さて、エイシンフラッシュくん。私は、貴方のことが好きだし、大事にしたいと思うよ。
女神のような彼女は、私にそう言いました。
「でもね、フラッシュ。…私は貴方の運命のひとではないの」
まるで主人に背いてしまった騎士のよう。
しかし、今は主人に対する義務感にここから逃げることもできない。
ただ淡々と告げられる聴きたくない告白に、耳を塞いでしまいたくなる。
顔を上げて目を合わせることすら躊躇われる。
目を合わせてしまったら。
私は…冷静ではいられなくなってしまいそうだから。
「フラッシュ、顔、上げて。ちゃんと私の目を見て?」
断罪の時。
「…貴方の運命のひとは私じゃない。それはね…貴方も私の運命のひとじゃないってこと。」
俯いたまま。そして目も合わせられないまま、
「ですが、それでも私、は…貴方…貴方、を…———」
躊躇う。
言い淀む。
言えるのだろうか。
言っても、許されるのだろうか。
「…ッは、ぁ…」
予定した起床時間より5分1秒早く目が覚めてしまった。
ここ最近だ。
苦しさに目を覚ます。
繰り返すこの異常な事態にはもちろん、気付いている。
気付いて、対処しようと思うのに、対処できない。その術が私にはない…。
「ファルコンさん、相談なのですが」
「ん?珍しいね?いいよ、なんでも聴いて?」
「例えば、夢の中で、ですよ?…貴方は不思議の国の住人です。クラスは騎士…そして貴方にはハートのクイーンがいます」
「ハートの女王?かわいい!続けて?」
「そうですね、かわいい…女王です。…貴方はその女王を守りたいと思う。それは尊敬だったはずなのに、いつしか陶酔…いや崇拝に近い…。大きな感情を持ってしまう。隠しているのに、女王には全てお見通し…。それを見通した上で、私に…『その感情は身を滅ぼす、私のことではない。お前のことだ』と…」
「道ならぬ恋をしちゃったんだね、」
「ゆ、夢ですッ!…あくまでも、夢の…」
「うん、そうだね。夢の中でフラッシュさん…じゃなくて、ナイトはクイーンに恋を…」
「そこで、ファルコンさんは…もしファルコンさんがナイトの立場であったら…」
「…」
「始まる前から終わらせようとしている彼女の心をどう開かせますか…?」
もらった答えは単純でファルコンさんらしいものだった。
「そんなの、私のライブで釘付けにしちゃう!…不思議の国の住人だもん。お茶会で単独ライブを開くの」
陽だまりのような微笑みで、彼女は言った。
「最初はだめでも、ファル子は諦めない。
…諦めたくないよ、届かなくても、ファル子の…笑顔にしたいって気持ちは嘘じゃないから」
最後の言葉が、私に深く突き刺さる。
「…でも彼女は、私の気持ち以前に…受け入れて…くれな…」
「フラッシュさん…嫌な夢だったんだね。大丈夫、フラッシュさんの思いが届かないなんて、そんなことないよ。…こんなに真っ直ぐで、真面目なフラッシュさんの気持ち…大丈夫、泣かないで…?」
叶わない恋。
…アポトーシスだ。
これは、予定された結末。
終わるために用意された未来。
この恋は、まるでアポトーシスのように。
彼女は、縋りたくなるような微笑を浮かべて。
きっと彼女は私の気持ちを知っている。
それでいて、告げる。
「始まる前に、終わらせよう。フラッシュ。
貴方の…これからのためにも。」
———
…嫌な記憶を…
またフラッシュバックする。
幼少期から、両親からの贈り物…イタリアのクォーターの血のお陰で容姿に恵まれていたし。俗に言う要領の良い子だった。
なんとなく、世界の仕組みも、人より早めに分かってしまっていた私は、上手く立ち回ることができた。
今まで付き合ってきたひとは複数名いる。
ステータスのように思っていた悪い自分もいる。
私は、誰よりも魅力的なんだって。
ゲーム感覚で同時に何人かと付き合ったこともある。
神は残酷なのだ。
よりによって私のような最低な人間に二物を与えた。
バレたら終わりのラブゲーム。
所謂、要領が良いと言われる私は…全戦全勝だった。
大学時代はかなり遊んでいた。
勉強も、遅れたって、ちょっと本気を出せばすぐに追い付いたし。
友達も抜けてる子多いし、彼候補たちはちょろいし。
でもあるとき、腐れ縁の同期に、思いっ切り利き腕でビンタされた。
「ねえ、ミラノ、…人を弄ぶのをやめな。…アンタ本当に人でなしになるわ。まあ、もう手遅れなら…ごめん」
引きずり出された、土砂降りの雨の中。
私の化けの皮を剥がして、醜い中身を曝け出させるような、雨。
その時の左頬の痛みより、悠貴の顔は多分、一生忘れられないだろうな。
あれは…もう見たくない。
改心して、付き合っていた人たちとはきっぱり別れた。…たまに気配を感じたりもするけど。
そして、私は恩人と同じ道を歩くことにした。
踏み誤ったら彼女を目標にすればいいと思ったから。彼女なら間違えても、私を止めてくれると思ったから。
そう、ウマ娘のトレーナーになった。
彼女たちの純粋に走りたい、勝ちたい、という思いに、こんな凍てついた私の心も熱い思いが灯る。
まだ、私は捨てたもんじゃないって、そう思った。
そして、私とは真逆で不器用だけど、真っ直ぐな子に出会った。
エイシンフラッシュ。
一目惚れじゃない、と言うと嘘になってしまうな。
初めてだった。
容姿も、仕草も、走りも。
こんなに美しいものをみて、感動したのは。
そして彼女から目を離せず、近づいた。
性格までも美しい子だった。
真面目で、人への気遣いができる優しい子。
…騙してきた子たちに…似ていると思ってだ…。
私は不純な動機で、絶対にこの子を成功させてあげたいと思った。
…不純な動機…騙してきた人たちへの、贖罪。
真っ直ぐな心に漬け込んで、私の玩具にしたことに対する、罪滅ぼし。
そうだよ、改心。
した、つもりだった。
ここ最近はフラッシュのことばかり考えていた。
トレーナーである私に対して過保護なところとか、相変わらず生真面目なところとか。
時間に対して、ものすごく厳しいとか。
…私に優しく微笑んでくれるところとか。
そんなフラッシュの隣を歩くのは、いつからか幸せなひとときになっていた。
それではいけないんだよな。
私は幸せになってはいけないんだ。
まだ、フラッシュを、成功させるまでは、せめて。
贖罪。
それを思い出す。
フラッシュは確かに私に好意を寄せてくれている。
今までの経験から、わかる。
自惚れならそれでいい。ただの笑い話だ。
でも、私の勘が正しいなら。
優しく微笑んだりしないで。
私を気遣うなんてしなくていい。
私なんかを貴方の一番にしないでほしい。
どうか、諦めてよ、フラッシュ。
…私は貴方が思うよりも、とっても非道くて醜い生き物なんだから。
私は、きっと貴方の未来を食い潰してしまう。
それは、それだけは…絶対に…———。
———
見捨てたくはなかった。
少し、遅すぎたのもあるか。
人を弄ぶことに快感を覚え始めた友人から目を離せなかった。
はっきり言って余計なお世話だったかもしれない。
友人と言っても、高校の時からなんとなくの腐れ縁。
知ってから悪名高くなっていく彼女を放って置けなかった。
諭してはいたが、聞く耳を持たない彼女に痺れを切らした。大学3年の夏。
雷鳴響く夕立の中にアイツを引っ張り出した。
「人の好意を踏み躙るな」
思いっきり、ビンタをくれてやった。
人の好意をコレクションして、踏み躙ってはヘラヘラしているあの頃のアイツは、人でなしの一歩手前だったから。
ようやく…。
初めてみたアイツの泣きそうな顔に、ようやく安堵できた。
でも、問題はまだあった。
アイツ…ミラノは善人から好意を持たれる事を極端に避けるようになった。
また利用しそうになるから、なんて言うけど。
私なら分かる。
アイツは本当の愛を知らないんだなって。
誰かを愛することを。誰かに真に愛されることを。
いつか、アイツの凍てついた氷の心を溶かす王子様が現れてくれるのを、私はただ見守るしかない。
———
考えすぎだと思うんだけどな…。
フラッシュさん、真面目だし、ミラノさんはフラッシュさんよりずっと大人だから…。
だから、相手にされないって、思い込んじゃってるだけだと思うな、ファル子。
ファル子から見たら、二人はイイ感じだよ?
フラッシュさんは否定するけど、でもだれが好きかなんて、見ていれば分かっちゃう。
ミラノさんだって、ストレートには言わないけど、フラッシュさんのこと、絶対好きなの、ファル子には分かっちゃう。
ミラノさんて、ウマ娘なら「逃げ」って感じ!
ファル子はウマドルだから、恋愛禁止だけど。
フラッシュさんは、もっとぐいぐい行ってもいいんじゃないかなぁ…。
フラッシュさんは「差し」。
ミラノさんは「逃げ」。
フラッシュさんは、ミラノさんのこと、始まる前に終わらせようとしてる、なんて言ってた。
ねえ、でもきっと、もう始まってるんだよ。
だったら差しに行かなくちゃ。
差しに行かないなんて、フラッシュさんらしくない。
それはフラッシュさんのよく言う、誇りを持ってしていることなの?
…答えは絶対ノー!
ファル子は応援することしか出来ないけど、でもきっと大丈夫!
ファル子のウマドルパワーできっと元気付けてあげるよ!