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    なんなの

    @honmani_nannano

    日本語 トテモ むずかしネ

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    なんなの

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    ホットケーキを焼く話

    【再掲】正直なところ、花道がバスケ部に入部するとなった時はどうなることかと肝を冷やした。
    動機が不純極まりないし、ド素人が入部したところで戦力外なのは目に見えている
    バスケに限らずどんなスポーツもろくにルールを知らず、得意なのは喧嘩だけ。
    決して悪い奴ではないが、あまりにも我の強いあの性格では他の部員と揉めるだろう。
    などと心配しつつも、俺は日々バスケ部員らしくなっていく花道の成長を見守るのが楽しくなり、多少の寂しい気持ちと共に次はどんな無茶をするのだろう、という期待もした。
    何よりも危惧していた他者との衝突も、あの巨体の花道をも簡単に片手一つでコートの外へ投げ飛ばし、容赦なく指導するゴリキャプテンが居る限りは心配無用だ。
    それに加え、良くも悪くも湘北のバスケ部には花道以外にも我の強い連中が揃っていた。
    特に、元MVPという輝かしい肩書と共に元ヤンという経歴を持つ男、三井寿は別格だ。
    身勝手にあれだけの事件を起こしていながらバスケがしたいと大勢の前で泣き、かと思えばしっかり部活に復帰してさも上級生ですと言わんばかりに偉そうに振る舞うあの男の我の強さ、そして高飛車ぶりときたら凄まじく、いっそあの事件は夢かと思うほどだ。
    謹慎明け、いつも通り体育館へ花道を冷やかしに現れた俺達にあの男は謝るどころか

    「お前ら全員桜木のダチなんだよなダチならあいつのあのワガママをどうにかしろよ」

    と、何故か上から目線で俺達を叱った挙句、甘やかし過ぎだろ、とまで言いやがった。
    当然、全員でどの口が言ってんだ、甘ったれはあんただろ、少しは感謝しろ、髪を切ったくらいで償いになると思うなよ、と抗議をしたがあの男は偉そうに顎を上げると
    「徳男はともかく、お前たちは桜木の為なんだろ俺はそこにタダ乗りしただけだ」
    なんて言うものだから俺達は呆気にとられ、鼻で笑われても何も言い返せなかった。
    そのまま背中を向けて部活に専念するあの男を俺達は未知の生物だ、花道以上の怪物だ、クソ甘ったれの泣き虫だ、堀田一味が甘やかしたせいに違いない、と認識を改めた。
    するとあの男の友人兼保護者でもある堀田一味は現れるなり胸を張って誇らしげに

    「どうだ、うちの三っちゃんは凄いだろ。あれでこそ俺達の三っちゃんだ。惚れるだろ」

    なんて言い、全員で問題児へ三っちゃんと声援を送っていたので俺達は恐怖した。
    あの男の言う通り、花道のあの性格は俺達が甘やかしたから、というのもあるだろう。
    しかしそれ以上に甘やかされ、そしてそれを当然として受け取るあの男はなんなんだ。
    俺達に感謝しろ、とまでは言わないにしてもせめて一言くらいあるべきじゃないのか。
    根に持ってなどいないし、俺達の謹慎一つで事が治まるならそれで良い。これは本音だ。
    しかし、問題児のお手本とも言えるようなあの男の高飛車ぶりが俺は気に入らなかった。
    きっと本人が見せないだけでこれまでの後悔はあるだろうし、反省もしているとは思う。
    誰にもそんな素振りを微塵も感じさせず、己の中にのみ秘めているなら大した役者だ。
    俺は一生あの三井寿という傲慢かつ高飛車で甘ったれな男を理解出来ないに違ない。
    そう思っていたのに、最近じゃ俺まであの男を甘やかしそうになるのだから笑えない。




    「ホットケーキ作るなら俺も混ぜろよ。なあ、こっちのもっちりの方が気にならねえ」
    「ああこら勝手に入れるな戻すなって。両方焼いてやるから…ってこら、それは戻せ」

    土曜日の午後四時過ぎ。部活終わりの花道と皆で立ち寄った店の中で遭遇した同じく部活終わりでジャージ姿のスーパー問題児、三井寿は俺の右手にあるカゴの中身を見るなり状況を察し、自分も混ぜろと言いながら勝手にホットケーキミックスを別の商品に取り換え、更には予算を遥かに上回る上等なメープルシロップをカゴへ追加した。
    流石は湘北一の問題児。断られるかも知れない、とは考えもしないのだろう。
    流れるような動きをこらこらと叱り、棚に戻された商品をカゴに入れ、メープルシロップを棚に戻せば何でだよ、と恨めしそうに睨まれたが一々相手にしていたらキリがない。
    花道達は参加費用は五百円とだけ説明し、飛び入り参加と言うよりは乱入に近いこの男の行動など気にもせずに受け取ったばかりの硬貨を共有の財布に仕舞って笑っている。
    まったく、どいつもこいつもこの男を甘やかしてばかりでどうかしているんじゃないか。
    と、以前の俺なら溜息をつき、甘やかすのはよくない、と気を引き締めていただろう。
    それがどうだ、最近じゃ叱るのは口だけで、やれやれ、はいはいと受け入れてばかりだ。
    しかも、それが意外にも楽しいなんて思えてきて、ワガママを期待している自分もいる。
    今もまた棚へ戻されたばかりのメープルシロップを懲りずに再びカゴに入れ、これじゃなきゃ嫌だ、と言う十八歳児を仕方がねえなあ、と笑いながら許してしまった。
    おかしい。こんなはずでは。俺まで甘やかしてどうする。これじゃ悪化する一方だろ。
    とは思いながらもどうやらこの男は俺の好みや性分に合っていたらしく、ワガママや理不尽を言われ、散々振り回されても結局は仕方がねえなあ、と飲み込んでしまう。
    そんな俺の変化を周囲は洋平にも春が来た、さっさと告白しろ、などと言ってからかい、何の根拠も無いくせに洋平は振り回されているくらいが丁度いい、とまで言いやがる。
    全く以てその通り、返す言葉も御座いません、と己の敗北を認めたのはつい最近だ。
    以来俺達二人をくっつけようと協力をしてくれるが、周りがどう工夫をしたところでこの男は俺をそういう風には意識しないだろうし、マセガキ、と笑われそうな気もする。
    だから俺としては無理にくっつくよりも、こうして自然な形での交流が一番望ましい。
    そう。何事も下手な小細工を仕込むよりは自然なタイミングに任せるのがベストだろう。
    よって、店内でこの男と出会ったのは偶然であって、先に一人で店へ向かうのが見えたからだとか、この狭い店内ならば向こうが俺達に気付いてくれるかもと期待しただとか、どうせ向こうから自分も混ぜろと言うに違いないと計算してのことではない。断じて。




    「すっげえいい匂い。そうだ、ホットケーキの香水なんてあったらいいと思わねえ」
    「げえー、そんなの嫌だって。胸やけしそう。たまにこうして嗅ぐくらいで十分じゃん」

    買い物後、全員で俺のアパートへ帰宅すると料理人二人を決めるくじ引きが行われた。
    当然のように細工の仕組まれたそれは俺達二人を選び、狭い台所に二人きり。
    背後では既に焼き上がったホットケーキを頬張りながらテレビゲームで大騒ぎする花道達の声がよく響き、すぐ近くの喧騒をどこか遠くに感じながら手元に集中した。
    くじ引きで、予定通り先の赤く塗られた箸を引き当てたこの男は何故か嬉しそうだった。
    てっきり悔しがるとばかりに思っていたのに自分と同じように先が赤く塗られた箸を引いた俺によろしくな、と上機嫌に笑って握りしめたお揃いの箸を見せつけたくらいだ。
    焼き係となった俺の隣で文句ばかりたれるかと思えば手際良く追加のタネを作ったり、焼き上がったホットケーキを花道達に運んだりとよく働き、先に食べるように勧めても自分のは俺と同じで最後に焼いたやつでいい、と遠慮までするのだから調子が狂う。
    初めての訪問とは言え、他人の家だからと遠慮をするような人間ではないはずだ。
    寧ろ客人である自分を持て成せ、俺は上級生だぞ、とふんぞり返ってもおかしくはない。
    そのはずが俺達二人分の最後のタネを焼きにかかると不要になったホイッパーなどの洗い物を済ませ、手持無沙汰となると俺の真横に立って出来上がりを待ちわびている。
    既に四十枚近くものホットケーキを焼き続けた俺は甘い香りで鼻がどうにかなりそうだ。
    それでも真横に立った優に百八十を超える高身長の男がまるで子供のように瞳を輝かせ、タネがふんわりとホットケーキになる過程に釘付けになる姿が面白く、目を閉じてふんふんと鼻を鳴らしながら香りを楽しもうとしている綺麗な横顔に笑いが零れた。

    「桜木が十枚食べるって宣言してんの聞いた時は無理だろって思ったけど…」
    「凄いよな、あいつ。本当に食っちまうんだぜ…って、あの会話、聞こえてたんだ」
    「…あれだけ騒げば全員聞こえてるだろ。第十二回ホットケーキパーティー、だろ」
    「それもそうか。まあたまにはこういうガキくさいのもいいじゃん。美味いし」

    今日のことは元々予定していたわけではなく、部活の休憩時間中に決まったことだった。
    久しぶりにやるか、と高校生にもなってホットケーキを食べることにあれだけ騒いでいたのを思い出すと恥ずかしくなったが、開き直って返事をすると確かに、と同意された。
    まさかこの男と、俺の自宅の台所でこんなにも自然な会話が出来るなんて夢のようだ。
    だからと言って舞い上がるほど楽しいわけでも、一生忘れられない貴重な体験だ、と胸が躍るでもなく、ワガママの一つも言わず、別人のように大人しくしている豹変ぶりに戸惑い、いつもの暴君はどうした、留守番中かと言いたくなる気持ちを必死に抑えた。
    大人しくされるとどうにも落ち着かない、となるのは俺がこの男に毒されている証拠だ。

    「そうだ。あんたは何しに来てたの何か買い物があったんじゃねえの」
    「ああー…あれな、買い物な、忘れてた。まあ別に急ぎじゃねえから気にするな」
    「ふうん…まあそれよりあんたがホットケーキ好きなんて意外かも。よく食べんの」
    「よくって言うか…結構な頻度で食うかもな。徳男がパフェ好きだから一緒に行く」
    「いやパフェって面かよ…あ、やば。ツボったかも。っ…不意打ちやめろよな」

    あのいかにも番長といった強面の大男を連れ、二人で可愛らしいデザートを食べに行くなんて聞かされて笑わない奴など居るだろうか。いいや、居るわけがない。
    だから俺が吹き出して笑うのは当然の反応なのに責めるように肩で肩を押され、ただでさえ狭い台所で壁際に追いやられると俺は逃げ場が無くなり、ごめんごめんと連呼した。
    それでは気が済まないのか、ムスッと下唇を突き出していよいよ俺の足を踏んでまで抗議し始めてようやく問題児様らしくなってきたな、と俺は密かに安心してまた笑った。
    これぞ三井寿。恩人の自宅だろうと自分が気に食わないとなればお構いなしだ。

    「あ、そうだ。すげえ美味い店があるんだぜ。あの店の生地はふわふわって言うよりしゅわしゅわ…口にいれた途端に溶けるような食感で…よし、明日食いに行こうぜ」
    「は今から食べるのがようやく焼けたのにもう次のホットケーキの話してんのって言うか話が急過ぎ。明日って言われても俺バイトがあるし、思い付きで言われても困る」

    この場合、誰がどう聞いても俺の言葉は正論そのもので、おかしいのはこの男だ。
    それなのに俺の主張など全く聞く気が無いようで、呑気に何食おうかな、とまで言う。
    馬鹿を言うな。俺は既に明日の朝九時から夕方六時まで長時間のシフトが入っている。
    そう言えたら良いのに、形だけの文句を言いながらも頭の中では誰にシフトを代わってもらおうか、埋め合わせにどのシフトに入ろうか、と考え始めている自分がいた。
    きっと一度もバイトをしたことが無いこの男はシフトを交代する手間など知らないだろうし、交代してもらっておいて遊びに出かける罪悪感やリスクも知らないだろう。
    などなど、いくらでも不満はあるのに、自然な流れで食事に誘われたことへの喜びが勝り、それがバレないよう最後の一枚を焼けた焼けたと大袈裟に声を張ってみせた。
    二つ並べた皿へ五枚ずつ重ね、バターを乗せ、たっぷりとシロップをかけて完成だ。
    本音を言えばもう少しこの空間を楽しみたかったが、何十枚ものホットケーキを焼き続けた人間に何の悪意も無く他所の店に美味いのがある、と言う失礼極まりない発言をするこの男に俺だってそれなりに上手だ、と分からせてやりたい気持ちもある。
    だからさっさと部屋へ移動しようと促し、皿へ両腕を伸ばすと急に右腕を掴まれた。

    「いいこと思い付いた。明日カップル割に挑戦しようぜ。節約になるし、いいだろ」
    「はなにカ、カップルって…いや、だから思い付きで言う…カップルだって」

    毎度毎度なんなんだこの男は。どうしてここまで自分勝手でいられるんだ。
    そもそも俺は明日のことなど了承していないし、勝手に行く前提で話を進めるな。
    カップル割って何だよ。話が見えないだろ。もっと詳しく俺に分かるように説明しろ。

    「だからカップル割。注文時にカップルですって言えば安くなるんだぜ。知らねえ」
    「知らねえって。聞いたこともねえし、そもそも野郎二人で通用すんの」
    「大丈夫。他の連中がやってるの見たことあるから。証明に手を繋ぐだけだしな」

    簡単だろと続けながら掴まれていた右腕が解放され、次には優しく慣れた手つきで指を絡めるように繋がれた掌の感触やそこから伝わる体温に大声を上げそうになった。
    馬鹿野郎。何しやがる。こちとら花の十五歳だぞ。死にてえのか。分からせるぞ。
    散々周囲が甘やかしてばかりいたせいで、この男には危機感ってものがない。
    自分が獲物とされているとも知らず、捕食者相手に自ら手を繋ぐだなんて自殺行為だ。
    きっと今からでも遅くはないはずだ。今後は甘やかさず、厳しく指導していていこう。
    堀田一味にもこの無防備さが如何に危険であるかを伝え、今後の策を練る必要がある。
    相手が俺だったからまだ良かったものの、これが別の人間だったら確実に危なかった。
    いいや、俺だって花道達が居るからまだ理性的でいられるだけで、俺もまた危険だ。
    ならばいっそ俺に近付くなと言うべきなのか。いやそれはあまりにも寂しくないか。

    「…お前、手繋いだだけでそんな赤くなれるのすげえな。思春期かよ」
    「うるっせえな。あんたが勝手に妙なことすっからだろ。いい加減離せって」
    「嫌なら振り払えばいいだろ。腕力じゃお前の方が上なんだし、余裕だろ」
    「そういうことじゃねえじゃん…ほら、そういうのは礼儀に欠けるって言うか…」

    俺から離さないのは決して名残惜しいからではない。向こうから手を握ってきた場合、向こうから離すのを待つのが礼儀だ、と代々水戸家ではそう言い伝えられているからだ。
    掟を守っているだけで、嬉しいだとか、離したくないだとか、そういうわけではない。
    聖書にもあるだろ。右の手を繋がれたら、相手が離すまで動かず待機しろって。

    「じゃあ俺がこんなことしてもお前からは絶対に離さないんだな気張れよ」

    何を、と聞くよりも先にこの馬鹿は繋いだままの手を自分の方へ引き寄せ、わざと見せつけるような流し目を寄越しながら俺の指先へちゅっとリップ音を立てて口付けた。
    途端に膝から崩れ落ち、あんぐりと口を開いたまま見上げると勝ち誇ったような笑顔で見下ろされ、その背後では俺を憐れむ友人達が両手を合わせて懸命に拝んでいた。
    これは危険だ。一日も早くこの馬鹿に危機感というものを教えなくては間違いが起きる。
    そう焦る俺に背を向けた暴君は自分の皿だけ持って移動しながら上機嫌に「明日は十三時な」と言うので俺はせめてもの抵抗として「迎えに行く」と涙声で大きく答えてやった。
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