月見「あぁ、今夜もいい月だ。こういう晩は酒が格別に美味い」
そう言いながら白雄は盃に唇をつけて傾けるが、紺碧の双眸は空に浮かぶ月などちっとも見ていなかった。ゆるりと穏やかに細められた紺碧の眼差しは、しかと紅炎を映しているので紅炎は口をつけようとしていた盃を遠ざけ、その眼差しから逃げるように瞼を伏せる。手に持った盃の揺れる水面を見ると月が映ってゆらめいていた。白雄ときたら紅炎の双眸が光の加減で金にも琥珀にも見える色合いなので、時折こうして月に見立てて恥ずかしげもなく褒め称える時があるのだ。
白雄はいつまで経ってもこういう褒め言葉に慣れることなく、自分の前でだけは奥ゆかしく恥じらう紅炎を見て笑みを深める。その比類なき強さや忠義心の厚さを褒められることは多々あれど、白雄のような褒め方をする人間など他にいないので慣れないのもあるだろう。まぁ、他に居たとしたら紅炎の側には置いていけないのだが。
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