【再掲】水戸が毎日担架で運ばれる話この最近、オレと水戸は仲がいい。
校内では顔を合わす度立ち話をするし、二人で昼食をとることだってあれば、二人で下校することだってある。
だからオレと水戸は仲がいい…と、オレは思うのだが、「本当に?」と聞かれると少々返答に困ってしまう。
何故なら水戸はどんなに会話が盛り上がっていようと突然妙な発作で倒れ、その度に担架で運ばれるからだ。
きっかけはある朝、風邪気味で喉を傷めた徳男が辛そうにしているのを見たオレが喉飴を渡したことから始まる。
たまたま持っていた喉飴を渡していると何処からか水戸が現れるなり「オレにもちょーだい」と掌を差し出した。
だからオレは「いいぜ」と返事をしながら前日に見た動物のョート動画を真似して水戸の掌に喉飴ではなく自分の顎を乗せると犬のように「わんっ」と吠えてみせた。
そこで水戸が「いや犬かよ」と笑ってくれれば悪戯は大成功だったのに、何故か水戸は「う」と呻くと心臓を押さえたまま倒れ、突然のことに動揺するオレと徳男が動けないでいると桜木、大楠、高宮、野間の四人が担架を持って現れ、そのまま水戸を何処かに運んでしまった。
以来、水戸は会話中に倒れては運ばれての繰り返しだ。
その原因を探るべく、最近のオレたちを振り返ってみよう。
月曜日 晴れ 部活終わりに遭遇した水戸と下校中にて
「ねえ三井さん、熱中症のアクセントって難しくないオレ自分じゃよく分かんねぇんだけど…どうも人と違うようでさ…熱中症って言う度に周りからアクセントが違うってからかわれてて…いい加減直したいとは思ってるけどうまくいかないって言うか…正しいアクセントってのがいまいち掴めねぇの。こんなことあいつらに言ったらまた笑われるだけだし…良かったら三井さんが教えてくんないオレを助けると思って分かりやすいようにゆーっくり熱中症って言ってみて。はい、せぇのっ」
偶然コンビニで出会った水戸と二人で駅まで向かう途中、水戸は「相談がある」と前置きをしてからそう言った。
正直オレにだって正しいアクセントなんて分からないし、分からないと言うわりに水戸のアクセントは正しかった。
けれど有無を言わさぬ手拍子までされてしまうと断れず
「ね、…ねえ…ちゅうーしょー…?で、合ってるか」
水戸の要望通り熱中症という短い単語をなるべくアクセントに気を付けてゆっくり言っただけなのに、水戸は「う」と呻くと心臓を押さえたまま道に倒れてしまった。
するとそこへ桜木、大楠、高宮、野間の四人が担架を持って現れると、水戸を乗せて何処かへ運んでいった。
火曜日 晴れ 調理実習室前の廊下にて
「うっわいてて…あ、三井さんじゃん。聞いてよ、カレーを作る授業だったんだけどついはりきったもんだから包丁で指切っちまった。ほら、ここ。まあ平気は平気なんだけどこういう小さくって地味な傷ほど痛いって言うか…あ、また痛くなってきた。そう言えば子供の頃、怪我する度におふくろが痛くなくなるおまじないをしてくれてたような…あれしてもらえると子供ながらに嬉しかったんだけどなぁ、もう高校生だしなぁ、そんなことお願いするわけにもいかないしなぁ、でもなぁ…」
廊下で出くわすなり早口で包丁で指先を切ったと説明する水戸の指先を確認すると目をこらしてようやく見えるか見えないかのレベルの小さな小さな傷口があり、そんな怪我と言うには微妙なものを痛がる水戸が幼く思えた。
だからオレは特別大サービスとして傷口に掌をあてて
「痛いの痛いのとんでけーって…やっぱ恥ずいなこれ」
と、羞恥心に耐えて水戸が望むおまじないをしてやったのに、水戸は笑顔になるどころか「う」と呻くと心臓を押さえてそのまま廊下に倒れてしまった。
するとそこへ桜木、大楠、高宮、野間の四人が担架を持って現れると、水戸を乗せて何処かへ運んでいった。
水曜日 曇り 朝練終わりの部室棟廊下にて
「お疲れ三井さん。朝から絶好調だったじゃん。うん見てた見てた。オレがあんたの活躍を見逃すと思うちゃんと見てるよ。活躍と言えば最近オレの姉貴が推してる男性アイドルも活躍してるらしくてさ、ファンサを貰うのも大変だって嘆いてたわ。三井さんはファンサって知ってるファンの目の前まで行ってこう…指を重ねてハートの形にしたりするらしいんだけど…あれどうやるんだったっけ…こうだったか…なんか違うな」
朝練後、着替え終えて部室を出ると廊下で桜木待ちの水戸が開口一番に笑顔で嬉しい言葉をかけてくれた。
かと思えば姉が好きらしいアイドルの話からファンサの話になり、恐らく指ハートのことを言っているのであろう水戸は正確な形を忘れたのか、握りこぶしの人差し指と中指の間に親指を挟んだり、親指と人差し指で輪っかを作って上下させたりと正解からは全く別の形を作った。
「しょうがねぇなぁ…洋平くんにだけ大サービスだぜ」
だからオレが正解を教えてやろうと右手の親指と人差し指をクロスさせた指ハートを作った腕を突き出し、アイドルのファンサを真似て水戸の耳元で喋ってやったのに、水戸は「う」と呻くと心臓を押さえてそのまま以下省略。
木曜日 晴れ 水戸に誘われた学食にて
「ここだけの話にしてて欲しいんだけど…オムライスと言えばさ、最近チュウの奴がメイド喫茶ってのにハマってるらしくって…そこじゃ食事の前にそのメイドとやらが両手でハートを作って飯がより美味くなるおまじないをしてくれるんだってさ。オレそういうの疎いからよく知らねぇんだけど…ええっと…どうだったかな…」
水戸に誤って同じ食券を二枚購入したから昼食に付き合って欲しいと誘われ、約束通り昼休みに学食へ行けば水戸は既に二人分のオムライスを席へ運んでくれていた。
オレは昔から親の作る弁当が当たり前で、グレている頃は大勢の生徒で賑わう学食を避けてコンビニ通いだった。
だから久しぶりの学食が嬉しくて、早速食おうとスプーンに手を伸ばしたところで向かい側の水戸がそう言った。
あのいかつい野間がメイド喫茶に通っているなんて信じられない話だが、水戸が言うならきっとそうなんだろう。
オレもそっち方面には疎く、正確な知識は無い。
それでも水戸の言うおまじないくらいは知っていたので
「こうだろ。美味しくなぁれ。萌え萌えキュンッッッ」
と、両手で作ったハートを突き出しながら見事なメイドを演じたのに、水戸は「う」と呻くと心臓を以下省略。
金曜日 晴れ 人気の無い旧校舎の屋上にて
「うわ、三井さんじゃん。サボってるのバレちゃったか。いやごめん、本当にごめん。実は昨日バイトで遅くまで残業頼まれたから帰るのが遅くなってさ、すんげぇ眠いの。ってのは言い訳にしかなんないか。反省する。ごめんなさい。もう二度とサボらないって約束するからどうか叱るなら優しく叱ってくんないお願い。オレ一人っ子だから甘やかされて育ってんの。だから叱られるってことに免疫が無くって…三井さんに叱られたら心折れちゃうかも。ね、お願い。優しく叱ってよ。優しく。優しくね。近所の優しいお姉さんくらいの優しさでお願い」
眠くてサボりに来たら、なんと先客に水戸が居た。
しかもよほど罪悪感があったようで、オレに気付くなりペコペコと必死に謝るものだから笑ってしまった。
アイドルに夢中な姉が居るって話じゃなかったか?
と言うか、オレもサボりだから謝られると居心地が悪い。
そもそもサボりくらいでそんなに必死に謝ることか?
などと思うところは色々とあったが、謝る水戸が新鮮で
「こら、サボっちゃダメだろ。メッ!だぞ」
なんてついからかうように叱り、水戸の額を指先で軽く突いただけなのに水戸は「う」と呻くと心臓を以下省略。
土曜日 晴れ 体育館のサイドドア前にて
「急でごめんけど三井さんってウィンクできるどうオレどうしても苦手で…あ、別にウィンクがしたいとか憧れがあるとかじゃなくてさ、ただ苦手…と言うかまあはっきり言えば下手なんだよね。それを花道達にいっつもからかわれるのが癪ってだけ。あいつらも別に上手じゃねぇし、寧ろ下手だと思うけどオレが群を抜いて下手だから馬鹿にしやがんの。腹立つよなぁ…どう三井さんくらい男前だと昔から女子相手にウィンクしてきゃあきゃあ言われてる感じあ、なんかイラッときた。二度とオレ以外にやんないで。一生オレだけって約束して」
休日だろうと親友の様子を見守りに来ている水戸がやけにまばたきをしているのが気になり、休憩時間に声をかけるとまばたきをしながらその理由を教えてくれた。
ウィンク一つでそんなにマジになることかとは思ったものの、眉間にシワを寄せてぱちぱちとウィンクと呼ぶには不格好なまばたきを繰り返す水戸は真剣そのものだ。
だからここはオレがお手本になってやろうと考えて
「よく見てろよ。ウィンクってのはこうやんだよ」
と、水戸の顔を覗き込みながら至近距離でウィンクをしてやったのに、水戸は「う」と呻くと心臓を以下省略。
日曜日 晴れ 水戸を呼び出したファミレスにて
「なあ、お前って実はオレのこと嫌いなのか何で毎回毎回話の途中で倒れてんだよ。おかしいだろ。病気でも抱えてんのかと心配して桜木達に聞いても全員「ある意味病気」としか言わねぇし…言えねぇような病気なら無理には聞かねぇけど、毎回話の途中で倒れられるオレの気持ちも考えろよ。しかも何で毎回担架で運ばれてんだよ。どういうシステムなんだよ。何処に運ばれてんだよ」
必ず一日一回、オレとの会話中限定で倒れては担架で運ばれる水戸を呼び出し、ついにその理由を問いただした。
こんなことが続くと流石にオレも気分が悪いし、病気なら病気で水戸をサポートしてやりたい気持ちもある。
だから席に着くなり本題に入ったのに水戸は「違う違う」と笑って誤魔化し、本当のことは教えてくれそうにない。
「オレはこうしてお前と二人で話せたりファミレスに集まれるようになって嬉しい…って言うか、本音を言えばお前とはもっと親しくなりてぇって思ってんのに…」
諦めず優しい水戸の同情を買うように俯き、嘘泣きで鼻をすんすんとすすりながら話すと何故か水戸は今までにないほど安らかな笑顔で心臓を押さえたまま椅子から床へ転げ落ちたので、オレは益々水戸が分からなくなった。