【再掲】「洋平の奴、あと十回好きな奴と喋ったら告白するらしいぞ」
「」
昼休み、俺はいつもと変わらず屋上で昼食をとる桜木達の元へ向かった。
そこで桜木にだけ部活の相談があると言えばすぐに他の奴らから十分な距離をとり、生意気にも俺の肩を抱き寄せ、季節外れな怪談話を耳打ちした。
あの水戸が告白だと
あの、俺だけの可愛い可愛い水戸が
理解するまでに時間がかかり、放心状態となった俺の肩を桜木は何度も揺する。
更には俺の反応を楽しんでか、人差し指一つで俺を突いてその場に転倒させた。
ええいやめんかと叱るものの言葉だけで、力が入らず立ち上がるにも苦労する。
すると奴はゲラゲラ笑いながら学ランの襟を掴み、ほら、と補助してくれた。
あまりにも軽々と持ち上げられた力の差に驚きはするものの、今はそれよりも水戸の話が最優先だ。
恐る恐る水戸本人を盗み見ると向こうも俺達の様子が気になったらしく、差し入れに持って来た菓子パンを片手に瞬きせずジッと凝視されているところだった。
「な、なあ桜木、冗談だよな俺をからかっているだけだよなそうか、昨日のワンオンで俺の3Pが気に入らなくて仕返しにそう言ってるんだよな」
「いーや、本当の話だ。洋平的にはもうほとんど付き合ってるようなもんらしい」
「そんなわけないだろだってアイツ、俺とはおはようからおやすみまでずっとメールしてるし、バイトが無けりゃ部活が終わるまで一緒に帰ろうって待っててくれるんだぜそ、それに休日だって一緒に出掛けたし…次の休日なんて、誰も居ないから夜遊びしようって泊りにまで誘ってくれたのに…他の奴と会う時間なんてあるはずねえ」
「どうだミッチー、洋平を失うのはこえーだろ」
ぐい、と顔を近付けた桜木はやたらと自信に満ち溢れ、大親友を自慢しているようだ。
そりゃああの水戸が大親友となれば自慢もしたくなるだろうし、これまでに散々言われたように水戸は本当に良い男だと思う。
良い男過ぎてこの俺がうっかり惚れ込んでしまい、意地もプライドも捨てて桜木に恋愛相談なんてしているのが何よりもの証拠だ。
しかしどうやら水戸には好きな奴が居るらしく、それも告白間近ときたものだから俺はこの世の終わりを迎えたような気持ちになった。
水戸が片思いをしていると桜木から聞かされたのは一ヶ月前のことで、その時は衝撃のあまり安西先生の言葉以外全て意識から遮断してしまったほどだ。
しかも相手は男で、水戸よりも年上の三年生らしい。
つまり徳男だろうと確信した俺はすぐさま勝手知ったる水戸の家へ乗り込み、如何に徳男が俺を一番にしているか、他の奴など眼中にないかを長々と語った。
すると俺の読みは外れ、水戸は緊急堀田徳男マウントトークをニコニコと受け入れ、堀田さんとはいつまでも友達のままでいてね、と両肩を強く掴みながら言ってくれた。
ろくに調べもせずに勘違いで突然訪問したにも関わらず、俺と徳男の友情が末永く続くよう願い、そのまま夕飯まで振る舞ってくれたアイツは本当に良い男だ。
では本当に水戸が片思いをしている奴は誰なのかと桜木に聞いてもにやにやと笑い、何のヒントも無く背中をパンと叩いてはぐらかされて終わりだ。
水戸との友情を優先して頑なに秘密を守るのは良いことだし、それこそが大親友だと二人の美しく尊い友情につい両手を合わせて拝みたくなる気持ちもある。
が、俺の恋愛事情が絡めば話は別なのに、白状しろ隠すな教えろ打ち明けろ名前だけでいいせめてヒントをくれ頼む何でも奢るぞあ何勝手に替え玉まで頼んでるんだ俺のチャーシューまで取るのかよ後生だ助けてくれと問い詰めても未だにヒントは無し。
徹底的に黙るくせ、こうしてとんでもない情報だけ寄越してくるのは残酷だ。
それほど俺が水戸に片思いをしているのが気に入らないのかと思えばそうでもなく、これでも桜木なりに応援してくれているらしい。
タイミングさえ良ければ俺が水戸と二人きりになれるようにしてくれるし、水戸の趣味や好みを教えてくれるのも桜木だからそこは本当なのだろう。
俺と水戸がメールを出来るようサポートしてくれたのも桜木だったのだからそこに悪意があるとは思えないがかと言って全ての言動に善意があるかも怪しい。
本当に俺を応援するならば水戸が誰に片思いをしているのかを打ち明け、今夜中に俺と二人で犯行に及び、死ぬまで共犯者として口を噤むべきだろう。
「よし、決めたぜ桜木。これから先、水戸が告白なんて出来ねえようずっと俺が傍に居てやるんだ。そうしたらアイツも好きな奴と会話する暇も無いしな。こうなりゃ自棄だ。邪魔だと思われても邪魔してやるぜ。何せそれが目的なんだからな」
次にぐい、と顔を近付けるのは俺の方で、自信満々に己の覚悟を宣言してみせた。
桜木の反応は口をへの字に曲げ、暫くして呆れたかのように溜息をついた。
そのまま偏屈め、とまで言われたが気にしてなどいられるものか。
他人にどう思われようと俺はようやく手にした水戸との友情が続くならそれが一番で、あわよくば付き合いたいなどという下心が無いかと言えば真っ赤な嘘になるが今は何より現状維持に努めたい。
それを邪魔する奴が居るならこっちだって負けじと邪魔をしてやる。
そうしている内に交流が途絶え、失恋したと水戸が傷心すればそれこそ年上で男前かつバスケも上手く水戸にだけ特別優しく心も広く頼りがいのある俺の出番となるだろう。
どんな人間でも心が弱っている時こそ優しさに飢えるものだ。
そこにつけこむような真似をするのは少々卑怯だがハッピーエンドには変わりない。
「洋平、ミッチーがお前から絶対に離れねえらしいぞ」
「おお、覚悟しとけよ」
「…へえ」
長く話し込んでしまったからか、桜木を回収にやって来た水戸は俺の突然な宣戦布告を理解しないまま口角を上げて笑い、それ以上の追及はしてこなかった。
「なあ水戸、今日ってこの後…お前何やってんだ犯罪だぞ」
「はえ、ちょっと、急にどうしたのさ」
炎の男、三井寿に二言があってはならない。
だから俺は部活中、いつも通り桜木を冷やかしにやって来た水戸の姿を見つけてすぐさま駆け寄り、このまま部活終わりにファミレスでも行こうぜと声をかけるつもりだった。
いつもならば必ず一番に出入り口から顔を覗かせるのに今日は背中を向けて座り込み、夢中で何かしているので洞察力のある俺はメールをしているのだと思った。
けれど実際に近づけば水戸の手には一凛の可愛らしいピンクの花が握られ、なんと花占いの真っ最中だったものだから俺は怒鳴りながらそれを取り上げてしまった。
可愛らしいと言っても花弁は残り一枚で、状況が飲み込めずに立ち上がった水戸の足元には既に千切られた花びらが何枚も落ちている。
これはどっちだ、残り一枚は好きと嫌いのどっちなんだ。
と言うか、平成のこの時代に、それもこんな不良のお手本とも言えるような風貌のコイツが花占いに頼っている事実に俺は花を握りしめた腕を天井まで高く突き上げたまま死んでしまいそうだ。
「十七時二十二分十四秒、あざと可愛いの現行犯で逮捕だ」
「本当に何ちょっと遊んでただけだよ」
「嘘言え、お前があと十回好きな奴と喋ったら告白するってのはバレてんだ」
「あー、花道ね。まあ正確にはあと八回だけど」
「ひん」
まるで本当に逮捕されたまま連行するよう顔を隠す為、強引に脱がせた学ランを頭から被せる間、水戸はずっと楽しそうに笑っている。
事の重大さに気付いていない様子に腹が立って桜木との秘密を知っていると言っても驚かずに笑い、終いには有り得ない数を口にした。
いやいや、八回って、いつの間に二回も俺の知らない奴と喋ったんだ。
俺の知る限り、昼休み以降は移動教室も無く、ずっと教室に居たはずだ。
となるとどうしても俺の目が届かない放課後の部活中に意中の相手と二度も会い、俺の知らないところで楽しくお喋りをしていたということになる。
しかもここ最近だと一番親しいであろう俺に知られても平気で、もしも思いが成就すれば恋人が出来たんだ、と嬉しそうに報告してきそうな勢いだ。
何だコイツ、俺の気持ちも知らないで一人で恋愛に現をぬかしやがって。
俺と二人の時はずっと一緒に居たいだの世界一楽しいだの言ってくれたその口で別の奴を口説いていたなんてあんまりだっ。
「この後絶対にファミレスに行くぞ。誰が好きかを吐くまで帰れると思うなよ」
「つまり言わなきゃずっと一緒に居てくれるってこと嬉しいなあ」
「その嘘にはのらねえ。部活に戻るけどそこで待って…あ、誰とも話すなよな」
何が嬉しいなあ、だ。
俺だってずっと一緒に居られたら勿論嬉しいし、喜んで親に帰宅が遅くなると報告する。
けれど今夜は事情聴取で、ファミレスデートでも何でもない。
そもそも俺達二人が付き合っているわけではないのだからこうも水戸を責めるのはお門違いだとは分かっているが俺にも相談の一つくらいあっても良かったじゃないか。
俺だって水戸の幸せを願わないわけではないのだし、素直に言ってくれさえすれば当然ろくな奴じゃないからやめておけと親切丁寧に説得してやった。
そんな俺の親切に頼りもしないで一人で勝手に青春を謳歌しようとする水戸は大罪人だ。
「水戸あと何回だ」
「ええっと…四回だね」
あれから俺は時間さえあれば、時間が無くとも、何処に居ようと、どんな時でも水戸の元まで向かっては告白までの回数を確認し、減り続けるカウント数に項垂れている。
今日も朝練終わりに一年の校舎まで駆け、教室の出入り口から声をかければまたまた知らない内に数が減り、昨晩部活終わりに懲りもせず公園のベンチで遅くまで事情聴取を行った時には五回だったのに、と袖で涙を拭った。
初めてファミレスで行った事情聴取でも閉店まで頑なに相手の情報を隠され、いよいよ半泣きになった俺をアイツは笑いながら慰めるという非常に残酷な優しさをみせた。
そうまでして隠すとなると俺の知っている奴なのだろうと目星をつけて赤木や小暮、青田など水戸が交流のありそうな連中に張り付きもしてみせたのに水戸は現れず、首を傾げながら水戸の元へ向かえばやはり回数が減っているというおかしなことが続いている。
あっという間に残り回数は四回。遅くとも明日には水戸洋平十五歳の春が訪れてしまう。
しかも明日の土曜日は俺の部活終わりにそのまま水戸の家へ初めてのお泊りをする日だ。
俺との約束をドタキャンしてまで告白に向かう、なんてことだけは絶対に阻止したい。
「うちの三年にお前の恋人になれるようなまともな奴が居ると思うかそもそも三年ってことは十八で、お前はまだ十五だ。十五なんてほとんど中坊だぞ。いや、お前を馬鹿にするわけじゃねえけど、十五に手を出す奴なんて絶対にろくな奴じゃねえ。性犯罪だ。悪いことは言わない、やめておけ。年上の言うことは聞いておいて損はしないぞ」
「大丈夫だって、手を出すのは俺の方だから」
「んぐう」
性懲りも無く昼休みは屋上へ走り、桜木達から奪うように水戸の腕を引き、回数が残り二回だと聞かされながら二人きりで話せるよう屋上の隅へと移動した。
二人で肩を並べて昼食をとっているだけなら楽しい屋上でのひと時となるだろうに俺は水戸への説得に必死で、しかも未だ見ぬ水戸の思い人へ嫉妬で胸が爆ぜそうになった。
悔し泣きまでしても水戸は笑い、相変わらず優しく背中を摩ってくれる。
毎度毎度この繰り返しなのでお前のせいだぞとも言ったがそうなんだ、と爽やかに笑われるだけで全く悪びれるどころか反省しようともしない。
こんなにも後輩思いな先輩兼友人が他に居るかいいや居ない、絶対にだ。
つまり俺こそが水戸に相応しく、水戸に手を出されるに値する存在に違いない。
「そもそも三井さんはどうして俺の告白を阻止したいわけ何か不都合でもある」
「だっ……て、お前、そりゃあ…恋人が出来たら、もう俺とは遊んでくれねえじゃん」
「大丈夫だって。俺自分でも驚いてるんだけど恋人にはすっげえ一途だから寂しい思いなんて絶対にさせないし、余所見だってさせる気も無いから安心してね」
「えーん」
俺なりに精一杯の返答だったのに、あろうことか水戸は突然嬉しそうに惚気やがった。
そりゃ恋人が聞けば喜ぶに違いないが確実な失恋まで残り僅かとなった俺の心はポキリと折れてしまい、今すぐにでもこの場から逃げ出したくもなった。
もしかして水戸は以前から俺の気持ちに気付いていて、告白されようものなら面倒だからとこうして遠回しにお前じゃ精々友達止まりだとフッてくれているのかも知れない。
そう考えると今までの言動にも納得がいき、自分の鈍感さに恥ずかしくもなる。
自分の都合で水戸の告白を阻止しようと散々に時間を奪い、挙句やめておけと余計な説得までしていた俺はただの大バカヤロウだ。
と、ここであきらめてなるものか。俺は最後まであきらめない男三井だ。
せめて水戸の好きな奴が誰なのか分かるまでは絶対にあきらめてなるものか。
「それはそうと明日のお泊りなんだけど、出来たら今夜あたりから胃にやさしい食事を心がけてもらえるあまり冷たいものを食べ過ぎないようにね。特にアイスは厳禁」
「…お前、このペースじゃ明日には告白するんじゃないのかよ」
「まあ元々明日には決着をつける気でいたからね。で、食事の方はどう」
「せっかく夜更かしするなら腹は下さないに限るしな…分かった」
「夜更かしじゃないよ、夜遊びだって」
はぐらされた気もするものの、お泊りの約束を水戸自ら守ろうとしてくれるのは嬉しい。
だから水戸の提案に深く考えず、何度も頷いてみせた。
まあどうせ明日の部活後に会う頃には告白も終わり、無事に恋人が出来ましたと報告を受けてメンタルが死ぬのだから腹を下そうが下さまいがそれどころではなくなるだろう。
「悪いようにはしないから、よろしくね」
水戸にしては珍しく強引に肩を抱き寄せ、頬がくっつくほどの距離で向けられた言葉に俺は任せろい、としか返せなった。