは以前、オビトの計画に加わるときに、けじめとして自分の右目を潰した。それは、計画に加わりたくば片目を潰して誠意をみせろとオビトに命令されたからだった。オビトだって自分の片目をくれたのだから、自分も片目をオビトに捧げることは当然だとカカシは思い、なんの躊躇もなく右目にクナイを突き刺したが、カカシに命令した当の本人はそんなカカシの様子に驚愕していた。カカシがオビトから嫌われていると感じ始めたのはそれから暫くしてからだった。
それ以来カカシは写輪眼によるチャクラの消耗を抑える為に、普段は両目を布で覆ってすごしている。気配を察知する能力に長けているカカシにとって目がみえないことはそれほど不便ではなかったし、いざとなれば残っている左目で見ればいいだけのことだった。
オビトはカカシのことなど全く気にせず、森の中をぐんぐんと進んでいる。方や、カカシは自分よりも体の大きな忍の死体を担いでいる上に、戦闘で足を負傷したため、オビトのペースについていけなかった。未だ止血ができていないせいでだらだらと鮮血が流れてくる足を引きずりながらオビトの背中を追いかける。まるで、主人に捨てられないように必死に追いかけるイヌのように。
「待って、オビト、すこし速すぎるよ」
「なんだと」
オビトが立ち止まり振り返る。舌打ちをする音がカカシに聞こえた。また、怒らせてしまったとカカシは思った。この頃カカシはオビトに叱られてばかりだった。カカシの些細な挙動一つ一つがオビトを苛立たせるようだったが、普段は察しのよいカカシでもどうすればオビトの機嫌を悪くせずにすむかさっぱりわからなかった。寧ろ、そうやってオビトの機嫌をうかがうカカシの態度が、オビトをさらに苛立たせていることにカカシは気づいていなかった。
「ごめん、オビト,,,。この死体を換金所に持っていくのは俺が一人でやるから、もうオビトは先に戻ってて」
「そうか、任せた」
淡々とした口調で返事をしたオビトは、そういうとカカシからふいと視線をそらすとすぐに瞳術を使っていなくなってしまった。カカシは「はあ」とため息をつくと、その場に座り込み自分の左足に触れる。カカシの左膝の少し下に数センチの裂傷があり、そこからさらさらと血が流れていた。
(はやく止血しないと,,,)
この傷は先ほど、ターゲットの忍との戦闘の際に負った傷だった。敵の忍は、賞金首となるほどだから多少の手練れではあったはずだが、本来カカシにとっては雑魚といっていい相手だった。それにもかかわらずカカシが負傷を許したのは、怪我をしてオビトに心配されたいという腹積もりがあったからだ。
カカシがそんな期待を募らせていたのは、以前任務で負傷したカカシの様子をオビトがわざわざ隠れ家まで見に来てくれたことがあったからだ。オビトがカカシの心配をして様子を見に来るなど、カカシがオビトの計画に加わって以来一度もなかったので、当時のカカシは舞い上がったものだった。心配の言葉どころか、舞い上がったカカシを一瞥して「死に損ないめ」と吐き捨てるとまたすぐいなくなってしまったが、それだけでもカカシにとっては十分すぎる程だった。
しかし今回は怪我をしたことが完全に裏目に出てしまった。オビトもカカシの怪我には気づいていたはずだったが、まるでそれを気に留める様子もなかったし、怪我のせいで思うように歩けず、結果オビトを苛立たせてしまった。
(何やってるんだ、俺,,,)
自分の情けなさにこみあげてくる涙を堪える。止血のために足に巻いた包帯を絞める力がつよくなっていく。もう血は止まっただろうか、以前怪我したときはもっと重症だっただろうか、もしかしたら今回は軽傷だったからオビトは心配してくれなかったのではないか、よくない考えが頭の中に湧いてくる。
うじうじ考えていても仕方ないと止血が済んだカカシは立ち上がり、換金所の方向へ歩みだす。そう遠くはないはずだ。カカシはオビトのように神威を使いこなせないから、換金所までは歩いて向かう。だいたいあんな便利な術があるなら、カカシのことも目的地まで連れて行ってくれればいいものをとだんだんオビトのことが恨めしくなったところで、カカシは考えるのをやめた。
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賞金首を引き渡したカカシは暁のアジトへと戻ってきた。組織の活動を続けるためにも、お金は必要のようで、定期的にこんな任務が回って来る。稼いだ金を角都に引き渡して任務は完了だ。
「ご苦労」
「どーも」
カカシも角都のどちらも不愛想なので必要以上の会話が起こることはない。角都から次のターゲットの情報を受け取ると、カカシはさっさとアジトから退散しようと来た道を引き返す。暁の中にはこのアジトを居所のように使っているものもいるようだったが、はなからオビト以外に関心のないカカシはこの空間はどうにも居心地が悪く、ここから離れたところにあるぼろ屋を隠れ家に使っていた。
アジトから出かけたところでカカシは背後に気配を感じて立ち止まった。振り返るとそこにはオビトが立っていた。
「随分と遅かったな」
オビトは暁の他のメンバーの前では、トビとしておちゃらけた振る舞いをするが、カカシの前ではいつものオビトだった。いつものと言っても少年の頃とは随分変わってしまったが。
「えっと、足を怪我して、それで止血してたからかな、ごめん。でももう大丈夫だから、すぐ次の任務に行くよ」
返事はない。仮面のせいでオビトの表情は読み取れない。また怒らせてしまったか、とカカシは焦る。「ごめん、次は気を付けるから,,,」とオビトの機嫌をとろうとする。謝ってばかりだなと、カカシは自分を笑ってやりたくなった。
それでも、オビトからはなんのリアクションもない。ただじっとカカシの方を見つめている。居いたたまれなくなったカカシはその場を離れようとした。
「もう行くから,,,えっ
その場を離れようと方向転換しようとしたカカシに音もなくオビトが近づき、気づくと肩に手がかけられている。普段、カカシを邪険にしているオビトがカカシに触れようとすることなどまずない。肩にかかるオビトの腕の重みをわずかながらに感じられる体温にカカシは酷く動揺した。
いつの間にか傍まで来ていたオビトの顔を見る。朱色の瞳と目が合う。その瞳を渦を巻くように徐序に形を変え、そして空間を吸い込んでいく。渦はだんだんと大きくなりカカシとオビトの体を吸い込んでそして消えた。
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別の時空間に移動したことでバランスを崩したカカシは、オビトの神威空間の冷たいブロックの上に倒れこんだ。この空間にはオビトとカカシ以外誰もいない。カカシも多少は神威を使えたが、オビトほどうまく使いこなせず、せいぜいクナイを飛ばす程度だった。だから、神威空間にきたのは初めてだった。
バランスを崩して倒れこんだカカシをオビトは見下ろしていた。オビトはじっと朱色の瞳でカカシを見つめている。
「オ、オビト、任務に行きたいからもとに戻してよ,,,オビトの力がないと戻れないよ」
「できない」
カカシの頼みを即座に却下したオビトは面に手をかけて面を地面に落とす。カランとした音で、オビトが面を外したことに気づいたカカシは、驚く。オビトがカカシの前で面を外すことなどまずないからだ。
「あの程度の敵を相手に、怪我をするほどお前は弱かったか?どこまで俺を失望させたらお前は気がすむんだ」
オビトの地を這うような低い声で責められてカカシは言葉に詰まる。
「だんまりか?大事なときに何も言えないなら、その口はもういらないな、今度はその舌を引っこ抜いてやろうか?」
「待って、それはいやだ」
いやだいやだと暴れて抵抗したカカシだったが、その努力も空しくオビトの木遁忍術によっていとも容易く取り押さえられてしまった。両腕と両足を固定されてしまったカカシは全く身動きがとれなくなった。
四肢を固定されてもなお、じたばたと暴れるカカシの顎をオビトは掴むとカカシの顔を正面に向かせる。そして、オビトはもう片方の手でカカシの口布を降ろすと、カカシの口に手を無理やり突っ込んで舌をつかむ。カカシは反射的に「ウ゛ェ」と嗚咽を漏らす。生理的な涙がカカシの目隠しを濡らす。
「このままこの舌を引き抜いてやろう。そうすればお前は無駄口を叩くこともできないだろう。お前はただ俺のいう通りにしていればいいんだ」
カカシの舌を掴む手に力が入る。「ウ゛ぅ」とカカシは声にならない声を上げる。涙があふれて止まらず目隠し布に涙の染みが広がっていく。
その時、カカシはオビトの手に全力で嚙みついた。咄嗟にオビトが手を引いたのでカカシの舌は解放されやっと自由になった。カカシは呼吸を整えるのに精一杯だったし、強く握られた舌部は痙攣してつかいものにならなかった。カカシの乱れた呼吸の音だけが静かな神威空間に響く。
「おい、屑の分際で俺に歯向かうのか?」
オビトはカカシをつよく睨みつけると、カカシの頬を勢いよく殴る。ぐっというカカシのうめき声とともに、衝撃で目隠しがはらはらと落ちる。カカシの写輪眼があらわになる。少しまぶしそうに左の目を細める。あまり長くないまつ毛が控えめに揺れる。オビトはカカシの右の眼窩を見つめる。あの時、カカシがここにあったはずの右目を潰してみせたとき以来、ここを見るのは初めてだった。傷口の処理が悪かったのだろうカカシの上瞼はぐちゃぐちゃになっているし、その周囲も痣になっていて非常に痛々しい。
「ォ,ォ,,,オビト,,,おれっ,,,」
いまだ呂律が回らないながら必死にカカシははなそうとする。
「オビト,,,オビトを失望させるような屑でごめん。魔が差したんだ,,,。怪我をしたら、オビトがまた心配してくれるんじゃないかって、馬鹿だよね。その結果が昨日の醜態だよ。もう二度とこんなバカな真似はしないって誓うよ」
言ってしまったとカカシは思った。こんな気持ちの悪い本音を打ち明けて、今まで通りにオビトが接してくれるはずがない。きっと、これで終わりだ。捨てられる。そんな悲観的な考えばかり、思い浮かんでカカシは涙を流す。泣いたら余計にオビトを、苛立たせるとわかっていても、カカシは堪えることが出来なかった。
一方で、想像をしていなかった返答にオビトは固まっていた。
(カカシが?俺に心配されたくて怪我をした?)
オビトの知るカカシは、堂々として人に媚びない、ましてオビトの気を引くためにわざと怪我をするような人間ではなかった。リンを守るというオビトとの約束を守れなかったからか、オビトに対して常に下手に出るようになったカカシに苛立ちながらも、オビトの言いなりなカカシに対して、オビトは心のうちで何か黒い感情を抱いていることを自覚していた。これはきっと支配欲だ、とオビトは気づいていたが、その気持ちに蓋をしたくてずっとカカシを避けていままで生きてきた。
それが、最近になって、カカシは小さな任務でも傷を作って帰ってくるようになった。自分の知らないところで、知らない誰かにカカシが傷つけられているのがオビトは心の底から許せなかった。カカシが自らの右目を潰したあの時から、カカシを傷つけてていいのは自分ただ一人だとオビトは信じていた。今回の任務で、雑魚一匹相手にあんな傷を負ったカカシを見て、オビトは我慢が出来なくなった。だから、カカシを神威空間に閉じ込めておこうとした。だが、あろうことか外に出たがるカカシにオビトは苛立ち暴力を振るった。
「ほんとうに、俺に心配されるためだけに、怪我を?」
「そうだよ、オビトの役に立ちたいしオビトに迷惑はかけたくないって思っていたのに、どうしてもオビトに気にかけてもらいたくなってしまったんだ。リンを守れなかった屑の俺を仲間にしてくれただけでも十分すぎるのに、俺は欲深い屑だから,,,もっとオビトに気にかけてもらいたくなって,,,」
カカシは必至に言葉を紡いだ。絶対に胸の内のしまっておこうと思っていた気持ちなのに、いざオビトの前に立つとすべて打ち明けてしまった。オビトはそんな必死な様子のカカシに呆れた顔をする。
「お前は本当に馬鹿だな,,,カカシ」
「,,,!」
オビトに名前を呼ばれたことにカカシは驚いて顔を上げる。オビトとカカシの目が初めて合った。
オビトは自分が大きな勘違いをしていたことに気づき笑いが込み上げてきた。神威空間に閉じ込めることなどしなくても、はじめからカカシはオビトのものだったのだ。腹の底の真っ黒な部分が急激に満たされていくのをオビトは感じた。
カカシを拘束していた木遁忍術が解けて、解放されたカカシは崩れ落ちそうになる。倒れかけたカカシの腰を、オビトが腕で抱える。カカシの右のぐちゃぐちゃになった眼窩を愛おしそうにオビトが指でなぞる。
「まだ、痛むのか」
思ったことが、素直にそのまま口から零れたのが久しぶりでオビトは驚いた。カカシが任務で怪我をしたとゼツに知らされて慌てて様子を見にきても、「大丈夫?」の一言も言えず挙句の果てに死に損ないだの酷い暴言を吐いてすぐに引き返してしまった。先ほどだって、カカシが足を怪我していることには気づいていたのに、カカシに任務を任せて先に帰還した挙句、「随分遅かったな」などと厭味ったらしいにも程がある。本当に口がいらないのは自分の方だとオビト思った。
「もう、痛まないよ。それにこれは自分で進んでしたことだから」
「そうか」
「オビトを支えることが今の俺にとって唯一の生きる理由なんだ」
「そうか,,,」
カカシが自分のためだけに生きている、そう思うだけで真っ黒の支配欲が満たされ、幸福感が全身を駆ける。
「俺もだれよりもお前を頼りにしているさ、カカシ」