プロペラの風圧で舞い上がった海水が飛沫を上げ風防にザァザァと降りかかる。
海面ギリギリの低空飛行を長時間続けて疲れ果てた心身に鳴り止まない雑音は苛立ちを増長させた。
敵のレーダーに一度察知されてしまえば今回の計画は水の泡となる為、高波の中を海面ギリギリを飛んでいた。
長時間の低空飛行に部隊の、特に若手の消耗は激しかった。
部隊最年少の関二飛曹の機体が安定せず、その度に横に並び手信号で指示を出していたが、もう限界の様で頭を上げ後尾輪を水面に掠めながら飛んでいる。
飛行訓練生の中で最も優秀だったとしても部隊に配属されてすぐに片道700kmの低空飛行など無理に決まっている。この作戦を言い渡された時、再三無理だと提言したが、酒井大佐は聞く耳を持ってくれなかった。
今回の目標は味方潜水艦が足止めしている敵空母を襲撃することだった。そろそろその空母が見えてもおかしく無い場所まで来たが一向に目標は見当たらず、別方向から攻撃予定だった橋内の部隊と鉢合わせたことで今回の出撃は無駄足だったことを察し、肩を落とした。
撤退を合図すると文字通り蜻蛉返りで帰路につくが、それもまた容易では無い。700kmの道のりをまたしばらくは海面ギリギリで低空飛行し続ければならないからだ。
何も成果もない帰路ほど虚しいものはない。溜まりに溜まった疲労がどっと押し寄せてくる。
じきにレーダーも張られていないであろう海域に到達し、高度を上げることができそうだと思った矢先、怪しい飛行をしていた関がとうとう海面に突っ込んだ。
こうなってしまうと飛んでいる俺達は助ける術がない。関の機体を周回してみると、関は無事だった様で風防を開け白いえり巻きを振っている。
「チッ」
だから無理だと言ったんだ。部隊の者たちに先に帰る様指示すると俺は高度を上げまた敵レーダーが張られている方向に向かった。
「気づいてくれ…」
燃料ギリギリのところまで粘ったものの、敵の迎えは現れなかった。
「貴様は面倒見のいい奴だな」
給油地の硫黄島に着陸すると先に帰島していた橋内に声をかけられる。
「うるせえよ」
零の翼から地面に足をつけるとぐらりと目が回る。機体に手をつこうとした最中、橋内に支えられた。
「俺ならギリギリの燃料の中、敵のレーダーに気づいて貰いに戻ったりはしない。」
俺よりも頭半分以上小さな男だが、力は凄まじく縛帯を掴まれると、支えるというよりは引きずられる様にして天幕まで運ばれて行った。
「八木に責任はない。あるなら酒井大佐か、あいつの元教官だ。貴様はお守りをする必要はなかった。」
水を手渡してきた橋内がピシャリと断言する。
「貴様は妙に真面目な所があるからあえて口にした。割り切らないと身が持たないぞ。」
椅子に座り飛行帽を脱ぎ下を向くと汗が頭から地面にポタポタと滴り落ちる。
「テメエみてえに割り切れねえよ」
掠れる声を振り絞る。
「向いてないな」
「ハハ…知ってるよ。」