「原ぁ!訓練じゃねえんだ!何だ二飛曹って!俺が世話しろってことか?」
見慣れぬ名前が俺の部隊に書かれている掲示板を目にし、俺はその場にいた原の胸ぐらを掴み感情のままに揺さぶった。
「訓練生上がりたての二飛曹なんざお荷物でしかねえ!ガキのケツは拭かねえぞ!」
原に言っても仕方がないことは解っている。だが腑が煮えくり返って抑えが効かなくなっていた。
「田中って先月着陸の時、滑走路突っ込んで左前輪折った挙句、大回転してたあの田中だよな!」
原は青白い顔をしながら頭を縦に振る。その田中と確認できて苛立ちが絶頂に達した時だった。
「田中は確かに技術は稚拙…なんですが…飛ぶと…かなり勇猛果敢な飛行をする…らしく、八木部隊に試しに入れてみたいと酒井大佐が…」
原の言葉に頭の中で何かが切れる音がした。
「俺らが臆病者だっていうのか原ぁ!歯食いしばれ!」
原の頬に拳が直撃すると原は「酒井大佐に直接言ってください〜」と情けねえ声を出している。
酒井大佐に言えねえからテメェに当たってるんだ阿呆。と心の中で毒づいた。
作戦は、太平洋上の米戦艦に対し夜間雷撃を行う天山4機の護衛を零5機で行うというものだった。小規模での部隊編成だからこそ、今まで共に戦ってきた自分の部隊の者と行きたかったし、未熟な者は足手纏いでしかない。
「八木中尉!自分は田中二飛曹であります!精一杯努めさせていただきます!!」
顔を真っ赤にしながら、背中に棒でも入っているかのように硬直したまま敬礼してくる田中の顔を見るとため息を堪えることができなかった。
「酒井大佐のご指名だ。俺は知ったこっちゃねえ、好きにやってくれ。隠れても殴ったりしねえから、足は引っ張るなよ。」
苛立つ気持ちを抑えるべく煙草に火をつけ大きく吸い込むと「…へ?や、八木中尉のご指名ではないのですか?」と間抜け面を向けてくる田中の顔にふーっと煙を吐き出す。
「…ごほっ!げほっ」
「お前はお呼びじゃねえよ。」
むせ返る田中を置いて機体に向かったのだった。
天山の前を零5機で先導しながら海面ぎりぎりの低空飛行を続けていくと、東の空が黒から紫に色が変わってくる頃に目標の戦艦を発見した。
レーダーに拾われにくい低空飛行を夜間に行ったおかげか、まだ気づかれている気配はない。このまま静かに魚雷を落とさせ、すぐさま撤退を考えていた最中、曳光弾がこちらに飛んできた。
「気付かれた!」
少し後ろを行く天山を敵に気付かれないよう戦艦の周りを部隊の皆と蛇行飛行をしながら敵の砲撃を引きつけていると田中の機体が居ないことに気がついた。
足を引っ張るくらいなら隠れていいとは言ったが…「初っ端から逃げるのかよ…」と独りごちた最中だった。
曳光弾が目の前を下から上に突っ切り、機体下からドンドンと数発機銃が当たった音がする。
「まずい」捻り上げながら急旋回し機体を上向かせると敵戦艦頭上に薄くかかる朝焼けに照らされた雲の中より、垂直に近い角度で船尾側から急降下してくる機体が目に入った。
その機体は戦艦に突っ込む直前に機体を捻り、戦艦の機関砲射手を狙い次々と機銃掃射を繰り返す。やがて敵艦内で多くの負傷者が出たのか、敵艦から飛んでくる機銃や砲弾の数が減ってくる。
「もしかして田中か?」こんな危険な飛び方をする奴は俺の隊にはいない。尾翼の機体番号を見ると、矢張り田中の機体だった。
田中の機体はそのまま船首を通り過ぎると海面に突っ込みそうになる機体を横に捻りながら急上昇をする。敵戦艦からの攻撃が田中の機体に集中した最中、天山からの雷撃が戦艦側部に命中した音が聞こえた。
「よし、雷撃命中!撤退!」
雷撃を落とした天山は早々に遥か上空へ離脱し俺も高度を上げつつ翼を振り撤退の合図を出した。
「八木中尉!俺、足手纏いにはなりませんでしたか?」
基地に引き上げると、相変わらず下手な着陸を見せてきたその足で俺のところに駆けてくる田中にため息が漏れる。
「あんな飛び方誰に習った?」
煙草に火をつけると田中は梅干しを食ったような顔でこちらを向く。
「何だその顔…」
「は…その、俺煙草クラクラするもんで、吹きかけられても吸わないように…と。あのやり方は誰かに習ったわけではないのですが、以前共に出撃した橋内中尉がしておりましたのを模倣しました!」
あの橋内の飛び方を見ただけで真似できるものか?と疑いの眼差しを向けると顔を赤くした田中が言葉を続ける。
「この飛び方すると叱られるのですが、でも八木中尉は好きにしていいと、言ってくれたので!!ありがとうございます!」
直角に腰を折り頭を下げる田中のつむじを見下ろす。先程の大胆な操縦をこいつがしたとは思えず、眉間に皺を寄せると再度ため息が溢れた。
おずおずとこちらを伺う視線を向けてくる間抜け面が「あの、俺どうでしたか?」なんて聞いてくるが、俺の答えはこれしかない。
「無謀な命知らずの死にたがりとはもう2度と一緒に飛びたくねえ」
そう言い田中を置いてその場を去ったのだった。