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    なんなの

    @honmani_nannano

    日本語 トテモ むずかしネ

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    なんなの

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    写真嫌いだった話

    【再掲】まだ付き合いだして間もない頃、三井さんはやたらと俺との写真を撮りたがった。
    写真と言っても本格的なカメラでの撮影ではなく、使い捨てカメラによる撮影だ。
    いつでも写真が撮れるようポケットに仕舞い、気紛れに取り出しては両手に持ってなあ、と可愛らしくツーショットをおねだりしてきたのをよく覚えている。
    その度に俺は写真が嫌いだからと断り、無断でカメラを向けられようものなら顔の前で腕を左右に振ったり、身近にあるもので顔を隠したり、後頭部だけが写るよう他所を向いたり、いっそカメラを奪ったりと抵抗してきた。
    ケチだのアホだのもげろだのと文句を言われても拒否し、三ヶ月も攻防を繰り返せば流石の三井さんも諦め、俺がどれだけ写真を嫌っているかを理解してくれた。
    正確に言えば俺は写真が嫌いなわけじゃあない。
    嫌いなのは三井さんが近くに居るだけで馬鹿みたいに緩んでしまう自分の面だ。
    ただでさえ年下というだけで可愛い扱いされていたのに、恋人とのツーショット浮かれ切っただらしない面を写真として残すなんて絶対に阻止しなくてはならなかった。
    残り少ない高校生活の中でどうにか俺との思い出作りをしようと励む三井さんには申し訳なかったが、当時まだ十五歳だった俺には死活問題と言えるほど重要なことだった。
    結局、三井さんが卒業するまでに撮れたツーショットはたったの一枚だけ。
    それも三井さんの卒業式の日で、校門の前で最後だから、と頼まれて断れなかった。
    式の最中にも散々泣いたあの人が益々泣きそうな顔をするものだから俺としても無下には出来ず、一緒に居た花道に頼んで最初で最後のツーショットを撮ってもらった。
    後日、焼きまわししてまで俺にその現物をくれた三井さんはご機嫌で、最後に水戸とのツーショットが撮れて良かった、と満足気に笑うものだから良心が痛んだ。
    その写真は今でも俺の手元にあり、たまに思い出しては手にとって眺めてしまう。
    校門を背に二人で並び、嬉しそうに卒業証書の入った筒を見せつけるようにカメラに向かって腕を突き出す三井さんの学ランは見事に全てのボタンが外れて全開だ。
    その隣に並ぶ俺は慣れないツーショットへの緊張と、三井さんの卒業を寂しがる気持ちを隠そうと両手をポケットに突っ込み、カメラ目線と言うよりはカメラを睨んでいるし、拗ねたように下唇を突き出していてとても卒業を祝うような表情ではない。
    それでも三井さんは水戸とのツーショットだ、と同じ写真を手に持って喜んでいたので、もう少しくらいは在学中にワガママを聞いてあげれば良かったと未だに後悔している。
    いいや、これは後悔どころの話ではない。
    怒りだ。それも俺自身への。
    まだ十五歳だったとは言え、自分の見栄ばかり気にしていたせいで八年も経過した今、二十三歳となった俺は当時の自分を殴り飛ばしたいほどに怒り、憎んですらいる。
    理由は簡単。卒業式を機に、三井さんは一度も俺との写真をねだらなくなったからだ。
    我ながらなんとまあ酷い矛盾だとは思うものの、今の俺にとってこれは大問題だ。
    あれから八年が経過し、今では使い捨てカメラなどネットで探さないと購入は難しい。
    誰もが当然のように携帯電話を持ち、気軽にそのカメラで写真を撮る時代だ。
    元々写真好きの三井さんは日頃から自撮りだったりチームメイトとのツーショットだったりを撮影しては自身のブログに載せてファンを喜ばせている。
    二人で買い物へ出かけた際にファンから声をかけられ、サインや握手に続き、ツーショットを求められようものなら笑顔で応えてみせるのだからサービス精神旺盛だ。
    そんな時、ファンから携帯電話を預けられ、出会ったばかりで知りもしない人間と三井さんのツーショットを撮影してやるのが俺の役目だ。
    ちょっと出ただけのバラエティー番組での三井さんしか知らないような人間でもファンはファンだし、雑な扱いをして三井さんの名を汚すようなことがあってはならない。
    だから俺は良い人であろうと笑顔を保ち、慣れないなりに綺麗に撮影してやっている。
    ただしそれはあくまでも純粋なファンに限り、やたらと三井さんの肩を抱こうとしたり、鼻息を荒くした野郎なんかはしっかりと距離を取らせた上で被写体が誰なのか分からないほど写真をブレさせ、去り際に牽制として睨んでいるっていうのはここだけの話。
    そんなわけで、この数年で俺の撮影技術はそれなりに成長した。
    三井さんもそれを認め、ブログに載せる写真を自撮りではなく俺に任せる日もある。
    同棲している自宅で撮影した写真に対し、誰に撮影させたのか、匂わせなのか、といったコメントが連投される日もあるがそれはまた別の話。
    携帯電話の普及によって学生の頃とは比べ物にならないほど写真というものが身近になり、また気軽に行えるようになり、更には同棲までしているのに、三井さんは一度だって俺とのツーショットをねだらない。
    すっかり俺は写真が嫌いというのが定着してしまい、にわかだろうが過激派だろうがチームメイトだろうが子供だろうが誰であっても三井さんとツーショットが撮れる人間を羨んでいるとは思いもしないだろう。
    俺だってまさかこんな風に過去の己を恨む日が来るだなんて思わなかったし、こんなことになると分かっていたら恥もプライドも捨てて全てのおねだりを受け入れたはずだ。
    では二十三歳の俺は改心し、ツーショットが撮りたいです、と頭を下げられるかと言えばこれもまた難しく、あれだけ拒絶しておいて今更どうする、というのが最近の悩みだ。
    もしも素直に伝えた場合、三井さんが怒ることはないと思う。
    けれど絶対に理由を聞かれ、白状するまで逃してくれないのは確実だろう。
    カッコつけたかったからです、なんてダサいことをこの歳で言えてたまるものか。
    だから今日。俺はこの現状を打開すべく、何年も使い古した携帯電話を新しくした。
    販売されている中でも最も新しく、最もカメラの性能が優れた最新機種だ。
    お察しの通り、俺はこいつを口実に三井さんとのツーショットを撮るつもりでいる。
    この日の為に以前から携帯電話の調子が悪いとアピールし、いい加減に機種変しろよ、と言う三井さんの助言にそうだなあ、と曖昧な返事をしていた。
    五年も同じ機種を使い続けた俺がこのタイミングで機種変をするのはおかしくないし、最新技術に浮かれてツーショットを試みるという流れも違和感は無いだろう。
    こいつを三井さんの視界に入る場所に置けばきっと機種変したのだと気付いてくれる。
    そこで俺はさり気なくカメラの性能が如何に優れているかを語り、試しに一枚撮ってみようよ、と三井さんの肩を抱き寄せて記念すべきツーショットを成功させてみせる。
    お前写真嫌いだろ、と言われたら俺も大人になったからね、と誤魔化せるはず。
    俺が写真嫌いを克服したとなれば三井さんは喜び、学生の頃のようにまたおねだりをしてくれるようになるだろからその時こそ俺は笑顔で承諾し、そこいらのファンとは違った恋人ならではのツーショットを楽しみ、思い出作りに勤しもう。
    慣れた頃を見計らって俺からも写真を頼めば三井さんも喜んで承諾してくれるだろう。





    「あー…ほんっとに腹立つぜ…決めた俺はもう二度と誰とも写真は撮らねえ」

    といった俺の邪な計画を神様は全てお見通しなのだろうか。
    帰宅したばかりの三井さんはただいまも言わず、乱暴に荷物を廊下に放って手洗いうがいを済ませたあと、ムスッとした表情でソファーにどっかりと腰かけてそう怒鳴った。
    二度と、誰とも、写真は撮らねえ。
    このタイミングでそんなピンポイントな決意をしてしまうなんて俺への罰じゃないか。
    久しぶりの帰宅だからいつもより食事を豪華にするつもりが料理を中断し、隣に腰かけて話を聞いてやるしかなく、ツーショットどころではなくなってしまった。
    聞けば昼間、空港にて子連れのファンから声をかけられ、写真を頼まれたようだ。
    いつも通りそれに応じたものの、偶然その場に居合わせた前日の対戦チームの、それもあまり相性の良くない選手からアイドルの真似事をしているな、と野次られたらしい。
    それがどうにも悔しくてたまらず、テレビ横に立てていたフォトフレームを手に取って怒りを鎮めようと飾られた写真を鬼の形相で睨んでいる。
    一応説明しておくと、その飾られた写真と言うのは例の卒業式のものだ。
    最初で最後となった写真がよほど嬉しかったのか、何枚も焼き回しされたその写真はこの家のあちこちに飾られ、こうして三井さんが苛立った際の癒しアイテムと化している。

    「まあ落ち着きなよ。例のアイツだろ試合に負けた腹いせだろうし、誰とも撮らないなんてあんたのファンが悲しむだけじゃん。それこそアイツの思う壺だって」
    「それは…それはそれで腹立つな」
    「だろあんな奴の言うことなんて聞き流してあんたはいつも通りにしてたら良いよ。そうだ。俺さ、今日ようやく機種変してきたよ。これがまあ中々の優れものらしくて…ほら、最新機種。店員のゴリ押しに負けて買うしかなかったんだけどカメラの性能がすげえ良いみたいでさ、画質も最高なんだって。試しに二人の写真を撮ってみようよ」
    「お前何か隠してるだろ。吐け」
    「っ」

    あくまでも俺は恋人へ愛情を持って寄り添い、優しく慰め、かつ自然に、さり気なく、己の目的を果たそうとしたはずが、三井さんは先程までの怒りなど無かったように無表情となり、瞬きもせず俺を見つめている。
    吐け、と命じる声から感情を読み取るのは難しく、真っすぐな視線から逃げたくなった。
    これはおかしい。どういうことだ。
    今の流れは完璧なものだったし、どこにも不審がられるような要素は無かったはずだ。
    それでも俺の下心を見抜いたのはスポーツマンならではの洞察力によるものなのか。

    「俺の水戸は二人で写真撮ってみようなんて言わねえ」
    「あ、そこから疑ういや別に何も隠してないって。ただ単純に試し撮りにどうかなって思っただけで…あんたが二度と誰とも撮らねえなんて言うから気晴らしになれば良いなっていう俺なりの思いやりで…本当に何も隠してないって。マジで。信用してよ」
    「俺が信用できるのはこの慣れないツーショットへの緊張と俺の卒業を寂しがる気持ちを隠そうと両手をポケットに突っ込んだ上にカメラ目線どころかカメラを睨んで拗ねたように下唇を突き出している水戸洋平くんだ」
    「息継ぎも無しで…って一枚の写真から全部察しないでよ恥ずかしい」
    「とにかく。あれだけ写真嫌いだったお前が自分から写真撮ろうなんて怪し過ぎる」

    信用出来ねえ、とまで断言され、三井さんはいよいよ俺を睨み始めた。
    両手にしっかりとフォトフレームを持ち、どんな言い訳も通用しそうにない。
    二人で写真を撮ろう。このたった一言で何か後ろめたいことがあると疑われる人間なんて俺くらいだろうし、疑う人間もまた三井さんくらいだ。
    それだけ俺は写真を断り続け、写真嫌いを装ってきたのだから自業自得でもある。
    こうなると俺がすべきことはたった一つ。誠心誠意を込めての謝罪をするのみ。
    下手に誤魔化しては余計に怪しまれ、より厄介なこととなってしまうのがオチだ。

    「おーおー。正座するなんてよほど後ろめたいことがあるようだな」

    早速三井さんの足元で正座をし、姿勢を正すとまるで女王様の笑みで俺を見下ろした。
    続けて長い足を組む様があまりにも優雅だからご褒美を頂いているような気にもなり、これはこれで悪くないかも知れない、と場違いな考えが頭を過った。滅せよ煩悩。

    「えー…正直に白状します。ガキの頃は三井さんと居るだけでヘラヘラしちまう自分が恥ずかしくて見栄をはるために写真が嫌いだと言い張りました。すみませんでした。これは本当に後悔してるし、反省もしています。カッコつけるべきではありませんでした。その上で三井さんとツーショットが撮れるファンが羨ましくなって口実作りに機種変までしました。なのでどうか俺ともツーショットを撮ってください。お願いします」

    最後に一言、この通りです、と締めくくり、深々と頭を下げてみせた。
    交際を始めてから今日まで、こんなにも情けない姿を見せるのは初めてだ。
    それもこれも全てはツーショット…いや、三井さんの信頼を得る為である。
    まさか十五歳ではった見栄を二十三歳の今となって清算する日が訪れるとは思いもしなかったが、結局は全て自業自得なので自分でケリをつける以外に方法が無い。
    自ら頭を下げた以上、三井さんから許可が出ない限り俺は姿勢を戻せない。
    だから長く重い沈黙にひたすた耐えているとカシャリ、とこの場にそぐわない音がした。

    「え、ちょっと…いや、えちょっとえいや、なにして…ええ」

    咄嗟に顔を上げるとどうしてか三井さんは俺の携帯電話で俺を撮影し、動揺しながら声をかけても無視したまままた一枚、二枚、三枚、四枚、とシャッター音が響くだけ。
    あれだけ怒っていたのに楽しそうに笑い、逃げようとする俺の胸倉を笑顔で掴む姿からして謝罪中の俺の情けない姿が撮りたい、というだけの理由ではなさそうだ。

    「待って三井さん、なにえ、これなに何の時間お仕置き制裁何がしたいの」
    「何ってお前…自分だけ謝罪してスッキリしたつもりかそれで自分の要望だけ聞いてもらおうなんて虫が良過ぎるだろ。こっちは八年もおあずけくらってるんだぜ。だからな、先ずは八年分だ。八年分しっかりと俺が満足するまで撮らせてくれたらお前の要望を聞いてやる。どうだ。俺は慈悲深いからな、お前の働き次第じゃご褒美もあるぜ」

    上機嫌となった三井さんはそう言うととびきりの笑顔を見せ、胸倉を掴んだまま俺を立ち上がらせると処刑場…ではなく、寝室を目指して歩き始めた。
    もう片方の腕には本来ならば今頃二人で仲良くツーショットを撮っていただろう俺の携帯電話が握られ、これから八年分の俺の写真が容量限界まで収められるのだろう。
    ケジメとは言えこんな扱いでもご褒美という言葉に浮かれ、我が家の女王様に従うしかない俺は一時的に羞恥心を捨て、これはこれで悪くない、とどこまでも前向きだった。
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