『ロンドン塔の幽霊』15世紀辺り、王子であるが世間情勢的に日々偏り変動の起きやすいやすい立ち位置でいたリチャードと、その王子と共に過ごす立香くんのお話。
イギリスで有名な『ロンドン塔の王子達』『ロンドン塔の幽霊』という伝説、伝承をしってそれをモチーフにしております。
実際の内容とは大きく異なり、内容も別の解釈をした上で組み込んでるので、完全な別物であることを予め認識頂くようお願いします。
【注意項目】
バトエン/死ネタ
ーーー
王家の血筋とは危ういものだ、どれほど幼い頃であろうが”血筋“があるだけでいつだって標的となり第三者にとってその命の扱いは日々変わってしまう。
当人らがどれほど潔白で無垢であったとしても、巻き込まれないという道は無く、どこをどのように歩いても常に矢に狙われているような状態であった。
そんな中でも彼らは笑っていた、ただ幼いだけだった。楽しく過ごしたいと言い、共に遊びたいと笑い、知らないものは共有して同じ目線から見たいだけだった。
しっかりと手を繋ぎ小さな幸せを離さないように。
そんな時が少しでも長く続くことを、子供である彼らは願うことしかできないのである。どれほど親が目をかけ手をかけようと、次の日には別の”親戚”によって絶たれかける日々なのだ。
代々王家、公爵家というものはそういったものに苛まれ続けている。この第3王子リチャードも例外ではなかった。そしてそのお供として、リチャードを全てだと信じている東洋の少年も友人のそんな事情に巻き込まれてしまっただけなのである。
王子であるリチャードとその遊び相手として共に居た年下の立香くんはある日、見知らぬ護衛の人より「この服を着て逃げなければならない」と質素な服を渡されて城から移ることになった。どうやら自分達を殺そうとする輩がいるらしく、それらから身を守るためにも向かわなければならないらしい。急ぎだと言って渡されたそれに着替えてフードを被りこむ。そしてリチャードは短剣をもち立香くんの手を引いてその人について行った。
「怖いのか?」
「うん…だって、あの人見たことない人だよ」
「大丈夫。何かあったらお前のことも俺が守るからな」
「…うん」
強く握り返された手、兄弟のような2人は夜の街を共に走っていた。静かだった、靴音すら勘違いのように聞こえるそんな夜、護衛が月明かりを忘れないようにと気をつけながら壁に手を当てて道を進んでいく。同じように2人もそうして夜の街を抜け出すと、小さな馬車に乗り暫らく夜をかけたのである。
「少しの辛抱ですからね」
そう告げたのちに2人分のリンゴとパンを俺たちに渡すとその人は馬を走らせはじめた。
急ぐような蹄音、リチャードは隠し持っていた短剣を少し握りしめて隣に座る立香の肩を寄せる。
立香は少し眠いのか寄りかかっており温さを感じた、深夜なのだから当然だ。夕方には見知らぬ人が増えて、馬車に乗る頃にようやく見たしっている人物は心配そうに俺たちの頭を撫でて「必ず迎えに行く」と跪いたのだった。
あれからどれほどたった?俺達は微かなパンと果物を渡されて馬車の中で食べるとそれきりだった。
ガタガタと揺れる道で立香は時折ハッとしたように上手く眠れないようだった。
「くっつくか?」
「…ん、…だいじょ…ぶ」
目元をこすって少し笑う。俺が安心させるべきだと言うのに、そんな立香の微笑みで安堵していたのは自分の方だった。
立香はその後眠ったらしい、馬車に掻き消されそうな小さな寝息が聞こえた時、立香の頭を自分の肩にのせた。
握りる手が強くなる。夜らしい冷たい不気味なしっとりとした空気が馬車に入り込んでくるのを嫌がるように、眠る立香を抱きしめるしかなかった。
…
長い夜が明け、目が覚めた。乗っていた馬車はいつの間にか止まっていた。
ただ人の話す声がする、俺は覚めきらない頭と視界のまま左手を伸ばして立香を探した。
「立香…悪い、寝てた」
手を掴む、立香は大丈夫だよ着いたみたいだと笑っていた。よく眠れたのだろうか、顔色も悪くない。
かけられた降りろという声に俺は、目を細めながらも立香の手を強く握りしめて従った、かじりかけのリンゴ1つを馬車に残しながら。
そうして門をくぐりはいったのがロンドン塔だった。白い城壁のようなそれは立派な造りで思わず壁に触れてしまうが、早く歩けと言われて直ぐについて行くことになった。少しくらいいいだろけどまぁ後で立香とこっそり見ればいい。怖がる立香の手を引いて不慣れな城へ足を踏み入れた。部屋の作りは狭く簡素ではあるが、俺たちのような子供2人なら大した問題ではなかった。
着いてすぐに立香はベットで横になって寝てしまったようで、俺はブランケットをかけてこの城を探索することにした。と言うよりも、流石に何も無さすぎるのだ。せめて本か書き物、ダメならばなにかさせてくれと使用人に頼んだが首を横に振るだけ。
仕方なくとりあえず俺達の食料を頼むとようやく頷いたと言った形だった。
部屋に戻る前に俺はあることに気づく、持っていた探検がどうやらないのだ。
馬車に落としてしまったのだろうか、探しに行こうと城の入口に行くと慌てたように使用人に腕を掴まれて戻されてしまった。
「ものを落としただけだ、さっきの馬車を見たい」
そう言ったが馬車はもう遠くへ行ったらしい。
俺は少し危機感を覚え始めていた、何かあった時どうやって立香を守ればいい。
俺は仕方なく諦めて、別の方法を探すことにした。少ない人声と城の外から聞こえる馬の鳴き声、城壁に目線を上げてからみあげた空はどんよりと暗くイギリスらしいと思った。
部屋に戻ると立香はまだ眠っていた。やはり馬車は寝心地が悪かったのだろう、それを見てると自分も眠気に見舞われてきて。
立香を抱きしめるようにして、俺も隣で眠りについたのだった。
目を覚ますと窓外はあるくなっていた、部屋には1人分のパンと冷えたスープがある。立香は目を覚ましてあくびをしながらぼうっとしていた。俺はすぐさま部屋を出ると使用人へ1人分しかないこと、立香の分も無いと俺は食べないという旨を伝えて戻る。
大方こういった扱いには慣れていた、あいつらは血筋を重んじて見る以上、俺以外への扱いは中々に酷いというのはよく知っていた。今までだってそうだ、立香の分も最初から用意してくれる奴は一部で、決まってそいつらは良い奴しかいない。
俺はついて早々、薄々この城がどういうものか気づき始めていた。使用人がドアをノックしもう1人分をテーブルに置いたのを見て、ようやく共に食事に手をつける。
部屋で2人きりで食べるというのに、内緒でクッキーを食べた時を思い出してしまいほんの少し笑いあったのだった。
これを食べたら今日はこの城を探索しようと言うと、立香は強く頷いた。
…
あれから数日たった。相変わらず俺が言わない限り使用人は立香の飯を出そうとしないし、庭に出るだけで俺達は連れ戻された。
立香には言っていないが俺は確信していた、この塔は避難でも守るためでもない。俺たちを閉じ込めるためのものだと言うのを。
きっとまた”親戚”に巻き込まれたのだろう、しかし今までとは違いここまでのことをされるとは思いもよらなかった。見慣れてきた廊下を走り、別の部屋の楽器に飽きると俺達は部屋に戻り寝る以外のことを出来ずにいた。
使用人は何も教えてくれないし、目新しいことも何も無い。それでも立香が飽き飽きする俺に沢山の面白い話を語ってくれるから、なんとか耐えて居られたのだ。どこで知ったんだと聞くと相変わらず今作っただけだよ!というのだから、今ここに書き物でもあればきっと立香は本でも出せただろうなと言うと満更でもないようだった。
笑い声の響く廊下の奥から使用人がこちらを見ている。俺はそれに妙な居心地の悪さを感じて、立香の背中を押してすぐに部屋に入った。
…
夜のことだった。
物音に目を覚まして俺は飛び起きる、立香へブランケットを掛けて枕元に持ってきた石を掴んだ。
「…誰だ」
そう一言言うと、ギィとなっていた足音は止まり物音は消える。まだいるのか、もしくは扉を通り過ぎていったのかは分からない。だが声をかけて止まるくらいならば、殺しに来た奴らという訳でもないのだろうか。
隣で立香が身動ぎをする、どうしたのと聞かれて撫でながら「気にするな、ちょっと目が覚めただけだ。」と答えると安心して再び眠りについたらしい。ちゃんとリチャードも寝てね、と言われて当然だと頷く。
俺はやはりしなくなった物音へ視線を向けながら、立香へ手を回して再び眠りについた。
……
月明かりが珍しく差し込んだ夜のことだった。深夜にドアを叩かれて騒がしい音が辺りに響く。ベットから降りて見下ろした窓の下には火を持った人々が複数おり、ただ事ではなかった。
そうして廊下を走る音が聞こえて、俺は立香にここで待つよう言いつけるとドアを少し開けて身をかがめて影に隠れるようにして様子を伺った。
その時だった。
「王子…!ご無事で!」
そう声をかけられて頭を下げられる。あかりが浅く分からないが、どこかで聞いた声ではあった。
そいつは俺の手を掴んですぐにでも階段を下り、連れ出そうとした。
「時期に兵が来ます、今のうちに早く!」
そういうそいつの手を思い切り振りほどき俺は直ぐに部屋に戻ろうとした。
「まて!まだ立香がいる、すぐに連れてくる」
そう伝えると驚いたようにそいつも頷き着いてきた。
廊下を走る、見慣れたこの道をかけてさっきまでいた部屋のドアを押した時、何故かそれは少しも動こうとしなかった。
「立香!?立香!!どうしたんだ!?助けが来た、直ぐに離れるぞ!!」
まさか眠ったのかと思い、ドアを強く叩くがやはりそれは動かない。どういうことだ、さっきまで問題なくあいていたはずだと言うのに。
外の声が増え始める、怒号が飛び交い始めた時夜だと言うのに炎の明るさが増えているのがわかって自体は一刻を争い始めた
しかし部屋のドアはやはり開かない、俺はドアを蹴り飛ばそうとした。
その時もう1人、見覚えのある護衛が現れた。彼は少しの話を聞いて状況を把握した、「王子、ここに立香殿が居られるのですか?」
「あぁ!さっきここで待てと言ったから居るはずだ」
そう言葉を交わした矢先だった、城の内側で大きな物音がし始める。きっと敵の人員が争いを始めたのだろう、時間が無い。
「立香!!!立香!!開けてくれ!!!」
「…木が歪んでいる、なにかの拍子にこうなってしまったんでしょう」
「なっ!?さっきまでそんなことは…」
「城が今騒動で揺れているせいかもしれません」
それに気づいた時、護衛は1人残りもう1人俺を見つけたやつは俺を抱えて走り始めた。
「おい!降ろせ!!立香が!」
「立香殿もお助けします、王子は先に!」
俺は全力で暴れた。しかしそのまま馬車に投げ入れられて、振り返った隙間から見たロンドン塔どんどん遠ざかっていく。
夜だと言うのに城の周りだけ明るく、まるで燃えているかのようにも見える
「まだ…立香が…」
そいつは馬を止めることはしなかった。
俺がそのまま項垂れて脱力して気を失うと、目が覚めた頃には1人分のリンゴが手に乗せられていたのだった。
あれからすこし経ったが、立香はどこにもいなかった。あの日の護衛も、以来姿はない。
けど俺にとっては立香が居ない以上もはや全てがどうでも良くなってしまっていた。
たとえ今、目の前で振り下ろされたのが刃であろうが窒息させるための枕であろうが俺にとって差は無い。
ただ、何となく傍にやはり立香がいるような気がしてその手を探す。
…あった、なんだ。居たのか。
強く握りしめたその手はあの時と同じで、俺はすこし手繰り寄せるようにして…………
……
……
かつて王子リチャードには、唯一無二の親友がいた。
東方から来た凡庸にみえるその少年は、誰よりもまっすぐに王子を見つめそして彼の好む物語を沢山語ってくれる、所謂王子のお供に適任であったのである。
だが、立香は馬車に乗り込んだ夜にリチャードを庇って亡くなった。彼は過度な輩よりリチャードを守ろうとしたのである。リチャードも乗り込まれた時咄嗟に輩へ短剣を刺したが防ぐには遅く、自分へと被さるように倒れ込んだ立香は既に息を引き取っていた。
馬車の主も悲鳴をあげ引きずり降ろされて行くのが見えて、俺が刺した男は呻き声を上げながら馬車をでると今度は別の男が立香を掴み俺から奪った。
俺は叫んだ。
返してくれ、立香を連れていくな。
しかし子供の俺では到底それを止めることは叶わない。気づけば気を失って、さっきに至るまで。
俺は、その夜の記憶をなくして立香と共にいる幻想を見ていたのだった。
…
塔に向かう頃、既にその馬車は敵対者によって操縦がなされていた。
今思えばあの時は死を偽装するためだったのだろう、リチャードはロンドン塔へ幽閉される。表向きの“死”を意味もつ牢獄でそこで本当なら殺されていたはずだった。
しかし塔の中で、リチャードは立香と共に生きていた。ともに食事をし、語らい、笑い合い、眠る。
使用人や刺客、看守でさえも「もう1人いる」と錯覚するほどの、確かな存在。
けれど、誰の目にも、そこにはリチャード1人しかいない。
「大丈夫だからな」
そう言ってリチャードはまるでそこに誰かいるように、手を引き肩を寄せて頭を撫でたのだった。
それを目にした使用人は、本当にそこに誰かいるのだと思ったらしい。
この話は少しずつ噂として広まり、リチャードのいう”立香“はロンドン塔の幽霊として広まっていった。
月が過ぎるころには看守ですら「2人」と呼び、使用人は時期に2人分の食事を置くようになった。
「本当にそこにいる」
そう捕まったあとでさえ彼らは何度も告げるのである。だってあんなにも楽しげに笑って、時には触れるかのように。
自分が目にできていないだけだとそう思い込んでしまうほどに、リチャードの隣には”立香“がいたのである。
幻想であっても、リチャードにとってはあの立香は現実でありリチャードという己の見たものを強行するように信じ、突っぱねてしまう質であるが故に起きた思い込みの悲劇と言えた。
やはり確かにリチャードは最後まで“立香”と共にいたのである。