やさしく沈めて 魏無羨はどんなに言葉を尽くして伝えきれないかのように、藍忘機を褒める。
それは、容姿や修為のことであったり、その行動や反応だったりに事の大小問わず、豊かな表情で愛おしいという気持ちを隠しもせずに、多くの言葉で、おまえはすごい、おまえが好きだと告げる。
周囲から賞賛を受けることに慣れた藍忘機ではあったか、彼の道侶たる魏無羨の言葉は特別なもので、そのすべてを何ひとつ取りこぼさずに受け止めている。
正直、藍忘機には褒められるようなことだと思わないことも多くあったが、それでも向けられる笑顔が、愛が嬉しくてたまらない。
ある夜狩の帰り道、魏無羨が、最近めきめきと力をつけてきている藍思追を見やりながらしみじみと言った。
「藍湛、思追をあんないい子に育ててくれてありがとうな」
「彼自身の努力だ」
「いや、もちろんそれはそうなんだが、思追がああも真っ直ぐ成長したのはおまえが呪いを与えなかったからだよ」
「呪いとは?」
訝しむ藍忘機に魏無羨は頭の後ろで組んでいた両手を解くと、鼻の横を擦った。
「あいつの過去のことを無理に教えなかった。辛い記憶から守りたかったのもあるだろう。だが、子供ってのはそんな思惑なんて関係なく知りたがるものだろ。記憶を失ったって、心根まで変わるものじゃない。あいつはいい子だけど頑固なところがあるからな。さぞ大変だっただろうよ」
苦笑する魏無羨に、藍忘機はそんなこともあったな、と思い返す。
思追が、なぜ両親がいないのかと泣いたとき、どんな人だったのかと俯いたとき、藍忘機がかける言葉は決まっていた。
真実、知らなかったから、その小さな頭を撫でてやることが藍忘機ができることだった。
「そうでもない」
「昔からおまえの言うことはよく聞いていたからなぁ」
目を細める魏無羨に小さく頷く。
「我慢強い子だ」
「うん、そうだな。過去の失われた愛情とか優しさって、懐かしむくらいがちょうど良いんだ。失ったものを取り戻したいっては一種の呪いみたいなもんだろ。だから感謝してる」
藍忘機は、そうかとだけ返事をすると、目を伏せた。
思追が健やかに育つために、過去に囚われないよう、無理に思い出させないようにしたのは事実。
だが、失われたものを諦めきれなかったのも事実。
彼の養い子とも言える思追に魏無羨の話を一切しなかったのは、記憶を刺激したくなかったから。
それから、もうひとつ、藍忘機は魏無羨のことを誰とも共有する気がなかった。
その思い出ひとつたりとも分かち合わなくて良い。
すべて自分のもの。
夷陵老祖と恐れられていた彼は、あまりにも普通の人間であった。痩せた土地で、文字通り只人の身で、ただただ生きるために暮らしていた。
そして、それを守れなかった。
その後悔も、応えることのない問霊を繰り返し、彼の幻影を十年以上追い続けた執着も、間違いなく呪いなのだろう。
彼の義弟が果たされなかった約束をどうしても手放せなかったように。
魏無羨が目を輝かせ褒める自分の清美さの底に澱があることを知っている。
それを知ったらがっかりするのだろうか。
それでも。
物思いに耽っていた藍忘機の肩を魏無羨が抱いた。
「なぁ藍湛、さっきはああ言ったけどさ、俺はおまえからくれるものならなんだって嬉しいよ。強い想いってそれが良いものでも悪いものでも呪いみたいなもんだって考えは変わらないけど、おまえは呪いになるくらい俺を好きになっていいんだからな」
「もうなっている」
「そっか」
えへへ、と無邪気に笑う魏無羨が、藍忘機の執着をどれだけわかっているのかはわからない。
だが、魏無羨はいつも藍忘機に許しをくれる。
好きにしていいよ、と。おまえだけだ、と。
魏無羨が自分以外の誰かと談笑したり、心を傾けているとき、ここではないどこか遠くを見ているとき、痛みを隠そうとするとき、藍忘機の心に拡がる澱。
そうやって魏無羨によって生まれた澱は、魏無羨の手によってやさしく沈められる。